第74話 市街に潜む恐怖
「お待たせしました!」
息を切らしながら仮設テントに駆け込んだ瞬間、誠の胸は不安と恐怖で強く脈打っていた。
誠においては実地での市街戦はこれが初めて。シミュレータで幾度も戦術を学んできたはずなのに、現実の戦場はあまりに異質だ。敵だけでなく、逃げ遅れた市民、障害物、予想外の死角……何が起きるか全く分からない。
想定しない突然の05式乙型での出動という事態に誠は正直戸惑っていた。
「遅いわね、待ちくたびれたわ。誠ちゃん、自信はあるんでしょうね?相手にレールガンは無い、ろくな武器も持ってない。だったら誠ちゃんのダンビラが一方的に使えるはず。勝ってくれないと困るのよ……誠ちゃんも相手は手も足も無い肉の塊なんだから勝てると思うでしょ?そう言ってよね?」
テーブルで部下の技師達から報告を受けていたアメリアが視線も上げずに誠達を迎え入れた。
「僕に自信を期待するんですか?それは間違ってますよ。僕は自信が無いのが取り柄の人間ですから」
誠はどこまでも気弱な青年だった。
「マジで市街地で起動かよ?大丈夫なのか?ここら辺は電線を地下に埋設しているから電線が邪魔で戦闘が出来ねえってことはねえだろうけど、こいつはこれまで宇宙戦と砂漠戦の経験しかねえぞ。できるのか……ってやるしかねえのか。あと、神前。ちゃんと歩いて移動だからな。こんなビルの近くで05式の機動力を補っている脚部と腰部にあるホバーなんか使ったらすべてのビルの窓ガラスが吹き飛ぶかんな。そん時はオメエの給料で弁償しろ。たぶん年金まで全部払っても弁償しきれないだろうがな」
かなめはそう言いながら手前の端末を操作していた技術下士官をどかせてその端末を乗っ取った。そしてすぐに首筋のジャックにコードを差し込むと情報分析を開始した。
「一応、丙種出動許可は出てるわよ。治安維持活動と言うことだから使用できる機能に制限があるけどね。ただ、ダンビラは丙種出動なら使い放題。最初に遼帝国の秘剣を使って例の最初の犠牲者を弔った時の要領で倒せばいい。ただそれだけなんだから簡単でしょ?格闘戦だけは一流の所を見せてちょうだいね♪」
そう言って笑いながらアメリアは隣で作業をしていたパーラに声をかけた。彼女は敬礼をするとそのままテントを出て行った。
「重力制御装置の使用禁止。パルス動力系統システムの封印。ホバーでの移動も駄目。レールガンをはじめとする重火器の使用禁止……まあその禁止事項が多いな。市民の非難も完全でない市街地と言う場所を考えれば当然といえば当然だが……神前の得意の『光の剣』も封印だな。あのような威力の物をこんな場所で使ったら建物にどんな被害が出るか分からない。ダンビラで敵の急所を突いてそこで干渉空間を展開して止めを刺す。その戦法で行こう」
カウラは癖で後ろ髪を撫でた。作戦は頭に入っている。だが、誠を危険にさらす指揮を執る自信は、正直言って揺らいでいた。この癖を見せる時は彼女はかなり悩んでいることを誠も知るようになっていた。カウラは簡単には作戦を説明して見せるものの、それを上手く指揮する自信が無いように見えた。
「ここで僕が暴れて二次被害を出すわけには行きませんからね。でも本当に市民の避難の誘導とかは済んでるんでしょうね?僕、民間人殺しになるのは嫌ですよ。特にここは戦闘区域じゃ無いんですから」
誠はそう言いながらテントの周りを見回した。関係者らしい人影以外は見ることが出来なかった。こういう時には特ダネを取ろうと侵入してくるマスコミ達も公安機動隊がシャットアウトしていると聞いていたのでその点は少し安心していた。
「馬鹿ねえ、誠ちゃんはそんな気を回す必要は無いのよ。それは安城隊長とライラさんのお仕事なんだから。それよりそこ!例の化け物が干渉空間で05式に損傷を与えた場合の予備パーツの準備!さっさとかかる!」
アメリアの視線の先には端末をかなめに奪われておたおたしている整備員の姿が見える。仕方が無いと敬礼して見せた彼はそのままテントを飛び出していった。
「かなめちゃんにはそこで管制を担当してもらうわ。でもまあ、あの化け物のどこが急所なのか……ちょっと調べるのに時間がかかりそうね。誠ちゃんが最初に斬った不死人はまだ人の形をしていたから誰が見ても弱点が分かったから良いけど、今度はどう見ても肉屋の切り身かナマコの化け物みたいな形でどこが急所だなんてわからない代物だもの。中枢神経が何処にあるかなんてさっきの映像だけじゃわからないし、それ以外の弱点が何処かなんて……また、今回も出たとこ勝負の戦いって訳ね」
