第57話 死にかけた街が息を吹き返す時
こういう土地の民衆は勘が鋭いと誠もすぐに気付いた。志村三郎の遺体を載せた駐留軍の車両が出ていくと、ここまで誠達が車を飛ばして急行する際に見なかった通行人が行き交う普通の街が広がっていた。そんな中、かなめは両手で顔をこすり、流れる涙を拭ってみせた。誠達は黙って彼女を見守っていた。
「なんだよ……泣いてるアタシがそんなに不自然か?」
かなめはただ黙って彼女を見守る誠に向ってそう言うと静かにうつむいた。いつもなら誠に向けて皮肉の一つも出るところだがまるでいつもの迫力は無い。誠達の視線に気づいたかなめは立ち上がるとジャンバーのポケットからタバコを取り出した。
「タバコ吸ってくるわ」
かなめの言葉にはいつものハリも自信も感じられなかった。
「ああ、見れば分かるな」
「やけに突っかかるじゃねえか?カウラの」
かなめがカウラに詰め寄ろうとしたところでランが思い切りガードレールを叩いた。
「冷静になれよ、西園寺。個人的な感情に流されて捜査の邪魔になるんじゃねー。今回の件は志村三郎の自業自得だ。あの男はいつかはこうなる運命だったんだ。貴様がどうこうしても、何を思おうと過ぎた事実は変わらねー。アイツはその道を選び、その道に死んだ。他人がどうこう言う筋合いはねー。それがアイツが選んだ道なんだ」
ランの言葉を聞いたカウラがいつもの無表情でかなめを見上げた。かなめは頭をかきながら事務所のドアの向こうに消えていった。
「それよりカウラ。この状況をどう見る?」
冷静な判断が出来ない状態のかなめが消えたところでランが静かにカウラの顔を見上げた。
「もしこれが同盟厚生局の仕業ならば替えの効く人身売買組織の幹部を殺害したところで大局には影響が無いと思うのですが……そもそもそれならこうして殺してみせる意味が無いですね。そう考えると本当にこの殺人は同盟厚生局の役人の仕業なんでしょうか?個人的な怨恨……私の勘ですがなぜかそう言う物を感じます」
カウラは冷静にそう分析して見せた。
「そーだ、もし研究施設が一つの意思で動いているならば、今、コイツが死んでみせる意味がねー。同盟厚生局の役人からすればこいつが捕まるのはヤバいのは確かだが、それ以上に殺し屋を雇って殺して見せる方がもっとヤバいことになるからな。だからアタシ等は連中の虎の子の薬物対策部隊の妨害も受けずにここまで来れた訳だから連中には志村には殺すほどの価値は無かったってことだ。むしろアタシ等の邪魔をしたりこうしてわざわざ人買い一人を殺して見せて、それをきっかけに今まで中立だった駐留軍まで動き出せば研究材料の供給ルートが完全に絶たれることになる。そうすれば今後の研究は完全に不可能になるわけだ。コイツが死んだのは誰かの恨みを買っていた……しかも仕事がらみじゃねー。主義主張みたいなもんを持った人殺しが殺したとアタシは見ている」
そう言ってランは白い手袋をポケットから取り出してはめた。そしてそのまま志村が守ろうとした携帯端末を掴んでその画面を眺めた。
「それどころか……コイツがアタシ等の手に落ちると言うのは……。誰が志村の野郎を殺したのかは知らねーが、相手さんも一枚岩じゃないみてーだな。殺し屋が同盟厚生局の人間ならこんな大事なもんを見逃すはずがねー。こいつがあれば同盟厚生局に対してはこれまでの任意の事情聴取以外の方法も取れるかも知れねーな」
最新式の携帯端末。それを手にランは流れていく人々を見つめていた。
「むう」
ランは携帯をカウラの車のボンネットに置くと刀を突き刺す動作をしてみせた。
「志村の傷……ありゃー日本刀だな。しかも日本刀お得意の袈裟懸けにせずに突き殺すと言う戦法か。天井が低いから仕方が無いんだろうけど。殺しの場ですぐにそんなことを考えるとは……相当殺しに慣れた手練れだ。このやり口……隊長の室内戦で得意とする戦い方にあまりに似ている……隊長が?そんな訳ねーか。コイツと隊長の間には何の関係もねーからな。そもそもあの『駄目人間』は面倒だと思えば指一本動かさねーんだ。わざわざ人を殺すよーな面倒なことをするわけがねー。でもこの手口……隊長の得意とする戦い方にあまりに似すぎている……まるで隊長がこういった殺し方を教えたみてーだ……そう、この殺しをした人間は隊長の教えを受けた人間。……その可能性はかなり高いな」
