第42話 誤解の先にあったのは、ただのゲーム
「あのー……アン君?何をしているのかしら?」
アメリアは扉を開け、部屋の光景に目を瞬かせた。普段のアンとは違う服装……いや、完全な女子高生の私服という格好……で床に座り込み、手元にはゲーム機のコントローラーがあった。
その隣で西を手に難しい顔をして画面を見つめている。
「あと……アン君は普段からそういう格好なのね。それと、西君、えっと……彼女ができてよかったわね。……『男の娘』だけど」
思わず言葉が呆れたアメリアの口を突いて出る。
二人はテレビ画面を真剣なまなざしで見つめていた。そこには髭面の戦国武将が、甲冑姿で戦場を駆けるドット絵が映し出されている。
あまりにも平和すぎる光景に、部屋にいた一同はひたすら先ほどまでの妄想を頭から追い出すことに全力を注いだ。
「『戦国群雄伝 国盗り物語』……?」
誠が画面を覗き込み、呆れたように呟いた。
「あ、ここの城攻めが難しいんですよ。あと内政がこのゲームのポイントで……本当にクラウゼ中佐が言うように戦争は経済なんですね」
西は画面を見つめたまま声の主のアメリアに生返事を返す。その言葉には完全に突入してきた誠達を断固として無視するという強い意志が感じられた。アンも同様に背後で呆れた表情で二人を見つめる誠達の無視を決め込んでいる。
「西君。そこはもう少し農政に力を入れた方がいい。商業地の収入は農政の値が高いほど有効だから」
バルキスタンというまるで日本とは関係のない『修羅の国』出身のアンが熟練プレイヤーのような台詞を吐く。
まるで世界の命運がこのゲームの勝敗にかかっているかのように、二人の視線は画面に張り付いていた。
誠も西の端末の画面を見た。そこには髭面の日本の戦国時代の武将の顔が映されている。『戦国群雄伝シリーズ』は地球の日本の戦国時代を再現したシミュレーションゲームとして一昔前の東和で流行ったゲームだった。今時流行りのネット対戦でもなく一人用のシミュレーションゲームと言うことで珍しがられてコアなファンがいるゲームとして知られていた。
「チョイスが渋い……とても十代がやるゲームじゃねえな。って言うかなんで非番の日に部屋でこんなゲームやってるんだ?しかも二人で一人用のゲームを?若いもんが日中二人で部屋でする事か?こんなこと。同じゲームなら二人対戦のアクションゲームとかにしろよ。その方が盛り上がるだろ?そこでワイワイキャッキャやるのが美しい十代だろ?お前等は何時からゲームに悟りを求めるレベルに達したおっさんになったんだ?」
ただその事実にかなめは呆然と西達を見つめていた。
「西園寺さん。僕はコントローラーの使い方に慣れて無いんでアクションゲームは苦手なんですよ。それと、アンは東和に来るまでゲームなんか見たことが無いということなんで、教えてあげてるんです。……僕も東和に来て最初にやりたかったのがこのゲームの前のシリーズですから……甲武にはテレビもラジオもありませんけど、時々子供の間で噂話として東和で流行っているゲームの話題が出るんで前々から興味を持っていたんです。僕も東和に来て初めて貰ったお給料でテレビを買ってゲーム買って、それからこうしてゲームをするようになったんです」
西は何事も無かったかのようにそう言ってコントローラーを握った。
「でもチョイスが渋すぎ……まあ、武家貴族の元大名がでかい顔をしている甲武陸軍の出身ならこんなチョイスになっても当然かもねえ……へえ、西君がオリジナル大名で出てるんだ……選んだ大名の国は和泉国……これは畠山氏をいじったのね……よりにもよってなんでそんなマイナー大名を選ぶのよ……まったく意味が分からないわ」
ゲーム全般に詳しいアメリアは画面を見てあっさりと西の大名のコアなチョイスに感心したような顔をしていた。
「このゲームって武将の能力値のチート設定に簡単にできるのが売りだったのよね。でも私はチートは認めない!まあ、うちにはランちゃんと言う実戦におけるチートの『人外魔法少女』的存在が居るのは認めるけど。ゲーム上のチートは反則よ!」
こういうゲームには詳しいアメリアはアンからコントローラーを奪うと武将の能力値の確認を始めた。ついてきたかなめも生暖かい視線でアンと西を見比べながら画面を覗き見ていた。