アメリアはそのままテントの入り口に歩き出した。そこにタイミングよくパイロット用ヘルメットと作業服を持ってきた西が立っていた。
「一応こちらに着替えてね。どうせこの状況では対Gスーツなんて要らないでしょ?どうせ05式を地上で歩かせるだけなんだから。Gなんてかからないし、振動も歩行によるものだけだもの」
アメリアはそのまま乗るのが当然というように私服姿の誠に声をかけた。
「はあ。確かにそうなんですけど……一応心の準備としてパイロットスーツを着ていた方が緊張感が高まるので……」
誠はシミュレータでもパイロットスーツを着ているのでそちらの方がいいような気がしてそう言った。
「そんな個人的な感情は要りません!西君の持って来た作業服でやりなさい!」
まくし立てるアメリアに圧倒されるようにして誠はそのままテントから出ようとした。
「どこ行くの?」
アメリアの圧に負けて逃げるように立ち去ろうとした誠にアメリアが声をかけた。
「ちょっと着替えを……」
そこまで誠が言ったところでアメリアは大きなため息をついた。
「酒が入るといつも脱いでるじゃないの。そこの奥なら場所があるからそこで着替えなさい!」
どこかぴりぴりした雰囲気のアメリアに逆らえずに誠はそのままテントの奥に置かれた銃器の間で冬の張り込みに備えた温かい私服を脱いだ。
「がんばれよー!応援してるからなー!」
明らかにやる気の無い調子で小火器管理の責任者として使用火器のチェックをしていた技術士官が声をかけてくるのに愛想笑いを浮かべながら誠はベルトに手をかけた。
「でもリョウ・ライラ中佐の近衛山岳レンジャーは何をしているんですか?権限移譲ってことで国に帰っちゃったんですか?あの人達機動隊の補助任務に就いているはずですけど……それに来る間に東都警察の機動隊の人達の姿も見なかったし……あの人達は今どこに居るんですか?」
着替えている誠を完全に無視しているカウラの言葉が聞こえた。
「ああ、ライラさんもバックアップで動いてくれるわよ。この付近はもう市民の非難は済んでるからまだ非難の誘導が終わっていないところで活動してるわよ。それにこの付近のどこまであの化け物の干渉空間による衝撃波の影響があるか分からないからこの周囲全体のすべての道路を封鎖してるわけ。それにどれくらいの人員が必要になるかなんて時々お祭りとかで警備に駆り出されているんだから誠ちゃんにも分かるわよね?それに山岳レンジャーは厚生局の庁舎を十重二十重に包囲して圧力をかけているわ……突入任務は荷が重いって隊長が気を利かせているみたいだし。ライラさんも私情を捨てて隊長の指示に従って動いてくれているけど……二人の恩讐はどうも消えそうにないわね」
誠は上着のボタンをつけている。見ているわけではないのだがアメリアが苦笑いを浮かべているのが想像できた。
「恩讐ねえ……実の親を殺された恨み。かといってその仇にも娘がいる。分かりきっていても心の整理はつかないものですよ。人間って」
アメリアに答えるように誠は思ったことを口にした。作業着に着替え終わり誠は装備を身につけていた。暗い話も一段落したようなのでそのままヘルメットを手に二人の前に立った。
「ああ、早かったわね。行きましょう。いつどんな形であの化け物が地上に出て来るか分からないわ。アレが地上に出てくる前に地下を先行しているランちゃん達が始末をつけてくれれば一番楽なんだけど」
そう言うとそのままアメリアは誠とカウラをつれてテントを出た。トレーラーには巨大な司法局実働部隊の切り札の人型兵器シュツルム・パンツァー05式乙型が搭載されていた。
「じゃあ指揮だけど、カウラちゃん。そこの軽装甲車両でいいかしら?」
アメリアが指差したのは治安出動用として導入されたもののまるで使用機会の無かった軽乗用車に装甲を施した車両だった。
「これで十分だ。では遼州同盟司法局所属、実働部隊第一小隊、出動します!」
カウラはそう言ってアメリアに向けて敬礼すると走って車両へと向かう。誠はそれを見ながら05式のコックピットに乗り込んだ。
『おう、おせえぞ!いつまでアタシを待たせれば気が済むんだ!本当に射殺するぞ!』
システムを起動するとすぐにかなめの声が響いた。モニターには相変わらず私服で作業を続けるかなめの姿が見える。
「すいません!それより進行状況は?状況が分からないと対応のしようも無いんで」
誠はそう言いながらシートベルトを締める。起動したシステムが全天周囲モニターを起動して同盟司法本局ビルの周りの闇を映した。




