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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究  作者: 橋本 直
第二十六章 『特殊な部隊』の重すぎる一日の終わり
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第59話 司法局本局の蕎麦と影の真実

「ずいぶんとまー……そのなんだ。いつ来ても思うけど……ここ、広すぎじゃねーのか?渉外部本部長ってそんなに資料とか要るわけじゃねーだろうが。税金の無駄遣いだぞ。明石の奴は良い思いをしてるんだな……明石より格上の先任中佐であるアタシが『特殊な部隊』のあんな汚い部屋に押し込められているって言うのに」 

挿絵(By みてみん)

 同盟司法局ビルの最上階。司法局渉外部本部長室に足を踏み入れたランがそう言うのに合わせて、誠やカウラは嵯峨の司法局実働部隊隊長室のガラクタだらけの有様を思い出しながら辺りを見渡した。司法局実働部隊本部の本部棟の事務スペースが丸々入るこの部屋の広さに彼等は圧倒されていた。


 自分達が工場の旧事務所棟を改装した本部の狭い事務所に押し込められて日常業務に当たっているのに比べて、本局のオフィスの環境は天と地ほどの差があった。ただ、毎日本局の幹部の顔色を伺って過ごす日々よりも、古く汚い事務所で気楽に日常を送ることの方がよっぽどマシなんだとここに居る全員が思っていた。


 敢えて奇妙なこと、そしていかにもここが『特殊な部隊」と関係している場所だという証拠はテーブルの中央には山盛りの蕎麦があることだった。テーブルには人数分の小鉢と薬味を乗せた小皿が用意されていた。そしてざるそばの隣には蕎麦の香りを漂わせる蕎麦湯を入れたやかんが置かれていた。


「おい、明石。おめーにゃここは広すぎじゃねーのか?先任中佐のアタシに対して申し訳ねーとは思わねーのかよ」


 ランが冗談じみた調子でそう言うと、誠は自分たちの狭い本部の事務室を思い出して苦笑した。あそこは机を二つ並べたら通路がふさがるのに、ここは応接セットだけでその後倍ぐらいの大きさがある。 


「いやあ、ワシもこの部屋は広すぎて落ち着かんのですわ。あの機動部隊の詰め所の低い天井が懐かしく感じますわ。クラウゼ中佐!遠いところわざわざすいません。さ、座ってください」 


 ラン達を呼び出した本人であるこの部屋の主、渉外本部長の明石清海中佐が立ち上がって敬礼した。テーブルの上の山盛りのもり蕎麦には先に到着していた茜の班のうちサラと島田以外が旨そうにそれを啜っていた。特にアメリアはかなめに見せ付けるようにして蕎麦を啜っていた。


「蕎麦なんかが置いてあるってことは、叔父貴が来たのか?あの暇人。蕎麦打ちしてる暇が有ったら情報の一つもよこせって言うんだ。まあ、これで志村三郎を斬ったのが叔父貴でない事だけは分かったな。その時間、もう一人の容疑者嵯峨惟基は一生懸命司法局実働部隊のミニキッチンに立って蕎麦を打っていた。たぶんその姿は管理部の白石さん達が見てるだろうからな。これで志村三郎殺害事件の容疑者が一人消えたわけだ」 


 かなめ無理のある調子で明るくそばを啜る茜とラーナに向けてにそう言う。かなめのどこかいつもと違う無理をしている笑顔に戸惑っている二人の後ろを足早で通り抜けたかなめは、そのままずかずかとランを追い越してどっかりとソファーに腰掛けた。


「まあ、『駄目人間』にもたまにはこういう役に立つことをしてもらわないと割に合わないわ。かなりたくさん隊長が持って来たからもうすぐ新しいのを島田君達がゆでたてを持ってくるわよ。こちらも楽しんでいただきましょうよ」 


 そう言ってアメリアは蕎麦をめんつゆにたっぷりとつけた。


「オメエは蕎麦の食い方知らねえな?蕎麦のめんつゆってもんはそんなにべちょべちょつけるもんじゃねえんだ。ちょっとつけてさっと啜る。それが蕎麦の正しい食い方だ」


 かなめは伝統文化に拘る甲武出身らしく江戸前のそばの食べ方をアメリアに伝授した。誠はそう語るかなめの横顔にどこか無理をして自分をごまかそうとしているような雰囲気を感じながらカウラの隣のテーブルの席に座った。 

挿絵(By みてみん)

「いいでしょ、別に。私は私の好きに食べたいんだから。こっちの方が味が染みておいしいの。それに落語にもあるわよ『死ぬ前にたっぷりつゆをつけて蕎麦が食べたかった』って言って死ぬ蕎麦食いの話。かなめちゃんもそのうち分かるようになるんじゃないの?」 


