第72話 不死の咎人
「なんだ、ベルガーのとこの博士もお手紙をよこしたのか?どの博士もマメだな。まあ、博士になるくらい勉強ができるってことはそれだけマメに勉強ができる証なんだろーけどな」
カウラが片桐博士から渡されたチップをランに手渡した。ランはそれを見ながらテーブルに置かれていた自分の端末を覗きこんで興味深げにそうつぶやいた。その様子を立ったままで嵯峨が見下ろしていた。
「ああ、隊長!座っといてくださいよ!いい加減いつまでも立っていられるとこっちが迷惑なんで」
帰ってきた明石がそう言うのを見て嵯峨は仕方が無いと言うように端末のキーボードを叩いているラーナの隣の椅子を引っ張って、誠達の座るソファーの前の応接用のテーブルに持ってきて腰掛けた。
「状況は悪いな……と言うか……」
そんな嵯峨の一言に奥で茜が唇をかみ締めているのが見えた。
「茜、お前を責めてるわけじゃないんだ。俺達が動けるのは何かがあった後の話だ。今回、法術の違法研究の証拠が出てきてからようやくお前さんのところにも捜査の依頼があったわけで、その頃にはすでに手遅れになってたのかも知れないしな」
沈黙が部屋に漂った。
「とりあえず証拠の完全隠滅だけは阻止したんやから。ええ仕事したと思うとるでワシは。後はそのさきどう落とし前をつけるかだけなんちゃうか?しかも今回の犯罪の首謀者は同盟厚生局と言うところまで結論はきとるんや。後は同盟厚生局がなんでこないな研究に手を染める気になったんか。疑問点はそれだけなんと違うか?」
明石の声に静かにかなめがうなずいた。
「良いこと言うねえタコ。恐らく同盟厚生局は自らの権限拡大の為に資金と影響力を拡大する目的で成功の見込みも無しにこの研究を始めた。成功の見込みがないから本国にも内緒で密かに行っていたが何せ人を扱う研究だ。そして排出する廃棄物はそう艦隊に死なない不死人。だからこうして事件は明るみになった。ただ、そんな目的達成の確率が低い研究を抽象的な目的で始めるほど役所ってのはロマンチストの集団ではない。明らかに資金を得る見込み、影響力を拡大できる相手がいたと考えるのが普通だ。『不死の兵隊』を作る……めどさえ立てば確かに世の中に欲しがらない軍隊は存在しないもんな。それが完成する見込みが無くても同盟機構本部ビルの前で暴れた少女の破壊力を見れば惹きつけられない軍は相当なリアリストだ。俺はあんな兵器には興味は持てないね。破壊力はあるが制御不能なんて兵器としての意味を成していない。地球圏の国々が核兵器の威力ばかりに目が行ってそれを使い過ぎたら地球が放射能塗れになりましたという現状と同じでまったく使いようのない兵器にしか俺には見えない。ただ、その威力だけにしか目が行かない馬鹿な将軍たちは大喜びするだろうがね。ただその威力だけは間違いなく強力だ。それを作る技術を独占しているとなれば兵器配力さえあればいいと考える軍ならすぐ飛びつくだろう。なあカウラ……俺もあちこち歩きまわったけどそこで幾つか収穫はあったんだよ」
嵯峨の言葉で二人きりで話を進めているカウラと茜のほうに一同の目が向いた。茜は覚悟を決めたようにカウラが片桐博士から渡されたディスクを端末のスロットに差し込んだ。
「とりあえずこれを見ていただけますかしら?それと、お父様。少し臭いですよ。シャワーちゃんと浴びてらっしゃる?」
そう言って茜は手にした端末を操作した。明石の机の上に大きめな画像が展開し、映像が映し出された。
そこは大規模な研究施設の中の水槽にあの同盟本部ビルで暴れまわった法術暴走者の成れの果てのような物体が映し出されていた。ただ、その周りをタブレット端末を持って歩き回る白衣の研究者との縮尺から考えればその大きさはその三倍はあった。
「なんだ……こりゃ?例の化け物がさらに三倍化けたみたいじゃないか……あの中には……これがあったのか……道理で警備が固くてさすがの俺でも近寄れなかったわけだ」
嵯峨がこめかみを押さえながらつぶやいた。それを一瞥した後、カウラが立ち上がった。それは同盟機構本部ビルを襲った化け物を三倍に大きくしたような肉の塊とそれを取り巻く研究者の群れを移した映像だった。
