第2章 眠レル森ノ少女と壊レタ家族4
クーン、とカノエが鳴いた。
何度も。何度も。
「……こんなの、こんなってない……」
唄子は両手で顔を押さえ、そのまま泣いた。
竹村英利のことは好きじゃなかったけれど、大切な友人の幼なじみで彼氏だ。
からかわれることの方が多かったけれど、死んで欲しいなんて思ったこともない。
ああ、と唄子は手の平に溜まった涙を頬に擦り付ける。
ああ、と言いながら、もう一度池の中を見つめる。
やっぱり竹村英利本人だ。
人形でも、写真でもない。
少年の口に残っていた空気が浮かんできて水面で破裂した。
「あっ」
声を出してから一気に息を吸う。呼吸をするのを忘れていた。
「誰に知らせないと」
立ち上がって綾女の所に戻りたいのに、足腰に力が入らなかった。
「お願い、シン。アヤ達に竹村が殺されたって伝えて」
シンは困ったように唄子を見つめる。
「だからさ。アヤに、竹村が殺されたって」
言ってから、唄子は自分の頭を叩く。
「狼は話せないんだったぁ~」
頭を殴っている内に、スマホがあったことを思い出す。
ポケットを探ってスマホを取りだし、あたふたしながら綾女のアドレスを表示する。
「アヤ、アヤっ」
指が上手く動かない。
通話ボタンを押そうとしたら、親指が涙で滑った。
スマホが手から飛び出して池に落ちる……。
ぽちゃんと小さな水音、小さな飛沫。
英利の元へスマホが沈んでいく。
心臓が痛い。
なにもできない。
唄子は頭を下げて小石のように丸まった。
「彼を拝んでも、何も解決しない……」
平屋の方から静かな声が聞こえた。
(人がいる――)
唄子は頭を上げて、平屋へ目を向けた。
地面スレスレの場所に、顔と同じぐらいの大きさの窓の一つが開いている。
窓を覗き込むと、一人の青年と目があった。
青年は枕に頭を乗せて寝ていて、左目だけで唄子を見ていた。
狭い室内の中央に布団が敷かれていて、彼はそこに固定されていた。
細い白糸で縛られている。小人の国のガリバーのようだった。
「サクトさん」
殺人者だ。唄子は自分で自分を抱きしめて、脅えつつも相手を睨んだ。
「貴女が生きていて安堵しました」
青ざめた顔で咲人はそう告げる。
「無駄に同胞を殺すところでした。この点については、異形の彼に感謝しなくては」
「まさかアンタが……竹村を殺したの?」
「さあ、どうでしょう。竹村は不死身ですからね。特に英利は、カノエと同じぐらい強度がある」
「竹村、水に沈んでいるよ……」
「ならば、死んではいませんよ。竹村は紀田を守るために変化した者達です。紀田が第六感のような感覚で筒卵に敏感なのに対し、竹村は筒卵に鈍感だ。その代わり竹村は、聴覚や嗅覚で筒卵の存在を知ることができますが」
「それ、……っと、水に沈んでるのと……関係、ないっ……人殺し」
唄子はキッと咲人を睨み付ける。
「死んでません」
「どうみたって、死んでるわ!」
「竹村一族は、筒卵を察知する能力を筒卵から防御する能力へと変化させた。その防御力を回復させるには天水が必要です」
「……」
「この護孔の筒卵に詰まっている天水は、汚れた心界の力を洗い流します」
ご丁寧に解説されても、さっぱり分からない。
唄子は苛々して、両手を握りしめ、歯を食いしばった。
「だから、竹村が水に入っていると言うことは――」
唄子は咲人をビシッと指さす。
「あんたが、竹村、殺したんだねっ」
「貴女は、人の話を聞いているんですか?」
「黙れッ、人殺しっ」
唄子はコンクリートの壁を拳で殴った。
「いた~いっ」
「……あの」
呆れ声が聞こえる。
唄子は痛む手をもう一方の手で押さえてから、窓の中の人物を横目で睨む。
実は拳で殴った後、池の中で英利の腕が動くのが見えたのだ。
(本当に生きてる……)
そしてまた英利の口から泡が出てきて水面で破裂する。
(水の中で呼吸するなんて。竹村ってば超非常識男!)
「筒獣の炎で焼かれた傷なら、なおさら水に沈めた方が手っ取り早く治んですよ。筒獣の力は、心界のもの。物理的ではなく、精神的なダメージの方が大きいのです。竹村英利の身体をむしばんでいるのは、彼に付着した心界の力。だから水で清めているのです。わかりましたか?」
「あんた、説明が下手って言われるでしょ?」
「……」
「自分らが分かるからって、普通の人間がわかると思ってるの? 実はバカでしょ!」
「心界は意識でできた世界なのです。焼けたという念の強さで、本当に焼けるようになるのです。だからそれを緩和するには、ここの水がいいのです」
難しいけれど、ぼんやりとは把握できた。
親切なのかお喋りなのかしらないけれど、長ったらしい説明を根気よくする人だ。
真面目すぎるのかもしれない。
「さっき言ってた筒獣って、熊のことよね」
「貴女に一目惚れした怪物ですよ」
「なに、それ」
「どうやら貴女は、複雑な行程を得て紀田の力が濃くなった存在らしい。薄い血同士が何度もかけ合わさっていく内に、先祖帰りしたのでしょう。素晴らしいとしか言いようがない」
「人をグッピーの繁殖のように言わないで!」
咲人の話を聞いて唄子はふくれっ面になる。