 いつものようにアメリアに突っかかるかなめに苦笑いを浮かべながらランは明石に上座を譲られて腰を下ろした。


 気を利かせたラーナがめんつゆを用意して、あわせるように茜が箸を配り始めた。


「で、明石。隊長が来た理由はなんだ?」 


 麺つゆにたっぷりとねぎを入れながらランが明石の大きな禿頭を見上げた。


「ええとまあ……何からいうたらええのんかよう分からんのやけどなあ……あの人が来るときはいつもいきなりや。今回も突然、『蕎麦を打った』とだけ言って、ぎょうさんそばをスーパーの袋に入れて持ってきてそのままや……今はどこにおるのやら……あの人の考えとることはさっぱりわからん」 


 スキンヘッドをさすりながら二メートルを超える大男の明石はどう言ったら良いか困ったような表情で口ごもった。


「クバルカ中佐、とりあえず東都警察とのこれからの情報交換の窓口は私が勤めることになりましたわ。細かい話は別として権限はすべて近衛山岳レンジャーから我々に戻りました。もう遠慮する必要はありません。この事件は誰がなんと言おうと我々の担当する事件です」 


 麺つゆを置いた茜の言葉にランはうなずいた。隣では明らかに多すぎる量のわさびを麺つゆに入れるかなめの姿が見えた。


「おい、西園寺。さすがにそれはつけすぎだろ?辛くならないか?」 


「いいだろ?アタシがどう食おうが……ってさっきアタシが言ったことと矛盾してるか。まあいいや。ライラ達遼帝国近衛山岳レンジャーからアタシ等にすべての捜査権限が戻ったってことは自由に暴れて良いってことだ。とりあえず力をつけるぞ」 


 そう言ってめんつゆに蕎麦を軽くつけたかなめだが、そこにわさびの塊がついていたらしく一気に顔をしかめて咳を始めた。

挿絵(By みてみん)

「あせらんでもええんやで。今、島田が茹でとるさかいそないな食い方せんで……」 


「うるせえタコ!」 


 一言明石を怒鳴りつけるがまだ口の中にわさびが残っていたようでかなめは目をつぶって下を向いていた。その瞳が潤んでいる。誠はそばを啜りながらその事実を目の当たりにして黙り込んだ。


「例のデモンストレーションのおかげでようやく危機感を感じた東都警察も全面協力してくれるそーだから捜査の人手が足りない問題はこれで解決したと。で、もう一度聞くけど、ここを出ていくとき隊長はなんか言って無かったか?」 


 一口嵯峨が打った手打ち蕎麦を味わった後、麺つゆをテーブルに置いたランは一気に蕎麦を口に流し込むようにして食べる明石を見上げた。


 口についた汁を拭った後、明石は静かに口を開いた。


「クバルカ先任。ワシはようやっとわかったとこなんやけどな。意外と嵯峨隊長は情報を握っとらんような感じがすんねん。あのおっさんとはクバルカ先任のつなぎやった半年余りの司法局実働部隊副隊長兼機動部隊長の職にあったとき以外、あまり深くつきおうたことは無いんやが、ワシが堅気や無かったころによく会ったなんも知らんのに知ってるふりして金を稼ごうとするようなハッタリかます相手の見せる顔に今日見た嵯峨隊長の顔はよう似とるねん。嵯峨隊長。同盟厚生局がクロだと言うこと以外なんも知らんのと違うか?同盟厚生局の背後は本当に遼北人民共和国なのか……それとも別の軍なのか……そこんところを調べとる最中やって顔してたで……まあ、ワシ程度ではあの策士の本当の考えなんか分からんかもしれへんけどな」 

挿絵(By みてみん)

 そう言って明石は再びテーブルの上のそばに手を伸ばした。さすがに客が増えて蕎麦の量はすでに七割がた減っていた。


「馬鹿にすんなよ。アタシも外から司法局実働部隊に入った口だ。あのおっさんが万能だなんて思っちゃいねーよ。点々と得ることが出来た情報を的確につなぎ合わせ推理してみせる妙であたかもすべてを知っているように見せる。隊長のお家芸には感心させられるがな……って!西園寺!」 


 手にしたそばつゆの入った小鉢にかなめがわさびの塊を放り込んだことにランが驚いて叫んだ。


「お子ちゃまですかー。わさび食べられないのはー」 


 かなめはいかにもランを子ども扱いしてそう言って笑った。誠はそんないつものお茶目なかなめを見ることが出来て少しうれしくなってそばを多めにとると一気に啜りこんだ。


「ああ!クバルカ中佐達も到着したんですか!」 


「これが最後ですよ」 


 島田とサラが二つの大きなざるに蕎麦を入れたのを持って現れる。にんまりと笑いながらかなめは場所を空けた。それなりに大きな応接用のテーブルだが、あっという間に蕎麦で一杯になった。


「しかしあのおっさん何をしているんだ?上の情報はさっき明石がよこしたのですべてだろ?同盟厚生局がもうこちらの動きに気付いてて横槍を入れる機会を狙っているって話だが……今の段階でアタシ等に手を出せば自首してみせるようなもんだと言うことぐらい分かっているみたいだし……」 


