表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究  作者: 橋本 直
第三十四章 『特殊な部隊』の戻ってきた日常
83/85

第83話 想像力の罪

 会議室の片隅、モニターに小さな青白い光が揺れていた。

 

 カウラは息を詰め、手元の端末で映像の角度を微調整する。画面が一瞬ノイズで乱れ、志村三郎の父とかなめが向かい合って座る姿がはっきりと映し出された。

挿絵(By みてみん)

「これはね、あの暴力姫が何かやらかす前に見張るだけよ。別に変な好奇心とかそう言う物から来たものじゃないの。分かった?誠ちゃん♪」

 

 アメリアは悪びれずに笑い、島田がごくりと唾を飲んだ。

 

 全員が会議室に小走りで飛び込んでそこに有るモニターの電源を入れて映し出された応接室の隠し撮り画像を見た時から誠は落ち着かず、肩をすくめながらも結局モニターに目を釘付けにされた。


 二人の会話が気になって仕方のない島田に頼まれて普段は無表情なカウラも、あのうどん屋とかなめの会話が気になるようで、応接室に仕掛けられた隠しカメラの角度を調整する為に個人用の携帯端末を操作し始めた。


「しかし、本当にこんなことをして良いのだろうか……あの傍若無人で知られる西園寺にもプライバシーというものがある」


「部隊の部屋のすべてに隠しカメラとマイクを仕掛けた本人の台詞じゃないわねそれは。『綱紀粛正を計るために必要な処置』?何のことは無い、こういう時の為に使おうと思ってたんじゃないの?カウラちゃんもワルよね♪」 


 アメリアにツッコまれてカウラが呆れたような顔をするが画面からは目を離そうとしない。いつの間にかその周りにはラン、島田、菰田の姿があった。


「でも本当にこんなことして良いんですか?後で西園寺さんにバレたら本当に射殺されますよ。あのお姫様モードのかなめさんって切れると普段の百倍怖いんですから」


 誠はここでもいつもの弱気を発揮した。


「何言ってるの。何度も言ってるけどせっかくのお客さんにあの暴力サイボーグが変なことしないか監視してあげてるのよ。逆に感謝してもらわないと。明日かえでちゃんが来るからその予行演習と言って縄で縛って、鞭を打ったりしたら大変でしょ?隊内でそんなことしたらランちゃんの責任問題になるわ」


 アメリアは相変わらずの良く分からない理屈で誠を説き伏せた。


「でも、しんみりとした話になりそうだな。ここまで来ておいてなんだが、やっぱりやめないか?」


 カウラはここで平静を取り戻してそう言ってアメリアをつついた。


「ここまで来て止められますかってええの!ピントが合ったわよ。ほら、かなめちゃんが見える」


 モニター一杯に応接室の様子が映り、そこにかえでと親父が向かい合って座っている様が見えた。




「兄さん、良いんですか?またクラウゼ中佐達が何か始めてますよ。どうせ西園寺大尉に来た客との会話を覗き見ようってところでしょうね。止めないんですか?」 


 隊長室に入るなり管理部部長の高梨渉参事はそう言うと腹違いの兄である司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐の顔を見ながらソファーに腰掛けた。


「まあいいんじゃないの?いわゆるあいつら流の気遣いって奴だよ。アイツ等も今回の件で俺等の仕事が結局何が出来るのか、何が出来ないのかがわかったんじゃないかな?結局は俺達の立場じゃ事件が起きなきゃ動きが取れないし、終わったときには被害者の涙ばかりなんだ。あんまりおいしい仕事じゃ無いってことだよ俺達のお仕事は。だからたまにはいたずらをしてすっきりさせてあげるのも隊長の仕事なの」 


 嵯峨は安城秀美が土産に持ってきた羊羹をうまそうに頬張る。その姿に立ったままで二人を見つめる安城秀美は大きくため息をついた。


「いつのもことだけど……そんな部下の使い方しているとそのうち足元掬われるわよ。今回の事件だって嵯峨さんが東和陸軍に行ったってことは07式の投入とあの法術覚醒プラントが地下から行ったクバルカ中佐の隊の武装くらいじゃどうにもならずに地上に出てくることは予想してたんでしょ?クバルカ中佐に手段を選ぶなと言えば彼女の法術であそこでかたはついてたんじゃないの?違う?」 


 安城のその声に頷きながら湯呑みを包み込むようにして持った高梨は同意するように大きくうなずいた。


「なに、忠告したってやることは同じなんだからさ。それにランの能力は現段階では出来るだけ伏せておいた方がいい。あんな雑魚相手に使うにはもったいないよ。秀美さんに言われるまでも無くて、俺は隊長なんて柄じゃねえことはわかっているんだ。今回だって連中の退職願を握りつぶした後、俺の辞表を司法局長代行の明石のタコ野郎に提出したんだけどさあ……」 

挿絵(By みてみん)

