第76話 地下プラント突入
「こんなところに対人地雷とは……中々慎重と言うか……やりすぎと言うかなんと言うか……。本気で同盟厚生局の人達全員でここに籠城すればなんとかなるというつもりなんですかね?黙って研究をやってたというのにこれまでそれを見逃してきてくれただけの遼北人民共和国本国からの支援なんて望めようも無いってのに……信管が……っと抜けました。たぶんこれが最後です」
島田は額の汗を拭い後ろで仕掛けられた侵入者用対人地雷の解除作業を見つめていたランに笑顔を向けた。ゆっくりと対人地雷の信管を取り上げて後ろのランに見せた。地下通路の空気は湿っていて、長年使われていないようなカビの匂いが鼻をつく。
ランは最後の信管を外した島田の手元を見て、わざとらしく口笛を吹いた。
「よし、これで死なずにすむな。……たぶんだが」
冗談めかす声とは裏腹に、ランの瞳は獲物を狙う獣のように鋭く光っていた。
薄暗い非常灯が時折点滅し、遠くからは冷却ファンの低い唸りが聞こえてくる。
足音が響くたびにコンクリートの壁が重々しく反響し、余計に緊張を煽った。
「茜、上は……神前の馬鹿の方はどうなってる?こっちが本命とは言え、奴が負けちまったら洒落にもならねーぞ。この中の研究員もたぶん上で神前の馬鹿が負けることを前提に立って籠ってるはずだ。まあ、アタシは05式と07式はどちらもテストパイロットとして乗ったことが有るが万が一にも07式には勝機はねーんだが、そんなプロのパイロットの感想なんて研究者連中が知る訳ねーからな。05式は東和陸軍の制式採用コンペに負けた劣った機体ぐらいに考えてるに決まってるんだ」
ランは目をつぶり精神を集中して周囲の思念を感じ取り敵の動静を探っていた茜に声をかけた。茜は携帯端末でかなめから送られてきた誠の05式が下敷きになった大破した07式の停止作業を介した状況を見つめていた。
「上はどうやら誠君が勝ったみたいですわね。それより目の前の状況……武装した薬物対策部隊の隊員が四人……まだ増えそうですわ。でもかなり焦っているみたい……この焦り方……誠君の戦果よりも彼等が恐れる上空からラベリング降下している安城少佐の公安機動隊の攻勢が始まったんではないかしら。すべては予定通り……いいえ、うちが一番遅れているみたいですわ。急がないと」
茜はそう言って焦ったような調子でランを見つめた。 焦る茜に百戦錬磨の幼女であるランは余裕の笑みを返した。下水溝の鼻が曲がりそうな悪臭が漂うが今はそんなことにかまっていられる状態ではないことはこの場にいる全員が理解していた。
「じゃあこっちもオタオタしてられねーな。他の連中はあくまで厚生局の興味を惹きつける為の囮でアタシ達が今回の作戦の一番の肝になる部隊なんだ。例のプラントとその製造施設。できれば臨床研究をしている研究者まで確保できればすべて丸く収まる。そうなれば同盟厚生局の偉いさんも何の反論もできないでお白洲に引っ立てることが出来る」
ランはそう言うと背負っていた愛用のFN-P-90サブマシンガンを構えた。ブービートラップが仕掛けられていた合同庁舎の地下に出る下水と通信ケーブルの共同連絡溝の検査用通路の扉にランはゆっくりと手を伸ばした。
「アタシの合図で突入だ……って島田?なにしてるんだ?おめー?」
幼く見える彼女が見つめた先ではショットガンを慣れない感じで構えている島田がいた。
『特殊な部隊』では制式ライフルHK33の射撃訓練は月3千発のノルマが課せられているが、ショットガンの訓練は予算に余裕がある時の行われるくらいで、『近藤事件』以来、出動続きで予算に余裕のない状況下で島田がショットガンに触れるのは久しぶりの事だった。
「おい、大丈夫か?小便したいとか抜かしたらぶん殴るからな!それとオメーの防弾チョッキの右側のポーチの中の黒のシェルが通常弾。左側のポーチの中の銀色のシェルが対法術師のシルバーチップだ。間違えるなよ!シルバーチップは量産が難しい貴重品なんだ。一発一発丁寧に扱え!ここでやりあう兵隊には胸のシェルホルダーに刺してある赤いシェルのバックショットを使え!そう!その目立つ赤い奴だ!そいつなら一撃で数人いっぺんに戦力外にできる!」
ランに言われて島田は慌てて自分の銃に装填する弾丸を見た。そしてそれが散弾の入った赤い色だと確認すると大きくため息をついた。
「正人、慣れないなら下がっていても……私は『ラスト・バタリオン』だから白兵戦等の技量はロールアウトした時から頭の中にインプットされてるけど。正人は訓練以外は素手での喧嘩しかしたこと無いんだから。さあ、私の後ろについて」