「これは片桐博士の指揮による工程表の中にあった画像です。作業担当は同盟厚生局の関係機関ですが、片桐博士は直接コンタクトを取れなかったようです。間に役人が何人か入っていたようですが、彼等も研究内容については詳しくは知らないあくまでも連絡役程度のクラスの役人が回されてきたそうです」
その不気味にうごめく茶色いナマコの化け物を前にしても茜は表情一つ変えずにそう言って嵯峨に目を向けた。
「同盟厚生局の下っ端役人か。片桐博士が証言できるのはそいつとこのディスクの内容のやり取りをしたということだけというわけだな?そんな連絡係なんてどうせしょっ引いてもデータの中身については何も知りませんでしたでトカゲのしっぽきりで終了か……やっぱり同盟厚生局が直々に囲ってる臨床研究者に手が届かねえのがいてーな。そいつを捕まえないと同盟厚生局の上層部のどのクラスまで責任追及ができるかが分からねー。まあ最上級のクラスはどう頑張ってもアタシ等じゃ相手なんぞしてくれそーに無いのは分かってんだけどなー。せめて今の同盟厚生局の足腰が立たなくなるほどの重要な役目を任されているクラスの幹部にまで手が届かなきゃ意味がねー」
緊張している茜にランが声をかける。幼い見た目に関わらず実戦を潜り抜けた猛者であるランの言葉には余裕すら感じられて、誠には不安げな茜の表情が少しだけ和らいで見えた。
「残念ながらその通りですわ。この工程表の原本はたぶん同盟厚生局の監修によるものと推測されます。ですけどあくまでそれは推測。基礎理論が臨床レベルで成果を上げられているかの確認のためだけの映像なんかを証拠にしたところで幹部クラスまでのこの研究への関与を裏付けるのはほぼ不可能でしょう。推測で非人道的な技術が使用されているというだけで役所の幹部を敵に回すのは少し無理があるのではないかと」
茜はここにきて同盟厚生局が確信犯で違法法術研究をしている事実の裏付けが取れたことを逆に恐れているように誠からは見えた。吹けば飛ぶような司法局の中の一分室扱いに過ぎない法術特捜の主席捜査官。相手は一国をバックに持つ遼州圏の医療福祉関係のあらゆる権益に影響力を持つ巨大組織。確かに今の茜では相手とは格が違い過ぎた。
「そのデータは後でひよこに送っておけ。そいつが作られた理由はおそらく基礎理論書の中にあるはずだ。で?続きを聞こうか」
嵯峨の目が鋭く光って娘の茜を捕らえる。ようやくペースがつかめたというように茜は画面を切り替えた。
「さっき言いましたけど、最初からこの計画ではまだ完成した『不死の兵隊』を作ることができない……できたとしても同盟機構本部ビルを襲った少女のようなものだけ……あの三人の完成された法術師を作った別の組織とは比べるのが馬鹿馬鹿しくなる程度の研究しかまだできていないのが同盟厚生局の法術研究の現状です……彼等もあの少女程度の成果の段階で研究を表ざたにするのには何か理由があったんでしょう……組織そのものを揺るがすような……」
そう言って茜は島田を見つめた。やりきれない思いのようなものを感じてか、目をそらした茜は大きく深呼吸をして画面に動画を映し出した。
茜はその『肉塊』としか呼べない物の画像にフィルターをかけてノイズを除去していく。処理が進むごとにその異様な姿が部屋の一員の心に突き刺さった。
それはかつて人間の形していたものだということがノイズ処理の度にその証拠が一つ一つ目に飛び込んでくる。それは半透明の液体に沈み、機械に繋がれながら脈打っていた。
ぼこぼこと不規則に膨らみ、裂け目からは橙色の照明に照らされた体液が床へと滴り落ちていく。
よく見れば、突き出した突起の先に、かつて『指』だったものが震えていた。
それが人間だったことを改めて思い知らされた瞬間、誠は吐き気をこらえた。
「なんだよ、これは。こんなものが戦場で何の役に立つ……いや、違うな。これは兵器として作られたものじゃない……兵器を作るための装置として作られたもの……そう言うことなんだろ?」
