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第5話 目的を告げぬ冬の車列

 食堂を追い出されて部屋に戻った誠は着替えを済ませると、部屋の隅に置かれた錦の袋に入っている部隊長の嵯峨惟基から預かった日本刀によく似た刀、『賊将の剣』に手を伸ばした。


 その剣は400年前の遼州独立戦争の時に、独立の英雄であり、初代遼帝国皇帝遼薫の夫『賊将バカバ』が振るった遼帝国の国宝だと言う。なぜ、嵯峨がこの剣を持っているのかは誠には分からなかったが、とりあえずそれを手に取ると誠は剣を握りしめた。


『神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね』 


 部屋に戻る誠に茜がどういう意図でそう言ったのかは計りかねた。剣を持って来いと言うことは何かを斬ると言うことを意味していると思うのだが、誠には先ほどの遺体の写真と、何者かを斬ると言うことが何処でつながるのか分からなかった。


 誠はずっしりと重い紫の袋の紐を解いて金色の刺繍(ししゅう)が施された紫色の袋から刀を取り出した。剣道場の跡取りでもある誠は何度か日本刀には触ったことはあった。しかし、柄や拵えは明らかに東和や甲武国で作られた新刀とは趣が違った。


 袋から引き抜くと、金色の刺繍がわずかに埃をまとい、黒い鞘の磨き上げられた表面が室内灯を鈍く反射した。思わず息を呑むほどの冷たい光。

挿絵(By みてみん)

 鞘を払う。そしてそのまま自然に流れるような刃をじっと眺めた。銀色の刀身。おそらくは何人かの命がその波打つ刃で奪われたのかと思うと背筋に寒いものが走った。


「おい、何やってるんだ?切腹でもする気か?」 


 今日にドアが開き着替えても消えないきついタバコのにおいが誠の部屋に充満する。ノックもせずに部屋に入る遠慮の無い人物はかなめ以外にはいなかった。スタジアムジャンパーにマフラー、いつものジーンズと言う姿の誠が正座をして真剣を眺めている光景はあまりにもシュールだったのでかなめは呆然と立ち尽くしていた。

挿絵(By みてみん)

「誠ちゃん!いつ誠ちゃんは甲武の士族にでもなったの?そのまま辞世の句を詠んで切腹でもする気?いいから来なさいよ!茜ちゃんが時間が無いって!」 


 また大きな音がして誠の私室のドアが開かれた。デリカシーの無さではかなめに引けを取らないアメリアまでもが誠の部屋に入ってきてはなった一言に誠は我に返ると刀を鞘に納め、袋に仕舞って紐で閉じた。その手つきは剣道場の息子らしく、剣を扱うことになれている者のそれだった。


「自衛に刀か?叔父貴みたいな奴だな……ってあれも実際は拳銃くらいは持ち歩いているけどな。VZ52って言うチェコスロバキアの作った20世紀中期の拳銃だ。しかも叔父貴は二丁拳銃。ツーハンドなんだ。叔父貴に言わせるとシングルカーラムで弾数が少ない銃だから仕方がねえとか言ってるけど要はかっこつけだな。叔父貴はこいつで使える強装弾を使っててチタンの防弾チョッキでもぶち抜く奴を装備している。ローラーロッキングシステムのVZ52じゃねえと撃てねえサブマシンガン向けの弾が使えるのがこの銃の持ち味だ。うちのアモラーも拳銃弾にあんなに火薬を入れるなんて馬鹿みたいだと言ってあれには結構泣かされてるみてえだぞ」 


 諦めたようなかなめの声が響いた。誠もただ苦笑いを浮かべながらそのまま階段を下りて踊り場にたどり着いた。


「遅かったな、神前。じゃあ茜の車にはアメリアと島田とサラとラーナで。カウラの車にはアタシと西園寺と神前が乗る」 


 ランはそう言って乗車の割り振りを決めた。


「クバルカ中佐!なんで俺が茜さんの車に……あの車、香水きつ過ぎますよ!俺は嫌ですよ!」 


 島田が香水のきつい茜の車に乗るのを嫌がってそう言った。


「島田准尉。少しだけ我慢してくださいね。それと車内で暴れないで頂戴ね」


 茜は茜で負けていなかった。彼女もヤンキーである島田とは価値観がまるで違う人生を送って来たエリートだった。誠から見ても二人の相性は良いとは言い難かった。 


「あたしはなんでちっちゃい姐御と一緒なんだ?こっちの方もどうにかしてもらいてえな」


 かなめは慣れているカウラの『スカイラインGTR』に乗るのだから不満は無さそうなのだが、彼女としては口うるさい上司のランと一緒に乗るのはどうも気になる様だった。

挿絵(By みてみん)

