第3章 立チ上ガル少女と戦サノ女神1
「もうご存じだとは思いますが、鬼の斧や王魅などの筒器には意思があります」
綾女は成吾と一緒に、葉の舟で護孔の中心に向かっていた。
「守る」という護孔の意志が溶け込んだ巨大な水たまりの中の林――紀田の族長達の意志が永遠に宿る場所、天室へ葉の船は進んでいく。
「それは、代々の持ち主の生きているときの意識です。護孔の中にいる亡くなった長老方と同じですの」
そう言われてもピンと来ない。成吾が持っている鬼の斧から聞こえてくるのは……。
「……でも、鬼の斧からは、いつも同じ声がするんだ」
答えると、綾女が口を開いた。
「発言力を持つのは、強い意志を筒器に刻み込んだ者です。鬼の斧はその声の持ち主の意識が強いのでしょう。成吾さんを受け入れたのも、その方の意志が強かったのだと思います」
密林に似た天室の内部に葉の舟が入っていく。
至る場所から長老方の声が聞こえてきた。
綾女は耳をそばだてながら、彼等の声を聞く。
『綾女が取得した天壺の技では、屡衣には対抗できない』
『山火事が広がらぬよう竹村一族を炎の周囲に配置しろ』
『同じ筒獣が出没したのは屡衣が濁った天水を拾い集めた結果だ。天壺の技でな。我らの落ち度だ』
『鬼の斧を持つ者を盾として、屡衣から王魅を奪い取るのじゃ』
その長老の声に、綾女が不安定な葉の船の上で腰を上げかける。
「なりませぬっ!」
成吾が驚いて「紀田さん」と遠慮がちに声を掛けてくる。
「成吾さんは紀田ではありませんの。協力してもらっているだけですのよ。それなのに、盾になど出来ませぬ」
『鬼の斧を持っている限り、その者の命は屡衣に狙われる。結局、彼は戦わなくてはならぬだろう』
長老の一人が冷淡に答える。
『屡衣は鬼の斧を欲している。屡衣は鬼の斧が王魅を封印できると知っているのだ』
『鬼の斧と王魅は揃っていなくてはならぬ』
『王魅の危険さを鬼の斧が押さえているのだ。屡衣は、肌でそれを感じ取っている。冷静に事を成すには鬼の斧が必要なのだろう。それに二つがあれば護孔も壊せるからな』
『王魅には女の情念と怨念が籠もっている』
「長老方、その理由を教えてくださいまし」
『天下を取りたいが為に男を誘惑する女の念』
『あれを手に入れたのは、たしか永暦……』
『王魅は、幾度も、勝手にどこかへ飛び出して騒動の種をまいたという』
『目覚めれば、すぐに権力を欲する女の元へ飛ぶ』
王魅という存在を理解したいのに、長老方の言葉は少なくて頼りないものばかりだ。
「今回は、それがお姉さまだったということですのね」
葉の舟が、天室の外へ出ようとしている。
『屡衣は、熊の筒獣の宿主を新たに選んだ。王魅に操られた筒獣は、山に火を撒き散らしている。天磐山を焼け野原にして、護孔の出入り口全てを剥き出しにするつもりだ』
『竹村一族は出入り口の守りと、消火にかかれ。綾女と鬼の斧の持ち主は、筒獣と屡衣の居所が確実に分かるまで待機せよ』
『そうだ、そして、筒獣と屡衣の殺害について計画せよ』
「できないっ」
成吾が叫んだ。しかし成吾の声は長老には聞こえない。
「姉を殺すことはできませぬ。長老方、分かってくださいまし」
綾女は必死になって訴えかけた。
『ならば、王魅を奪えるのか』
『その程度の力で、出来るのか!』
王魅を壊すより、姉を殺す方が容易いのだ。
姉の命さえ奪えば、王魅は再び眠りにつく。
多分、それが最も手っ取り早い方法でもあるのだろう。
だが、その後どうなるのか……。
成吾も、綾女も、生きていくことが困難になるだろう。
「やってみせますわ! 王魅をお姉さまから奪います!」
綾女は長老方に向かって叫んだ。
葉の舟は静かに天室から離れていく。
ゆっくりと長老方のざわめきから離れていく。
「紀田さんのお姉ちゃんだもんな。殺したら一生後悔するよ。だから、オレのこと盾にしなよ」
成吾の優しさが綾女の心に染み渡る。
やっぱりこの方はボンボンショコラだ、と綾女はこっそりと思う。
「成吾さんを盾にするなんてできませんわ。姉は紀田一族の誰よりも強く、王魅の力は未知数で計りしれません。成吾さんを盾にしたら、成吾さんが殺されてしまいます」
では、方法はあるのだろうか?
綾女は己の心に問い掛ける。
最高の武器と言われている鬼の斧でさえ弱点はある。
鬼の斧は、味方を守り、敵を惨殺するという主の意志を蓄積させていった。
裏返せば、仲間と認めた者は守り抜くのだ。
これが鬼の斧の弱点だ。
主を犠牲にしてでも、鬼の斧は主の仲間を守ろうとする。
それ故、鬼の斧は「魂喰いの斧」とも呼ばれた。
それでも代々の主達は、危機になると鬼の斧を手にとって戦い、仲間を守って次々に死んでいった。
このように、王魅の歴史が分かれば、その弱点も見えるのに……。




