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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究  作者: 橋本 直
第二十九章 『特殊な部隊』と捨てられた女
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第70話 違法研究者の末路

 カウラは挑戦的な視線を送る片桐博士を、冷たくも無表情な瞳で見返していた。


 部屋にはアルコールと煙草が混じった匂いが漂い、重い沈黙がただただ流れている。


 かなめはタバコをくゆらせ、煙を天井に吹き上げながら一度も目を合わせようとしない。


 彼女のその態度が、片桐博士への嫌悪感を雄弁に物語っていた。 

挿絵(By みてみん)

「それが違法研究に流れたアンタの理屈か?つまらねえことで人生棒に振るもんだな。アンタにはこのマンションも『租界』のゲットーと変わらねえ価値しか無かったってことか」 


 ようやく落ち着いたかなめは片桐博士に冷たい視線を向けた。


 外から聞こえるサイレンが徐々に近づき、部屋の空気を一層張り詰めたものに変える。


 片桐博士はふらりと立ち上がると、窓の外を一瞥し、かすかな笑みを浮かべた。


「すべては終わった……いいえ、もうだいぶ昔に私の人生は終わっていたのかもしれない」

 

 片桐博士の顔は感情を殺された被害者のような顔だった。それを合図に片桐博士はそのままふらふらと半開きの扉に向かう。そんな彼女を立ち上がってかなめが監視していた。


「大丈夫よ、自殺したりはしないから。ちゃんと知ってることは警察にすべて話すつもり。嘘を話しても今更どうなるものでもないですしね。それに私の供述程度ではあなた方も東都警察も同盟厚生局をどうすることもできない。役所の力関係と言う悲しいサガがあなた方を苦しませることになる。それに遼北本国が絡んで来るとなれば同盟機構の足かせがどうしても邪魔になってあなた達は身動きが取れなくなる。それは少し残念ね」


 その挑戦的な視線に怒りをこめたかなめの視線が飛んだ。

挿絵(By みてみん)

「こういうときが来たらこれを渡したくて。どうせ東都警察の機動隊や鑑識が知っても意味の無い情報でしょうからね。これを使えば、もしかしたら役所の力関係とやらが逆転する私としては面白い展開が見られるかもしれないわ。期待してるわよ」 


 そう言って部屋に入った片桐博士はそのまま一枚のデータディスクを取り出した。外では物々しい装備の機動隊員が装甲車両から降車して整列している様が見えた。


「あんな連中を呼び出すような物騒なものの研究をしていたんだ。少しは反省……って。その面じゃ無理か」 


 頭を掻くとかなめは再びどっかと元のリビングの椅子に腰掛ける。その手からディスクを受け取ったカウラは自分の携帯端末をポケットから取り出してディスクを挿入した。


『こちら、東都第三機動隊!状況を報告せよ!』 


 ディスクの内容を確認しようと端末を操作中にカウラの端末から機動隊からの通信が入った。


「こちらは同盟司法局法術特別捜査本部第一機動部隊長、カウラ・ベルガー大尉。法術研究に関する同盟法規第十三条に違反する容疑者の確保に成功。別に違反法術展開の現行犯の容疑者が逃走中。データを転送します」 


 事務的に答えたカウラを片桐博士が皮肉めいた笑みを浮かべながら眺めていた。


「不思議ね、あなた達。人造人間、サイボーグ、異能力を持った非地球人類。なのになんでそんなに仲良くできるのかしら?コツでもあるの?私には無理。私はどこまで行っても力の発揮する見込みのない遼州人に過ぎないもの。力のある人と対等に話をするなんてできないわ。そんな魔法があるのなら教えてくれないかしら?もしかしたら私の研究よりもそちらの方が世の中のためになるのかもしれないと思うから」 

挿絵(By みてみん)

 誠はこのとき初めて片桐博士の本音が聞けたような気がした。


「馬鹿じゃねえのか?そんなことも分からねえなんて」 


 すぐさまかなめはタバコを片桐博士が差し出した灰皿ではなく自分の携帯灰皿に押し付けるとそう言ってよどんだ笑みを浮かべながら答えた。


「アタシ等がそんな身の上を思い出すときはそれぞれの長所が見えたときだけだからだよ。いつもはただの人間同士の暮らしがあるだけだ。力の有る無し?そんなことは日々の暮らしに何の役に立つんだよ……そんな人間の関係を力関係と利用できるかできないかだけでしか理解できないからアンタは破滅した……違うか?」 


 かなめの言葉に片桐博士は理解できないというような顔で作り笑いを浮かべた。ドアが開かれるや否や、強化樹脂製の盾を構えた機動隊員が一斉に流れ込み、重い足音が床を叩く。


 銃口が一斉に博士に向けられた瞬間、部屋の温度が一気に下がったように感じられた。

挿絵(By みてみん)

 それでも片桐博士は微動だにせず、皮肉めいた笑みを崩さない。まるでこの瞬間すら彼女にとっては予定の一部であるかのようだった。

 

