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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究  作者: 橋本 直
第二章 『特殊な部隊』の英雄を求めて
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第4話 沈黙する湾岸、並ぶ印

「最近の殺し屋は特殊清掃業務も兼ねてるのかね、ふき取るどころか血液反応もなかったんだろ?たぶん凄い掃除機とか持ってるんだろうな。ルミノール反応を消す方法については叔父貴が詳しいらしいや。あの『駄目人間』前の戦争ではその手口で地上から何人も人間を『消した』って言ってやがった。そう言うプロの手口だな。何なら甲武陸軍の憲兵隊を紹介してやってもいいぜ。叔父貴の使った手口の種明かしぐらいは教えてくれるだろうからな」 


 かなめの言葉に、サラが島田の落としたピンセットを拾う手を止める小さな音が響いた。つい先ほどまで漂っていたプラモデルの塗料の匂いさえ、急に遠のいたように感じられる。


「じゃあこちらも見てもらうっす。これを見ればこの死体たちが同じ『誰か』の手によるものだとはっきり分かると思うっすよ」


 そう言ってラーナが端末をテーブルに置いて起動した。二枚の異様な遺体写真を見せられてこの部屋の誰もがうんざりしながら端末のモニターを開くのを目を凝らした。

挿絵(By みてみん)

 ラーナの目の前の空間に画像が映った。それは東都南部の港地区と埋立地の『租界』と呼ばれる遼南難民の居住区を写した地図だと分かった。その東都側の周辺部に7つの×印が記されているのが見えた。 端末に浮かんだ遺体写真を見た瞬間、いつもは全てを面白い事と判断して笑ってばかりのはずのアメリアがショックを受けたような表情で無意識に口を押さえた。冷たい蛍光色の光が、室内の全員の顔色を青白く照らし出す。


「良いかしら。この死体が見つかったのが港地区の北川町。そして先ほどの死体が見つかったのがそこから国道を車で十分ほど租界に向けて走った川村駅のガード下。そして他にも……」 


 淡々とした説明口調の茜の声にあわせてラーナが端末のキーボードを叩いた。先ほどの7つの死体が港地区と租界の間の幹線道路沿いに次々と現れた。その様子をかなめは戦場で彼女が見せる敵を目の前にした時のようなギラギラした視線で見つめていた。


「港湾地区か……一昨年まで続いた不況でつぶれた町工場に倉庫街……それに安アパートばかりの街だな。こんな死体が落ちていたところで見向きもされないような場所。発見できたのが奇跡的ですね。いや、これは単なる氷山の一角とみるべきでしょう。恐らくまだ見つかっていない同じような死体はこの地域に無数に存在している。ここは東都警察の管轄区域のはず。東都警察の怠慢を私達が処理するとは……」 

挿絵(By みてみん)

 カウラはそう言うと隣で放心したように地図を見つめているかなめに目をやった。誠もかなめがこの地図が浮かんだときから黙り込んでいたことを思い出して口を開こうとするかなめを見つめていた。誠は思った。かなめは死体がこの場所で見つかったと聞いた時からその意識は戦場に居る時の意識に切り替わっていると。かなめの目からは光が消え、殺戮マシンと化した時のそれに変わっていた。


「どうしたんですか?西園寺さん。さっきから黙り込んで。実戦経験豊富な西園寺さんなら死体なんて見慣れてるでしょ?ああ、西園寺さんのは銃で撃たれた射殺体とかばかりであまり法術暴走による死体は見慣れていないかもしれない……って一番法術暴走の死体のプロファイリングが早かったのはサイボーグの西園寺さんじゃないですか。こんな写真は何枚も見てたでしょうに。この死体が発見されたのが港湾地区だと知ったとたんに黙り込んだりして。どうしたんですか?何か気になる事でもあるんですか?」 


 急なかなめの変化に誠は戸惑った。そして、誠は思い出した。かなめの甲武国陸軍非正規部隊での仕事の中心が港湾地区だったことを。 かなめは地図から目を逸らそうとしたが、かつての任務で見た錆びついたコンテナや、雨に濡れた路地に転がる影の光景が脳裏に蘇る。胸の奥がじわりと冷たくなる。硝煙の匂い、血の香り。かなめの脳裏には死んでいく同じ任務に従事した非正規部隊の隊員達の顔がよぎった。


