第63話 策士の置き土産
退職願を提出し終えた誠たちに、嵯峨はポケットから一枚のどう見ても今の規格に無い家庭用ゲーム機用のデータディスクを取り出した。無造作に差し出されたそれを、誠は戸惑いながら受け取る。
「こいつは餞別……変に枝をつけるんじゃねえぞ。俺なりのヒントってやつだ。狙いは同盟厚生局で決まってる。……そこをどう突くか、考えて動いてみなよ……俺から言えることはそれだけ……上手くやんな」
嵯峨の声には、からかい混じりの軽さと、同時に決意を帯びた重みがあった。誠たちは一瞬言葉を失い、やがてランが敬礼する。それに合わせ、誠と仲間たちも無言で敬礼を返した。その表情は厳しいものだった。誰もしゃべらずにそれぞれの車で寮に戻った。
誰もが寮の玄関から真っすぐに『図書館』に向かいそのドアを無造作にランが開けた。真剣な表情のランが足早に中へ入っていく。後ろをついてくる誠も自然と背筋が伸びた。
非番の隊員二人が端末を前にゲームに興じていたが、ランの険しい表情を目にした瞬間、気まずそうに端末を閉じた。
「……少し席を外してくれ」
ランの低い声に二人は無言でうなずき、そそくさと退室する。静まり返った空間に残されたのは、ラン達今回の違法法術研究事件に携わった者、そしてデータディスクだけだった。
ランはディスクを古ぼけたゲーム端末に差し込み、空中に浮かび上がったデータのタイトルを凝視した。
『同盟厚生局・機密文書 アクセスログ追跡記録』
誠は思わず息を呑んだ。
「……隊長、最初からこれを……」
ランは目を細め、淡々とデータをスクロールしていく。
「やっぱりあの人は『策士』だ。これをどう使うかは、僕たち次第なんですね」
誠の言葉に、言葉にできない緊張感が漂った。
アメリアのゲーム機コレクションに本体を出したもののまるでソフトが出ずに終わったゲーム機。当然コレクションのためだけにアメリアが買ったというわけで通信設定はされておらず、しかもデータのスロットはぴったりのものだった。
「隊長もよくこんなの知ってたわねえ。誰がバラしたのかしら?これってこういう風にちょっとした改造で裏のネットに接続できちゃうことが問題で発売後3か月で発売停止になったのよね……。もしかして金がなくなった時にここの食堂に食べ物をたかりに来たこととかあるの?」
ゲーム機の通信設定をしている島田を見ながら誠達は映像が映し出されるであろう大型モニターに目をやっていた。
「コーラ持ってきたんすけど……飲みますか?」
ラーナが気を利かせてサラと一緒にコップを配った。一同はコップを受け取りながら笑顔で画面を見つめていた。
「こういう時は紅茶の方が良いんですけどねえ。私は炭酸は苦手ですのよ」
「贅沢言うなら飲むなよ。下の食堂に行って自分で紅茶を入れろ……ってこの寮の食堂に紅茶なんて気取った飲み物はねえか」
茜とかなめが笑いあう。アメリアはいつものようにBL同人誌を堂々と読んでいて隣ではらはらしているカウラを挑発していた。
「はい!接続!何が映るか見モノってところだ。駄目隊長!頼りにしてますよ!」
島田の一声でモニターの正面に正座していたランが身長が足りないので伸び上がった。
画面が灰色に染まった。それが暗い実験室のようなものと分かるのに十秒くらいの時間がかかった。
「隠し撮りだな……通信はつながってるな。だから枝はつけるなってことか……島田、慎重に操作しろよ。これはリアルタイム映像だ。アタシ等がここからこの画像を見ているということに同盟厚生局の連中が気づけばすべて終わりだ」
かなめの言葉にさらに緊張が走った。音声は無かった。画面は人間の腰あたりの高さくらいだった。暗いのはカメラの性能のせいであるらしく、手術台や実験器具が鈍く光り輝いているところから見て暗い場所ではないことはわかった。
「これじゃあ場所の特定はできないんじゃないですか?何のためにこんな場所に付けたんですか?もう少し見やすい場所に付ければいいのに」
誠はそう言ってまだ画面の内容が分からないことに不満を漏らした。
