第1章 落下スル少年と殺意アル刃物23
成吾は一度目を閉じてから、心界の中心に飛びこんだ。
熱風の中に、一気に落下する。
咲人が炎の鞭を構えて待っていた。
「死んで、わびなさい」
咲人が言う。
「史上最強の鬼の斧を紀田でもない血で汚したことを!」
不動を貫いていた咲人が飛んだ。
炎の鞭が大きく波打つ。
鞭は炎の壁を取り込みながら急激に長くなる。
咲人が動くと、ずりりと心界も動いていく。
心界が動くと、炎にまかれた竹が割れる音が響いた。
(こんな状態に……みんなは無事か?)
状況が悪化していき、成吾は焦っていく。
綾女は動けそうになかった。
唄子は目を覚ましていたが、あの状態では走って逃げることが出来ない。
英利は真っ黒焦げて動けるはずがない。
(咲人さんの筒卵を斬るっていっても、どうやろうっ)
真下で業火の立ち上がる音。
地から生えてきた炎柱が、急成長して成吾を襲う。
ギリギリで成吾は炎柱をかわす――いや、今のは炎柱の、咲人の狙いが甘かったのだろうか。
反応が遅かったのに、成吾は炎に包まれなかった。
『皆を助けたければ、一回でけりを付けろ』
さもなくばお前も死ぬ、と声にしない鬼の斧の心が届く。
「……死なない」
誰も、死なせない。敵でも、殺さない。
『成吾、行け!』
助かるために、生きるために戦え――
咲人と成吾は真っ正面からぶつかろうとしていた。
一瞬、斧を鞭が受け止め、成吾が制止する。
すると炎球が飛んでくる。
成吾は斧を鞭に掴まれたまま、宙で身を捻って回避する。
そして、鬼の斧が自ら動いて鞭を切り裂く。
成吾と咲人の視線が絡み合った。
咲人の目はよどんでいる。
屡衣を守ると口にしながら、いつしか目的が変わってしまったのだ。
彼は立てこもりの犯人と同じ目をしている。
成吾を殺すために戦っている。
「オレは、お前を殺さないんだからな!」
成吾は咲人に叫んだ。
「オレは、殺さないで勝つんだ!」
鞭が炎の昇竜となって向かってくる。
成吾を炎で巻き取るつもりだ。
成吾は褐色の肌の表面を焼かれながら、鬼の斧の刃先で炎の鞭をなぞって急降下する。
先へ先へ。
咲人の腕へ。
腕の付け根にある筒卵へ――。
しかし、成吾の両脇から炎柱が迫っていた。
標的を捕らえようと大きく見開いた目が乾く。
自分の肩が炎に包まれていく。
焼かれる痛みが腕を覆おうとする中、成吾はありったけの願いをこめて叫んだ。
「鬼の斧、斬れ!」
咲人の肩に斧を叩き落とす。
ガツッと肉と骨が断たれる振動。
成吾が地に着地すると、斧の先に、小さな石が突き刺さっている。
黒くてゴツゴツとした隕石のような石だ。
成吾は石から説明しがたい不安感と焦燥感を感じた。
成吾は斧を振って、石を落とす。
地の上で石が砕け、水になって散った。
信念および身体着地、成功。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
成吾は地に片膝ついたまま、血混じりの痰を横に吐き捨てる。
彼の前に咲人が倒れている。
斬られた肩、血が泡をたてながら流れ落ちてくる。
二人の周辺で、世界は激変していく。
またたくまに炎が消え失せ、焼けこげた竹林が現れた。
燃える竹の節が割れ、赤い炎をのぞかせる。
火事にならないのは、今朝の雨のお陰か、それとも心界の炎だからか。
山の斜面の一部が、黒こげの竹林に変わっていた。
「よくぞ、ご無事で」
綾女の声がして顔を上げる。
炎から避難していたのか、青々とした竹林の坂の上から唄子に身体を支えられた綾女が降りてくる。
二人とも無事だ。
「竹村は?」
「……生きておりますわ。狼達が護孔の中に運びました」
成吾は頷き、焼けこげた自分のシャツを脱いで、咲人の傷口を圧迫する。
血を止めるためだ。
「この人も、早く、助けないとっ」
「……成吾さん」
「オレ、斬っちゃったんだ。助けないとっ」
子供のように涙をこぼして訴えると、綾女が頷いた。
「わかりました。護孔! 迎えを!」
綾女がその場にあるらしき護孔の何かを殴った。
それで気がついた。
今朝、綾女と昇ってきた護孔の裏口まで来てしまっていたのを。
心界で戦いながら、山を登っていたのだ。
「……セイ、その腕」
呼吸が辛いのか肩を上下に動かしながら唄子が言う。
彼女の顔色が悪い。
唄子は綾女を支えきれずに座り込む。
同じように崩れ落ちた綾女の隣で、唄子は成吾を見て震えはじめた。
「セイも、人じゃないの?」




