表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究  作者: 橋本 直
第二十八章 『特殊な部隊』と科学の僕
65/85

第65話 沈黙のハンガーと不死の研究

「あれ?今日は帰ったんじゃねえの?」


 夕焼けに染まる駐車場。ハンガーの方から整備員たちが駆け足で行き来し、油の匂いと金属音が混じって漂ってくる。かなめが声を張り上げると、スキンヘッドの整備班員が手を止め、汗を拭いながら叫び返した。

挿絵(By みてみん)

「残業ですよ!……班長が居ないから面倒ごとが増えてるんです!シミュレータに乗るたびに『ここを調整しろ』だの『あれが足りない』とか言うのはいつも西園寺さんでしょうが!こうして西園寺さんが別任務に就いてる時しかシミュレータの調整なんてできないんですから。その隙を縫ってこうして部品発注だの調整だの、やってるのは俺達ですよ!もう少し現場の苦労も考えてくれっての!」


 彼がやれやれと肩をすくめ、軽い敬礼をして去っていくのを見送り、カウラは無言でハンドルを切って車を駐車場に入れる。


 その時、とうもろこしを片手にしたかえで少佐が、芝生を踏みしめてこちらに歩いてきた。夕陽に照らされたそのシルエットは、普段の冷徹な『斬大納言(ざんだいなごん)』の印象とは違い、どこか緩んで見えた。

挿絵(By みてみん)

「いかがしましたか?お姉さま。何か真実を掴まれたような晴れやかなお顔をされているようにお見受けするのですが?」 


 先日のセクハラ騒動でランに厳しい叱責を受けたのか、最近はかえではかなめへのセクハラ行為は控えていた。かえでには島田と違って学習能力と言うものがあった。


「日野少佐は今日は暇そうですね。隣の工場での訓練の方は順調ですか?」 


 誠もかえでから『許婚』だと認識されているので、少しこわごわ凛とした姿に似合わないとうもろこしを食べているかえでに声をかけた。


「もちろんだよ。僕のやる事には常に一部の隙もないんだ。でも、たまには息抜きもいるものだ。神前君も捜査ばかりしていると疲れてしまうよ。僕のようにたまにはゆとりを持って一日を過ごすと良い。訓練の方だが、こちらは期待してくれていい。これまでのようにお姉さま達だけに頼るようなことは無くなる。僕を頼ってくれても良いんだよ。なんと言っても神前君は僕の『許婚』なんだから」 


 かえではそう言って話しかけてくる誠に笑顔を返した。


「島田先輩はどうしたんですか?カウラさんの車が渋滞にはまってる間にバイクの先輩とサラさんは先行してもう着いてるはずなんですけど?」


 誠はとりあえずかえでの機嫌が良さそうなことに安心してそう尋ねた。 


「ああ、彼ならハンガーに向かった。彼は疲れを知らない体だからな。実は僕にも若干だが、身体回復能力がある。だから、お姉さまにいくら激しく鞭打たれても次の日には傷が消えてくれるんだ。便利なものだろ?」 


 かえでの特異体質がおそらく法術のもたらすものなのだろうと誠も察することが出来た。カウラは隣に立っていたアメリアに目を向けるとそのままハンガーへ向かった。


「しゃあねえなあ。島田の奴を放置しとくと何をするか分かんねえかんな。アタシが言うのもなんだけど、アイツにはもうちょっと冷静さが必要なんだ。今の時期は特にそうだ。捜査が行き詰っている時はそれなりに待つってことも大事だってことを覚えるべきだな」 


 かなめもカウラ達が歩いていくのを見て誠もハンガーを目指した。


 グラウンドの前に立つシュツルム・パンツァーを待機させているハンガー。誠達は沈黙に支配されている夕闇が近づくハンガーを覗き込んだ。


「あ、ベルガー大尉」 


 兵長の階級章の整備員がカウラを見て敬礼する。その敬礼を返しながら静かなハンガーをカウラ達は見回していた。

挿絵(By みてみん)

「居ねえなあ。どこに隠れやがった?この忙しい時に気分転換にバイクをいじってるとか、パーラの車の再調整をしてるとか言ったら射殺してやる」 


 かなめはそう言いながら東和陸軍の標準色の誠の機体に目をやりながら奥の階段に向かった。


「いくら島田君が馬鹿でもそんなことはしないでしょ。どうせ先に行ってるのよ。ひよこちゃんの話を聞くなら第一会議室がやはり一番機密性は保てるでしょ?多分そこよ。島田君はこの建物に一番長い時間居る人だからハンガーの裏の非常階段を通れば一番早くあそこに着けるって知ってるのよ」 