そう言ってランはビルを見上げた。確かに先ほどまでいたあのこぎれいなだけの部屋は誠の180センチを超える身長で日本刀を振り回すのは少し遠慮される程度の高さの天井だった。
「それと空中に消えた男ですが……身長からすると確かに隊長と同じくらいだったらしいですよ……やっぱり隊長なんじゃないですか?」
誠はあのぐーたらを地で行く嵯峨がこんなところまで出かけてくることは考えられないと思いながらそう言った。
「神前や隊長と同じくらいのデカい体格だったな。そしてこの死体の刺し傷が三つ。どれも致命傷。刃物での殺しに慣れた奴の犯行だな。甲武浪人でしかも法術師。容疑者の特定には十分すぎる証拠だけど……となるとあの『駄目人間』しかそんな人間アタシは知らねーけど、たぶんアリバイは有るだろーから大丈夫だろ。こんな殺しをやることで有名なのは隊長くらいだから駐留軍や警察はまず隊長のアリバイから調べるだろーがな。いっそ捕まってしばらく留置所で暮らした方があの『駄目人間』ぶりが強制されていいかも知んねー。東都戦争で暴れた甲武浪人で名の知れた殺しをする連中はほとんどが現在はこの地を離れて潜伏中だ。隊長のコネクションを当たって特定しても今どこにいるやら……ただここまで手慣れた刀での殺しをする人間はそうはいねー。隊長はもしかするとこの殺しをした人間を知っているかもしれねーな。後で締め上げれば何かわかるかも知れねー」
淡々とそう言うとランはもたれていた立ち上がった。伸びをする彼女の前にパトロールランプをつけた同盟軍の車列が猛スピードで現れて通行人を蹴散らして道路を封鎖する。後部のハッチが開くと遼帝国軍の制服を着た兵士達が勢い良く吐き出された。
その有様を呆然と見つめていた誠達の前に大尉の階級章の髭の男が向かって来た。
「ご苦労様です!後は我々が引き継ぎます!」
最後尾のバスから鑑識の白手袋の集団が流れ出てくる。医療班の白衣の集団がライフルを抱えて建物に向かう分隊の後ろについて走っていくのも見えた。
「これの解析。頼むぞ」
指揮官の手に志村の携帯端末を持たせると、銃をしまったランはそのまま道路に封鎖の為のテープを張る兵士達をのんびりした調子で眺めていた。誠達も同盟軍に続いてパトロールカーで到着した東都警察の警官の視線を冷たく感じながらランの追う視線を見つめていた。
「良いんですか?駐留軍の、特にあの遼帝国軍ですよ。せっかく手に入れった手掛かりが。駐留軍が信用できないってことはこれまでさんざんクバルカ中佐自身言ってきたことじゃ無いですか!」
カウラはそう言って涼しい顔のランを見つめた。捜査官達がビルに吸い込まれていくのを見送って、ランは静かにかなめの新車の方に足を向けた。カウラはそのまま腰を折ってランの視線に合わせてにらみつける。
「あのなー。そんな格好されるとアタシは惨めな気持ちになるんだよ。それに今のこの『租界』に居る遼帝国軍は近衛山岳レンジャーが汚職軍人を一掃してくれたからある程度は信頼できる。この世のすべての人を信頼できなくなったら世の中生きていけねーぞ」
見下ろされて子ども扱いされているような気分になったのか、そう言うとランはカウラを無視して車に向かう。そこでは外に向かって煙を吹いているかなめの姿があった。
「引継ぎは?」
車の運転席の扉の前でタバコの煙を吐きながらかなめはランに向けてそれだけ言ってまた押し黙った。
「必要ねーよ。アタシ等ははじめから部外者なんだ。オメーがさっきの携帯端末のデータを隊のサーバーにコピーしてくれたおかげでもうアタシ等はここですることなんか何もねーんだ。現物の詳しい調査は専門家の司法警察官の鑑識のお仕事なんだからその邪魔したらまずいだろ?それに『租界』での事件の指揮権は駐留軍のお仕事だ……っていつまで呆けてるんだ?」
