第64話 禁秘の研究者
「アタシ等が追ってた……今では東都警察が血眼になって捜しているのは、大学病院の研究者が自分の研究が何を意味しているのかバレてはならないような機密性の高い部分の研究を行う末端組織の使い捨ての実験場だったということだ。アタシも知ってるけどこれまでも法術関係の闇研究はちょこちょこあったんだ。どれもものにならずに摘発されて即終了ってのがお決まりのパターンだが、同盟厚生局は不完全とは言えそれなりの成果を出しているからな。昨日の東都での法術師稼働実験みたいに大っぴらに成果を誇示して見せたくらいだ。考えてみればあそこまで明らかに違法性の高い研究を一か所でやるってこと自体が無理な話なんだ。そうなりゃその末端の研究者まで全員一か所に集めるってことだろ?そうすりゃ口の軽い研究者がその研究の全体像を理解してマスコミ辺りに売りに出しちゃうなんてこともあり得るわけだ。それを防ぐためにも研究は細かい工程に分割されてその意味も知らされずに研究者たちは同盟厚生局の威光を恐れ、その補助金欲しさに自分が何をしているのかもわからずに研究をしていた訳だ」
ランは話を続けてながらも画面を見つめ続けていた。
「同盟厚生局の局員全員が犯人だと言うことが分かったとしても、その末端成果を実際の検体……例の少女のような法術師に加工するためのすべての研究を統括している施設が何処にあるかが分からねーんだよな。それにこの実験を実際に指示統括している人間が特定できなきゃ同盟厚生局に乗り込むわけにはいかねーのが悩ましいところだ。今回の実験を指揮した同盟厚生局の役人もそれなりに優秀だってーことだろうな。こんな施設に堂々と出入りしても誰にも怪しまれない程度の優秀な人材。しかも法術を研究している人物。そーなると数は限られてくるわけだ。そーいう基礎理論の研究者が必ずこの事件の背後にいる……そいつが作った工程表があの化け物を作り出すレシピと言える存在なんだ」
ランの言葉に再び画面に目をやった。しばらくしてすれ違う看護士の制服に誠は目をやった。
「じゃあこれで……これ以上通信をつなげると同盟厚生局の連中に枝を付けられますよ。連中全員が犯人なら情報管理部門も犯人の一人ですから」
島田が珍しく気を利かせてランと茜にそう言って接続を切った。
「そうです、それにあの看護師の制服を検索すれば場所だって特定できるかも!」
誠はそう言って立ち上がろうとした。
「待てよ。さっきのランの姐御の話しの通りならこの施設も同盟厚生局にとっては使い捨ての施設かもしれねえぞ。同盟厚生局はすべての病院に立ち入る権限を持っている。すべての病院がその研究施設の可能性を持っている訳だ。この病院を調べたところで何も出て来やしねえよ。実際に末端の研究をしていた医者も同盟厚生局に頼まれた訳の分からない研究をしていただけと答えてそれ以上は何の証言も取れやしねえ」
立ち上がろうとする誠の肩を叩くのはかなめだった。すでに口にはタバコをくわえて静かに煙を誰もいない方向に吐いてみせた。
「それよりもだ。肝心なのはそのこまごまとした研究成果を統括していた人間の方だ。そいつはこんなところに頻繁に出入りしても誰も怪しまないような人間なんだろうな。そんな末端の研究のすべてを統括してつなぎ合わせている大物の研究者のめぼしをつけねえとな。この看護師の制服だけを目印に突っ込めば今の捜査権限もなにもねえアタシ等には地雷になるぞ。大学の大物の研究者となればいくつもの大学や病院にいろんな肩書きで勤めているってこともあるんだ。そこの研究がそれこそ箸にも棒にもかからねえ末端の研究だったら危ないとバレてすぐに逃げられるな。今のアタシ等にはそれを阻止する権限もねえ一探偵と何にも変わらねえんだ。末端の施設や臨床の研究者の替えはいくらでも利くが『不死の兵隊』を作るという理論を作ってそれに必要な技術を開発するのに必要な技術開発の為の工程表を作れるような研究者の方の替えはなかなか利かねえはずだ。とりあえず実際に研究に携わっている容疑者を限定することから始めるべきだな」
かなめの表情は何時にもなく真剣な様子だった。
「良いことを言うな、西園寺にしては。で、どうするつもりですか?」
カウラはそう言うと茜とランを見た。ランは腕組みして画面を凝視する。茜はすでに自分の携帯端末を見て情報を集めていた。
「頭の固い東都警察は自分には理解できねえ理屈で逃げられるのが面倒だから専門研究者と聞くと二の足を踏むからな。法術研究は『近藤事件』以前は東都警察でも一握りの上層部と選ばれた法術適性の高い法術師本人しか知らなかった。実際のところ東都警察の砲術に関する技術力は東和陸軍や法術に関してはあまり関心を持ってねえ東和海軍にすら後れを取ってる。科学的な捜査においても同盟厚生局との正面衝突はこの前のテロを偽装したデモンストレーションで結局何もできなかった東都警察には荷の重い仕事だ。同盟厚生局がご自慢の薬物対策部隊がしっかりガードしているこの研究を統括している切れ者の研究者に東都警察が調査に入れるとは到底思えねえ。研究施設に直接出入りしている研究者は同盟厚生局が必死になって囲ってるはずだ。同盟厚生局の薬物対策部隊がガードについているとなると東都警察も機動隊の中の組織犯罪対策部隊とかを投入すれば何とかなるだろうが、アレを動かすほど東都警察の上層部の腹が座ってるとは思えねえな。東都警察が二の足を踏む相手にどうしてこの人数で対応できるよ」
