第66話 封じられた真実の研究者
「そして、この方が片桐芳子医学博士です」
ひよこは手元の資料を指で軽く叩きながら紹介した。小柄な女性だが、視線には鋭さが宿っている。
「元は大脳生理学が専門でしたが、遼州人の脳波に一部、地球人には見られない特殊な作用があることを発見した人です。……つまり、法術を展開できる可能性がその脳波の特性を分析することで理論的に証明できるという仮説を立て、その脳波の発生には脳の部位……ああ、詳細な説明は省くんでしたね、その部位を人為的に強化することが可能でその効果が見られる血清を開発することは可能であるというのが彼女の結論でした」
一同が息を呑む。嵯峨は言葉を区切り、続けた。
「そこから法術研究はそう言った法術適性者に覚醒を促す血清開発にあるという見地から法術研究に足を踏み入れた、いわば現在の法術研究の『王道ルート』の研究者ですね。最初にその脳波発生を促す血清の開発は干渉空間の展開を行うことが可能かどうか調べるところから始めました。やがてその血清には予想外の効果としての定期的な注入を行うことにより実際の不死人と似た不死人特有の『生理現象の停止』を起こすことが出来るという事実に着目し、研究を洗練させていきました。現在は、法術と不死性の関係を並行して覚醒させることが可能なのではというのが彼女の仮説です」
説明の終わり際、ひよこの声色がわずかに重くなった。
目つきは明らかにカメラをにらみつけているようにも見えたが、その目鼻立ちのはっきりした美女と呼べる姿を誠が見つめていると隣のアメリアが足を思い切り踏みしめてきた。
「うっ……痛!何するんですか!アメリアさん!」
誠の口から漏れた悲鳴にかなめはざまあみろと言う表情を浮かべる。それを一瞥した後、ひよこは話を続けた。
「当然、東和国防軍なんかの研究者もこう言う経歴の持ち主には不死人の存在を認めたくないという政府の方針でかん口令を敷くわけですが、三年前にとある女性誌の働く女性を紹介すると言うような特集記事でインタビューを受けた時に、口が滑ったと言うか法術の存在をほのめかすような発言をしたものがそのままその雑誌に掲載されてしまったんです。それが法術の存在を隠し通したい政府の逆鱗に触れました。法術に関しては研究内容はあくまで公表する際は医療目的とするのが当時のルールですから、『ヒーリング能力』以外の法術は存在しないと言うのが当時の政府の見解だったんです。それを破って遼州人に見られる特徴について抽象的に表現しちゃったのが当局に目をつけられたきっかけです」
ひよこはいつもと違い、専門用語を駆使して説明してくるので、誠は少し混乱していた。
「よくいるわね。口の災いで自爆する人。なんだかこの人の顔を見てるとその典型みたいに見えるわね。私も気を付けましょう」
アメリアは自分自身に言い聞かせるように笑いながらそう言った。
「アメリア。オメエは鏡を見る必要がありそうだな。オメエが一番口で自爆してるじゃねえか」
「それを言うならかなめちゃんだって結構口で人の地雷を踏んでるわよ」
「なんだ!なんかアタシに文句あんのか?表に出ろ!」
「二人とも静かに!」
カウラの一言にアメリアはとぼけたように誠やかなめに目をやる。そして全員が大きくうなずいているのを見て舌を出しておどけて見せた。
「それからは常にあの『ビッグブラザー』の意思で動いているとされている公安調査庁による監視をつけられていたと言う話を聞いていますよ。事実、その発言から一度も学会に論文を発表していない。事実上干されたわけです。研究自体もほとんどしていないで最近は大学の非常勤講師として勤務しているようです。非常勤講師に与えられる研究費なんてほぼゼロですから同盟厚生局から声を掛けられれば一番最初に飛びつきそうですし、お金のことを考えてもやはり非常勤講師なんて一コマいくらの学習塾の講師並ですから……かなり怪しいところですね」
