第1章 落下スル少年と殺意アル刃物13
成吾達を乗せた葉の船は、曲折する根の溝をモノレールのようにスムーズに通過していく。
だんだんと何処へ行こうとしているのか見えてきた。
早急に作り上げた小川の向こうに、小さな湖があった。
その湖には、見慣れぬ水生植物群が広がっている
長い茎を伸ばして咲く蓮に似た花と、線香花火が逆さになったような細い木々などが、こんもりと密集していた。
葉の舟が近づくと、植物達はゆっくりとゆったりと波打ちながら緑のトンネルを作っていく。
二人を乗せた葉は、その樹冠に覆われた薄暗いトンネルに入っていった。
中に入ると水面には、心界の陽光がまだらに浮かんでいる……。
『新しい筒卵ではないぞ』
植物の中から誰かが話しかけてきた。
「いっ?」
『まだ二つの意識しか宿っていない筒卵です』
『屡衣の仕業と見た。心得てかかれ』
「その声、オレに?」
綾女が振り返り、立てた人差し指を「しー」と唇に当てる。
「成吾さんは答えなくてもいいのです。長老方には族長の声しか聞こえませんの。長老方を保存している筒器が、主以外の声を聞きたがらないからですわ」
説明の間も、様々な人がこちらに話しかけてくる。
『筒獣は、前に食い損ねた一人の獲物を探している』
『王魅を奪い返せ、脱落者は始末せよ』
密林の奥で影がゆらいでいた。
水に腰まで浸かって立つ人の影に見えた。誰かがいるのだ。
「あの人達、ここで紀田さんを待ってたの? 水、冷たくないのかな?」
「長老方は、この世の方々ではありませんの。筒器「護孔」に蓄えられ続けた元族長の意識ですのよ」
一度訊いただけでは飲み込めず、成吾は頭の中で言われた言葉を整理する。
既にこの世の人ではなくて、元族長で、つまり死んでいて、護孔という筒器の心界に蓄えられている。
「幽霊の声ってこと?」
ぞっとして肩をすくめると、綾女が首を横に振った。
「いいえ。生きていたときの意識ですのよ。紀田一族が今まで存在し続けたのは、こうして長老方が生き続ける知恵を授けてくださるからですの」
「パソコンみたいなもん? ハードディスクの中に詰まってるの?」
成吾の問いに綾女は頷いてから、小さく笑った。
「近いですわ。長老方は、現存して思考する生きたままの記録ですから」
成吾は水生植物の中を注意深く覗いた。
目立って見えるのは、極彩色の花や木の実。
それらを蔦植物が大雑把に編んで一つにしている。
まるで小さな密林だった。
『人々が筒獣の側に向かっている。筒獣は隠れている』
『沢山の人が来る。だが、筒獣は逃げようとしない。執着心だ』
「あのさ、筒獣って人を襲うのに人が怖いの?」
小声で綾女に話しかけると、彼女は首を回して成吾を見た。
「筒卵の内部の濁り……よどんだ感情のことですが、それと異なる感情を多量に取りこむと、筒卵は分裂して爆発するのです。ですから筒獣は集団に近づきません」
トンネルの先が見えたはじめた頃、ざわめきだった言葉が一つに束ねられていった。
『方位咸に筒獣がいる』
『筒獣は獲物を発見した。筒獣はその獲物に固執している』
『まだ時間がある。人々が建物から去った後、狙うだろう。獲物を守る体制を整えよ』
『咲人の匂いもする。心してとりかかれ』
「はい、わかりました」
綾女が答えると、密林の中は静まり返った。
葉の舟がトンネルから抜け出す。
そこは山の中だった。
正確に言うと、天磐山の裾に広がる竹林の中だ。
右斜め上に、天磐学園高等部の体育館が見える。
「天磐山の中には、護孔から外の世界へ出ていける場所がいくつか合って、ここはその内の一つですわ。ですが、防御のために入り口は二つしか存在しませんのよ」
成吾に説明してから綾女はスマホを確認する。
「もう学校が終わりましたのね……では獲物は学校の誰かかもしれませんわ」
「お嬢!」
竹林から英利が飛び出してきた。神出鬼没である。
「参りましょう。――成吾さんは、このままお帰りになってくださいまし」
「こいつも連れていくべきだ。言葉で説明したって、現実を見ないと納得しないもんだろ」
「危険です」
「知らない方が危険だ。ヒノエ、シン!」
山登りの時に出会ったニホンオオカミが二匹、英利の両サイドに駆け寄ってきた。
どうやら英利は本当に絶滅種の飼い主らしい。
ひっそりと山奥で、狼の絶滅防止をしている変人。
かなり嫌な光景だ。
「こいつらに成吾を守らせる。筒獣は目覚めたてらしいから、そんなに力はないだろうよ」
英利は「成吾」と呼び捨てた。
彼の中では成吾は友達なのだから当たり前なのかもしれない。
「長老方は、咲人さまの気配を察知したようですの」
その言葉に、英利が狐目を大きく大きく開いた。
「咲人が、もう動けるって? あんなに酷い怪我をしたのに」
綾女が慌てた様子で成吾を見る。
「成吾さんはお帰りになられて……」
「お嬢。避けていたって、何も始まらないよ」
低い声で英利がたしなめた。
綾女は成吾から目をそらして項垂れてしまう。
「まだ、部分的にしかお話ししていませんの。ですから、英利、お願いですわ」
「なら、今すぐ全ての情報を伝えてやれ。情報がなければ、考えることもできない。考えなければ動けない。自分の身を守ることすらできない」
耳を塞ぎたい、と成吾は思った。
ずりずりと過去の傷口に塩をすり込まれている気分だ。
英利の言葉は、そのまま彼の家族の状況と重なっている。
「俺等が目隠しをしたら成吾は自分で自分の身を守られなくなるんじゃないのか? それともコイツが死ぬまで、俺達が丁重に守ってさしあげるのか? 紀田の頂点にいたあの二人から?」
「成吾さんは元々部外者だったのです。私達が守るのは当然ですわ」
(守るのが……当然って……)
成吾は、少女のような端正な顔をぶんっと振った。
そして、華奢な手を握りしめて腹に力を込める。
「オレも行くから!」
大声を放つと、英利がニヤリと嫌な笑い方をした。




