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第56話 廃墟に潜む影

 周囲は長らく手入れがされず、外壁が剥がれ落ち、ガラスが割れたまま放置されたビル群が並んでいた。まるで町そのものが朽ち果てる運命を受け入れたかのような光景だった。


 カウラの『スカイラインGTR』がきしむように停車し、誠が車から降り立ったその瞬間、乾いた銃声がビルの谷間に木霊した。条件反射のように、彼の手は胸元のホルスターへと伸びる。

挿絵(By みてみん)

「神前!」


 鋭い声が飛んだ。カウラが警告するより早く、後部座席から飛び出したかなめの足が誠の腰を蹴り、彼の身体は地面に転がった。


「ちんたらやってんじゃねーぞ、西園寺!」


 前方に止まっていた茜の車から飛び降りたランが、すでに銃を抜いていた。ビルの窓という窓が死んだ目のように口を開け、どこから弾丸が飛んできてもおかしくない空気が漂っている。


 かなめは冷ややかな視線を誠に投げ、躊躇なくビルの階段を駆け上がる。その先には、重要参考人・志村三郎が潜む事務所がある。荒れ果てた廃墟の一角が、これから血なまぐさい舞台へと変わるのは明らかだった。


「神前、法術を使用している形跡は?同盟厚生局にも少ないが法術師は居るはずだ。もし敵の中に混じっていたら厄介なことになるぞ」 


 冷静に後部のハッチを開き、カウラは誠に誠に愛用のHK53ライフルを手渡した。


「感じませんけど……とりあえず今のところは法術の反応は有りません」 


 誠には銃声の後、静まった空間が逆に恐ろしく思えた。カウラも誠と同じシュツルム・パンツァーに支給されるライフルであるHK53にマガジンを刺し、ボルトを下げて装弾する。駆け上がっていったかなめ達だが、銃声は聞こえなかった。


「私達も行くぞ!」 


 そう言ってカウラはエレベータルームに走った。だがしばらく走ったところで誠は強烈な違和感を感じて立ち止まった。


「どうした!」 


 立ち止まった誠を怒鳴りつけるカウラだが、誠の表情が次第に青ざめていくのを見て異変を感じた。そして誠の法術をターミナルとした精神感応式通信が使用できなくなっていることに気づいた。

挿絵(By みてみん)

「何が起きた!」 


 今度は歩み寄ってカウラが誠の肩を掴む。誠はただわけも分からず恐怖に震えていた。


 初めての経験だった。明らかに強力な意思が誠達の侵入を拒んでいるように感じた。直接、誠の精神を縛り付ける感覚が意識を引っ張るような感覚が支配した。そして恐怖の文字が誠の脳裏に叩きつけられた。


「カウラさん。西園寺さん達が……」 


 そう言いかけたときビルの三階で銃声が響いた。そして誠の上空でガラス窓が破られ一人の男の姿が空中に舞い、そして銀色の鏡のような平面へと消えた。誠はそれを見て恐怖の源が上空で消えた男の放ったものであることに気づいた。

挿絵(By みてみん)

「神前!神前!」 


 しばらくして自分が震えながらカウラの胸の中で倒れていることに誠は気づいた。


「ああ、カウラさん」 


 どれほどの時間だったのか、そもそも先ほどの空中に消える人影を見たのが現実なのかさえ分からない。意識の混濁、脳裏の焼きつく痛みのような恐怖が誠の心を支配していた。


 誠を包むのは脱力感。そして強大な力が遠ざかっていくということで訪れる安心感により体の力が抜けていくのを感じていた。


「どうする?休むか?」 


 カウラが優しくそう言ってくれるが誠は自分の体が動くことを確認すると彼女の手を借りながら立ち上がった。


「大丈夫ですよ。それより西園寺さん達は?」 


 カウラの目は三階の先ほど男が飛び出した窓から顔を出しているランを見上げていた。


「じゃあ行きましょう」 


 誠はそう言いながらゆっくりとエレベータルームへと歩き出した。ろくに管理もされていないエレベータは汚れが目立つがとりあえず動くらしいことは分かった。


 この街にはありふれた手抜き工事と明らかに分かるひび割れだらけのコンクリートの壁が目の前に立ちはだかる。誠は階段をのぼりながらそのあまりに貧相な建物の様に違和感のようなものを感じていた。


「ここってそんなに金にならないことをしていたんですか?人身売買って捕まれば重罪で、リスクが高い商売だから儲かるイメージが有るんですけど、こんなにひどい事務所じゃとても金になる商売をやってるなんて自慢できませんよ」 


 あまりの貧相さに誠は隣のカウラにそう尋ねるが、明らかに呆れているカウラは答えなかった。ドアが開き、二人は乗り込む。銃を構えながら通路を進んだ。目的のドアの前で立ち止まる二人。そしてしばらくの沈黙。二人の前で静かにドアが開いた。


「やられたよ。完全に先を越されちまった」 


 開いたドアの前に立っていたのは拳銃を手にしたランだった。その手にした小型拳銃PSMを手に事務所の入り口のドアを示す。カウラと誠は導かれるままに事務所へと入った。


 室内はドアの外のいつ崩れてもおかしく無いような貧弱な建物であるというような面影もなく、まるで都心の一流の商社の応接室のような落ち着いた雰囲気を醸し出していた。そしてその中央の豪華な応接セットのところでかなめが腹を押さえて倒れこんでいる瀕死の紫色のスーツを着たヤクザ者を支えていた。赤い染みが広がっていく。その腹に複数の刺し傷。恐らく致命傷であと数分と言う命だろう。誠は思わず目を背けた。

