第69話 革命家の影、ふたたび
「神前の馬鹿!後ろだ、来たぞ!」
かなめの怒声が部屋を切り裂いた。
瞬間、誠は背中に冷たい刃を突きつけられたような感覚を覚え、反射的に振り返った。
そこに立っていたのは、小型リボルバーを構えた北川だった。
彼の唇には皮肉な笑みが浮かび、赤黒い干渉空間がまるで生き物のように揺らめいていた。
「行き掛けの駄賃とばかりに寄って見れば、コイツは驚きだ!かの有名な神前誠曹長がいらっしゃるとは!今からでも遅くないよ。我々の仲間にならんかね?そんな用済みの基礎研究者の代わりなんていくらでもいるが、君の代わりは中々居ないんだ。どうだね?」
かなめの銃が火を噴いた。しかしその弾丸はすべて北川の展開した干渉空間に飲み込まれて消えた。北川の干渉空間は対法術弾の効果すら受け付けないほど強力なものであることはその事実からうかがい知ることが出来た。その事実に誠は驚愕した。
かなめがそれを知って突進すると、北川はその間にキッチンの後ろに姿を隠した。同時にドアが開き、銃を構えたカウラが誠とかなめに視線を送っていた。
不意にすすり泣くような声が聞こえるのを誠は聞いた。それが片桐博士の引きつるような笑い声だと理解するまで誠は呆然と彼女をかばうように身を寄せて立ち尽くしていた。
カウラが手を上げて北川の隠れたキッチンの前にかなめを進めようとするが、それを見ていた誠の腕を片桐博士は振り払って立ち上がった。
「危ない!死ぬ気ですか!あなたは!」
片桐博士の突然の行動に思わず誠は叫んでいた。かなめが突入した瞬間、キッチンの奥から生暖かい風が吹き抜けた。
干渉空間の残滓が赤く光を放ち、北川の姿はもうそこにはなかった。
誠の背中を、冷たい汗がつたう。
「……まるで幽霊だな。あれじゃ捕まえようがない!」
かなめは歯噛みしながら銃を収めた。そしてそのままかなめは土足で片桐博士に歩み寄った。
「なに?刺客が来たってことは私はもう用済みなんでしょ?私なんかの話を聞いても無駄なんじゃないかしら?同盟厚生局の壁を同盟機構のおまけに過ぎない司法局の方々が超えられるとは私には思わないけど。それに連中は遼北の威光をかさに着ている。私が知ってることをすべて話したとしても、その中で出てくる人物に手を出そうとすれば東和と遼北の外交問題になるわよ……人には出来ることとできないことがある……あなた達にも……そして私にも……」
そう言った博士をあらん限りの敵意をこめたかなめのタレ目がにらみつけた。いつ手が出るか分からないと踏んだカウラも銃を収めて片桐博士を見据えた。
「あなたの個人的見解を聞きに来たわけではありません。我々は職務を遂行するだけですから。遼州同盟司法局です。お話、聞けませんか?貴方は同盟厚生局の違法法術研究の基礎理論により『不死の兵隊』製造の為の工程表の作成の一部を担当していた。その事実について知っているすべての事を話していただきます。ちなみに外交問題は当方の関知するところではないので……それは東和共和国政府と遼北人民共和国の国家間の問題です」
ドアを開けて入ってきたカウラの静かな一言に再び落ち着きを取り戻した片桐博士が元の椅子に腰を下ろした。誠は手にした拳銃のマガジンを抜くとルガーピストルの特徴とも言えるトルグを引いて装弾された弾丸を抜いて腰を下ろした。
「あなた、ゲルパルトの人造人間『ラスト・バタリオン』ね。その髪の色、染めた訳じゃないのはすぐに分かる。普通の人間とは違う設計で作られた『戦う繁殖人形』。その運命をあなたは受け入れているのかしら?」
エメラルドグリーンの光を放つカウラの髪に片桐博士は少しやつれた笑顔を向けた。その質問を無視してその正面にカウラ、隣にかなめが座り、誠は博士の横に座る形になった。
「そんなカウラの素性なんてどうでもいい。聞きてえことは一つだ。この前の同盟本部ビルを襲撃した法術師の製造にあんたが関わったのかどうか……いや、アンタは基礎理論の研究者でこうして同盟厚生局の警備もしてもらえずにいるってことはその全部を知ってるとはこっちも思っちゃいねえよ。アンタは自分の基礎理論を同盟厚生局の役人に教えたのかどうか……その目的が『不死の兵隊』を作り上げるのにどうかかわってたか、そんだけだ。それだけ教えてくれればそれでいい」
明らかに嫌悪感に染まったかなめの言葉、その言葉を聞きながら片桐博士はテーブルの上に置かれたタバコの箱からミントの香るタバコを取り出した。
「法術特捜の捜査権限で事情聴取と考えて良い訳ね、これからのお話は。法術特捜……存在自体が奇妙な物ね。あの『近藤事件』が無ければ存在していなかった組織。私もあの『近藤事件』がもっと早く起きていたらこんな変化のない日常の中にはいなかったはずなのに……」
冷たい笑顔で三人を見回した後、片桐博士はタバコに火をつけた。その姿を見たかなめがどこか落ち着かない様子で腰のポケットのあたりに手をやった。
「良いんですのよ、あなたもタバコを吸われるんでしょ?匂いで分かるわ。どうぞ、お吸いなさいな」
