第81話 戦場に戻った日常
追い詰められた誠機の頭上を突然、夜空を裂くように赤い光跡が飛んだ。
次の瞬間、肉塊の展開していた干渉空間が波打ち、破裂音と共に収縮する。爆風が誠の05式を揺らし、砂塵が視界を覆った。
『誠さん!援護します!』
モニターに映ったのはビル屋上から肩にロケットランチャーを担ぐアンと、弾薬箱を抱えて走るひよこだった。息を切らしながらも笑顔を見せる二人に、誠の胸にかすかな希望が差し込んだ。
『これって、本当に効くんですか?』
女子隊員の制服を着た『男の娘』アン・ナン・パク軍曹が小型のロケットランチャーを構えているのが誠のモニターにも見えた。目の前でもだえ苦しむ肉塊を見てもまだその状況を信じられないのは、彼が幾多の死線を潜り抜けてきた少年兵だったため、状況の好転を安易に信じることが出来ないからなんだろうと誠は思った。
『これが効果が無かったら、それは司法局本局の責任ですよ!これは干渉空間を無効化する効果ももっているように開発されているんですから!それにこのミサイルは本来対法術適応型シュツルム・パンツァー兵器ってことで取り寄せたんですからね。法術師の集合体に対して効果があるかの研究なんてしている組織なんてこの宇宙のどこを探してもありません!』
ひよこはそう言いながらも自分の持って来た兵器に自信を持っているように感じた。誠の機体のモニターにアンが構えているロケットランチャーが光っているのが映し出された。その後ろではそれに装填するロケットを重そうに抱えるひよこの姿があった。
「ムゴー!」
明らかに痛みを感じているとでも言うようにロケット弾の直撃を受けた化け物はもがき苦しんでいた。再び干渉空間を展開しようとするが、それも瞬時に消えた。対法術師兵器ならばあの化け物に対して効果があることは今の一撃を見れば誠にも分かった。誠は勝機と言うものを感じた。
『あの化け物、さっきの攻撃で法術が一時的に使えなくなったみたいです!今のうち!今が攻め時です!』
ウィンドウが開いたところにはアンの叫びを聞いて誠は覚悟を決めたようにダンビラを構えなおした。
『反撃だ!神前、行けるな。今ならこちらから一方的に攻撃できる!さっき西園寺が言ったように何度もダンビラを突き立てて奴の神経中枢を見つけ出せ!それが今は一番手っ取り早い!』
カウラの声に励まされるのを感じながら誠はそのまま大きくダンビラを振り上げて目の前の化け物に向かった。
「ムガー!」
叫び声を上げる化け物に大きく振り上げた誠の05式のダンビラが振り下ろされた。ただの肉塊のようなものに力が集まっている場所があることが誠のテリトリーの中の感覚から知ることが出来た。そこがこの肉塊の急所だと誠は本能的に察知した。
「行けー!そして眠れ!」
言葉と同時に誠の空間干渉能力が発動してダンビラが銀色に光り始めた。振り下ろされたダンビラは急所を外して肉塊の左端を引き裂き、そのまま地面に突き刺さった。切り離された肉塊は地面にボタリと落ちるとじわじわとアスファルトを侵食しながら煙を上げて消滅していくのが見えた。
『外した!でも行けるぞ!敵はあくまでも不死人を製造するプラントであって、奴自体は不死身じゃねえんだ!再生能力のねえでかいだけの化け物ならなんとか勝てるかもしれねえ!』
かなめの声にさらに誠はダンビラを構えなおした。その時、またアンのロケットランチャーが先ほど引き裂かれて再生を始めていた化け物の左端に命中した。干渉空間が展開できないでいる化け物は対法術兵器の直撃を受けることになった。
爆発とそれに伴う炎が化け物を覆い尽くした。肉塊は明らかにひるんだようによろめいた。誠は再び確認するが、先ほどの攻撃で切り裂いた化け物の左側の傷が治る様子は見えなかった。確かに相手には生体修復能力は無い。誠はこの戦いは勝てると自信をもって操縦かんを握る手に力を込めた。
『次弾装填!神前軍曹!お願いします!』
ビルの上でアンが対法術師シュツルム・パンツァー用ミサイルを構えているのが見える。