そう言うとかなめは黙り込んだ。その隣で小さな顔でにやりと笑っているランがいた。
「東都警察の連中は志村とか言うあの人買いのリストで優先順位の高いところに張り付いているはずだ。研究者でも実際に同盟本部前で暴れた化け物を直接作った臨床研究をやってる研究者には東都警察も目星をつけて捜査員を張り付かせてるだろーな。当然そっちは同盟厚生局の方だってガードがかてーわけだ。結局両すくみでにらみ合って時間が過ぎるだけ。その間にさっき見たような末端の研究が行われたという証拠隠滅の時間が稼げて同盟厚生局の思うつぼだ。だが法術の発生メカニズムの基礎理論を専門としている立場のある研究者の調査にはそれほど力は割けるもんじゃねーよ。同盟厚生局の人材も無尽蔵というわけじゃねーんだ。それに基礎理論の研究者は工程表の作成には関わっているだろーが、常に研究施設に出入りしている訳じゃねー。同盟厚生局はうちと違って戦争や捜査が専門じゃねーんだ。それに対応できる人間の数も限ら手ている。となると捜査の手が回る可能性の低い人間までガードが回ってるかと言うと疑問だな」
ランはそう言いながらかなめの吐き出す煙を手で払いのけた。
「クバルカ中佐の仰るとおり、東都警察と権限移譲中のライラさんの捜査報告は主に湾岸地区の廃墟や工場跡や法術研究の臨床領域に近い研究をしていた研究者ばかりが上がってきてますわ。さっき見たような末端の研究ができる程度の規模の病院とか研究室めぐりをしているのは主に新人の方ばかりのようですわね。それにほとんど顔を出した程度に法術関連の論文を発表している医師や研究者の訪問もしているみたいですけど……研究者自身も自分が何の目的で研究しているか理解しているか疑問ですし、もしその内容を研究者が深く理解しているとしたらあの同盟本部ビル襲撃事件を見た研究者が自分の研究内容を東都警察に話すことなどは絶対にありえない……そうなればその研究者は同盟厚生局から消されることくらい理解している……」
茜の表情には余裕がある。誠は彼女の笑顔を見てそう思った。
「その基礎理論の研究者連中。臨床系の研究者みたいにしっかり同盟厚生局がガードしてくれねえとなると、自分に火の粉がかかると感じて高飛びされるんじゃねえか?急がねえと」
かなめは手にした吸殻を携帯灰皿に押し込んだ。島田とサラはその言葉に同意するように大きくうなずいて見せた。
「速やかでなおかつ正確に調査をする必要がありそうですね。空振りが続けば危機を察知して証拠を消して手を引くのが得意な組織なのは先日の『租界』の遼帝国駐留軍の突入で分かったはずだ」
そう言うカウラの言葉と同時に画面が切り替わり、茜の携帯端末の情報が映されていた。
「わざわざ発覚する危険性を犯してまで東都で末端の実験を行っていたと言うことから考えると、恐らく東都近郊の大学や病院に勤務する研究者に絞ってもかまわないと思いますわ。そして法術系の論文をこの数年間で10件以上発表している研究者はこの十二人」
次々と切り替わる画面。そこには研究者の顔写真、経歴、受賞研究の内容などが映し出されている。
「これのうち生体機能回復と干渉空間制御に関する専門家の当たりをつけろと言うことか。ひよこに声がかけれればいいんだけど……」
司法局実働部隊の正看護師で法術研究担当者でもある神前ひよこ軍曹を思い出しため息をつく。そして視線は自然と茜に向いた。
「ひよこさんにお話を聞きましょう。彼女は法術研究にはかかわった経験があります。しかも臨床経験は無くてほとんどの教育は基礎理論についてだったはず。逆にそう言う人の方が先入観無く結論にたどり着けますわ」
そう言うと『図書館』の住人達はそのまま同時に立ち上がった。
「マッドサイエンティストとご対面か……なんだかワクワクしてくるな」
「なに嬉しそうにしてるんだ?これはあくまで仕事だ……いや、退職願を提出した身ではもうすでに仕事ですらないボランティアなのかもしれないがな」
一人薄ら笑いを浮かべるかなめをカウラはいつものように感情を殺した目で見つめていた。
「どういう人物なんでしょうか?人体実験の研究者って。基礎理論ということは真の目的である『不死の兵隊』を作る原理が存在してそれが可能だということで開発のコーサインを出した人でしょ?というかそんな人物を人工的に作る事なんて可能なんですか?隊長や、クバルカ中佐や島田先輩が現に存在しているんで不可能ではないことは理解できるんですが……」