ひよこは一度あくびをした後、再びキーボードを叩き始めた。一同はその一挙手一投足に注目していた。
「そして最後が北和俊博士。一番の変り種と言えばこの人なんですがねえ……」
そう言ったひよこの口元に呆れたような笑いが漏れた。誠は画面に映る苦虫を噛み潰したような表情の眼鏡の男に目を移した。
「この顔は見たことあるぜ。テレビかなー……書店で見たのかねー。どーもこんな顔見た事が有るなアタシは」
ランは思い出そうと首をひねる。誠もそう言われると記憶の底にこの渋い表情があることに気づいた。
「一時期テレビに出てましたね。怪しげな都市伝説ばかり紹介するバラエティー番組で解説を担当していたのは俺も知ってますよ!あくまで都市伝説として不老不死の存在について大っぴらに話してました。こいつ怪しいなんてもんじゃないですよ!こいつが本命でしょ!」
島田の言葉にひよこが笑顔でうなずいた。
「島田さんのテレビとかの記憶力はさすがですね。この人は東都大の大脳生理学研究室出身で博士号を取った後すぐに地球に留学したんです。でもそこで何を吹き込まれたか知りませんが『法術』と『神の奇跡』の区別がつかなくなっちゃった人なんです。……この人も東都大に居た時は不死人のもつ再生能力の物理的限界を超えた生理現象の特徴の研究とその過程で発生することが有る干渉空間の研究をしていたんですけどね……地球で何を研究していたかまではさすがに分かりません。ただ、法術に関しては東和と並ぶほどの技術を持っているアメリカ軍とは関わってないので、あまり進歩的な研究はしてはいなかったんじゃないかなあと私個人は思います。もし、彼がアメリカ軍と関わってたとしたらより今回の研究は『不死の兵隊』の完成体に近いものを作り出せていた。結果として生み出されたほぼ完成された『不死の兵隊』はあの都心のテロ事件で三人の完成された法術師に勝っていたでしょう」
アメリカの法術関連研究、アメリカはそれを『魔法』と呼んでいたが、それが下手をすれば東和のそれよりも進んでいることはここに居る誰もが知るところだった。
「神と科学の区別のつかないマッドサイエンティストってわけ?凄いわね。映画でもなんでもなく実物が見られるなんて!でも、地球では中途半端な研究しかしてこなかったんでしょ?ああ、地球にはサンプルとなる法術師自体が居ないわね。それにしてもそんな中途半端な学者に金を渡すなんて同盟厚生局って予算一杯あるのね。うちにも分けてくれないかしら?」
「引っ付くなよ!アタシは知らねえ。予算の事なら高梨部長に言え!」
歓喜するアメリアにもたれかかられてランは迷惑そうに顔をしかめた。誠も少しばかり興味深く目つきの悪い北博士の写真を見つめていた。そしてそのあまりにマッドサイエンティストを絵に描いたような北博士の顔つきに苦笑いを浮かべてしまった。
「全宇宙の知的人類は法術師、まあこの人は『選ばれた力を持つ永遠の命を持つ神の子』なんて呼んでますが、それに進化する過程にあるってことで本を出したり、怪しげな法力開発グッズを売り出したりして多額の借金を抱えていることで有名です」
ひよこは画像に怪しげなグッズの写真を映し出した。
「なんだよ、それじゃあコイツに決まりとでも言うのか?と言っても、技術力的にはこいつが一番低そうだな。言ってることが滅茶苦茶だ……でも科学者は科学者だし、あの化け物は三人組の法術師に負けてたし。研究が中途半端な理由がこいつってことなら理解できる」
かなめの問いにひよこはあいまいな笑みを浮かべた。