サラにまで言われて目を見開く島田だが、背中をランに三回叩かれてようやく我に返ったように銃の安全装置を解除した。
「そうだ、それで良い。茜が背後に転移してポイントマンをやれ。島田はとりあえずここを出たらそのバックショットを乱射して弾幕を張れ。それで相手は戦意を喪失してくれるかもしれねー。そうしてくれるとこっちも助かる……無駄な人死には出したくねーからな……殺しをするのは殺しに慣れてるアタシだけでいー」
ランの読みではこの先の施設には戦闘要員は配置されていないはずだった。弾幕を適当に張っておけばあとは取り押さえて終了。それがランが描いた戦闘プランだった。
「これってそんな強力な弾なんですか?でもなんでこれを……」
不思議そうな顔でランを見つめてくる島田に呆れたようにサラが耳元にささやいた。
「それ、シェルに赤いテープが張ってあるでしょ。至近距離限定だけど広範囲の威力が期待できるから。それは中の弾が散弾でそれが目の前で広がって一度に多くの敵を倒すのが出来るのよ」
いつもは自分を頼ってくるはずのサラの説明に島田は顔を真っ赤に染める。
「分かってるよ!知っててとぼけてみただけだって!」
島田は手汗で滑りそうなショットガンを握り直した。
場数の違いを痛感しながらも、後ろで彼女のサラに見られている手前、弱音を吐くわけにはいかない。
ラーナが大きな音を立ててHK33の安全装置を外す音が響くと、一同は心臓の鼓動が一気に速まるのを感じていた。
「先行する茜と島田以外はアタシから離れるなよ。密集して一斉射撃で一気にケリをつける。茜、頼むぞ」
ランの言葉と共に茜が腰のサーベルを抜いた。
「クバルカ中佐、任せていただいて結構ですわよ。こう見えても囮は得意なんですの」
ニヤリと笑った茜が正面に銀色の干渉空間を展開してそこに飛び込んだ。同時にランは島田の背中を思い切り叩いた。
「うぉー!」
合図とともに島田が飛び出した、目の前にいた干渉空間を介して現れた茜に目をやっていた三人の同盟厚生局の武装局員が突然背後から現れた島田に驚いて目を向けるが、島田の散弾の乱射で手前の兵士がボディーアーマーに直撃を食らって吹き飛ばされた。上へと続く階段に立っていた兵士の後ろには転移した茜が立ち、素早くその肩に峰打ちでの一撃を与えた。
背後にいた数名の武装した兵士はラン率いる主力の一斉者で次々と倒された。敵が動かなくなるとランが右手を上げる。ランに続いたサラとラーナは銃撃を止めて瞬時に辺りは静まり返った。
「島田さん!ポイントマンは私ですのよ!勝手に出られては困ります!まあ、結果的にはその方が良かったかもしれませんけど……」
騎士としての見せ場を奪われた悔しさからか、茜は島田に向けて厭味ったらしくそう言った。
「いやあ、慣れないもので。茜お嬢さんすいませんね。俺だけ活躍しちゃって……」
島田は照れているのか威張っているのか良く分からない感じで茜に向けてそう言った。
「とりあえず結果オーライだ。そんなことより、ここにも兵隊を置いてやがった。連中は本気でアタシ等と戦争する気だぞ。そんなことして勝てるつもりでいるのか?連中は?上にも敵、外にも敵、そして頼みの07式は神前の野郎に潰された。その状況でもまだやる気が残ってるとは……このプラントはどういう性質のもんなんだ?オメー等!油断すんじゃねーぞ!戦いはまだ終わっちゃいねーんだ!連中がまだ戦意を失っていないってことは……あの化け物は相当な厄介な代物だということだ」
ランの言葉で同盟厚生局がプラントとその開発設備を死守する覚悟を決めていることを知って一同の表情が引き締まった。
「ラーナ!サラ!こちらから先にも兵隊が居る可能性が高いからな!緊張感を持って動けよ!」
そのまま倒れた兵士の腹部に二発ずつ愛用のFN-P90の小口径弾を撃ち込んで止めを刺したランが開いた扉の中にいる二人に進撃のハンドサインを出した。
「こちら地下突入隊!侵入に成功!これから探索に移るっす!」
ラーナは走りながら腕にくくりつけられている通信機でカウラに向けて叫んだ。サラもそれに続いて暗闇が続く通路を先へと急いだ。
「こりゃあ久しぶりにアタシの本領を発揮する時が来たみてーだな。愛用の『方天画戟』か少なくとも『関の孫六』くらいは持ってくるべきだったか……まあ、あれは手加減が出来ねーからプラントごと吹き飛ばしちまうことになるかも知れねーが……そっちの方が世のため人の為か?」
戦闘になれているランは余裕の軽口を叩きながら、ポイントマンとして地下通路を早足で進んでいく茜の後ろを笑みを浮かべながら進んでいた。