非人道的行為を見飽きるほど見てきた嵯峨ですらその光景に目を丸くしていた。茜の言いたいことは誠にも分かった。その醜い肉塊が法術師の成れの果てだということ。そしてそれが一人の法術師のものでないことは何本かの突起が人の腕や足であることが見えたところで分かってきた。
それに完全密閉の防護服を着た技師が巨大な注射器のようなものを突き立てる。表面の膜をうごめかせながらそれを受け入れるかつて人であったもの。
「こんなのを作ろうとしたわけか?見たところ……何かの特殊な血清でも作るプラントか?ここから何かを抽出する。そんなプラントを作ろうとしてたわけだ。同盟厚生局の役人はご苦労なこった……で?この変なのと『不死の兵隊』が何か関係があるの?」
嵯峨の言葉にカウラがうなずいた。
「片桐博士のデータによると、工程表にある『α波遮断型血清254』と言うのを製造するために作られた生体プラントだそうです。この研究施設に送られた法術適正者はこれを製造するために使用されたことが工藤博士の手記からも裏付けられています。この『α波遮断型血清254』を力のまだ覚醒していない不死の素養を持つ法術師の脊髄に注入することでその人物を不死にする……まあ、その結果があの少女のような化け物に変化してしまうと言うのが現段階での技術的限界のようですが」
茜の説明が終わった後、部屋の空気が重く沈んだ。
誰もが言葉を失い、ただ端末の冷たい光だけが会議室を照らしていた。
机の下でサラが島田の袖を握りしめる小さな仕草が、唯一の人間らしい温度を持っていた。
「その過程で生体プラントに使用できない法術師を廃棄処分にしようとして逃げられたのが……東都湾岸部で見つかったかつて人だったものか……ひでえ話だ」
かなめが唇をかみ締めている。その怒りを溜め込んでいるような視線に誠は思わず目をそらしていた。
「これが人間のやること……なんですかね」
震える声で島田がつぶやいた。その隣には画面の不気味な塊に恐れをなして彼の腕を掴んでいるサラの姿もある。
「つまりコイツの移動さえ出来れば、後の施設はどうとでもなると……まあ他の必要な資材は今連中が囲ってる研究者の全面協力と……」
「同盟厚生局をはじめとするシンパの公的機関と大学、病院、研究機関からの補給ですぐに復活が出来るってわけか」
嵯峨の震える声をランが強い調子で受け継ぐ。
「そしてその血清を注入して強制発動させた『疑似不死人』と対抗勢力の三人の調整済みの法術師の試験運用が例の同盟本部ビル襲撃事件……」
「つながりましたね」
そう言って茜を見るラーナだが、茜の表情は暗いままだった。
「そうだつながっちまった……最悪の形でな。そしてこの技術を買ってこのプラントと同じものを作った軍隊がその血清とやらを打つのは……当然今の段階の技術レベルだと遼州人の血を引く役に立たない徴兵されたばかりの兵隊だろうな。遼州同盟加盟国でも徴兵制のある国は多いからな。甲武にもあったな。兄貴が廃止したけど。俺はプロの軍人だから言うけど徴兵された兵隊なんて戦場では弾避けか使える兵隊の食料にしかならねえんだ。でも、徴兵された使えない兵隊でもその抗体とやらを注射して化け物に変化させて戦場に投下されてでも見ろ。戦場は大混乱だ。そうなるとどこかの軍が売り手って訳だ。使えねえクズが立派な爆弾としてお国の為になる訳か……よく考えるもんだなあ」
嵯峨はそうこぼすと静かにうなずきながら茜を見つめた。
「ラーナ。それじゃああの三人の完成体の法術師は何なの?」
「それは……」
ラーナが口をつぐむ。そこで嵯峨は懐からディスクを取り出して自分のよれよれのコートのポケットから取り出した端末のスロットに差し込んだ。
「まあこれはオフレコでね」
そして映し出される三人の隠し撮りされた男の写真。誠も必然的にそれに目を向けた。その一人、アロハシャツでにやけた笑いを浮かべているのが北川公平だということが分かったが、目つきの悪いトレンチコートの男と長髪の厳しい視線の男には見覚えが無かった。