「馬鹿だな。場所を特定できる証拠を掴んでいたらとうに近衛山岳レンジャーが突入しているはずだろ?ライラの姉さんには叔父貴も一目置いてるからな。この映像への侵入方法も知っていると考えるのが妥当だろう。近衛山岳レンジャーライラの姉さんはこの画像を見てもその意味を理解できなかった。でもアタシ達ならできる。叔父貴はそれだけアタシ等を買ってくれてるんだ……叔父貴はあそこでは言えなかった……おそらく隊長室には遼北の情報部の盗聴器がある可能性がある……ここならその心配はねえってことだ」
そう言うとタバコに手を伸ばそうとするかなめだが、その手をランが叩いた。
急に画面が変わったカメラの前にドアが映り、さらに廊下が見えた。人影は無く静まり返る廊下をカメラの視線はただ映しつづけた。
「結構な規模の施設だな。ここの寮よりよっぽど壁も新しい。手入れや掃除がしっかり行き届いている。闇研究の場所としてはふさわしくないな」
黙り込んでいたカウラが言葉を呑んだ。沈黙が支配する画像の中でどこまでも続いていくように暗く染められた廊下が続いている。ところどころに銀色のカートのようなもの、そして白衣の人影がその周りに動いているのが分かった。
「隊長は言いたかったのは……」
「そう言うことなのね」
「なるほど……見方を変えろってことなのね」
ラン、茜、アメリアが納得したような表情を浮かべたことに誠は驚いてその顔を見比べた。
「なんだよ!何が分かったんだ?これだけじゃ何のことやらさっぱりわからねえぞ!アタシの頭はライラ姉さん並みってことか?『第二期特殊な部隊』のお荷物かよ!」
かなめが不満そうに叫んだ。茜とランが大きなため息をついてかわいそうな人を見るような視線でかなめを見つめた。
「本当に分からねーのか?これはどー見てもまっとうな正規の施設だ。たぶんそれなりに名の通った大病院か大学の研究室なんだろーな。これだけヒントをやる。後は自分で考えろ」
ランはそう言ってかなめを見つめていた。その間もカメラの映像は長く続く廊下を歩き続けていた。
「分からねえから聞いてるんだよ!正規の施設って言うのなら司法局の本部だって正規の施設だぞ。汚ねえけど、ここも司法局実働部隊の正規の施設だ!どこがどう違うんだよ!」
思わずかなめは怒鳴っていた。だが、映像がただひたすら長い廊下を歩き続けているのを見てかなめも誠もある事実に気がついた。
「これだけ長い廊下があって人体の生体研究をしても不審がられない施設となると限られてきます。かなりの規模の大病院かどこかの大学病院……ですね。なるほど、医療を管轄する同盟厚生局ならどんな病院でも自由に出入りができる。その研究員がその恐ろしい内容を知らない部分的な研究ならばそれこそ好きに行うことが出来るし、そんな研究が行われているなんて言うことには誰も気付かない。隊長はそれを言いたかったんですね」
誠は分かった。別に研究施設など誠達が探していた東都湾岸部などには無かったということが。その研究はこうした大病院の実験施設や同盟厚生局が管轄している製薬会社などで分散して行われていた。そして、東都湾岸部は実験材料の入手先と実験の失敗作のゴミ捨て場としての意味しかなかったということを。
「そーだな。西園寺より神前の方が先に答えにたどり着きやがった。西園寺。テメーの頭には優秀な有機デバイスが仕込まれてんだろ?生身の神前に負けてどうすんだよ。研究はほとんどはこうした大病院の施設でその真の目的が分からないまでに分割されて行われていた。たぶんこういったまともな研究施設の末端の研究員は自分が何を開発していたのかすら知らなかったんじゃねーかな?それを同盟厚生局が管理し、統括してあの化け物を作る本格的な施設で人体実験を行っていた。ここまで組織的ってことは今回の法術犯罪の犯人は同盟厚生局そのものが主体的に研究を行っていたんだ。つまり同盟厚生局の局員全員が犯人だったんだ。昔のイギリスの推理小説作家のアガサ・クリスティーの作品に容疑者全員が犯人だったと言う作品がある。つまりそう言うことだ」
誠の言葉にランが満足げに頷きながらそう言った。ようやく話が飲み込めたというようにかなめも渋々うなずいた。




