第2章 眠レル森ノ少女と壊レタ家族1
唄子は、いつも優しい夢だけを求めてきた。
血まみれの知り合いや、妙な術を扱う友人や、化け物のような友人など見たくはなかった。
(夢が、壊れちゃった……)
唄子は「本当の綾女の家」と教えられた森の中にいた。
気味の悪い大木が乱雑に生えている。大木は天を鷲掴みしているようにみえた。
「成吾さんが、こんなことになってしまうなんて……」
綾女が成吾に話しかける声が聞こえる。
耳を塞ぎたいけれど、そういう仕草をすれば友人が悲しい表情をするだろうとわかっていた。
唄子は折れた大木の上に体育座りをして二人を眺めていた。
成吾は女の子みたいな丸みのある大きな目で、鬼の斧と一体化した腕を見ている。
半分が柔らかな人の肌で、半分が黒くて長い斧。
気味の悪い腕だ。
それなのに成吾は平然と現実を受け止めてしまったようだ。
小学生並の頭をしているのに、度胸なんて一欠片もないのに、簡単に倒れてしまうのに、彼は熊と戦って勝ったそうだ。
「紀田一族以外で筒器を使いこなしたり、ましてや筒器と合体してしまう人は稀ですの」
「この鬼の斧も、筒器なんだ?」
「えぇ、とても稀な力を持つ最高の筒器ですわ」
(なんの話をしてるのか、さっぱりわかんない……。わかんないし、わかりたくもない)
いつもの癖で小さく唇をとがらせて、唄子は下を見る。
「このような状態だと筒器に意識を乗っ取られて、暴走して、命を失ってしまう可能性が高いんですの。全ての筒器がそうではありませんけれど、鬼の斧は力の強い特別な筒器ですから……」
綾女が説明すると、成吾は左手で胸を押さえた。
心臓の無事を確認しているらしい。
(命が誰よりも惜しい癖に……。親のために、危ないことなんかしたくない癖に)
苛立ちが唄子の中に積もっていく。
成吾が自分を守ってくれたのは聞いた。
だからこそ腹が立つ。
(わたしがセイを守ってきたのに。守るって決めてたのに)
唄子は自分を夢の国の番人だと思っている。
綾女や成吾は、その夢の国の住人だ。
夢の国では優しいことしか起こらない。
住人を傷つけようとする者がいたら、唄子が排除するから。
なのに、自分が成吾を危険な目に遭わせたのだ。
「じゃあ、オレ、死んじゃうのかな……?」
成吾が問うと、再び綾女が首を振った。
「筒器を動かす力は、天水を探知する力と似ています。筒器の心を読んで、筒器を操るのです」
「ただ、成吾さんの場合は違います。鬼の斧が成吾さんの心を読んで、力を貸しているらしいのです。……理由はわかりません。ですが、そうでなければ、あれだけの力を使って成吾さんが正気のまま生きていられるとは思えません」
そう綾女は語りながら、小川の水を手で汲んで、優しく優しく、成吾の全身を撫でていく。
焦げた肌がそれだけで整い綺麗になっていく。
成吾は照れもせず、綾女の行為を見つめていた。
こんな二人の様子にも腹が立った。
まるで長年連れ添った夫婦のようだ。
二人とも好きだから仲良くしてるのは嬉しいけど、と唄子は唇をアヒルっぽく突き出した。
(なんか、わたしってば邪魔者?)