 嵯峨は机の引き出しから誠達が提出した退職願の束を取り出した後、びりびりに引き裂いた。


「また握りつぶされたの?これで何度目?と言うか、辞める気なんか本当は無いんでしょ?この『特殊な部隊』の隊長が務まるのは遼州圏には嵯峨さんくらいしかいないもの」 


 噴出す安城に嵯峨は情けない顔をしてみせる。高梨も呆れたようにその光景を見つめていた。


「でも今回は国際問題の方は一日の電話会談でけりが着きましたが東和国内と遼北国内はかなり事後処理に手間取りそうですね。早速、東和陸軍の上層部と同盟厚生局の幹部連中はかなりの数の諭旨免職処分が国防大臣の指示で出たそうですが……それと同盟厚生局の背後にいた遼北では大粛清の嵐だそうですよ。やっぱりあそこは東和の繁栄を妬んでて誰かが背後で糸を引いてたんじゃないですか?」 


 高梨は心配そうに古巣の国防軍の混乱の様子を困ったような表情でそう表現した。


「東和陸軍の解雇組は身分が自由になれば好き勝手なことを言い出しかねないってこと?まあそれを相手にするほどマスコミも暇じゃないでしょ。まあ甲武やゲルパルトなんぞの地球人至上主義者や東和の妄想遼州人のネットユーザーが騒いで終わりだよ。それに遼北の事は遼北の国内問題だもの。内政不干渉が同盟機構成立の絶対条件だったでしょ?そんな人の国のことまで俺は責任取れないよ」 


 嵯峨の一言を聞いても高梨は納得がいかないというように頭を掻く。小太りで小柄と言うまるで兄の嵯峨とは似たところの見えない彼から嵯峨に安城が視線を移した。


「けど……今回の同盟厚生局の違法研究のデータが流出してた件の方が軍幹部の政治ゲームよりももっと重要な事件だと思うんですけど」 


 そんな高梨の言葉を聞くと嵯峨は一口目の前の湯飲みの茶を口に含んだ。


「研究が不完全なものだったのは誰もが認めるものですもの。直接応用しようなんて動きは無いでしょうけど……まあ警戒しておくに越したことは無いわね。その辺は本局の調査部に連絡しておくわ」 


 そこまで言うと安城はじっと嵯峨の顔を見た。明らかに納得がいかないというように手元にあった書類の角をぴらぴらとめくっている嵯峨に不思議そうな視線を向けた。


「何か気になることでもあるの?」 


 安城の言葉に嵯峨は顔を上げた。相変わらず納得がいかないと言う表情で高梨に目を向けて、そしてそのまま天井を見つめた。


「俺はさ……ネバダの実験場で、白い照明の下に縛られていたことがあるんだ。今回の被害者たちと同じような実験動物としてね」

 

 嵯峨は湯呑みを持ったまま視線を宙に漂わせた。


「針を刺してくる奴らの目は、ただの好奇心で光ってた。人間じゃなく、面白い標本を見るみたいな目だ。……あの時の感覚を、今回の被害者も味わったんだろうなと思うとさ、胸糞悪いんだよ。今回の事件であの化け物の材料にされた被害者いるだろ?ランの奴は自分達の制御が出来なくなった彼らが早く楽になりたいから誠に(とど)めを刺してくれって言ってたっていうんだけどさあ」 


「クバルカ中佐らしい表現ね」 


 そう言うと安城は手にした湯飲みを口に運んだ。


「だとしたらそんな言葉がなぜ周りの研究者にはその声が聞こえなかったのかなあって思うんだよね。俺の場合は意識があったから注射針とか突き刺してくる連中をにらみつけてやったら結構びびってたよ。反応がある相手だと研究者もびっくりするもんだとそん時学んだ。反応が無いとなると研究者ってどこまでも突き進んじゃうんだよね。怖いよね」 


 嵯峨の口元に微笑が浮かんだ。それを見て安城はため息をついた。高梨は黙って茶を啜っていた。


 ぼんやりとした視線で自分を見上げている嵯峨の顔を見て、ハッとしたのは安城だった。


「嵯峨さんには今回の研究者の気持ちと言うものはわからないかもね。ずっと自分は安全な場所に住んでいると信じ込んでいる多くの人間のように平和とは無縁に生きてきた人ですもの。平和にちょっとした不満が加わると人はいくらでも残酷な自分に憧れるものなのよ。ゲームとかでよくあるじゃない。残酷表現が多い作品って」 


 その遠慮してオブラートに包んだような安城の言葉に嵯峨は首をひねった。


「どういうこと?まあ確かに俺の周りじゃあ刃傷沙汰が絶えなかったのは事実だけどね。餓鬼の頃からそうだ……荒れ狂う遼帝国を追われて甲武に行けばさっそく地球相手に大戦争だし。一度死んでまた遼州圏に戻ってみれば故郷の遼南は再び内戦状態だ。平和より戦争状態の方が俺にとっては普通のことだからね」 