 島田が並べるあまりの蕎麦の量にランは呆れていた。それを無視してかなめは蕎麦に箸を伸ばした。


「つまりあの志村と言うあんちゃんの携帯端末の情報が生命線なわけか……同盟本部なんかの林立するところで暴れた少女の行方がつながればすぐにでも同盟厚生局にがさ入れに入れる。遼北がなんぼのもんだ!人の国で変な実験したテメー等がわりーんじゃねーかってな」 


 話を戻そうとランが麺つゆを机に置いて明石に話を向けた。誠はひたすら蕎麦を食べながら二人の会話に集中していた。カウラも同じようで、若干緑色になるほどわさびを入れためんつゆをかき混ぜながら明石の禿頭を見つめていた。


「まあな。今回の同盟本部ビルの襲撃。あの肉の塊にされた餓鬼を刻んで見せた三人の法術師……ワシ等の目をつけとるどの陣営の手のものか……東和陸軍、遼南の民族主義勢力、ゲルパルトのネオナチ連中、そして遼北人民共和国……そっちの容疑者を上げたら大変な数になりますなあ」 


「そーか?あれは明らかに訓練済みの法術師の動きだった。そう考えると東和陸軍とネオナチと遼北は容疑者から外れる。連中にはそんな法術師を育成する技術はねーんだ。そうなると『近藤事件』以前から法術に関して熟知している組織。いーや、組織の長自身が法術師である組織となるとアタシは知ってる結論は一つしかねーな。その長の名前もはっきり言えるが……隊長に言われててね、そいつの名前は人前じゃー口にするなって」 


 首をひねる明石の言葉にランはすべてを知っているとでもいうようにそう言った。彼女が再び麺つゆを手にして新しい方の蕎麦に手を伸ばした。


「どうしたの?正人」 


 蕎麦を啜りながら二人の話を聞いている隊員達の中、一人島田の箸が止まっているのに気づいたサラが声をかけた。


 島田は眉をしかめながら箸を止めた。

挿絵(By みてみん)

「もうあの化け物を作ったのは同盟厚生局と決まってるんだ。その尻尾を掴むなら、今しかねえ……このままじゃ、全部闇に葬られる……『租界』の遼帝国の基地を襲撃した時の二の舞はもう御免だから……」


 その声に緊張が走るが、ランが軽く笑って言い放った。


「その時が来たら、アタシらが一番に動く。そうだろ?アタシ等だって同じ過ちはくりかえさねえ……今度こそ逃げられない証拠をつかんで見せる」


 かなめのその声に茜も肩をすくめて微笑む。張り詰めていた空気が少し緩み、島田も息を吐いて、箸を再び蕎麦に伸ばした。


 「同盟厚生局の連中の技術を開発したとしてどうするつもりなのかしら?お父様は遼北本国とは関係なく独自に同盟厚生局が研究を行っているとおっしゃっていたけど、あそこは保健衛生が本務の組織ですわよ。そこが開発した技術ということは自分で使うつもりは無いということですわよね?おそらくどこかに売り込みに動くにして……もうすでにあの程度の物は作れるということは実証されているということになりますわ。技術は当然記録として残してあるでしょうからしばらく大人しくして置いて研究規模を縮小して我々から隠れるとしてもこの数日間で同盟厚生局の尻尾を掴まないと……島田君の言うように完全に研究データ以外の証拠は全て抹消される」 


 茜は感情を押し殺した表情を浮かべてそばを啜った。


「いいんですか?それで。今回の主犯は同盟厚生局だ。どのレベルの指示かは分からないが同盟厚生局の関係者が違法な実験をしている。役人がおかしなことをしてるんですよ!同じ役人として黙って見ている訳にはいかないでしょ。研究データなんてどうせ小指に入る程度のチップにも入る程度のものになっちゃうんですよ……そうなったらもう俺達にはどうすることもできないじゃないですか!」 


 島田がそう言うとランはきつい視線を彼に投げた。


「今、あの携帯端末の現物を持っているのは東都警察で……」


 ランがそこまで言うと島田は激高して立ち上がった。 


「なんですぐ重要な資料を渡したんですか!もし同盟厚生局に内通している人間が東都警察内部にいたら!」 


 立ち上がった島田の肩をかなめが叩いた。


「落ち着けよ」 


 島田はそれに従うようにしてゆっくりとソファーに腰掛けて一度伸びをした。


「なあに、動く時がくればどこよりも早く動いて見せるさ。なー!」 


「そう言うことですわね。しばらくはその時の為に英気を養うべきときですわよ……それに志村三郎の通信相手はおそらく同盟厚生局……あの携帯端末の中身について彼等が知っているのは当たり前ですもの」 


 ランと茜の含みのある笑みにようやく安心したのか、島田はめんつゆを手にすると次々と蕎麦をたいらげはじめた。



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