第2章 眠レル森ノ少女と壊レタ家族2
自分で自分を納得させていると、スカートの裾がブルブルと震えた。
スマホだった。ポケットからピンクのカバーのスマホを取りだす。啓吾の母からだった。
「はい、唄子です」
耳を当てると、成吾の母親が「唄子ちゃんっ」と大声で呼びかけてくる。
「え、セイ。セイならここにいますよ。電話に出なかった? あー」
話しながら成吾に目を向ける。成吾は手の平を合わせて唄子を拝んでいた。
「あのですねー、わたしバカやっちゃって、セイのスマホを自分のバッグに入れちゃったんですよぉ。それで、さっきセイを駅前で捕まえてですね」
成吾の母親は「よかったー。唄子ちゃんに電話をしてよかったー」と繰り返して言う。
「いま、セイに代わりますね」
スマホを成吾に手渡す。
成吾はサンキュと小さく言った。
「母さん、電話出られなくて悪い。今、友達と遊んでてさ時間忘れてたんだ」
元気な声で話してから、成吾は口元を少し引き締めた。
「これからも、こんなことあるかもしれないから……うん、わかった夜に話し合おう」
電話を切ると、啓吾は機転の利く唄子を見た。
唄子は成吾の手からスマホを受け取って、どうだっと胸を叩いてみせる。
「唄子サマを拝みなさい」
「ははぁ~。ありがたや、ありがたや」
成吾が両手を擦り合わせて祈る真似をする。
「毎日、家から電話が来ますの?」
きょとんとした顔で綾女が聞いてくる。
不思議に思うのは当たり前だ。
高校男子が、毎日夕方五時半に、お母さんからの電話を取らなければならないなんて変すぎる。
「昔の事件と関係あってね」
成吾がさらりと話すと綾女が納得して頷いた。
(ちょっとちょっと、アヤは人質事件のことまで知ってるの?)
知らない間に、二人が親密になっている。
(んー、なんかショックかも。でも、ちょっと嬉しいかも)
唄子は可愛いものが好きだ。
中等部時代、教室で浮きまくって孤独になっていた綾女に声をかけたのも、成吾の保護者をかってでたのも、二人が超可愛いからだ。
綾女は唄子がなってみたかった女の子そのもので、成吾は唄子の理想の「妹」像そのまんまだった。
この二人と一緒にいる時間が、唄子にとっての夢の国だ。
それは男臭さのない世界だ。
もし成吾がたくましくてスネ毛ボーボーだったら、唄子は成吾を放っておいた。
唄子は親と成吾以外の男が嫌いだ。
初恋もしたことがない。
「帰る前に制服なんとかしなきゃな。それと眼鏡……いつの間にか無くなってるし」
成吾の白いシャツは煤にまみれて所々焦げていて、ズボンの膝小僧はすりむけている。
その姿は「泥まみれになって頑張った女の子」に見えなくもない。中性的な顔立ちなのだ。
(セイが、ずっと女の子みたいでいればいいなー)
つい、本人が聞いたら激怒しそうな考えを抱いてしまう。
「制服や眼鏡なら、わたくしどもで調達いたします。眼鏡は何処の製品なのか分かりますか?」
「え、いいの?」
「身をていして助けていただいたのに、弁償をしないなんて道理から外れてしまいますわ」
成吾は表情を明るくして眼鏡のブランド名とフレーム名を言う。
童顔+女顔の成吾にとって、あの眼鏡は救い主だった。
眼鏡をかけると成吾の可愛い顔立ちが、少しだけインテリ男っぽく見えるのだ。
唄子は外している方が断然好みだけど……。
「母屋の方へ行きましょう。紀田系列の眼鏡店に連絡を取って急いで作らせます」
綾女は成吾に即答してから、唄子を見た。
「唄子、今日はうちに泊まっていきませんこと? 明日は休みですし、それにこんな事件の後で一人で過ごすのは心細いでしょう?」
「うん、泊まる泊まる。やだ、すっごい嬉しい」
綾女の家に泊まるのは初めてだった。
「……あ、でもさぁ。家ってば、森? わたし、こんなかで野宿するの?」
その問いに綾女がふっと笑う。
「唄子が遊びに来てくれる家の奥に、実はもう一つ家がありますの」
「紀田さんちって、本当にスケールでかいね」
成吾が感心した感じで言う。
「単なる防御対策ですわ。人の目から、護孔を隠さなければなりませんから。護孔は紀田の拠点であり、頭脳中枢です。絶対、守秘しなければなりません。だから二人とも、秘密にしておいてくださいませ」
綾女が説明すると、成吾の顔が曇った。
「あの人、また来るよ」
可愛らしい唇から漏れた一言に、綾女は表情を引き締める。
「わかっております」
誰のことなのか分からない。
「わたくしの代になってから、護孔の隠れ道の場所は全て変えました。護孔にも、そのことを強く言って聞かせております。ただ……護孔も、鬼の斧も、王魅も、意思がありますの。護孔が、わたくしよりお姉さまを選ぶ事もありえますわ」
唄子は置き去りになったまま、綺麗で可愛い二人を眺める。
(今日、攻撃したのは、アヤのお姉さん? 中等部の頃に一度だけ見たことがあるな)
綾女にソックリだけど、身に纏う空気が違う美女だった。
綾女は凛々しいが、姉の方は猛々しい。
土下座して許しを請いたくなる、そんな怖さがある。
(美人だけど、苦手なタイプ。わたしは、綺麗で、品が良くて、夢のある世界が好き。アヤのお姉さんはいらない)
姿を思い出して、唄子は再確認する。
「山燃やしちゃったのも、腕なくしたお兄さんを戦わせたのも、竹村が火傷したのも、アヤのお姉さんの仕業?」
たずねると、琥珀の瞳が悲しげに揺らいだ。
綾女のウィークポイントを突いてしまったらしい。
「いい、いいのっ。言いたくないなら言わなくていいの! あー、もお。唄子さん、ダメダメでまいっちゃうぞっと」
疾風のようにフォローして、煤だらけの自分の頬をペチンと叩いてみせる。
「実は、唄子……」
深刻な表情で、綾女が何か告げようとする。
「散歩してきちゃおうかなぁっ」
「唄子?」
「この森、面白いし。セイの準備も大変そうだし。わたしがいない方が物事がスムーズに進むでしょ」
綾女が違うとでも言いたげに、唇を薄く開く。
「アヤ!」
唄子は大きな声で友人の名を呼んだ。
「いま直ぐ、ぜ~んぶ、片づけなくていいんだってば。わたし、今日は泊まるんでしょ? じゃあ、夜にでも話せばいいよ。急ぐ事じゃないでしょ?」
問うと、綾女は血で汚れた手を握りしめて頷いた。
「唄子が友達でいてくれて、わたくし……嬉しいですわ」
「わたしも、そう言ってくれる友達がいて、めちゃっ嬉しい」
そう言って笑顔を見せてから背を向ける。
「三十分ほど、ぶらぶらしてみるからー。それまでセイの事頼んだよっ」
「はい。ちゃんと準備を整えますの」
友人の声から緊張が抜けている。唄子はそれで充分だった。
綾女の家が怪しいかろうと、戦いなんて血なまぐさい事があろうとも、別に良い。
(アヤとセイが無事なら……きっと、わたしの夢の国も無事なんだもん)
唄子は何も知らない分だけ楽観視していた。