鋭い目つきでじっと捜査官を眺めていたかなめの背中をランは叩いた。誠は無表情で自分の車の運転席に向かうカウラを眺めていた。そしてランは不承不承車に向かうかなめを見て思い返すことがあるとでも言うように振り替えた。
「それにだ。今の段階ではなんとも動きのとりよーが……。アタシ等が追っているのは同盟厚生局の役人なんだが、それをそそのかしたのは何者なのか?本当に本国の指示なのか、同盟組織内のはねっかえりか、なつかしの遼州民族主義の連中か。ともかくあの端末の中身を見てからってことかねえ……オメエはちゃんと仕事はした。あとは次にどう動くかはアタシが決める」
ランはそれだけぽつりとつぶやく。だがかなめはタバコを携帯灰皿に押し込むと何かを決めたようにランの前に立った。
「ああ、西園寺。オメーの言いたい事はわかるぜ。ふざけた人体実験をしている連中に飼われている司法官がいるかも知れねーって話だろ?安心しろ。東和の警察官達は宇宙でも希な賄賂を取らない清廉潔白が売りなんだ。甲武の貴族の飼い犬や遼帝国の賄賂官吏とは違うからな。それにそいつ等と共同捜査ってことになれば同盟軍事機構軍も袖の下なんぞに目を向けている余裕もねーだろうしな。東和のお巡りさんは一緒に捜査する連中の方も常に見ていて、手心を加えるようなことをすればあっという間にその軍人もそのお巡りさん経由で上官に密告されて軍籍はく奪ってことは知っているだろ?」
そう言ってそのままランは立ち尽くすかなめの脇をすり抜ける。
「そんなこと……」
「分かってるなら何も言うな。と言うかオメーはしばらく頭を冷やせ。その目は戦う女の目じゃねえ。いつも言ってるじゃねえかオメエは。『アタシは戦う女』なんだって……今のオメーにその言葉が吐けるか?そういつものように言えるようになったら話を聞いてやる」
幼く見えるランだが言葉の棘は要の心に深く突き刺さった。カウラ、そして誠は黙って立っているかなめに目を向ける。自分が十分うろたえていることを自覚したのか、かなめはそのまま黙ってランの後に続いた。
租界には珍しく東都警察の車両がひしめいていた。白い塗装の同盟軍事機構軍の装甲車両を見慣れている『租界』の住人が遠巻きに黄色と黒の立ち入り禁止のテープの周りに群がっている。
「東都警察の車両がこんだけ大量に来ているってことは……リョウ・ライラ中佐か?駐留軍を脅しつけて『租界』で東都警察が動けるようにしたのは。最後の土産としては最高の土産だな。助かる」
忙しそうに走り回る捜査官達を遠めに見ながらカウラはそう言うと目の前の自分の『スカイラインGTR』の鍵を開けて見せた。
「だろうな。さっき通達が来たんだけどようやくこの事件が問題になってその責任を問われて『租界』の治安責任者が更迭されるそうだ。まー遅すぎたというところなんだろうけどな……もうこの街は同盟厚生局にとっても、あの志村とか言うチンピラを殺した人間にとっても価値のないただの薄汚い街に戻っただけだ。アウトローの天国でもなんでもないただの貧しい街……まあ、その方が健全と言えば健全だが……そこで生きている人間にとっては地獄であることには変わりはねーんだが」
ランはそう言って誠達の車の後ろに停められた銀色のかなめの新車のスポーツカーの助手席に乗り込んだ。
「ここもかなり変わることになりそうですね……そうあってくれることを僕は願っています。今は地獄かも知れませんが……いつか変わるんじゃないですか?少なくとも暴力の支配はこの街から消えた……その先に何があるのかは僕にはわかりませんが」
それを見て誠も腑に落ちないながらも仕方なくカウラの車の助手席に乗り込んだ。隣のカウラは静かにシートベルトをしてエンジンをかける。『スカイラインGTR』の800馬力にパワーアップされたガソリンエンジンの始動音に包まれる。
「そうだな……神前の言う通りこの街がこれをきっかけに暴力と金の支配する地獄から変わってくれればそれに越したことはない……それにしても端末の記録か……志村三郎……あの男は誰と繋がっていたのか……そこから何か次につながる情報がつかめればいいんだが……」
そう言ってカウラは車を中心街への道へと進めた。




