第75話 司法局の影と東和陸軍の爪痕
『現在は遼帝国近衛レンジャーと司法局機動部隊が同盟厚生局本局のある庁舎ビルに続く道の封鎖を始めたところだ。安城の姐御はかえでとリンを連れて上空でヘリで待機中。作戦開始と同時に庁舎にラベリング降下で構成局本局の建物に突入する準備は万全。それに加えてちっちゃい姐御が地下から潜入中ってわけで……同盟厚生局の皆さんは完全に包囲されてる。もうこうなっては連中は袋の鼠って奴だ』
かなめはそう言ってニヤリと笑った。隣のモニターが開きかなめの不謹慎な笑顔に頭を抱えるカウラが映し出された。
『神前曹長、すぐに機体を立てろ。それから西園寺には最新のデータを私の手元にも送るように。もしあのプラントが地上に出てきた場合、どんな微妙な変化でも見逃すわけにはいかない。神前も攻撃を受けた反応はすぐに分析して次の攻撃に活かせ』
軽装甲車に乗り込んだカウラはそう誠とかなめに指示を飛ばした。
『まあまあ、どんな能力を持っているかもわからねえ化け物の攻撃後の分析をすぐにしろだなんて、人使いの荒い隊長さんだこと』
ぶつぶつとつぶやきながら首筋のスロットからコードを出して手前の端末に差し込んでいるかなめの姿が見えた。
『地下から進行予定のクバルカ中佐達が動き出したな……神前曹長!』
カウラの言葉に合わせてトレーラーのデッキアップが開始された。それまで寝ているような体勢だった誠も次第に垂直に起き上がっていく感触で興奮してくるのを感じていた。
目の前には官庁街らしく煌々と光る窓からの明かりに照らされながら灰色の機体が司法局の裏庭にそびえたった。
『なるほど都会は良いねえ……道が広くて。電柱も、電線も無い。これが豊川だったら電柱をへし折って、脇道に立ってる住宅とかを破壊しながら進むことになるからな。こりゃあずいぶんと楽が出来るわ』
ニヤニヤと笑うかなめを一瞥した後、誠はそのままトレーラーから伸びるコードを愛機からパージして自立させた。
『とりあえずこのまま庁舎まで進行するぞ。まだ例のプラントは地下にあるはずだ。とりあえずその出てきそうな地点の上に言って頭上を抑える。もしクバルカ中佐のプラント制圧部隊がプラントを制圧してしまえばそれで終了だ。我々はそのまま機体を回収して帰るだけだ。我々はそれが失敗した時の予備部隊なんだ。気楽に構えていろ』
足元を走るカウラの軽装甲車両の先導で誠の機体は進んだ。東都警察の機動隊に誘導されて避難する官庁街の人々の視線が恨みがましいように突き刺さるがそれが誠には痛々しく感じられた。視線を感じるたびに、誠の胸は締め付けられる。司法局の紋章を掲げる自分たちの機体が、今はただの恐怖の象徴になっているのだと思い知らされる。
『見られてるぞ、神前。無様なところは見せるんじゃねえぞ。遼州の法の守護者である司法局を代表している気持で行け。こけるなよ、こけたら隊に戻ったら射場で射殺するからな。そうなったらうちは何のための組織か分からないってことを世間様にお伝えすることになる。たぶんマスコミのテレビカメラも回ってるから東和以外にも遼州圏一帯にうちの恥を晒すってわけだ。オメエの恥はアタシの恥だ。貴族であるアタシに恥を掻かせるということは死を意味することを覚えておけ』
面白半分にかなめがつぶやいた。だが、誠はかなめなりのいつもの物騒な冗談に満面の笑顔で答えた。
『現在地下通信ケーブルの中をクバルカ中佐の部隊は妨害も受けずに順調に進行中だ。とりあえずクバルカ中佐の隊に目が行かない様に同盟厚生局の武装部隊の視線をこちらに集めることが当面の目的になるな。こちらも本気なんだと連中が理解できれば抵抗が弱まることも考えられる。もっともクバルカ中佐があの化け物と化け物を製造している施設を制圧してしまえば我々の出番はない。我々はあくまで何かあった時の予備要員なんだ。我々の目的は万が一、あれが地上に出てくるような事態が起きた時に備えての予備戦力だ。何度も言うが気軽に構えていろ。貴様の気の弱さは見ているこちらまで心配になる』