「別にアタシも好きでベルガーの車に乗るわけじゃねーよ。あの車はサスペンションが固すぎて乗り心地なら茜の車の方が上だからな。西園寺。オメーには言っとく事が有る。日野の件だ。そう言えばオメーにでも分かるだろ?」


 あっさりとそう言うランの言葉にかなめの顔が瞬時に青ざめた。


「かえでの馬鹿が何かやったのか?路上露出か?電車内露出か?それとも……それでどこの警察の拘置所に居るんだ?教えろ」


 かなめが妹であるかえでを徹底的なマゾヒストの露出狂へと調教したことは隊の全員が知るところだった。そしてかなめの言うどちらの犯罪をかえでが犯してもおかしくないと誠はかえでが誠に見てほしいと言う自分の行為を映した動画を見て知っていた。


「アイツには島田と違って学習能力が有る。どこの警察のお世話になっていると言う訳でもねー。むしろ仕事上の話だ」


 ランは冷静に取り乱すかなめをなだめた。


「仕事上の話ねえ……それだったら、小隊長同士カウラと話せば良いんじゃねえの?アタシは関係ないね」


 かなめは自分に火の粉が及ばないと悟ると安心して責任のすべてをカウラに押し付けた。


「だからクバルカ中佐は私の車に乗る。当然じゃないのか?貴様は私達の話をついでに聞けばいい。それだけの事だ」


 カウラは冷静にそう言った。その表情はいつものような感情の伴わない無味乾燥なものだった。


「ほいじゃー行くぞ」


 ランの一言で食堂に集合していた一同は玄関へと向かった。いまだに、不服そうな島田の姿を見てサラが心配そうに彼を見つめた。


「じゃあ行きましょう」 


 茜はそう言うとそのまま玄関を出た。冬の空は雲ひとつ無い。吹きすさぶ風。全員がその刺すような風の冷たさに身をすくめた。茜は楚々として寮の隣の駐車場に止めてある電気駆動の高級乗用車に向かった。


「そう言えば何でこれが……それとなんでこの剣を隊長が持ってるんですか?茜さんは娘さんですよね?何か知りませんか?」 


 誠が手にしている刀を茜に見せようとしたとき、茜は自分の車のトランクを開けた。


「ええ、その剣の入手先についてはお父様からは何も聞いておりませんわ。その剣はこちらに。今すぐ使うものでは無いですし、大切なものですから。なんと言っても遼帝国の国宝ですもの。ベルガー大尉の車のトランクは狭いでしょ?傷つけたら責任問題になります。私の車でしたらトランクのスペースに余裕がありますし、私は色々やわらかいものを運ぶことが多いのでクッションが敷いてあります。私が預かりましょう」 


 問いに答える代わりに茜が手を伸ばした。仕方なく誠は茜に刀を手渡した。


「アイツ等……いい加減子供じゃねーんだからよ。決まったことはちゃんと守れや」 


 呆れたようにランがため息をついた。


 その視線の先のカウラの『スカイラインGTR』があった。いつも出勤に使っている車の前で島田とかなめが怒鳴りあっている。かなめはランとの同乗を嫌がり、島田は茜の車の香水の匂いをやたらと気にしているようだった。カウラの車は四人乗りである。どう考えても島田に居場所などない。


「島田、いい加減諦めろ。彼女のサラと同じ車でよかったじゃないか。では、クバルカ中佐、よろしく」 


 そのままカウラは運転席のドアを開けた。誠とサラに引きはがされてなんとかここまで来たかなめは借りてきた猫のように静かに後部座席のドアを開いた。


「クバルカ中佐。この車はサスペンションがきつめに設定されているので揺れますが大丈夫ですか」


 カウラが気を利かせて助手席に乗り込むランに声をかけた。ランは背が低くて視界が利かないのが気になるのか、しきりに前方を覗き見ていた。


「さっきはああは言ったがそんなの気にしねえ。シュツルム・パンツァーに比べたらどんな車のサスペンションだってロイヤルサルーン並みだ」 

挿絵(By みてみん)

 後ろの二人を見て二人が大人しくしているのを確認した後、カウラは慣れた調子でシートベルトを締めた。すぐに低いエンジン音が響き、エンジンの力がタイヤにつながり、車がバックを始めた。茜の車の前ではさらに苛立ちを隠せなくなっていた茜が運転席から顔を出して車に乗るのを嫌がる島田への説教を始めていた。


「まああいつ等も端末のナビでこっちの位置を特定できるんだ。迷子にはならねーだろうしな。それにあの建物の駐車場は広いから迷う心配もねー。それにたまにはアタシ以外の人間に説教されるのも島田の馬鹿にとってはいい経験だ。先に出るぞ」 


 ランの皮肉めいた言葉に釣られて誠も笑った。カウラの車はそのまま砂利のしかれた駐車場を出た。


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