挿絵(By みてみん)

「あの兄ちゃん……やっぱりサオリの姐御の今のこれだったのか?へへへ、あの顔とサオリの姐御の顔を見ればわかるぜ……昔の男と今の男。どっちがいい男かな?え?サオリさん」 


 力ない笑いを浮かべて一度親指を上げた後、誠を見つめた男、瀕死の志村三郎は拳銃を置いて右手の親指を挙げて見せた。青ざめた顔に強がりの笑みが浮かんでいた。


「馬鹿言ってんじゃねえよ!アタシが聞きたいのはそんな事じゃねえんだ!アタシの顔を見ろ!そして今回の事件について全部(しゃべ)れ!それがオメエが最後にしなきゃなんねえこの世界に対する義務なんだ!」 


 誠は初めてうろたえているかなめを目にした。生体パーツの複合品と自虐的に語っていたかなめの目から涙が流れている。それを受けながら致命傷を負った男は静かに笑みを浮かべていた。


「義務ねえ……そんなもん、俺なんかには関係のねえ話ですよ。それより俺が気になるのはあのなりばかりデカい兄ちゃんの事だ……ありゃあ……優柔不断の相だ。泥棒猫には注意した方がいいですぜ……まあ、姐御はそう言うのは男の甲斐性だって笑って許すタイプでしたね……忘れてましたわ」 


 そう言って志村三郎は口から流れた血を拭って見せる。


「馬鹿野郎!そんなこと今はどうでもいいんだよ!アタシだって義体で何とか生きてるんだ!オメエは死なせねえ!これまでオメエがしてきたことを考えたらここで成仏なんかさせてたまるものかよ!話せよ!お前が知ってることは全部!」 


 かなめの叫び声がむなしく事務所に響く。カウラはゆっくりとかなめの肩に手を乗せた。

挿絵(By みてみん)

「許さねえぞ!なんだその顔は!神様気取りか!いつオメエがそんなに偉くなったんだ?第一、アタシを抱いた時の金だって貰ってねえんだからな!なんだよ!その目は!おい!」 


 そこまで言ったところでランがつかつかと志村三郎を支えているかなめの顔を引っ張り思い切り平手を打った。


「おい!目を覚ませよ。感情を仕事に入れるな。これは仕事だ。もうコイツは助からない……何を聞いても無駄だ」 


 ランの一言でかなめの目に悲しみ以外の感情が戻ってくる。その有様を見ていた志村は腕の中でニヤニヤと笑ってみせた。


「昔、振った野郎が一人……あの世に旅立つくらいで……うろたえるなんて……。姐御……アンタらしくも……無いじゃないですか……『甲武の山犬』の二つ名が泣きますぜ……」 


 その言葉と共に三郎は手にしていた通信端末を落とした。目は開かれているが口から最期の息が漏れた。


「クバルカ中佐の言うことは正しい。蘇生技術がある東都警察の医療班はここに到着するまでにはあと15分かかるそうだ。とても間に合わないな」 


 カウラの一言にかなめは怒りに燃えた目でキッとカウラをにらみつける。いつに無い殺意がそこにこもっていた。しかし、思い出したようにかなめは三郎が最期まで握り締めていた携帯端末に手を伸ばした。


「そいつはテメーの手柄だ。この兄ちゃんの大事な形見なんだ……受け取ってやれ」 


 静かにそう言ってランはかなめの肩を叩いた。誠は何も言えずに誠の知らない顔のかなめを見つめていた。


 かなめは激高した表情で肩を叩いたランをにらみつけた。その表情はこれまで見たどんなかなめの顔よりも激しい怒りに包まれているように誠には見えた。


「この糞餓鬼……テメエ……この状況下でよくそんな口が利けるな……」 


 いつものどんな激しい銃撃戦の最中でも感情を殺したように敵を倒していくかなめとは違う血の通った人としてのかなめの視線がそこにあった。だがそれを向けられてもランは表情一つ変える様子は無かった。


「アタシ等には自業自得でくたばった容疑者に同情する暇はねーな。それより……」 


 ランがそこまで言った所でかなめの空いていた左手がランの襟首に伸びそうになるがそれは空中で一瞬止まり、そして力なくだらりと下がった。


「そうだな。姐御……アンタの言うとおりだよ……アタシは取り乱しちまった……恥ずかしいところを見せちまったな」 


 そう言ってかなめは目を死を目前にした志村に移した。安堵した表情でかなめを見つめている志村の顔色が次第に青ざめていく。もはや志村には頭を動かす力も残っていなかった。その瞳はただ呆然と立ち尽くしている誠に向けられた。


「サオリさん……俺の事は忘れてくれ……ここでくたばるのが俺の運命だったんだ……だから……デカい兄ちゃんよ……俺の分も……楽しめよ……じゃあな」 


 そこまで口にすると志村は再び訪れた痛みに顔をしかめて苦しむ。その様をかなめ達はただ眺めるだけだった。


 そしてかなめの腕の中で志村三郎は息絶えた。


 



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