第1章 落下スル少年と殺意アル刃物22
『……。うまく筒卵を斬れば』
ボソボソと小さく鬼の斧が呟いた。
「え?」
成吾は斧の方をじっと見つめる。
すると、斧はもう一度心に話しかけてくる。
『あの腕の付け根に入れられた筒卵を斬れば、寄生された生物は己を取り戻す。骨と肉を断つしかないが、紀田の者はその程度で死なぬ』
しかし、咲人の血で赤くなった腕の断面に斧を入れていくことになる。
「本当に誰も死なない?」
少し考えてから、斧がもう一度言う。
『肩の付け根にある筒卵を斬るだけだ。うまくやれば死にはしない』
「ありがとうっ」
素直に礼を言うと、鬼の斧はしばらく黙った。
『赤子だな、成吾。もし屡衣がまだいるなら殺すしかないぞ。あの女は存在自体が悪だ』
「それは……そん時になったら考える」
鬼の斧は返答しなかった。
「筒卵の位置はわかる?」
積極的に成吾が聞く。
全員が助かるには、速めに処理をして救急車を呼んだ方が良い。
『見せてやることは出来ぬが、感じることは出来るだろう。行くぞ』
斧が元の形へ戻っていく。鉄の壁が消え、熱風が全身を殴ってきた。
マグマの内部を思わせる灼熱感。
心界の炎は激しさを増していた。
「危ないっての」
飛んできた火炎の球を斧で受け止め、静かに佇む青年を睨む。
「やっと出てくる気になったようですね」
咲人の腕の付け根、骨の中、切断面から二センチほど進んだ場所に、嫌な感じを受ける。
『そこだ』
鬼の斧が成吾の第六感を肯定する。
「咲人さん。オレ、戦う気ないから」
『成吾!』
鬼の斧が止めようとする中、成吾は咲人を見つめたまま少しずつ距離を詰める。
成吾が前に出ると、咲人は後ろに少し下がった。
「降参ということですか? ならば鬼の斧を置いて立ち去れ」
「鬼の斧は屡衣って人は敵だってさ。オレ、鬼の斧とちょっくら話し合ったりしてみたわけ。で、結論として、降参はしませんし、鬼の斧は渡しません」
「……良く動く口ですね」
「怖くてだよ。武器持った相手との沈黙って怖いよ。次に口開いたときが刺されるときって思うからさ」
「それなのに渡すつもりはないと?」
「だから説明してるじゃんか。オレは鬼の斧も渡したくないけど、戦いたくもないって」
無表情だった咲人が、奇怪なものでも見た顔をする。
「まさか、お互いに戦い放棄しようと言っているのですか?」
「ズバリ、それ」
返答は、炎球だった。
『しれものが』
待ちかねていたように鬼の斧が勝手に動いて、炎球を斬り落とす。
『バカな真似してないで、戦え、成吾』
「……なぁ鬼の斧、教えておくけどさっ」
成吾は左手で右腕を押しやり、火の帯を引きながら飛んでくる炎球を避ける。
身体が曲芸師のごとく良く動く。
重いはずの斧を持っているのに、やたらと軽いのだ。
「オレって、刃物怖いワケ。でさ、振り回すのとかも怖いワケでさ」
『お前のことなど全て知っている』
「あっそっ!」
『それゆえ、選んだ』
なぜか鬼の斧の中にも自分と同じ恐怖が宿っている気がした。
刃物の癖に刃物が怖いとは、これいかに。
「オレが落下して……その、意識失いそうになったら、引き留めて」
無意識のまま人を斬るのだけは嫌だ。
自分の中に存在する犯罪者への憎悪が怖い。
何の躊躇いもなく右腕を切断した、その心が怖い。
刃物を持つなら、正気を保っていたい。
『頼るな、頼れば、お前の意思が落下する』
鬼の斧の指摘が、炎よりも成吾をいたぶる。
『目を開け。そして動け、戦え、迷うな成吾!』
「奇形よ、死ね!」
咲人が叫ぶ。
割れた心界の左から右へ火炎柱が打ち込まれる。
軽業師のようにバク転して一本の柱から逃れる。
が、その先にまた柱が突き出してきた。
咄嗟に鬼の斧が動いて成吾の盾になる。
鬼の斧に当たり炎柱の端が傘のように開く。
右腕を大きく回して炎を消し、成吾の身体は地から離れる。
「炭になってしまえっ」
咲人が大声を張り上げ、壁面の炎を盛んにし、成吾を火炎のサンドイッチにしようとする。
それを上空で避けて、炎の一部を斧で切り裂く。
逃げまどいながら、鬼の斧と成吾は一つの生き物になっていく。
何処までの行動が自分の意思か判断できないまま、成吾は心界の宙で斧を振るう。
咲人の苛立ちが攻撃に繋がっていく。
矢継ぎ早に炎球が飛び、地から火の山が膨れ上がる。
とうとう降り立つ場所がなくなった。
成吾は空中に留まった。
熱風に煽られて、髪が逆立った。
唾液も汗も乾いていく。
他の方法を探せといいながら、見つかった方法を試せないでいる自分が歯がゆい。
『戦え』
鬼の斧が言う。成吾は右腕の鬼の斧を握りしめた。
咲人は戦うことなど平気なのだ。
人の死など屁とも思っていない。
たった一人の女のために人の心を捨ててしまっている。
そんな人間に立ち向かうのが怖かった。
(それでも、それでも……みんなを守らなきゃ)
成吾は舌で唇を舐めた。
舌の表面はパリパリで、唇はガサガサだ。
「――…鬼の斧、行くぞ」