綾女は大きく息を吐きながら、下から上へ、斧になった腕を持ち上げるように撫でる。
すると、成吾の腕から煙が発散された。
唄子は目を擦って、もう一度成吾の腕を見る。
彼は人に戻っていた。化け物の腕が元通りになっている。
「鬼の斧が、危険が察知されないから元に戻るって言った」
成吾が綾女に言う。
「完全に一体化してしまいましたのね……」
「一体化って何よ?」
尋ねると唄子の大切な綺麗な綾女は、愁いを帯びた眼差しを成吾に向けた。
成吾は返す言葉が見つからず目を泳がせる。
「アヤがね、秘密にしたいって気持ちわかるよ。わたしだってビックリしたし、悪いけど、セイの腕見たとき気色ワルって思ったから」
うんうんと頷きながら綾女は話を聞いてくれた。
これは唄子の好きな綾女だ。
いつだってちゃんと人の話を聞いてくれる。
「そのツツキってなんなのよ、キツツキの化け物なの? 熊の化け物がいるんだから、そんなのがいたって驚かないよ」
言っている内に、唄子の眉間が寄った。
富士山型になっているはずだ。
涙が出そうになるとき、彼女はいつも変な顔になる。
唄子は両手の人差し指で、眉間を伸ばす。
「守ってくれたんでしょ。セイもアヤも竹村も。守ってもらっておいて、なんにも知らないで、ありがとうとか言えないよ」
言っている内容がぐちゃぐちゃだった。
それでも綾女は真摯な目で唄子を見て、一区切り事に頷いてくれる。
「わたしだけ知らないってのが悔しい。わたし、アヤの親友で、セイの保護者だから」
「はあっ?」
成吾が不満そうに聞き返してくる。
「セイのお母さんに言われてるの。学校行ったらセイを頼むって」
話を聞きながら、成吾はふてくされた顔つきになる。両親に心配されているのが嫌なのだ。
「唄子……これは英利が持ってきた情報ですが」
前置きしてから、綾女がごくりと喉を鳴らす。
緊張しているようだ。
「八年前、一匹の熊が、この世のものではない筒卵という物質を飲み込んでしまいました。簡単に説明すると、筒卵は人間の悪い感情の集合体です。筒卵は熊を筒獣という怪物にしました」
もう、おわかりになるでしょう、という風に綾女が唄子を見る。
「わたしが襲われた熊は、化け物だったってことか。それでまた襲われて、それをみんなが助けてくれたと。なるほどねぇ、変なものがいるもんだねぇ」
なるべく話題を明るくしてみようと、唄子は軽く言った。
真面目な話は笑ってする方がお互いのためだ。
暗い話を暗い顔で聞くと、言う方も聞く方も沈み込んでいく。
「唄子が二度も襲われたのは、筒卵の中に以前の主である熊の意識が残っているからです」
「目の前にして食べられなかったものって、心に残るもんね」
「そして幼少の唄子を助けてくれたのは、わたくしと同族の人ですが……。今回、唄子を襲ったのも、わたくしと同族の人ですの」
「悪いヤツと良いヤツがいるんだ? 大変だね、アヤんとこ」
軽口を叩くように話を促す。
綾女はほっとした顔をしてヘンテコな家の事情を語っていった。
天水や心界のこと、筒卵と筒獣のこと、そして紀田一族のこと。
少しでも血が混じっていれば筒獣に狙われること。
最後に族長だった姉のことと自分が族長になったことを話すと、綾女は項垂れてしまった。
(ヘタに強いから、いっぱいいっぱい背負い込んでしまうんだよね)
唄子は木から降りて、綾女の頭をポムポムと叩いた。
夢の国の番人が、住人を追い込んでどうするんだ、と自分に言い聞かせる。
「わたし、聞いても複雑すぎて理解しきれないや。ごめんね~。アヤはアヤなんだから、何があっても友達なのは変わらないよねぇ」
そうやって自分から話題を変えた。
落ち込んでいく親友を見ていられなかった。
「これからはさ、何かあったらわたしに言うんだぞ。なんとかしてみせるから」
「……唄子」
「中等部のときから、竹村とアヤがいなくなったりしてたけど、それも怪物のせいなんだよね? アヤが誤魔化すたび、わたしってば距離感感じちゃったりしてたんだ。でも、これからはそういうのナシね。仲間はずれ禁止令だぞっと」
綾女がこくんと首を縦に振る。
唄子は大きな声を上げて笑った。
「今度からアヤの保護者にもなろうっと。なんか唄子さんってばスゴすぎ」
「自分で自分を誉めるなよ」
成吾が右腕の調子を確かめるように腕を捻ったり曲げたりしながら言う。
「だってアヤが、ここまで凹んだの見たの初めてよ。母性本能ってのがメラメラ~と燃えたりなんかして」
大げさなジェスチャーを交えて言うと、成吾が笑い出す。
深刻そうだった綾女も少しだけ微笑んだ。