「家老が叔父貴……人選が間違ってるだろ。あんなのに家を任せたら無駄遣いで家が潰れるぞ。一番人を裏切りそうな顔した家老なんて洒落にならねえだろ。実際に今、アタシ等はアイツに裏切られてこんな思いをしてるんだ。思い出しただけで腹が立つ。おい、アメリア。これって能力の最高値はどうやって見るんだ?」
かなめが今にも笑い出しそうな顔をしていた。止めるべきかどうか悩みながら後ろのカウラに目を向けるが、彼女も呆れつつも興味があるようで画面をちらちらと盗み見ていた。
「設定は100までだけど改造ツールを使えば150まで……ああ、ノーマルねこれ。改造ツールは一応違法だからネットでも出品された途端に運営から削除されるし、そうなると裏ルートって話になるんだけど……裏は裏だけに結構良い値段するのよね。しっかり者の西君がネットの裏ルートの通販なんて手を出すとはとても思えないけど」
アメリアのニヤニヤが止まらない。こうなっては誰も手が出せないので、部屋の主の西も苦笑いでアメリアとかなめを見守るしかなかった。
「知性98、武力99。チートねえ、でも……西君。忠誠60で不満が80になってるわよ……って義理が0じゃないの!まあ、隊長の事をよく見てるからそうなるんでしょうけど……こんな状態だとすぐに謀反起こされるわよ!このゲームは謀反が結構頻繁に起きるので有名だから。まあ、あの『駄目人間』に謀反を起こすようなエネルギーがあるとは思えないけど……でもそれは現実の話であって、ゲームのデータに過ぎない今の隊長には十分謀反の可能性があるわよ!」
アメリアの頭の中ではゲームの嵯峨と現実の嵯峨がごっちゃになっているようだった。
「へ?これ初級ですよ。謀反は起きにくい設定なんじゃないですか?僕はゲームはあまり上手くないので初級しかやりませんが、これまで謀反が起きたことなんて一度もありませんよ」
データを慣れたコントローラーさばきで検索するアメリアに西は何をしても無駄だと悟っていた。苦笑いを浮かべながら西は画面を見つめていた。
「馬鹿ねえ、この性格設定はあの裏切りで有名な戦国武将の松永弾正より謀反が起きやすい状況じゃないの。俸禄を増やして……不満を少しでも下げて……それでも義理が低いからすぐに裏切るかもね。まあ私には関係ないけど」
完全にゲームのコントローラーを独占してアメリアは勝手に操作を始めた。入力が終わるとすぐにかなめがコントローラーを奪って再び武将情報の画面に切り替えた。
「へー西の餓鬼が大名ねえ……そんなに武家貴族の偉そうな面を見て武家貴族に産まれたかったとか思ってるんだ……連中は連中でそれはそれで大変らしいよ。アタシ等公家から管理を任された荘園の管理費で家臣の世話とかそれこそ戦国大名並みにしなきゃなんねえし。げ!いつの間にアタシ等が部下に……西……テメエは平民だろ?なんで貴族様のアタシを部下にするんだ?ちゃんと平民は平民らしく貴族に従え!これは命令だ!領主様の言うことは甲武では絶対なんだ!」
そこまで言ってかなめのニヤニヤに火がついた。さらに隣のアメリアも薄ら笑いを浮かべながらアンを見つめた。アンはしばらくうつむいて時々西を見つめた。この東和に来たばかりのアンにとってブラウン管のテレビ自体が珍しいのだろう。ただひたすら嬉しそうに画面を見つめていた。
「おい、なんで西の妻がひよこなんだよ……いいねえ純情で。それにしてもどこでもひよこは人気あるな。アタシは隊の野郎共からは完全に恐れられていて、誰も声をかけてこねえと言うのに。誰もがアタシじゃなくてひよこには優しい言葉を掛けたり色目を使ったりしやがる。アイツはどこからどう見ても庶民フェイスのかわいい女の子である以外の売りなんてねえぞ。こんないい女を無視して庶民フェイスを選ぶ男達の事を思うと面白くねえな」
誠はそれは整備班の諸先輩はかなめの持っている銃を怖がっているのだと助言したかったが、それを言った途端に射殺されるのは目に見えているので黙り込んだ。
「西園寺さん!このことは黙っていてください!お願いします!特に島田班長には!僕がひよこさんに思いを寄せているなんてバレたらそれこそ班長の命令で先輩方に袋叩きにあいます!『ひよこちゃんはみんなのアイドルなんだ!絶対にそれに傷でもつけたら殴り殺す!』って班長はいつも言ってるんで……本当に僕は殺されますよ!」
