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第53話 会議室に漂う疲労と不安

 東都都心部に突如起きた法術暴走は三人の正体不明の法術師により制圧された。


 誠達は司法局実働部隊の第一会議室に誠達が篭ってから6時間が経過していた。

挿絵(By みてみん)

 会議室には別の会議室から持ち込んだモニターが並べられ、法術暴走が生み出した化け物とそれを撃退した三人の法術師の映像が何度も繰り返し映し出された。


 かなめとラーナはそれぞれこの状況を映した東都警察から送られてきた画像やネットで野次馬たちが携帯端末で撮影した画像を探し、三人の法術師を終える力の有るランと茜がその画像からこの化け物と三人の法術師の能力の限界について議論しあう。


 しかし、明らかにこの三人の法術師は身元を特定されない為に分厚い黒い防弾チョッキのようなものを着込んでいる上に、どのカメラにも肝心のこの三人の時折見せる時間切削能力を発動するシーンが写っておらず、その能力の限界をどう見切れば良いのかという結論は二人には出せなかった。


 そしてそんな二人が追える常人ではその姿をとらえることができない動きを自分は見ることが出来ない事に誠は無力感を感じてただその動きが見えているらしいランと茜の二人の後ろに立って次々と移される三人の法術師の画像を見ているだけだった。

挿絵(By みてみん)

「とりあえずラーメンを取ったんですけど……いかが?」 


 ランとの議論の結論が出ないということで気分を変えようと席を外していた茜がオカモチを抱えて中央のテーブルに置いた。ラーナの手には盆と湯呑。サラはポットを二つテーブルの上の雑誌の山をどけて置いた。

挿絵(By みてみん)

「アメリア。いい加減この部屋の私物を持ち帰れ。この窓際に並べたフィギュアの列はなんとかならんのか。フィギュアを集めるのが趣味の神前だって職場には持ってきていないぞ。そもそも職場に食玩を並べて喜ぶなど上級将校のする事では無い」 


 カウラがそう言いながらランと茜の議論の議事録を作っていた端末から離れて箸などの準備にかかった。島田は難しい表情でつけっぱなしの画面に映る化け物と三人の法術師の戦闘の画面を見つめていた。


 誠は制圧された化け物から採取したデータを端末で見つめながら黙ってどんぶりを並べていく茜を見つめていた。湯気とラーメンの昆布出汁の香りが誠の疲労しきった意識を現実へと引き戻した。


「あの化け物のDNAは遼州系の人類と一致。まあ予想通りの結果だよなー。典型的な自然にも起こりうる法術暴走だ。とても連中が完成を目指してる『不死の兵隊』なんて呼べる代物じゃねー。同盟厚生局の連中は一体何がしたいんだ?再生能力を暴走させることだけが目的なら東モスレムのテロリストとやってることが変わらないじゃねーか。東モスレムのテロリスト連中は研究所なんて大それたものは持っちゃいねーぞ。ただ、バラックがあって、その中に近くの村から拉致してきたパイロキネシストを囲ってひたすら宗教で洗脳しているだけだ。『不死の兵隊』を科学的に生み出す?そもそも地球から持ち込んだ技術でそんなことができるのかよ?たぶん無理だろうな。せいぜい今回の肉の塊を作り出すのが地球科学の限界だ。そーじゃ無かったらあんな負けると分かってるコンペにあんな失敗作を持ち出す理由が分からねー。そもそも本当に連中は勝つつもりがあったのかね?」 


 昼間の怪物から採取された細胞のデータを見つめていた首をねじったりした後、ランは彼女には高すぎる椅子から飛び降りた。篭ってからは昼間の化け物のかけらを東都警察が分析した鑑識の資料を整理する作業を始めたが、その途方も無い作業に誰もが疲れを感じていた。


「コイツを倒した正体不明の『正義の味方』がやった干渉空間内の時間軸をずらすって……簡単に出来ること……なのか?」 


 かなめはものすごい勢いでラーメンをすすった後、茜にそう尋ねた。その様子は甲武一の姫君であると言うその出自からは考えられない速度だと誠は思っていた。


「かなめさん!食べ始めるのが早すぎましてよ!いついかなる時でも食事は味わって食べるようになさってくださいな」 


 茜はどんぶりをを取りながらかなめに愚痴をこぼした。かなめは舌を出してそのままテーブルの隣のパイプ椅子に腰掛けた。


「干渉空間の維持にものすごい法力を取られますから。さらに時間軸をずらして攻撃を仕掛けるとなると……僕も何度か連続干渉の実験はやってみましたけど五回目で精神の負荷が大きすぎると言われてひよこさんに止められてからはやってませんよ。少なくとも今の僕ではあの三人には勝てません。まあ同じことを簡単にできるという日野少佐ならなんとか相手は務まるでしょうが三人が相手となると……たぶんうちであの三人を同時に相手にできるのはクバルカ中佐ぐらいですよ」


 誠は目の前に置かれたタンメンを前に何度も正義の法術師の戦う姿を見ながら自分の無力さを実感していた。 


「でも不可能じゃないんでしょ?それに誠ちゃんも練習すれば出来るようになるかもしれないし」 


 ラーナから湯呑を受け取ったアメリアはそう言いながらすでに箸を手に自分の前に置かれたパーコー麺を眺めていた。


「五回でアウトなのか?お前の鍛え方がなってないからだな。実を言うとあの技はお袋の得意技でさあ。『官派の乱』で屋敷が『官派』軍に包囲されたときにこれを使って『官派』の正規軍相手に暴れまわったからな。あれを使えば薙刀一本でシュツルム・パンツァーとでもやりあえる。要は気合いの問題だ、気合いの。まあ、それが出来るくらいになったらアタシに教えろ。オメエを甲武の西園寺御所に連れて行ってお袋には(しつけ)と称して散々叱られたからその仕返しに行ってやる」 