そのまま寮を出て駐車場のカウラの車に乗り込んだ誠は助手席でそうつぶやいていた。いつもどおり後部座席にかなめとアメリアが座りそれぞれに思いを巡らせている。
「何といっても生体人体実験だからな、今回のは。研究者としての矜持で動いているんじゃねえの?科学の進歩は人類の繁栄のためになるとか。……戦場でいかなる兵器を食らっても再生し、核の放射能で即死するような環境でも自由自在に動き回ることが出来る『便利な兵隊』か……まったく迷惑な話だな。臨床系の人間は頭がぶっ飛んでるとして、基礎理論を打ち立てた連中は……これが実際に行われると思ってたかどうかでそのぶっ飛び具合が変わってくるだろうな。とにかくまともな人間じゃないことだけは確かだ」
かなめは無関心そうに動き出した車の振動に身を任せている。アメリアは誠に見つめられると首を振っていた。
「あっさり引くなよアメリア。お前も『人造人間』だろ?私もこの前の肉の塊に変化した少女と科学の手が加えられた存在であるという意味では違いは無いんだ。私達『ラスト・バタリオン』も基礎理論があって、実際に製造にかかわった技術者が居るんだ。他人事じゃ無いんだぞ」
ハンドルを切りながらカウラが言った。二人は人の手で創られた存在であり、科学が生み出した地球人類を超える存在をうたわれて作られた人造人間である。
「それはそうかもしれないけど。私は誰が私を作ったかなんて考えたこともないし……ってそれじゃあ嘘になるかもね。まあ、私は私を作った基礎理論を作った人にどう思えばいいのか分からないの。ひどい目に遭ったこともあるから恨んでもいるし、その宿命を考えると憎くもある。でも、今は楽しいから感謝もしている。色々複雑なのよ。私も」
そう言いながらアメリアは笑った。車は前に飛び出してきたサラを後ろに乗せた島田のバイクについて走っていた。
「科学者の好奇心?禁秘に触れる快感?自分の理論の証明?どれにしても勝手な理屈だな。結果として多くの悲劇を生む。今回は確実に被害者まで出した。『不死の兵隊』。戦争屋であるアタシにはそんなものは理想ではあるが、そう簡単にできるなら、遼州人に地球人が出会った数年後には地球人がその『不死の兵隊』を開発して地球での国家間の戦争に投入して最初にその兵隊を開発した国が地球を統一しているはずだ。所詮無理な話だったんだよ、こんな研究。あんな化け物や失敗作の山が出来るのが関の山だ。そんなことを机上の空論だからと言って研究して見せる人間の神経がアタシには理解できねえ」
かなめの言葉に誠達は頷いた。後ろを見やればすぐに茜のセダンが迫っていた。
「そう考えると……今のところはひよこも容疑者の一人なわけだな。アイツもよちよち歩きとはいえ法術の基礎理論の研究者の一人だ。いや、神前や茜やかえでみたいな典型的な法術師を日常的に観察している分、より容疑は深い」
かなめの一言。あぜに黄色い枯れ草を晒している田んぼの向こうに巨大な菱川重工業の豊川工場の姿が見え始める。
「まあアリバイはすぐ取れるからいいとしても聞いてみる価値はありそうだな。同じ法術の研究者として今回の事件のきっかけを作った理論を組み上げた奴が何を考えていたのかをさ。同じ研究者同士、似たような発想をする人間がどんな人間か知ってるかもしれねえ」
かなめの声に全員が心を決めるように頷いた。工場に向かう車にトレーラーが混じり始めると流れは極端に悪くなり、それまで先導するように走っていた島田のバイクがその間を縫うようにして先行した。
「島田の奴、先に医務室に飛び込んでいってひよこをつるし上げたりしないだろうな。アイツはあの少女から変化した化け物が持っていた法術に近い存在なんだ。島田の奴は走り始めると止まることを知らねえからな」
冷ややかな笑みを浮かべるかなめを誠はにらんだ。
「冗談だって!島田もそこまで馬鹿じゃねえのは分かってるよ。だがアイツの法術を使っての体再生能力は今回の実験で作られた化け物の共通点だ。アイツらしく頭に血が上ったとしか思えない暴走ばかりしていたのは覚えているだろ?それに奴はヤンキーだ。ヤンキーは絆で動く生き物だ。仲間のひよこに手を上げるような真似は絶対にしねえことは知ってるよ」
そんなかなめの言葉に車の中の空気が寒く感じられた。工場の正門を抜け、リニアモーターカーの車体を組み上げていると言う建物の先を折れ、生協の前を抜けると司法局実働部隊を囲む高いコンクリートの塀が見えた。
「ただ多くの法術の基礎理論を研究していた容疑者の中の一人減るだけじゃないの。そんなにひよこちゃんが信用できないの?かなめちゃんはヤンキーじゃないから絆とかあんまり関係ないものね」
「アメリア。西園寺もそこまでは言ってない」
カウラが笑みを浮かべながら部隊のゲートに車を進める。警備部の隊員が珍しそうに詰め所から顔を出した。