「でも全員が基礎理論の研究者と言う訳ですね。でも今回の法術師の研究は明らかに臨床レベルの経験や知識が必要になりますから、そう言う人とのコネクションを持っている人物は居ないんですの?自分の理論を実践してくれる手足となるような助手を抱えているとか」
じっと自分の端末を覗きこんでいた茜の言葉が響いた。それにアメリアとランが大きくうなずいた。
「それなんですが、なんでこの三人を関係者としてあげたのには理由があります。他にも基礎理論の研究者で干渉空間と不死を研究していた人物は居るんですが、この事件の場合敢えて外しました」
ひよこははっきりと自分の意志で容疑者を三人に絞った理由を述べた。
「この三人に共通するのは同盟厚生局以外の軍や政府からの庇護が期待できないってことか?正式な辞令で動いている同盟厚生局が研究再開のために必要になるような御用研究者には我々の捜査の手は届かない。いや、正確に言えば御用研究者に手を出せば今回の捜査は上から潰される……それに今動いているリョウ中佐にもそいつ等はマークされてるからそんなのを追いかけても意味はないってことか。捜査官の手あかのついていない新たな容疑者……当たってみる価値はありそうだな」
カウラの一言。隣でかなめが手を打ち、アメリアが納得したようにうなずいた。
「つまりこの三人ならば捜査に法術特捜の捜査権限が生かせると言うことですわね。法術特捜は法術の悪意的使用に関する容疑を立件できることを同盟司法局が認めれば職権にて必要な措置を取ることができる……同盟厚生局に直接関係のある研究者はもうすでに近衛山岳レンジャーのライラさんが面会して回っているでしょうからね。まあ同盟厚生局が常に張り付いていていつでも銃口を自分に向けて来る状況下で彼等が何か言うとは思えないですけど。同盟厚生局は医療・生命・生理学関係の研究者のすべてを統括している。その全員を敵に回せるほどの度胸のある研究者なんてこの遼州系には居そうに無いですもの」
納得したように茜はうなずくとすぐさま端末からコードを伸ばして部屋に据え置きの機器に接続した。かなめもうなずき、カウラもひよこの端末から茜の目の前の画面に視線を移した。
「なるほどねえ、ライラさんが会った研究者はもし研究に加担していたとしてもすでに同盟厚生局の偉いさんから因果を含められてるって話だな。例え無理して身柄を抑えても死んでも口を割らないようになってる訳だ。時間が惜しい今なら手を出すだけ無駄ってことか」
島田は島田なりに考えていることがその言葉で分かった。それを見てひよこが生暖かい視線を送る。にらみ合う二人を見てランが口を開いた。
「今回の事件には間違いなく同盟厚生局の他にもその技術の買い手のどこかの軍がかかわりがあるってことは感じてるな?なんと言っても連中が作ろうとしているのは『不死の兵隊』だ。完成すればどんな戦場でも圧倒的に有利になるわけだからな。そんな戦争の帰趨を決めかねない代物を作るなんて当然、同盟厚生局の連中も危ない橋を渡っているという自覚があるわけだ。さらに近衛山岳レンジャーが捜査に参加したことであちらさんも相当警戒している。これから使えると言う臨床系の技術者をほとぼりが冷めるまで囲っておこうと同盟厚生局が思っても不思議はねーだろ?ひよこの言う通りもう臨床系の技術者を追いかけて証拠を上げることは無理だろー。すべてが遅すぎたんだ。もー今となっては」
ランの言葉に茜は唇を噛んだ。すべてが遅すぎた。その意味するところが自分の責任だと茜は自身を責めているように誠には見えた。
「じゃあ他の研究者は見逃せって言うんですか?何人が犠牲になったか分からないんですよ!それにこの技術が今後応用されたらどういうことになるか……」
「正人!」
ランに詰め寄ろうとする島田をサラが押さえようとする。しかし、子供にしか見えないランは動じることなく島田を睨み返していた。
