第2章 眠レル森ノ少女と壊レタ家族5
「ほんとに病院行かなくていいの。竹村は池に沈んでいるだけで治るの?」
咲人は瞬きをして頷いた。
それ以上の動きを銀の糸で封じられている。
「そこの狼達も、我々と同じように血が分かれています。紀田一族と同じ年月を生きているのですから。白い毛並みが探知、赤い毛並みが防御です。探知のリーダーをシンと呼び、防御のリーダーをカノエと呼んでいます」
ときおり苦痛に顔を顰めながら咲人は話し続けた。
あまりにも真剣な顔で話しかけてくるので、唄子はその場を立ち去れなくなっていた。
「このように血が分かれるまで、何千年もの時がかかっています。ようするに、何千年も、紀田と竹村は筒獣を追い回していると言うことです」
唄子は首をかしげる。なぜ、彼は責めるような口調なのだろう。
「人のためになっているんでしょ?」
「全国に散った紀田の血をひく者達のためにはなっていますね。だが、その中枢にいる我々は常に追いつめられているだけです。化け物と戦い続けるだけ」
全国って大きく出たな、と唄子は思いながら咲人に疑問を投げる。
「でも、あんたらも危ないんでしょ。筒獣ってのを倒さないとさ」
「我々には、身を守る術があります」
「ふーん」
唄子は腕を組んで、少しだけ考える。それから「なるほどね」と思った。
「だから、もう戦いなんてやりたくないんだ。自分達の為だけに生きることにしたんだ?」
それもアリだよね、と唄子は思う。
秘密に活動している限り、誰も感謝してくれないのだから。
「それは違う。筒獣を殺すより、飼う方が役に立つと知ったからですよ。今回だって私は飼うことに、半ば成功していた」
「飼う?」
「筒獣は、どんな兵器よりも強力です。核爆弾を投下されても、筒獣は死なない。なぜなら、筒獣は半分心界の存在だから。現世の武器は、ほとんど効果がないのです」
少し興奮したように言う咲人を唄子は呆れたように見る。
「そんな物騒なの飼って楽しい?」
世の中には、危険動物を飼って喜ぶ人達が居るのだから、それもアリなのかもしれない。
でも、咲人の言っていることは、そういう次元の話ではないようだ。
「影で生き続けるより、表舞台に出た方がいいと思いませんか? 紀田もそろそろ変革するべきです。そうしなければ、我々に明日はない。屡衣様は、そのようにお考えになっています」
「かっこわるいね」
唄子の唇から、言ってはならないだろう本音が漏れてしまった。
咲人が口を閉じた。
長めの前髪の奥、垂れ気味の二重が鋭くなっている。
綾女と同じ、薄い茶色の瞳だ。
咄嗟に、唄子は窓から顔を離した。
これ以上は危険だ。怒りをぶつけられるのは困る。
まして相手が男なら、唄子の手足に恐怖の釘が刺さって動けなくなる。
「誰がかっこわるいと?」
咲人が追求してくる。声に怒気にはないが目は怒っていた。
「ヤクザの格好をして、日本刀とか持って、錨つき首輪をした土佐犬を連れ歩いている人を見たら、なんて感じる? えらぶって、強さを見せつけて、バカみたいって思わない?」
ぼそぼそと遠回しな意見を述べると、咲人は眉間に皺をつくった。
「僕が、それだと?」
「炎を振り回して、筒獣とか連れてきて、わたしやアヤやセイや竹村をイジめたんでしょ」
「虐めたのではない。戦ったのです!」
咲人は大声をあげた。
父の姿を思いだし、唄子は身を縮める。
しかし、恐怖より嫌悪が勝った。
汚らわしいバカ男に一矢報いたい気分で唄子は口を開く。
「火のないところに火を付けて回って、騒いで、人を不安にさせて」
やめたらいいのに、言葉の弾丸が止まらない。
「筒獣なんか連れ回して。戦いたくもない相手に戦いを強制して」
唄子は早口で、相手の傷をえぐり出していく。
「それに大義名分つけて、自己陶酔してさ。あんたが敵だとか言ってても、アヤはあんたを従兄だって言うし、セイは助けてって言ってたし。それで、結局助けてもらっている。それが、今のあんた」
相手が動けないことを良いことに、唄子は胸の内をさらけ出した。
「助けてくれとは言ってない。死んだ方がマシです」
「かっこわるい。生きなさいよ、男なら」
唄子は立ち上がって窓から離れる。
「ほんっと、男ってサイテー」
シンとカノエの横を通って、口から泡を出す竹村英利と、落ちたスマホを見る。
「竹村、もし聞こえてたらさー。わたしのスマホ、あとで返してね」
防水のスマホだから壊れないだろうし、付けているケースが気に入ってるのだ。
スワロスキーのビーズがついている綾女とお揃いのケースだから無くしたくない。
「アンタに借りつくるのヤだけど、お願いするわ。じゃあね」
池の底で、英利が僅かに笑った気がした。