 アメリアは後ろに続く誠にそう説明した。いつもならもっと活気にあふれているハンガーが沈黙していたのはそこに島田がかなりの剣幕でひよこをつれていったと言うことを暗示していた。そう彼女には思えているようだった。


 管理部は主計担当の菰田の姿は無くパートのおばちゃん達はそれぞれの事務作業のために端末のキーボードを叩いていたので私服で上がってくる誠達を気にするはずも無く、隣の実働部隊の詰め所ではハンガーで見たかえでと同じく『男の()』の姿があることがあまりに普通になったアンがトウモロコシを食べているだけだった。


 取り出したセキュリティーカードでセキュリティーの一部を解除した後、カウラが網膜判定をクリアーしてセフティーの完全解除を行った。そうして開いた司法局実働部隊の情報分析スペースである会議室の中にはひよことそれを監視する島田の姿があった。


「ああ、おそろいなんだな。島田、何か妙なことを神前軍曹にしていないだろうな」


「え?俺がひよこに何するって……」 


「私は島田さんには何もされてませんけど……」

挿絵(By みてみん)

 振り返ったひよこに頭をかきながら正面に座るのはカウラだった。カウラの質問に答える島田はやはり『(きずな)』を優先するヤンキーであることを誠にも理解させた。


「基礎理論の研究者のお話なら私も入りますけど。私は今回の研究に関しては何もしてませんよ」 


「なにか?何かをするつもりはあったってことか?でも、ぽわぽわポエム娘にあんな化け物を作り出す理論が作れるとは到底思えねえけどな」 


 ニヤニヤ笑うかなめに島田は硬直したように静かに視線を落とした。


「まあ茜ちゃんを待つ必要も無いでしょ。私達が来た理由は島田君から聞いてるでしょ?」 


 アメリアの言葉にひよこは頷くとそのまま端末に手を伸ばした。


「確かに今回の研究と関連する論文を発表している研究者はそう多くは無いんです。地球人に無い能力を遼州人が持っているということになれば混乱は必至ということで、ほとんどの研究発表は秘密裏に行われていたから。東和共和国の遼州人自身が明らかな法術の自然覚醒でも起きない限り法術の存在を忘れ去っていたんです。私がこの隊に配属される半年前から隊長の指示で法術師について学んだ時には周りの医療関係の軍学校の学生からはオカルト信者と仲良くやれって言われたこともあったくらいですから。もっとも誠さんが『近藤事件』であれだけ派手に遼州人に法術と言う力があることをアピールしたおかげで今や人気の研究テーマになってるみたいですね。どこの研究機関でも相当研究費を出したいところがあるらしいですけど……」 


 そうつぶやきながらひよこのか細い指が器用にキーボードを叩いた。


「しかも、今回のあの可哀そうな女の子が変化した化け物が展開した干渉空間と彼女の体質の不死に関することの基礎理論を研究していた研究者となるとさらに絞られてきます。特に不死については地球圏ではどうかは知りませんけど、遼州人が多く住むこの遼州圏では研究自体が遼州人の存在意義に関わるものと考えられていて研究者の数自体が少ないんです。それに不死の研究者は人間の寿命を延ばすという名目でそれを専門でやっている人ばかりですから、それ以外の能力を同時に発生させるような兵器としての不死人を作り出す理論を確立している研究者となると容疑者はかなり絞られてきますね」


 キーボードを叩きながらひよこは丁寧に説明をした。そして画面には顔写真つきの資料が並ぶ。三人の比較的若い研究者のプロフィール。誠達はそれに目を向けていた。


「茜さんの資料と東都近辺に勤務している法術の特に干渉空間展開と不死の同時に研究している基礎理論の研究者と言うことで絞り込むとこの三人になります。全員若手の法術研究者としてその筋では知られた顔なんですよ」 


 そう言って笑うひよこを無視して誠達はそれぞれの個人の携帯端末の三人の情報を落とし込んだ。


「若いってことは野心もあるだろうからな。人間を研究する法術関連の技術開発だ。金はいくらでも欲しいだろう。同盟厚生局が目をつけるには最適の人物だ」 


 かなめはそう言うと三人の顔を表示させて見比べていた。めがねをかけた細身の四十くらいの男。三十半ばと言う美人とはいえるもののどこか目つきの悪く感じる女性研究者。少しふけて見える生え際の後退した男。