かなめに西が土下座を始める。だがそんな西が入り口を見て表情を硬直させたのに気づいて誠達も入り口に目をやった。
「おう、西。休暇か」
そう言って部屋に入って来たのは先ほどまで縛られていたことで血流が悪いのか、どこか顔色の冴えない島田だった。そのまま西がちらちらと見ている端末の画面を覗き見た。
「ゲームやってたのか。好きだねえ……甲武にゲームが無いからって、西よ、オメエは少しはまりすぎだ。休みになると一日中ゲームばっかしてやがる。若さって言うモノのかけらもねえ。ゲームはもっと餓鬼がやるか、就職先の決まらないニートがやるもんだ。もっと若者らしくバイクに乗るとか、喧嘩をするとか、ナンパをするとか、もっと活発な若い者しか出来ない事をしろ。それか気が利くんだったら俺の好きそうな趣味を持って俺にあわせろ。それが社会人……違うか?」
落ち着いている島田がいつものように脳内が完全にヤンキーなことに誠達は胸をなでおろした。だが、いつの間にか島田の突然の登場にあっけに取られているアメリアからコントローラーを手にしていた島田がすぐに情報画面を開いたのを見て西が頭を抱えるのが見えた。
「西家、妻が神前ひよこ軍曹。おい、西。これはやっててかなりむなしくないか?高嶺の花って言葉はこの状況を指しての言葉だな。俺も少しは難しい言葉を知ってるだろ、西。見直したか?」
島田のつぶやきにアンが慣れないスカートのすそに手を当てて苦笑いを浮かべていた。すぐに島田は画面を見て情報を探し始めた。
「姫武将が多いな……西園寺かなめ。西よ、命知らずもいい加減にしろよ?西園寺さんをゲームに出すなんて……射殺されたいのか?西園寺さん、俺が許可しますからコイツ射殺しちゃっていいですよ。銃は今でも持ってるんですよね。いいですよ、撃っちゃっても。こんな無謀な命知らずな行動をゲームの中とは言えやる奴を部下に持った覚えは俺には無いんで」
島田は相変わらず死んだ目で画面を見つめていた。
「おっ!アタシか!西がアタシをどう見ているのかよく確認してやろうじゃねえか」
かなめはすっかり仕切り始めた島田の言葉で飛び上がった。そして画面の正面に座っていたアメリアを押しのけるとそこを占領して画面を食らいくつように見つめた。
「知力52、武力100……サイボーグにしては知力が低い。これは西が西園寺さんを暴力しか取り柄の無い馬鹿だと見下していると言う証拠ですね。知力50が普通の人間。つまり高卒のスーパーの店員とかはこのレベルの知力ってことですから。西は西園寺さんをコンビニ店員くらいの事しか出来ない頭の女と見ているわけですよ。どう思います?西園寺さん」
島田はデータを読み上げるとかなめに相変わらずの死んだ魚のような目を向けた。
「西!テメエ人を馬鹿だと思ってんだな!良い度胸だ!今からハチの巣にしてやる代わりに痛めつけてやる!」
島田から数値を聞くや、西の首にはかなめの腕が絡みついていた。ぎりぎりと首を締め上げていくかなめの鋼の腕に西はもがき苦しんだ。カウラが取り押さえようとするが、それに面白がるようにかなめが今度は締め上げつつ振り回し始めた。
「次はアメリア・クラウゼ……西よ、そんなに何度も死のフラグを踏むか?俺も見てて情けなくなってきたよ。お前は気が利く男だと思っていたがゲームの中では別人なんだな。よく分かった」
島田は騒動を無視して相変わらず画面の操作を続けていた。
「知力82か。使えますねえ。まあアメリアさんは整備班にも色々意地悪してきますから。そのくらいの知性はあって当然と西も思ってるんでしょう。まあ、二流大学出て三流商社の営業は務まるレベル……西はアメリアさんをそう見てる訳だ。つまり巡洋艦クラスの艦長の椅子なんてもったいないと……でもまあ、西園寺さんの扱いに比べたら結構マシだ」
相変わらず島田の言葉にはヤンキーらしい元気が無かった。
「島田君も言うわね。でもあんまりチートキャラばかりだとゲームバランスが悪くなって……って!武力72?ちょっと!西君!アタシがなんでこんなに弱いの?せめて80くらいないと運航部部長として示しがつかないじゃないの!運航部の女の子達の前で『私、武力72の女です』とでも言えというの?これって嫌がらせ?そんなことをして楽しい?まあ楽しいんでしょうね……後で何が起こるか……楽しみにしていてね、西君……」