 そう言うと嵯峨は引き出しを開けた。そして湯飲み茶碗の隣にかりんとうの袋を置いた。空の湯のみに気を利かせた高梨が茶を注いだ。


「平和な時代だと自分の手が汚れていることに気づかないものよ。他人を傷つけるのに戦争なら国家や正義とか言う第三者に思考をゆだねて被害者ぶれば確かに自分が正しいことをしているとでも思いこめるけど、立ち止まって考えてみれば自分の手が汚れていることに嫌でも気づく。でも……」 


 安城の言葉に明らかにそれがわからないというような顔で嵯峨はかりんとうの袋を開ける。彼女は視線を高梨に向けるが文官の高梨はただ困ったような笑顔を向けるだけだった。


「俺が言いたいのはさ、単純に自分の正義で勝手に人を解剖するのはやめて欲しいってことなんだよ。凄く当たり前で分かりやすい話だと思うんだけどな、俺は。理系の人にはわからないかなあ……やられたこっちとしてはすごく単純で分かりやすい話だと思うんだけどな……そう思わない?」 


「理系とか関係ないと思いますけど」 


 高梨はそう言いながらかりんとうに手を伸ばした。


「渉はそれなりに苦労してるじゃん。だから人の気持ちも分かるんじゃないの?俺なんかよりもよっぽど」 


 嵯峨はそう言って自分の数百人といた兄弟の中で数少ない生き残りの一人である高梨を見つめた。


「神前曹長からすれば嵯峨さんの方が今回の研究者なんかよりもっと質が悪いかも知れないわよ。彼は生きたままその人生そのものを狂わされたんだもの。いくら法術師を公にすると言う理由を付けたって人一人の人生を狂わせた責任は重いわよ」 


「秀美さんにそう言われると痛いよなあ……確かにアイツの人生を狂わせたのは俺だもんね。ちゃんとアイツの定年まで看取ってやんなきゃ。俺は不老不死だから定年無いだろうし」


 そう言って苦笑いを浮かべる嵯峨を見ながら安城は嵯峨の目の前のかりんとうの袋を取り上げた。取って置きを取られた嵯峨が悲しそうな視線を安城に向けた。


「技術が進んでも人は分かり合えない。そう言うことなんじゃないですか?別に平和とか戦争とか関係ないでしょ」 


 一言、高梨がつぶやいて湯飲みに手を伸ばした。嵯峨は手にしていたひとかけらのかりんとうを口に入れて噛み砕いた。


「そうかもしれないわね。結局、人は他人の痛みをわかることは出来ない。でも、想像するくらいのことは出来るわよね。少なくとも私はそうありたいわ」 


「それくらい考えてもらわねえと困るよなあ。でもまあ……俺も人のことは言えねえか。俺も戦争犯罪者だもん。俺の為に泣いた人間の数は今回違法研究で犠牲になった数の比じゃ無いからね……今回の研究者の事をとやかく言う資格は俺には無いか……」 


 いつもの自分を皮肉るような笑顔が嵯峨の顔に宿った。そして嵯峨は気がついたように後ろから差し込む冬を感じるはるかに光る太陽を見上げた。

挿絵(By みてみん)

「ああ、まぶしいねえ。俺にはちょっと太陽はまぶしすぎるよ……で、思うんだけどさ秀美さん」 


 突然名前を呼ばれて安城は太陽をさえぎるように手を当てながら両目を天井に向けている嵯峨に目をやる。


「この世で一番罪深いのは想像力の不足じゃないかと思うんだよね。今回の件でもそうだ。生きたまま生体プラントに取り込まれる被験者の気持ちを自分の研究の有益性を信じて疑わない研究者には想像できなかった。研究者連中の想像力の欠乏が一番のこの事件で断罪されるべきところだったんじゃないかなあ」 


 その言葉に安城は微笑んだ。


「そうね、これから裁かれる彼等にはそれを分かって欲しいわよね。でもそんな私達もたとえ想像が及んだとしても相手に情けをかけることが許されない仕事を選んだわけだし。そんな私達はどう断罪されるのかしら?」 


 嵯峨は苦笑いを浮かべる。


「さあ……誰がいつ俺達を断罪するのか……因果な商売だねえ、軍事警察機構の隊員てのは……いつかは俺達を裁く人間が現れるかもしれない……それでも前に進むしかない……前に進むしか……」 


 そして嵯峨は頭を掻きながら手元の端末を操作する。中には大会議室で応接室のかなめと志村三郎の父との会話を覗き見ている誠達の姿があった。


「あいつ等もそのうちこんなことを考えるようになるのかねえ……俺と同じ気持ちになった時、その時はその感想を俺に聞かせてくれよ」 


 嵯峨の冬の日差しを見上げる姿に珍しく安城は素直な笑顔を浮かべていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