カウラの言葉が終わるまもなく目に入った厚生局の庁舎からロケット弾が05式に浴びせられた。とても麻薬組織に使うには威力のありすぎる火器の攻撃も重装甲が売りの05式の前では無意味だった。
『いきなり撃ってくるとは……良い度胸してるじゃねえか。同盟厚生局の対麻薬取締り部隊ってところか?重火器はほとんど持っていねえはずだから重装甲が売りの05式なら余裕で対応できるだろ?楽勝楽勝……っておい!なんであんなものがここにあるんだ?同盟厚生局はシュツルム・パンツァーは保有してねえはずだぞ!』
そう言うかなめの一言が誠の意識に刺さった。
ロケット弾の着弾による爆風の向こう側には巨大な黒い影があった。誠はモニターを凝視する。どう見ても東和陸軍保有と思われる07式特戦が誠の視界に入ってきた。
その姿に誠は驚きを隠せなかった。それが事態の進行の速さを見て慌てて持ち出したと分かるのは肩に部隊章が残っている事でもよく分かる。これでは明らかに東和陸軍が同盟厚生局の黒幕だと自白しているようなものだ。部隊章も消さずに目の前に立ちはだかる07式を見ながら誠は絶句した。
『07式だと?あの肩の部隊章……町ヶ谷駐屯地の第一機甲旅団の所属機だな。こんなのもまで用意していたのか……神前とりあえず抜刀だ!これは行き掛けの駄賃だ!機動性重視の07式に対しタイマン勝負なら05式に分がある!一気に決めろ!』
カウラの叫びがコックピット内に響く。目の前の07式は東都陸軍の次期主力シュツルム・パンツァーとして配備が開始されたばかりの新型機で、05式と次期制式シュツルム・パンツァーの地位を争った機体である。その機動性重視の設計のために細身に見える右腕には市街地だというのにレールガンまで装備されていた。
『神前!07式とは良い獲物じゃねえか!あれは05式と東和陸軍の次期制式シュツルム・パンツァーを争った因縁の機体だ!05式を押したランの姐御の弔い合戦だ!気合いを入れてぶちのめせ!』
07式の突然の登場に戦闘狂らしくかなめは熱い口調でそう叫んだ。
『西園寺の言うことは気にするな。弔い合戦も何もクバルカ中佐は不死人だ。死ぬわけがない。神前、冷静に対応しろ。近接しての格闘戦では重装甲と馬力に勝る05式の優位は確定しているんだ。落ち着いて行けば勝てる相手だ。だが油断はするなよ』
予想しない敵の登場に燃えるかなめに対してカウラはあくまで冷静に軽装甲車のモニターを見つめながら誠にそう指示を出した。誠はその言葉に我に返り状況を理解した。そして敵の持つ230ミリレールガンの存在に気付いてすぐに距離を取ればやられると察知して抜刀した。
丙種出動では最強の武器である軍刀の法術反応式ダンビラを掲げて誠の機体が07式に斬りかかった。東和陸軍のパイロットはどうやら教導隊の隊長をしていたランの教え子らしく、動きは明らかにランの教導部隊を思わせる的確な動きで誠の斬撃を次々とかわした。
シュツルム・パンツァー同士の実機を使った地上での実戦はこれが誠にとっては初めてである。相手は実機を使っての格闘戦には手慣れているらしくパワーに勝る誠の05式の思いダンビラでの斬撃を間合いを取ってかわしにかかる。
『神前!熱くなるな!これは戦争じゃないし、相手もレールガンをここで撃てば東和陸軍の立場が無くなることも分かってるはずだ!あんなものはただの脅した!こちらがするべきことはあくまで07式の動きを止めるのが目的だ!地上での格闘戦ならスピードは互角、パワーと装甲ではこちらが圧倒的に有利なんだ!負ける要素はないから落ち着いていけば貴様でも勝てる!』
カウラの言葉が響いたと同時に誠は機体が空間爆発で吹き飛ばされるのを感じた。誠の05式はバランスを崩しかけるが何とか左足を踏ん張らせて体勢を立て直しにかかった。
『空間破砕……相手も法術師か?東和陸軍、神前の事を知ってて法術師のパイロットを用意していやがった!やってくれるぜ』