「北川公平がベルガー大尉のところにいらっしゃったのね。そしてわたくしのところには桐野孫四郎……」
茜はそう言って画面に映るトレンチコートの男に目をやった。
「桐野孫四郎?」
「元隊長の部下だった男だ。敗戦直後の甲武で遼帝国の治安維持計画に関与していた高級士官の連続斬殺事件で指名手配中だ。先の大戦で叔父貴の治安部隊でゲリラをさんざん日本刀で惨殺して恐れられた男。付いたあだ名は……『人斬り孫四郎』」
カウラの言葉を聞いてトレンチコートの男に誠の目は集中した。その瞳にはまるで光が無い。口元の固まったような笑みも見ていて恐怖を感じさせるところがあった。
「そしてランのところに現れたのはこのロン毛か……。俺もこいつは探しているところなんだよね」
そんな反射で出てしまったという言葉に嵯峨は自分ではっとする。当然ランは聞き逃したりはしない。
「推測でいいですよ。今のところはね」
ランの言葉に嵯峨は諦めたようにうなだれた。
「まあなんだ。『不死人』の存在は……できるだけ隠しておきたかったのがどこの政府でも思っていたことさ。不死身の化けもの。それだけでもいろんな利害のある連中が食いつくネタにはなるんだ」
そう言うと嵯峨はタバコを取り出す。
「ああ、ええですよ。吸っても」
明石はそう言うと戸棚からガラスの灰皿を取り出して嵯峨の前に置いた。
「そこでそのロン毛がねえ……直接ご出馬いただけるとは……連中も人手不足なのかな?御大将が自ら御出馬とは……」
タバコに火をつけながら嵯峨がそう言うと映像が切り替わる。それは中国古代王朝を思わせる遼南朝廷の皇族の衣装に身を包んだ男の姿だった。そしてその表情の見ているものを憂鬱にさせるような重苦しい雰囲気に一同は息を呑んだ。
「お前等も知ってるだろ?遼南王朝初代皇帝遼薫。不死人である薫帝が息子に帝位を譲り後見人として政治を取り仕切ることが続いていたが百年もするとすべてを皇帝本人に政治を任せて王宮を出て行方知れずになったそうだ。時の皇帝遼秀が死んだとき、帝位には次男の遼宗が付き、本来帝位を継ぐべき惣領のシンバは王朝を追われた。その追われた惣領がこいつ、『廃帝ハド』。あまりに力を持ちすぎていて父と臣下から忌み嫌われていたんだが、その傲慢な性格はそんな扱いが許せなかったんだろうな。遼宗が弱気で自分に甘いとみると隙を突いて帝位を簒奪して、二年ほど実権を握ったがあまりに苛烈な政策を実行に移したため、部下達の信頼を失って孤立し、最終的にはある人物により遼大陸の奥深くに封じ込められたという……」
嵯峨はそう言って映し出された長髪の男の画像を見上げた。その目には敵意の色が誰の目にも見ることが出来た。
「その『廃帝』の写真ですか。なるほど、『不死人』なら年を食わないというのも当然か……おっと不死人のアタシが言うのもなんだろーなー……」
ランはそう言いながらソファーの下に足を伸ばす。小さな彼女では当然足は宙でぶらぶらとするだけだった。
「ちょっと待って下さいよ!でもこの人達は法術師でしょ?それがどうして……あんな仲間を実験材料にする連中と関係を持ちたがるんですか?あの化け物の前に現れて片付けた三人の法術師にしても……」
ためらうような誠の声に一同の視線が嵯峨に集まる。
嵯峨は頭を掻きながら画面を消した。
「まあお前さん達の気持ちも分かるよ。こんな正気の沙汰とも思えない計画を誰が考え、そしてそこで生み出された化け物を誰が囲おうとしている奴が誰か。それがはっきりしなけりゃ今回の研究を潰したところで同じことがまた繰り返される……と。同盟厚生局はあくまで真面目に研究を続けてきたが、このロン毛の売り渡した商品に性能の差を見せつけられた。そして、あれだけの事をしでかした以上、しばらくは身動きが取れない。自業自得と言っちゃあそれまでなんだけど。ただ今は『廃帝ハド』のことは頭の片隅に置いておく程度にしておいてくれ。肝心の同盟厚生局の研究を追うのが今の俺達の仕事だ」
タバコをくわえていた嵯峨が火をつけるために一服する。だが誠達の視線はそんな落ち着いた様子の嵯峨を見ても厳しさを和らげることは無かった。




