第1章 落下スル少年と殺意アル刃物18
「ウウゥゥゥ」
シンとカノエが唸りはじめる。
影が失せた竹林に沢山の蛍が舞っていた。
点々と金の光を放つ蛍……いや、それは小粒の青い玉だった。
『いいわ。綾女もエサにしてあげる』
数百はありそうな小さな小さな玉から、傲慢な女の声が聞こえてきた。声は微妙に重なり、ビブラートが入っている。
「お姉さまは、どうしても紀田に逆らうつもりですのね」
綾女が眉を潜めて、突き出していた両手を下ろした。
出現した小壺は、そのまま彼女の前に浮かんでいる。
『それより綾女、筒器は持たないの?』
「答える必要などございませんわ」
『ふ~ん、そぉ。まあ、どうでもいいわ』
小馬鹿にした笑い声に合わせて青い光が微震する。
『私と咲人のいない護孔なんて鈍い岩の固まりだわ。邪魔するなら、壊すから』
「お姉さまは、なぜ、そこまで紀田を嫌うのですか!」
綾女の問いかけは、相手の号令に取って代わった。
一斉に、青玉が光輝を放ち、高速で上昇する。
天へ直進する光の線が、目を焼く。
残光の中に黒々としたシミが一つ、ぼたりと落ちる。
巨大な黒影が、下り斜面から裏通学路に跳躍した。
「ハァッ!」
成吾が黒い影の姿を確認する前に、英利が回し蹴りをする。
軸足のぶれない、華麗で強固な一撃だ。
だが、足は空振りした。
先端の尖った毛の固まりが、火を噴いて、英利の足を包もうとする。
英利が手で炎を払って唸り、綾女を振り返る。綾女は目を据えて、影を見つめていた。
「毛は、筒獣の心界ですわ。本体を覆っていますの」
「それじゃ、攻撃できないじゃないか……」
丸い毛の固まりが、縦長に伸びていく。
そして巨大な熊としかいえない姿を形成する。
これが心界? 中じゃなくて、外に広がるんだ?
チョコレートの例え話だけでは理解できない。
けれど深く考えている余裕はない。
成吾は四つん這いになって唄子の元へ行った。直ぐに首に手を当てて体温と脈を確認する。生きている。
「唄子、おい。しっかりしろよ」
だが、唄子は揺さぶっても頬を叩いても目を開けようとしない。
成吾は綾女達を見た。
二人の背には緊張が漲っている。彼の行動に気付いてはいるが、それどころではないのだ。
「オレ、唄子を運ぶからなっ」
影に立ち向かう二人に言う。
「カノエ、俺の補佐につけ。シンは成吾と退去しろ」
英利が言うと、
「成吾さん、唄子を頼みます」
綾女も言葉をそえた。
成吾は唄子の膝裏と両脇に腕を差し込んで抱き上げようとした。
しかし、ややぷっくりした唄子の手足はゴム人形のように垂れていて、胴体は水枕のように形を崩す。
抱き方も、支え方も、持ち方もわからない。
漫画で見かけるお姫様だっこにはコツがいるらしい。
「救命の授業、真面目にうけておくんだったぁっ」
成吾は唄子の腕を自分の肩に回させ、力一杯引っ張り上げた。
腰を曲げた姿勢で立ち上がり、のろのろと裏通学路を進む。
学校へ戻れば人がいるはずだ。
人がいれば、いくらなんでも攻撃を仕掛けては来ないだろう。
「成吾さん、いけませんッ」
いきなり綾女が叱咤したので、彼女の方に首を回す。
綾女は空に向かって両手を突き出し、先ほどの小壺を高く浮かばせている。
小壺からビニール状の物質が伸びて、青い玉の降下を封じている。
綾女の武器は、あの小壺なのだ。
「たった少しでも紀田の遺伝子が入っていれば、筒獣に殺されてしまいます」
こちらを見もしないまま成吾に話しかけてきた。意味が分からずに「なんで」と聞き返す。
「筒獣は心界の力を食べなければ生存できません。それゆえ力を持つ紀田を喰ってしまうのです。唄子も紀田の末裔なのでしょう。だから襲われるのです」
「じゃあ、早く唄子を避難させないと。筒獣は人の集団には近づかないんだろ?」
成吾は歩を進めようとした。
「戦闘時には冷静さがなくなる。筒獣は栄養を求めて集団にも近づく」
英利が早口で説明する。
「えっと、じゃあ」
何処に逃げればいいのだろう。成吾は混乱する頭を押さえる。
「まだ、分からないのか。学校には、キダと読める苗字が何人いると思っている!」
英利の怒号に、成吾はめまいを感じた。
紀田、木田、喜多……。
生徒の苗字は「キダ」が多い。
時刻は推定夕方の四時頃。
校内は部活動に励むキダさんが沢山いる。
金山市内にはキダさんが沢山いるのだ。
「把握しているだけで十五万人が筒獣に狙われ、そして最後は筒獣が爆弾となります」
綾女がぞっとするような説明を補足した。
人々を食べ尽くし、爆発する筒獣。被害の規模を想像しただけで背筋が凍った。
「――あつっ」
灼熱の風が迫り、眼球と口が乾く。
英利は何かを呟いて右腕を筒獣に突き出し、熱風をせき止めた。
(これ以上、足手まといになったら……ダメだ)
話は聞いた。あとは自分で判断して行動するしかない。
裏通学路を上がる高等部、下れば中等部。他の道は駅前へと続いている。
逃げ場所は崖の上。護孔の中しかない。
「ココ、登れって、な」
一人なら登れないこともない。こうみえても成吾はスポーツ少年だ。身軽さでは誰にも負けない。
……でも。成吾は自分の胸の前でぶらぶらしている暖かな唄子の手を握りしめる。
彼女はこの手で、幾度もなく成吾を保健室へ運ぼうとしてくれたはずだ。
意識がない時だから覚えていないけれど、いつも真っ先に倒れた成吾に駆け寄って、男子生徒に応援を頼んでいたと聞いている。
「やってやろうじゃん」