明らかにいらだっているかなめにそう言うと片桐博士は煙を天井に向けて吐いた。この部屋の主の許可を得たこともあってかなめは安心するとそのままいつものコイーバクラブを取り出し口にくわえた。
「法術特捜の動きまで分かっているということは、先ほどの質問内容について知っていると判断してもよろしいんですね。当然、それは罪になります。今回の同盟厚生局の研究は被害者が存在する違法な研究ですから。貴方は罪に問われることになりますがそれでもよろしいんですね?」
念を入れるようにカウラがつぶやいた。タバコをくわえながら片桐博士は微笑んだ。
「今ここで、こんな話をするのは変に聞こえるかもしれないけど。たとえば百メートルを8秒台前半で走れる素質の子供がいたとするわ」
その言葉がごまかしの色を含んでいると思ったかなめが立ち上がろうとするのをカウラが押さえた。
「その才能を見抜いてトレーニングを施す。これは悪い事かしら?その子供には可能性がある。未来が約束されている。栄光と成功。それを手に入れる機会は多くの人に眠っている。それをみすみす見逃すなんて私にはできなかった。例えてみればそれだけの話よ」
言葉を切って自分を見つめてくる片桐博士の態度にいらだっているように無造作に口にくわえていたタバコにライターに火をともした。片桐博士は目の前の灰皿をテーブルの中央に押し出し、再びカウラの方に目を向けた。
「その能力が他者の脅威になるかどうか。本人の意思に沿ったものなのか。その線引きも無しに才能うんぬんの話をするのは不適切だと思いますが?少なくとも今回の法術師のたどった運命は自滅だった。他にも実験の前段階で失敗に終わった犠牲者も多い。それを考えた時、あなたは良心の呵責と言うものに囚われませんか?」
カウラの言葉に満足げな笑みを浮かべた片桐博士はタバコをくわえて満足げに煙を吸っていた。
「あなたの言いたいのは本人の意思の話ね。でもどれだけの人が自分の意思だけで生きられるのかしら?時代、環境。いろいろと自分の意思ではどうにもならないものもあるじゃない。結果が死に終わったとしても彼等には何者かになる可能性があった。不死と絶対的力の行使。どちらも地球人には考えられない魅力的なものですもの。私達、遼州人はその点恵まれているのよ。誰にでもこの二つを手に入れるチャンスがある。素晴らしい事じゃなくって?」
あてつけの笑み。そして片桐博士は再びウィスキーのグラスに手を伸ばした。誠は黙って上官の二人を見た。
「詭弁だな。不死?無限の力?アタシにはそれが命がけで手に入れる価値のあるモノには到底思えねえ。それにさっきのランナーの話に戻るが、百メートルを8秒で走れる奴の上を行く、何を教えなくても生まれながらに百メートルを7秒で走れる奴がこの世には存在したってことはアンタが基礎理論を作った例の化け物が完成した法術師に負けたことで明らかになったんだ。アンタの研究は無駄だったんだよ!」
かなめはタバコをくゆらせながらそうつぶやいていた。カウラもまたきつい表情で一人のんびりとペースを守って酒を口に運ぶ片桐博士をにらみつけた。
「詭弁?でも能力を私達の理論通りに開花させた暁には栄光が待っているのよ?東和『租界』のゲットーで朽ち果てるよりよっぽどマシな人生だもの。たとえその実験が失敗に終わっても地獄の生活からは解放される。生きていること自体が苦しみのあの地獄から。立派な人助けをしたと私は思ってるわ。それに研究が続けばいずれは百メートルを6秒で走れるランナーを作り出せるかもしれない。それが科学と言うものなのよ」
片桐博士の言葉にはまるで反省の色は見えない。誠はその口調に死んでいった同じ法術適性を持つ犠牲者たちの事を思って怒りを隠せなかった。
「あの化け物が能力開花か?笑わせるね。それに『租界』は地獄だが。あんな化け物になるくらいならその地獄で朽ち果てた方が千倍マシだ。それにうちには百メートルを1秒もかからずに走れるランナーが『人類最強』を名乗って副隊長をやってる。科学には限界があることを思い知りな。アンタの科学は最初から無駄だった。たぶんこれからアンタの後に続くものもその無駄な努力を繰り返すだろうな……お疲れさまとしか言えねえな」
かなめはそう言うとテーブルを思い切り叩いた。響いた音に反応するわけでもなく、片桐博士は微笑みながらかなめを見つめていた。
「ともかく所轄が来ます。証言はしていただけますね?貴方の証言次第で同盟厚生局の幹部の罪の量刑が変わってきます。場合によっては遼北と東和との外交問題にも発展するでしょう。まあ司法局の下位捜査官に過ぎない私達には関係のない話ですが……今回の事件の詳しい事は東都警察の担当官に話していただきます」
そう言ってカウラはかなめに手をやると彼女を片桐博士から引き離した。
「あなた達が聞いてくれるわけではないのね……私の話を……あなた達なら楽しいお話が出来たでしょうにね……」
片桐博士は少しばかり残念だというようにうつむくとグラスの中のウィスキーを一息で飲み干した。誠はその様を見ながら遠くでパトカーのサイレンが響くのを聞いていた。