「あなた、名前は?」 


 取り囲む機動隊員が目に入っていないかのように静かに笑いながら片桐博士はかなめにそう言った。


「法術犯罪防止法違反について署までご同行願いませんか」 


 かなめの答えを待たずに機動隊を指揮していた巡査部長が片桐博士の手にそう言って逮捕令状を見せた。そのまま両脇を機動隊員に挟まれて部屋を後にする彼女を黙ってかなめは見送っていた。


「どうする?」 


 一仕事終わった後だというのにかなめがカウラに確認を求める視線には緊張感が残っていた。端末を手に何度も操作してみせるカウラの表情も硬かった。誠はただ二人を見比べてその奇妙な行動の意味を推測していた。


「もしかしたらクバルカ隊長や茜さんのところでなにか……」 


 そう言った誠を見るとカウラはこめかみに手を当てた。かなめはと言えば彼女が戦場で見せる残忍な笑みを浮かべて誠を見つめていた。


「神前。勘はいつでも合格なんだよな、オメエは。現在どちらも通信が途絶えてる。工藤博士の研究室、北博士の個人事務所で何かがあったのは確定だ。どちらも東都警察の機動隊が出動したそうだ……まあ、茜とランの姐御……使えねえ神前じゃねえんだから雑魚相手だったら瞬殺できるだろうが……それが連絡できねえほどてこずってるってことはそれなりの法術師が出てきたってことなんだろうな」 


 かなめの言葉に誠は呆然とした。工藤博士の勤務先の東都医科大のキャンパスは東都の山の手にありここからでは間に合う距離ではなく、北博士の個人事務所も繁華街の一等地にあり誠の干渉空間を使用しての瞬間転送などが出来る広い空き地などがあるような環境ではなかった。


「でもこれで三人は全員今回の事件に関わっていたことが分かったわけだ。そしてこの研究を闇に葬ることを目的で動いている三人以上の腕利きの法術師を戦力とする組織が動いている。それだけは事実として明らかになったわけだ……」 


 カウラの言葉に誠は唇を噛んだ。


 公然と破壊活動を行う法術テロリスト。それまでの人体発火で自爆すると言う遼州系の左右両翼や宗教系のテロリストの活動とはまるで違う目的でテロを行う新組織の存在。そしてその登場が地球圏への脅威になりうるとして法術規制で圧力を強める地球の列強が同盟に徹底した取り締まりを求めてきていることは当事者である誠も知っていることだった。


「おい、何、しおれた顔してるんだよ」


 かなめの笑顔が先ほどまでの複雑なそれではなく、いつものいたずらっ子のそれに戻っていた。


「今連絡が入った。騒ぎはあったらしいが茜警部達もクバルカ中佐達も無事だそうだ。連中のほうに現れた刺客も北川と同じで本気で暴れまわるつもりでは無く、顔出し程度で去ってくれたようだ。一安心だな」 


 そう言ってカウラは携帯端末をジャケットのポケットに押し込むと立ち上がった。誠も気がついたようにそれに続いた。


「このまま同盟司法局、本局に集合。この数日が山になるぞ」 


 カウラはそう言って早足で部屋のドアに向った。部屋に入って来た東都警察の鑑識をやり過ごした三人はそのまま部屋を出た。所轄の刑事らしい男二人が近づいていた。


「あの、司法局の方……ですよね?」 


「法術特捜の権限内捜査だ。時間が無い。報告書は後で署に転送するからそれを見てくれ」 


 トレンチコートの中年の警部にそう言ってカウラは通り過ぎた。かなめも頭を下げながらすり抜けた。


「良いんですか?さっきのは所轄の刑事さんでしょ?挨拶位しないと東都警察からまた何か言われますよ」 


 誠がカウラのポケットを指差すが、かなめは自分の唇に手を当ててしゃべるなと誠に告げる。マンションの入り口にはすでに黄色いテープが張り巡らされ、日の落ちた初冬の北風の中ですでにその周りには野次馬が集まってきていた。


「どいてくださいよー」 


 のんびりとかなめは彼らを押しのけながらカウラの『スカイラインGTR』に向かう道を作った。


「凄いものですね。警察が来たと分かるともうこんな人だかりだ。さっきまでは人っ子一人いなかったのに」 


 ようやく車に戻った誠。仕方なく冷えたとんかつ弁当を手に取った。


「残念だな、カウラ。おでんはすっかり冷えちまった。神前はあっためてもらわなくて正解だったな。まあ、アタシは弁当はあったかい方が好きだがな」 

挿絵(By みてみん)

 そう言って後部座席で菓子パンにかじりつくかなめを見ながらカウラは冷えたおでんに箸を伸ばした。


 そしてカウラは冷えたおでんの大根を一口食べてうんざりしたような表情を浮かべると、そのまま容器を助手席の誠に手渡して集まってくる野次馬達を眺めながら車のエンジンをふかした。



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