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【完結】史上最強プラス ~鬼神のロジック~  作者: 前田留依


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第1章 落下スル少年と殺意アル刃物16

 山を下りながら綾女(あやめ)から長老の報告を聞いた英利(えいり)は、白い狼をチラリと見てから(うなず)いた。

 シンは、赤毛のヒノエと違って落ち着きがない。

 大股で先を急ぐ英利の足に頭を擦り付けては、茶色の鼻を下方へ向ける。

 早く、と急かしているようだ。


 竹林のなだらかな傾斜(けいしゃ)の先に、コンクリートで固められた(がけ)がある。

 首を伸ばすと、崖の下にアスファルトの道路が見えた。


「護孔から(かん)にあたるのは、この裏通学路だ。シンも裏通学路を気にしているから、筒獣(つつじゅう)と獲物は、ここら辺にいるとみていい」


 天磐山(あまいわやま)のすそにある天磐学園には二つの通学路がある。


 西の坂道を真っ直ぐに降りて南の駅へ行くのが表通学路、学園の裏口から山の中に入って駅へ行くのが裏通学路である。

 裏通学路は、南にある中等部と繋がっている。

 山の中と言ってもゆるやかな坂道だから、ここを通る生徒は多かった。

 なによりも駅への近道なのが魅力的だった。


(かん)って方位のことなんだよな?」


 成吾が訊くと、綾女が頷く。


「六十四方位の一つですわ。東西南北の四方位を更に細かくしたものですの。天磐山を六十四に分割して、そこに護孔からの出口を設置しておりますの」


 シンが頭を低くして獲物を狙う態勢になった。


(そば)に来たか……」

「でも、筒獣の気配を感じませんわ」

「え? シンって筒獣を察知しているんじゃないの?」


 つい口を挟んでしまった。成吾は両手で自分の口を押さえ、頭を下げる。

 綾女は(とが)める様子もなく丁寧に答え始めた。


「シンは筒獣と感応しますの。紀田の人々は筒獣や筒卵を感知できますが、その狙いまではわかりません。だから筒獣の意識を受け止めるシンは重要な存在ですのよ」


(それって、筒獣受信狼ってことか。日々、化け物と感覚の共有しちゃうのか……)


 可哀想すぎる。

 成吾はそっと手を伸ばして、優しくシンを撫でた。

 シンは坂道の上方を気にしていて、成吾のことなど無視している。

 その代わりに隣のカノエが成吾に唸りはじめた。


「やめろ。シンの仕事の邪魔をすると、カノエに(かじ)られる。カノエはシンの補佐(ほさ)をするために産まれた来た分身だからな」

「忍者?」

「発想が貧困で非常に見事だ。おめでとう」

「ややこしい()め方するぐらいなら、素直にけなせってば」


 言い返すと英利の目が笑みをたたえて細くなった。


「ほほぉ。けなせと。いいんだな、思いっきり……けなしても」

「英利。その癖、いい加減に直したらどうですの? 唄子も成吾さんも、あなたのオモチャではありませんのよ。まったく変な所だけ、誰かさんに似てしまって……」

「咲人に似た方が良かったのか?」

湾曲(わんきょく)したことを言いますのね。英利はどちらの味方なのです?」


 綾女は呟くように言って、英利から顔を背ける。


「俺が残っていること自体が答えだと思わないのか?」


 英利は軽く溜息をついて、裏通学路を眺める。

 唄子の話では恋人同士のはずなのに、この微妙にすれ違っている会話は何なんだろう。

 もしかしたら痴話喧嘩(ちわげんか)の最中に起きた事件だったのか。

 成吾は「やっぱり帰ります」と言いたくなってきた。


「英利、馬鹿なことを言ってごめんなさい」


 長い沈黙の後に綾女が答えた。


「族長を守るのが俺の勤めだから。族長が変われば、守る相手も変わる。お嬢は色々と複雑に考えすぎるんだよ」


 他人が口を挟める問題ではなさそうなので、成吾は黙っていた。

 なるべく二人の会話を聞かないように意識を道路に注いだ。


 すると、ウゥゥウウゥッと、どちらかの狼が唸った。

 白い狼、シンだ。


「来た」


 英利の声が、矢のごとく飛んだ。

 見ると、綾女も英利も、竹林から身を乗り出して崖下を(にら)んでいた。

 聞き慣れたヒップホップ音楽が成吾の耳に飛び込んだ。


「やだ、もぉ。セイったら、なんなの」


 腹が立って仕方ないという唄子(うたこ)の声が聞こえる。

 裏通学路を見下ろすと、唇をアヒルの嘴形にした唄子が見えた。

 成吾のワンショルダーバッグを斜め掛けにし、自分のトートバッグを脇に抱えてスマホを弄っている。

 どうやら成吾のスマホに電話をしたらしい。

 成吾のスマホは唄子が持っているワンショルダーバッグの中だ。


「セイ、サイテーだぞ」


 唄子はトートバッグの中に自分のスマホをしまった。


「……ぉっ」


 成吾は声をかけようと竹林から顔を出そうとして、やめた。

 綾女と英利が尖った視線をこっちに向けたからだ。


「まさか……唄子が?」


 小声で確認すると綾女が(うなず)き、「あれが獲物らしい」と英利が小さく答える。

 唄子が崖の真下に来ると、シンが動き始めた。

 音もなく崖に駆け寄り、唄子の匂いを嗅ぎ、幸福そうな表情をする。

 そして白い牙を見せ、ぽたぽたと唾液を滴り落とす。筒獣(つつじゅう)

 と感応しているのだ。


(こ、これって、シンちゃんヤバイんじゃねーの?)


 このままだと、唄子が味方のオオカミに襲われてしまいそうだ。

 英利が人差し指を動かしてカノエを呼ぶ。

 カノエはシンの真横に並んで唸りはじめた。

 シンは足から頭へぶるりと身震いして裏通学路の向こう側を見ると、眼球を剥き出した。

 真円に近づいた目が、鏡のように太陽の光を反射する。

 鏡の目が、標的を捕らえている。

 シンの目に赤黒い影が映っている。


「アレか、筒獣がいたぞ」


 英利の喉仏が上下に動く。

 裏通学路の向こうは急な下り坂の竹林だ。

 そこに筒獣が潜んでいるらしい。


 成吾は向こう側を見たり、シンを見たりと忙しく首を動かす。

 これから綾女達がするであろうことに見当がつかなかった。


 獲物を筒獣から守る……。それは多分、成吾が想像するのとは違う方法なのだろう。


 シンの目が陰ると同時に、とんでもなく大きな質量がズンッと近づく。

 それは姿形がないものだった。

 ぬるい湯で(ふく)らんだ巨大な風船が身体を圧迫する、そんな感じだった。


「カノエ、シン、成吾を守れ」


「成吾さんはここから動かないでください」


 場慣れしているのか、二人はそれだけ言って次々と崖を飛び降りた。


「きゃあっ」


 悲鳴を上げて唄子はトートバッグを落とし、道路にお尻を付ける。

 それから、唖然(あぜん)とした顔で崖から飛び降りてきた二人を見た。


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