思わずかなめがつぶやいていた。干渉空間の内部の分子構造を一挙に崩れさせる空間破砕。嵯峨が得意とする法術だとランから聞いていた。その展開のスピードから明らかに相手がランの教導を受けた法術師であることがそのことからも誠にも分かった。思いもしない法術での攻撃を受け止められた誠の手のひらに、鉄と鉄が擦れ合う振動が伝わる。相手の動きは迷いがなく、まるでランが背後から操っているような正確さだった。
『ランの姐御の教導を受けた法術使いのパイロット。難敵だな。こっちは飛び道具が無いんだ。距離は詰めておけよ。距離を取ると敵は自棄になって後先考えずに持ってるレールガンを撃ってくるかもしれねえ。その距離を稼がせたらこちらの負けだ。アレを起動させたってことはあちらももう後がない事は分かってるはずだ。どんな無茶をしてくるか分かったもんじゃねえ!』
かなめの言葉を待つまでも無く誠も体勢を整えながら敵のレールガンをけん制するように敵の右手に絡み付ける距離を保ちながら身構えていた。しかし、レールガンは特性上、至近距離での射撃には適していないのは誠も知っているので、誠はダンビラの届く間合いを維持しつつ07式と対峙した。
『今、クバルカ中佐が同盟厚生局の地下に突入した!現在地下通路を進行して例の化け物を捜索中だ。とりあえず時間を稼げ!今の敵は目の前の07式。貴様はその機能停止だけを考えろ!』
カウラの言葉で少し気が楽になった誠はじりじりと敵との間合いをつめた。距離が稼ぐのが無理だと悟ったのか、07式はレールガンを放り投げた。
「良い覚悟だ!そんなもん使ったらここら辺は火の海なんだ!お前も東和国民ならそれくらい考えろ!」
レールガンを捨てる動作に07式のパイロットの意識が行った隙を見て、その右側に回りこんだ誠はそのまま上段からダンビラを振り下ろした。相手も素早くレーザーソードを抜いてこれを受けた。激しい剣のぶつかる光が辺りを照らし出した。
『そのまま押せ!パワーはこっちが上なんだ!こういう場所でのシミュレーション経験と剣道場の跡取り息子の格闘経験の差を見せろ!』
かなめの叫びに合わせて今度は中段から突きを繰り出しすと相手はそれをかわそうとして飛びのいた。誠は攻撃の手を緩めずに下段から足を狙っての斬撃を加える。
この右足への斬撃が直撃して07式は体勢を崩した。機動性重視で装甲の薄い07式の脚部の装甲が誠のこの斬撃で吹き飛んだ。剥き出しのアクチュエータにダメージを受けたらしく07式の動きが鈍って見えた。
「これで!」
ここが攻め時だと悟った誠は叫びと共に中段に構えたダンビラを07式の頭部に突き立てた。07式の頭部ははじかれるように胴体を離れて路上に転がり落ちた。センサーを失い07式の動きが鈍るのが誠にも分かった。
敵、07式は頭部センサーを失い脚部の装甲板からは位相転移式エンジンのエネルギーから漏れる火花が飛び、アクチュエイターの冷却液が漏れ出し煙を上げているのが誠からも見えた。
『神前、あと一息だ!足を取れ!動きを封じろ、そうすれば地上から機動隊を投入して乗務員を確保できる!』
通信の向こうのカウラの声は鋭く、弾丸のように耳へ突き刺さった。
カウラの言葉が飛ぶと誠はそのままダンビラを最初の一撃で動きが鈍くなっている07式の右足に突きたてた。動きを止めた敵機を見ながら誠は大きく肩で息をして気持ちを整えた。そして誠は倒れかけた07式に重量で勝る05式の機体を預けるような形で覆いかぶさった。
その時点で、抵抗するために損傷に目をつぶって無理に動かした07式の脚部のアクチュエーターから冷却液が多量に噴出し始め、下半身の機能が完全に停止したことが誠の目からも見えた。上半身は重量級シュツルム・パンツァーとして知られる05式にのしかかられてパワーに劣る07式ではどうすることもできない。
誠が見る限り、07式のパイロットは現段階で明らかに戦意を喪失していた。
「とりあえず……勝った……と言って良いのかな……」
呼吸を整えながら動きを止めた自分の05式の下敷きになっている07式のコックピットを見つめながら誠はそうつぶやいた。