 かなめはそう言いながら坦々麺スープを飲み始めた。かなめの母の西園寺康子は司法局実働部隊隊長嵯峨惟基の剣の師匠であり、『甲武の鬼姫』の異名で知られる剣豪と呼ばれていた。彼女が法術師であることが分かった今、それまでは何度と無く西園寺家を襲ったテロリストの数が急に激減したという話は誠も耳にしていた。


「気合いですか……確かにこの法術師達。たぶんまだ隠し玉は持ってると思うんですけど、動きは限界性能で動いてますね。クバルカ中佐の言うように法術師は手持ちの札を(さら)したら終わりなんです。それを運動性能に関してだけは晒して見せた。この法術師達は誰かに売られるんですよね?売値を釣り上げるために限界性能で動いてるとか……」


 誠は半分あてずっぽうでそう言ってみた。その言葉に茜の表情が変わった。


「いいえ、誠さんには失礼ですけど、私が見た限りこの動き方を見るとまだまだ余裕は感じますわ。でも、可能性としては誠さんの言うことは合っていてこれくらいが動きの限界かもしれませんわね。限界性能に近い力を見せなければ買い手に値切られる。だから限界性能に近い力を出すように売り手に指示を受けている。そう考えるとつじつまが合いますわ」


 茜はそう言いながら一同の中で最後に箸を取った。


「となると、この化け物を作った組織とは別の組織の存在が考えられるような……そちらにまで手を回す余裕は我々には捜査能力も人的資源も無いですよ。負けた法術暴走を引き起こす研究をしていた組織を追うことすらまともにできないのに、それにこんな化け物じみた力を持った完成された法術師を三人も開発する組織を同時に追うなんて……物理的に無理です」


 メンマを食べ終えたカウラはそう言って茜に目を向けた。


「仕方ないですわ。私達が追っているのはあくまでこの化け物。敗者の法術師の方ですもの。権限移譲中に近衛山岳レンジャーの方々が集めた資料もすべてそれ関係の資料ばかり。この完成された法術師に関することは一切載っていませんわ。とりあえず同盟厚生局の生み出したこの敗者の法術師の研究施設の捜査に集中しましょう。今は三人の法術師については忘れる。そう言うことにしましょうよ」


 茜は残念そうにそう言うとレンゲでスープを一口掬って口に運んだ。


 ランはその様子を見ながら微笑んで餃子の皿を並べた。誠も部屋に漂うラーメンのスープの香りに作業を中断してテーブルの席に着いた。


「神前。とりあえずこれ」 


 ランはテーブルの横に積まれて倒れそうになっている雑誌を指差す。しかたなくそれを抱えて部屋の隅においてみたが、そこで一人島田が端末の前を動こうとしないことに気づいた。島田は端末でひたすらこの化け物から回収された生体サンプルのデータから目を離そうとしなかった。


「正人。そんなに根をつめても……」 


 一通り配膳が終わったサラが島田の肩に手をかける。それまで激しくキーボードを叩いていた島田の手が止まった。


「そうだぜ、これからが正念場だ。とりあえず力をつけろよ!」 


 そう言ってかなめが再び麺を勢い良く啜りこんでいる。


「別に焦っているわけじゃあ無いんですけどね……」

挿絵(By みてみん)

 島田はなんとか意識を自分の頼んだチャーシュー麺に移そうとするが、画面の資料がそれを許してくれない。 


「焦っていない奴はそんな言葉は吐かないな……今は食事をするとき。不死人は餓死はしないが空腹だとそこに神経が持っていかれることになって能力のすべてが発揮できないとクバルカ中佐も常々言っている。とりあえず食べろ」 


 シュウマイにしょうゆをかけるカウラの声が響く。ようやく島田は心配そうに見つめるサラに目をやるとそのまま立ち上がって誠達が囲んでいる休憩用のテーブルに常備されている安物のパイプ椅子に腰掛けた。


「しかしまあ、あの化け物の方の法術師に集中するとして、アイツの衣類の破片とか見つからないもんかねえ。どうせうちが処理しましたとか言って東都警察はデータの大事なところの提出を渋るし、そいつを提出したとしても提出先は現在の捜査担当の同盟軍事機構宛か遼帝国近衛山岳レンジャー宛だ。アタシ等のところに届くまでにどれだけ時間が無駄になるか……身元が分かればそこから何とか切り込むって手もあるんだろうけど……そこからなんとか同盟厚生局とのつながりを証明できないとこれまでさんざんシラを通してきた連中絶対に口を割らねえからな」 


 景気良く麺を啜りこみながらかなめがつぶやいた。誠もその意見には同意してうなずくとかなめの真似をして勢いよく麺を啜りこむが思い切り気管に吸い込んでむせ返った。


「なにやってんのよ!誠ちゃんは。全く子供じゃあるまいし」 


 アメリアが咳き込む誠の背中をさすった。そして不意に見上げた先に青い表情でチャーシュー麺とチャーハンセットを見下ろして黙り込んでいる島田を見つけた。


「おい、食えよ。力つかねーぞ」 


 心配したようにランが声をかける。島田を気にして箸をつけられないサラが不安げに島田を見つめている。


「今回も手がかりは……」 


 口ごもる島田にかなめは何か手掛かりでもあるというような余裕の笑みを浮かべて箸をおいた。


「仕方ねえなあ」 

挿絵(By みてみん)

 そう言うともう食べ終わっているかなめは首筋にあるジャックにコードを刺してそのまま一番近かったランの使っていた端末のスロットに差し込んだ。



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