『アンさんこれがラストですよ!絶対急所に当ててくださいね!』
ひよこの声に誠は再び間合いを取ってこちらも急所への一撃を見舞うチャンスを計った。もはや衝撃波や空間切削の攻撃を繰り出すことを忘れた肉塊はただの的となっていた。大きく振り上げた誠の05式のダンビラが振り下ろされた。アンの最後の一撃が化け物の左半身に命中するのと同時にその中央に誠のダンビラが突きたてられた。
「こなくそー!これで終わりだ!助けてやるからな!みんな!」
このプラントの製造の為に使用されたすべての命の為の誠の叫びと共に肉塊に突き立てられたダンビラが光を放った。一瞬動きを止めた後、肉塊は大きくうごめいて苦しがっているように見えた。
『ごめんな……でも仕方がね-んだ。もう戻れないんだ、連中は。神前……オメーが連中にしてやれることはそれだけだ。早く弔ってやれ。もうそれは生ける屍なんだから……』
ランの法術を使っての声が誠の脳内に響いた。ダンビラは白から赤に色を変えながら一段と際立った光を放ち始めた。化け物の動きが抵抗から痙攣に変わり、明らかに力を失って崩れ落ちようとしているのが誠の05式のモニターに映し出された。
光の筋が肉塊を貫き、赤黒い液体が静かに舗道を染めていく。
『ア・リ・ガ・ト……』
その声が消えた瞬間、周囲の喧噪すら遠ざかり、世界が一瞬だけ静寂に包まれた。
誠はダンビラを握る手の震えを止められず、ただ崩れ落ちる肉塊を見つめ続けた。
……終わったんだ、本当に。
そう思えたとき、カウラが小さく息を吐いた。その吐息だけが、現実に戻る合図のように聞こえた。
『大丈夫だ神前。もう終わったんだ。奴にもう抵抗する手段はねー。抵抗することも出来ねー。ただの肉の塊に戻ったんだ。これがアタシ等にできるこの実験の犠牲者にできる最高の弔いだ』
頭の中。優しく響くのは穏やかなランの声だった。足を止めた誠の前で肉塊の中から銀色の光の筋が飛び出している。その光の筋の周りの組織が崩壊を始め、肉塊は次第に細かい肉片を撒き散らしながらアスファルトの上に崩れ落ちていった。
『終わったのか?』
カウラの声が誠の耳に響いた。未だ誠は目の前に姿を現した自分の機体の専用法術兵器のダンビラの光の筋を放つのをぼんやりと眺めているだけだった。
『やったじゃねーか』
化け物が地下から出た際に崩れた瓦礫を浴びたのか、コンクリートの粉塵を浴びて白く顔が染まっているランの姿がモニターに映し出された。
『ランの姐御……化粧でもしたのか?』
画面に映し出されたランの顔はコンクリートの粉末で真っ白に染まっていた。
『お前!馬鹿だろ?西園寺。これのどこが化粧だって……』
怒りに震えるランの顔は何時にない迫力を持っていた。
『すいません……査定には響きませんよね?』
さすがのかなめも怒り狂うランの怖さを知っているので弱弱しくそうつぶやくだけだった。
『査定にひびくわよ、かなめちゃん……ねえ、カウラちゃん』
『私に振るな!』
指揮所でほほ笑むアメリアの指摘にカウラは苦笑いを浮かべた。いつもの隊舎でのどたばたが展開される画像を見て、ようやく目の前の生体プラントに釘付けにされていた非日常からいつもの日常を取り戻したと言うように誠は大きく息をした。
『お疲れ!とりあえず現状をそのままにして神前、降りろや』
かなめの画像が変わっていて彼女が走っているらしいことがわかる。それを見ていたのか、誠の機体を見上げていたカウラの顔に笑顔が戻った。
『この05式の破損した部品もこの事件の証拠物件だ。後は東都警察の仕事になる。私達はこのまま帰投するぞ』
誠はカウラの言葉を聞くとコックピットを開く。動物じみた生臭いにおいが漂う中、誠はワイヤーを降ろしてそのまま地面にたどり着いた。そこには笑顔のカウラの姿があった。
「終わったな」
