第60話 疲労の夜、眠れぬ夢
東都の司法局本部を夜に出た誠たちが寮に着いたのは、日付がとっくに変わった頃だった。東都の司法局本局からの帰りの道すがら、カウラの『スカイラインGTR』の中で誠とカウラは何一つ会話を交わすことは無かった。それほどまでに憔悴しきった一日だった。
建物の明かりはすでに半分が落ちていて、深夜特有の静けさが重くのしかかる。車から降りると、全員の靴音だけが廊下に響いた。普段なら深夜でも夜更かしをして起きている寮生が食堂辺りで夜食を作っていることも珍しくないのだが、今日に限ってはそのような光景も見ることはできなかった。
「今日は早く寝ろって言っても、この時間だ。着替えもいらねぇ、布団に潜れ。明日シャワー浴びればそれでいい。今は時間が惜しい。明日も早く出るからな……その事だけは覚悟しておけ」
ランは短くそう言い残すと、足取りも乱れずに自分の部屋へと消えていった。小柄な背中は疲れているようにはまるで見えず、むしろ鋼鉄のような気力をまとっているように思えた。
「アタシは寝る時は裸だからな、神前?覗くか?」
かなめが無造作に肩を回しながら軽口を叩く。誠は返す余裕もなかったが、かなめが志村の死から立ち直りかけていることが分かって疲れた笑みを返してそれに応えた。
アメリアもいつもの見えているのか居ないのかよくわからないほどの糸目をさらに細めて普段の微笑みを保てずに、眠気から目元を押さえながら吐息をこぼす。
「さすがに今日は堪えるわね……誠ちゃんは、大丈夫?」
誠は『はい』と言いかけて、声が掠れた。言葉を出すのさえ重い。
茜は着物の帯を緩めながら、弱々しい笑みを浮かべた。
「私は着替えをしますけど……皆さんはクバルカ中佐の言う通り、横になるのが一番ですわ。明日は、また朝から動きますから」
そう言って茜は自室へと足早に消えていった。島田は不死人らしく平然としていたが、歩き方には僅かな重さがあった。
「サラ、お休み」
島田はそれだけ言い、部屋に向って歩いていく。
「神前。……今日は内容が濃い一日だったな。私としてはこういう日も、悪くない……これは『ラスト・バタリオン』である私の本能がそう感じさせる幻想なのかもしれないがな」
車内では無口だった久しぶりに聞くカウラの声にはかすかな震えがあった。疲労を無理に押し殺すような笑みが浮かんでいる。
「カウラさんも……無理しないでください。おやすみなさい」
誠は自分の部屋に入り、靴を脱ぎ捨てるように上がり込んだ。着替える気力も残っていない。布団を敷く手も震え、身体は鉛のように重い。だが、なぜか眠気だけは降りてこなかった。
『……あんなものを見た後じゃ、眠れるわけない』
『不死の兵隊』となるべく操作された法術師の暴走、肉の塊となる少女の末路が脳裏に焼きついている。そしてかなめが愛した男、志村三郎の死。一日で起きたあまりに多くの死という現実を思い出して、誠は自分の手を見つめながら、ぞくりとした。
『僕だって……暴走すれば、ああなるのか?ただの爆弾になるだけか……そしてあの志村三郎の死……多くの人が同盟厚生局という組織のエゴで死んでいく……僕もまた同盟司法局という組織のエゴの為に死ぬことになるのかな……』
冷たい汗が背を伝い、体温が奪われていくようだった。
「あ、暖房……」
リモコンを取る指がかすかに震える。
そのまま布団にもぐり込み、目を閉じる。ようやく意識が沈んでいく。
そして、次に目を開いたとき、そこは戦場だった。
司法局実働部隊が誇る人型兵器『シュツルム・パンツァー』05式特戦乙型。誠のオリーブドラブの機体のコックピットの中にいつの間にか誠は居た。パイロットスーツに身を包んだ誠は惑星甲武の外周に存在する廃棄コロニー群での戦闘に参加していた。
模擬戦の時と同じくテロリストの使用するアメリカ製の旧型飛行戦車M5に輸出仕様のM7が数機デブリを徘徊しているのを発見した。M5の主砲は重装甲を誇る誠の乗る05式の脅威ではないが、M7の230mmレールガンはかなめ機が使用している230mmロングレンジレールガンに匹敵する威力を誇り、誠を緊張させた。
『アルファ・スリー!焦るんじゃねえぞ!敵はシュツルム・パンツァーじゃねえんだ!所詮は飛行戦車だ。できることには限りがある。落ち着いてやればどうにかなる相手だ』
かなめはそう言いながら発砲禁止の出撃時の命令を無視してレールガンを乱射していた。
『西園寺!そう言いながら最初に発砲するな!発砲は厳禁だと何度言えば分かるんだ!』
先頭でレールガンを乱射するかなめのアルファ・ツーのかなめ機が誠のアルファ・スリーの目の前を通過していった。押さえにかかるのを諦めたように誠の機体の先導に移るカウラのアルファ・ワンはそれにつられて前進を始めた。
『アルファ・スリー、乙種出動だ。軍刀だけで何とかしろ!敵はテロリストだから当然発砲するだろうがこちらからの発砲は厳禁だ。西園寺め、アイツは今回は降格処分では済まんぞ』
カウラの通信に頷いた誠は軍刀を抜いて法術を発動。干渉空間を展開した。
だがそんないつもシミュレータでやっていた動作に違和感が走った。全身から一度は吸い取られたような法術の力が逆流して腕から先が膨らんでいくのが見えた。誠はそのまま操縦棹から手を離し手袋を見つめた。
そのケプラーと合成ゴムの複合素材の手袋が紙袋のように簡単に千切れ飛んだ。それに合わせて腕、太もも、そして胸までのパイロットスーツが引きちぎられていくのが分かった。
『どうしたっ……て!なんだ!神前!何が起きた!言ってみろ!説明してみろ!』
絶叫に近いカウラの声がヘルメットのスピーカーから誠の耳元に届いた。そのことを確認している間にも誠の身体は確実に壊れていった。
「力が!力が……!法術が暴走して身体を壊し始めてるんです!僕は!このままじゃ!あの化け物みたいになってしまいます!」
膨れていく自分の体。モニターに映っているのは思わずヘルメットを外して手を伸ばそうとするかなめの姿だった。カウラは驚きで口元に手を当てていた。
「うわー!」
自分の体が際限なく膨らんでいくのが分かった。不安と苦痛。そして額に当たったモニターの一部分がもたらす痛みが誠を襲った。
そして……。