「この三人の人となりは警部が来てからでいいですか?」 


 そう言うと再びひよこは端末に手を伸ばした。その次の瞬間部屋のセキュリティーが解除されて茜が姿を見せた。


「おい、無用心だぞ。アタシの端末にもオメー等の情報が落とし込まれてるぞ。少しは配慮ってものをしろよな。もしこの端末に同盟厚生局の情報管理室の枝でもついてたらどーする。同盟厚生局の連中に基礎研究の研究者がガードされたらこの捜査は終わりなんだ」 


 苦笑いを浮かべた子供の様に見えるランがそのまま彼女の小さな体には大きすぎる椅子に登るのを萌えながら誠は見守っていた。


「そうはいいますが神速が必要な時期ですよね。慎重も過ぎると手柄を取り逃して本当にここをやめることになっちまいますよ」 


 そう言ってかなめは平然として三人の顔写真から目を離そうとしなかった。


「神前軍曹。とりあえずこの三人に絞り込んだ理由を聞かせていただけなくて?」 


 茜の声に頷いたひよこはそのまま全員の携帯端末の画像に資料を落とし込み始めた。


「できればこの機会に法術に関する知識を皆さんにも身に着けていただきたくて、法術の基礎理論の開発の歴史をちょろっとやってそこから現在の研究の流行なんかを語ることになりますが……」 


 ひよこは今一つ状況の緊迫の度合いを理解していないようだった。かなめが明らかに恫喝するような視線をひよこに投げたので、ひよこはとりあえず隊員達の教育は諦めて要点だけを話すことに決めた。


「別に勉強してーわけじゃねーんだ。さっくり説明してくれりゃーそれでいい」 


 ランの言葉にひよこは静かにうなずいた。


「分かりました。では容疑者の人となりと、その研究内容について手短に説明することにします」


 ひよこはそう言うと端末のキーボードを慣れた手つきで叩き始めた。


「まずこの生え際が危ない人は工藤俊介博士。生理科学から法術研究に入った法術研究者としては変り種の人物です。まあ、生理学的見地から不死人に見られる新陳代謝の異常に気付けば、必然的に法術研究に入るというのも理解できますけどね」 


 ひよこはそう言うと頭髪の後退した一見50過ぎにも見える男の写真を拡大した。良く見れば張りのある肌からその年齢が30位であることが誠にも分かった。


「不死人の新陳代謝の異常が法術の持つアストラル領域からエネルギーの物質変換を行って体細胞の復元を行う特性に注目した鬼才として知られています。まさに不死に関する研究の第一人者と言っても良いんじゃないでしょうか。五年前にその研究で東都生理学の博士号を取得した逸材と言うことになってます。まあ法術の特性なんかに言及したせいで同盟機構の法術を無いものとして扱いたい事情から冷遇されて、理論研究の論文を東和国防軍に提出して研究費を稼いでいた時期もあったらしいから金が欲しい研究者の筆頭ですね」 


 ひよこはそう言って苦笑いを浮かべた。そして画面には工藤博士が軍に提出した論文の題名が次々とスクロールされていくのが見えた。


「この論文の量は研究者がこの期間に発表する量としてはかなりの量なのか?これは。普通の研究者は年にこれくらいの研究論文は発表しているんじゃねーか?」 


 ランの言葉にひよこの苦笑いが真剣なものに変わった。


「そんなに研究熱心な研究者ばかりだったら法術の研究はもっと進んでますよ。まあ異常と言っていいんじゃないですか。東和国防軍は別に法術研究の部署を秘密裏に組織していましたから。そこにこの人が呼ばれなかったのは論文の一部に致命的な欠陥があるんですが……不死に関する研究の致命的な欠陥については……かなり専門的な話になりますが……しますか?それとも省きます?」 


 相変わらず自信なさそうにひよこはランの顔色を伺っていた。

挿絵(By みてみん)

「オメエの講釈なんか聞きたかねえよ。つまりこの御仁の論文の欠陥を東和国防軍の連中は知ってて理論を買い叩いたわけだ。ひでえ話じゃねえか。それで売主をより良い値で自分の理論を買ってくれる金回りの良い同盟厚生局に切り替えた訳か……理屈は通ってるな」 


 かなめのタレ目を一瞥した後、ひよこは画面に女性研究者の写真を表示した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