煌々と官庁街を照らし出す東都警察機動隊の投光車両。周りには盾を構えた機動隊員が目の前の肉塊の時々びくりと跳ねる鮮血に警戒しながら包囲を始めていた。光の中、カウラのエメラルドグリーンの後ろ髪が北風になびくのを見て誠の心が締め付けられる気分になった。
「神前……」
誠に伸ばそうとしたカウラの手が何者かに掴まれた。
「なんだ!またつり橋効果ごっこでもやる気か!まったくベルガーの奴は学習能力が島田並みだな!」
そこにはいつものタレ目を吊り上げてカウラをにらみつけるかなめの姿があった。
「何を言い出すんだ!西園寺。私は諦めずに任務を遂行した部下をだなあ……」
機動隊が一斉に残骸に向けて走り出し、計測器具を抱えた捜査員達が誠の機体に取り付いて調査を開始していた。
「でもよう。あんまりにもひどい結末だって思わねえか?おそらく人身売買の被害者の生存者はいねえ。しかも研究をしたスタッフも被害者に引け目なんて感じちゃいねえんだ。ほとんどの面子が刑期を終えて娑婆に出ても自分がやったことが悪いことだなんて言わねえだろよ。それこそ時代の最先端の研究をしていた実績を買われて法術関連の研究をしている機関なんかが奪い合いを始めてその研究室の椅子にふんぞり返ってまた似たような研究を始める。それに勝手に同盟厚生局がこんな研究を始めたなんて、その結果が同盟厚生局の局員全員総入れ替えってことで済む話じゃねえ。問題は遼北のどこまで責任問題が波及するかだ。最悪、同盟からの遼北の離脱なんてこともあり得るな」
そう言いながらかなめはぬるぬると粘液を引きずりながら調査を続ける鑑識達を見ながらタバコに火をつけた。冬の北からの強い風に煙は漂うことなく流されていった。
「かもしれねーな。恐らく同盟厚生局に多くの人員を派遣している遼北人民共和国政府は同盟加盟国から指弾されるだろーな。でも、責任追及はそこまでしか出来ねーだろー。遼北が同盟を離脱すれば同盟は終わる。たぶん責任追及は不完全に終わり、真実は永久に闇の中だ。同盟厚生局の暴走が遼北の本国の指示で行われたのかどうかはアタシ等現場の人間には知ったこっちゃねー話だ……アタシ達にできるのはそこまでだ……それがアタシ等の出来ることの限界なんだ」
ランはそう言ってかなめの吐く煙に目をやった。埃が舞い、誠はそれをもろに浴びてくしゃみを連発した。ランはそんな誠を一瞥するとばたばたと身体に巻いていた銃のマガジンや手榴弾のポケットがやたらと付いたベストを外してはたいた。その後ろからはまるで亡霊のように表情もなく付き従ってきた茜や島田の姿も見えた。
「『濁官の害、正官のそれに如かず』。悪党や薄汚れた金を集めて喜ぶ連中は御しやすい。むしろ恐れるべき、憎むべきは自分を正義と信じて他者を受け入れない連中だ……と昔の中国の人は言ったそうだが。至言だよなー」
そう言って幼女の見た目の割に読書家のランはベストを外して投げ捨てた。茜達もようやく安心したように装備を外してどっかと地面に腰を下ろした。
「ちっこい姐御。さすがにインテリですねえ」
「褒めても何もでねーよ……と言うかそれ褒めてるのか?」
ランににらまれてかなめは目をそらしてタバコをくわえた。誠の口にも自然といつものような笑みが戻るのが分かった。そして同時に誠の首に何モノかがぶち当たりそのままつんのめった誠はカウラの胸の中に飛び込んでいた。突然の出来事にカウラもかなめもアメリアもただ呆然と首をさする誠を見つめていた。
「お疲れ!」
それは誠に延髄切りを放ったランの右足のなせる業だった。島田は無反動砲の筒を手にして呆れている。西は出来るだけ騒動と関わらないようにと後ずさった。
「お疲れじゃねえよ姐御……神前もなんとか言え」
「ははは……とりあえず平気なんで!」
「あのさあ……誠……」
頭を覆う暖かい感触で誠は我に返る。それがほのかな膨らみのあるカウラの胸だとわかり、誠は彼女から離れて直立して敬礼する。
「失礼しました!」
「ふふふ」
その様子がこっけいに見えたらしくカウラは笑顔を見せる。誠は空を見上げた。そこには丸い月が浮かんでいた。