今度はアメリアがかなめに締め上げられていた首を抜いてようやく落ち着いた西を悲しげという言葉を超越した視線で見つめた。西はただ愛想笑いを浮かべながらデータを検索する島田を見つめていた。
「ああ、カウラさんですか。知力75、武力88。これは普通に使える武将ですね。でも普通に使える程度。つまり西にとってカウラさんとはどこまでも普通のパイロットということか。そのうち機体の整備も手を抜き始めるんじゃないですか?西の野郎は頭がいいからそのくらいの手抜きは上手くできますよ」
こんどはカウラ。島田も飽きてきたようで単調にデータを読み上げた。
「おい、西。なんで西園寺より私の能力が劣るんだ?それに知力が75ってパチンコをやるには頭脳が必要なんだぞ。当たり台を見つける目が必要なんだ。そのくらいの能力は私にはある!それに島田の口ぶりだと機体の整備に手を抜いているみたいだな?貴様は仕事を何だと思ってるんだ?」
西はカウラの鋭い言葉に今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。誠もこんなことがバレたらどうなるかの参考になるとかなめ達の行動をしっかり記憶することに決めた。
「おい、島田。アタシのはあるか?こいつらがこんなに西に酷評されてるんだ。だが、『人類最強の魔法少女』であるアタシを見る目は西も違うだろーな?そーだよな?」
そして先ほどまで部下達の様子を黙ってみていたランまでもが声をかけた。
「ちょっと待ってくださいよ……クラウゼ中佐っと」
島田は簀巻きにされていて気分が悪かった状態から回復してきたのか、楽しげに検索した。かなめ達におもちゃにされていた西だがようやく三人の気が済んだというように解放されてはいたが、完全にうつむいて動かなくなった。
「知力83、武力96か。順当かな?まあ、でも『人類最強』ってレベルじゃないですね。普通の最強レベルって感じ。まあ、改造ソフトを使ってないから仕方ないんですけどね」
誠は放っておくとすぐに特殊詐欺に引っかかるということで携帯端末の機能を嵯峨から制限されているランの明らかに知力が高すぎる評価に唖然とした。整備班においても『偉大なる中佐殿』として崇拝の対象となっているランへの忠誠心は心理の奥底まで染みついているので、低い能力値を付けると言う考えが気が利いて観察力があり時々見せる西でも、珍行動で頭の回転が良くないことを見せつけることが度々あるランに悪い能力を与えるなどという考えは浮かばないのだと言う事実を誠は目の当たりにした。
「じゃあ私はどのようになっておりますの?」
今度は茜が顔を出す。島田は言われるままに検索を続けた。島田は検索を続けたが、茜とラーナのデータが無かったので画面をもう一度、嵯峨のデータを映している画面に戻した。
そこには大鎧を着て馬にまたがる嵯峨の写真が画像として登録されていた。
「去年の節分の時の豊川八幡宮の流鏑馬時代祭りの写真を使ったのか。叔父貴も馬に乗る時はシャキッとしてるんだがな。神前、良かったな、下士官で。うちでは士官は豊川八幡宮の流鏑馬時代祭りの時代行列で馬に乗ることになるんだ。まあ、アタシは貴族だから乗馬は得意なんだけどな。島田!オメーも今年は准尉で士官だ!今から乗馬の練習しとけよ!」
かなめはそう言って苦笑いを浮かべた。島田は次々と先ほどのデータの写真画像を表示する。一つ一つに設定された写真を見て誠は近くの豊川八幡宮の時代行列に参加するために嵯峨の私物の大鎧の試着をしたことを思い出していた。
「でもこの時代じゃ変じゃないのか?アタシ等が時代祭りで着るのは源平合戦の時期の大鎧だぞ。まあアメリアは自分の金で用意した当世具足だからこの時代の設定でも良いかもしれないけどさ」
そう言ってかなめは西から手を放し、西への嫌がらせとしてポケットからタバコを取り出して吸い始めた。
「こだわるわねえ。でもかなめちゃんの写真良いじゃない」
ステータス値の出ている画面には必ず武将の顔が写っているが、そこの写真はすべて先日の時代行列の時に撮った鎧兜の写真が使われていた。
「おい!神前!オメエのデータもあるぞ」
データを検索していた島田が誠の肩を掴んだ。気がついて誠もそこに映る自分の能力値を見てみた。