「だからだよ。今回は何がしかの糸口を見つけて今の体制の同盟厚生局の解体に持っていかなきゃならねーわけだ。ひよこも三人の名前を挙げたということはこいつ等のうち最低一人は基礎理論……あの化け物を作る理論的根拠を示して見せて臨床系の技術者の指導に関わっていたと言うことなんだろ?」
ランの言葉に静かにひよこがうなずいた。
「この三人なら工程表が完成して『不死の兵隊』開発プランが出来た時点で同盟厚生局にすでに用済み扱いされてるから、司法局上層部の反対も無いだろうから容疑が固まれば身柄を確保できる。取調べが出来ればそこから現在進行形で研究を進めている研究者の名前やこの研究を指導している同盟厚生局の幹部職員の名前が分かってくる可能性がある」
落ち着いてつぶやくランを見て静かに島田は腰を下ろした。
「逆に言えばこの三人以外は違法研究の嫌疑で身柄を押さえても……」
「お偉いさんから横やりが入って……はい、それまでよ、だ」
誠の言葉にかなめが諦めたように言い添えた。かなめの隣でエメラルドグリーンの髪を掻き揚げているカウラがいた。どこへ向けていいのか分からないような怒りがその整った顔に浮かんでいるのを誠は見逃さなかった。
「食らいつくところが決まったんだ。誰が担当する?……ってアメリア、目が怖ええよ!」
かなめの視線の先にはらんらんと瞳を輝かせるアメリアの姿があった。
「それでは工藤博士は私とラーナが担当しますわ。そして北博士は……」
茜がそう言うと全員の視線がアメリアに向く。頭を掻いた後、アメリアはその手をサラに伸ばし、サラは島田の腕を掴んだ。
「その組み合わせ、力のある法術師が出てきたらやばそうだな。仕方ねえやアタシも出る」
ランの言葉に茜がうなずいた。
「じゃあ残りはアタシとカウラに神前か」
「誠ちゃんが悪の女幹部に誘惑されたら困るからね!」
「アメリア。頭腐ってるだろ?」
アメリアとかなめの会話に和やかな空気が漂う。それまで端末をいじっていた茜がようやくコードを抜いて振り返った。
「それぞれの端末にデータを転送しておきましたわ」
それを聞いて誠も自分の端末を開く。脳に直接データを転送していたかなめは少し目を閉じた後、複雑な表情を浮かべた。
「なるほどねえ、今回の実験が『近藤事件』を契機に一気に進んだ理由が良く分かったよ」
「どういうことだ?」
カウラの声にかなめは口元を緩める。その瞳の先の茜が仕方が無いというようにうなずく。
「法術系の研究をしていた研究者の監視の多くは法術の存在が知られてしまった時点で監視の目を解かれたはずですわ。それまで監視を受けて研究が進まずにいた研究者はあっちこっちから引っ張りだこ。その研究が合法的なものばかりではありませんし。結果、地下に潜った臨床系の技術者を同盟厚生局が理由を付けて片っ端からこの研究に引っ張った。それが今回の事件が示してくれた結果ですわね」
「そう言うわけだ」
かなめが誠の襟首を引っ張って立ち上がらせる。カウラも鋭い視線を誠に投げた。
「じゃあ行ってきます」
「がんばってね。そこの二人!誠ちゃんを襲っちゃ駄目よ!」
「誰が襲うか!」
かなめはアメリアを怒鳴りつけるとそのままセキュリティーの厳重な会議室の扉を開いた。心配そうに実働部隊の詰め所から顔を出しているかえでとリンの顔が見える。
「見世物じゃねえぞ!」
そう言いながらかなめは大またでその前を通る。仕方が無いというようにカウラと誠もそれに続いた。
「がんばってくださいね!お姉さま!」
クールな調子だが妙に色気を感じるかえでの声にかなめはびくりと震えた。
「愛されているんだな。いいことじゃないか」
じっとかなめが出てくるのを待っていたであろうかえでを見ながら皮肉を飛ばすカウラをにらみつけたかなめはそのままハンガーの階段を大きな足音をわざと立てながら下り始めた。