「別に死体の種類なんて気にしてたわけじゃねえよ。人間死んだら終わり。そんなもんはあのあたりでは当たり前だった。まあ、不死人のランの姐御には理解できねえ話かもしれねえがな。それよりアタシが気になったのはこの場所だ。東都、湾岸地域……昔、任務で居た街なんだ。嫌な街だったなあって。アタシがあそこにいた頃も同じ任務に就いていた戦友が何人も死んだ。……ただそれだけだ」 

挿絵(By みてみん)

 それだけ言うとかなめは席を立とうとした。それを茜が押し止める。


「かなめお姉さまの昔の任務に関する個人的感想はうかがってはいませんの。むしろそんな個人的感傷は任務の邪魔ですので忘れてください。それよりも司法局の法術特捜協力班員として、このような死体が増えないようにこの死体を製造している犯人たちを逮捕する。その解決までご協力していただけませんか?」 


 茜の言葉は穏やかだが、その目の鋭さにさすがのかなめも押し黙って席に着いた。


「ただこう言う奇妙な死体が製造されているだけなら所轄の警察署の仕事のはずではないんですか?資料の分析程度ならこの人数でどうにかなりますけど、これだけの広さの地域を捜査範囲にするには……それにどう考えてもこれは東都警察の怠慢を責めるべきであって司法局の調査の対象になる事件とは思えないのですが。『法術と言えば司法局実働部隊』。東都警察の上層部はそんなことだとでも考えて捜査の手を抜いているとしか思えません」 


 カウラの言葉にアメリアも大きくうなずいた。島田とサラはまるで部外者のような顔をして心霊写真でも見るような感じで相変わらず7つの変死体の写真を他人事のように見比べていた。


「東都警察が法術と関わりたくなくて手を抜いているのは事実です。でも、このような死体が……こんな被害者が増え続けるのを皆さんは黙って見ていろとおっしゃるのですか?それに私もこの人数で東都警察お得意のローラー作戦なんてやろうとは思っているわけはないのです。そんなこと、この事件を東都警察から押し付けられた司法局上層部の誰も期待していないでしょうし。ただこのメンバーならではの捜査活動をしたいと思ってますの」 


 茜は着物の袖を気にしながら上品に茶を啜った。その姿が気に入らないというようにかなめは机の上を人差し指で叩き続けていた。


「この面子(めんつ)だと何が出来るんだよ。7人も死体が出たら一般的な事件なら東都警察なら特別捜査チームを編成するのが普通だし、そうなればマスコミだって騒ぎ出す。そこまでして法術の存在を隠して何が楽しいよ。もう神前の野郎が『近藤事件』で法術を使って、アタシ等遼州人には法術なんて言う化け物みたいな力が眠ってることは地球圏の連中も遼州圏の市民もみんな知ってることなんだぞ?それをわざわざこそこそと隠れて捜査しますなんて……気に入らねえ。アタシは気に入らねえ」 


 戦場で敵を目の前にしている時のような重苦しいかなめの声に一同の顔が茜に向いた。


「別に西園寺が気に入る気に入らねーの問題じゃねーんだ。上はそー言う決定をした。そして東都警察にはこんな被害者が増えようがどうしよーが一切かかわるつもりはねー。悲しいけどそれが世の中って言うもんなんだわ。覚えとけよ。それと、この面子が選ばれた理由。そんくらいの事わかんねーかなー。法術は展開すれば必ず他の法術師には感知できるような反応が出るんだぜ。アタシや嵯峨警部とラーナ、それか神前ならすぐに察知して駆けつけられる。そこを押さえる。それが今回の捜査のパターンだな。東都警察の連中もそれを知ってて全部うちに丸投げしてきたんだ。アイツ等が狸なのは知ってたがここまでとはアタシも思わなかったがな」 


 これまで一人で死体の写真に全く関心を示さずにかりんとうを食べ続けていたランの言葉で今度は誠に視線が集まる。


「でも、法術適性を持つ人を見つけてそれを暴走させる人が出てくるまで待つんですか?この範囲の法術発動を監視するなんて……」 


 誠のその言葉にあきれ果てたと言う顔のかわいらしいランの顔が見えた。


「馬鹿じゃねーか?この事件は神前が『光の(つるぎ)』という法術兵器をはじめて実戦で使用したのが確認されてから起きてるんだぜ。この死体を作ったのが気まぐれな個人なんかじゃなくてそれなりの目的を持って活動をしている組織だったら、神前は間違いなくこの事件を起こした組織に監視されてる。そのきっかけを作った神前が動けばこの死体の製造元が動き出すかも知れねーだろ?そうすりゃー何か手がかりでもつかめるかも知れねーからな」 


 そう言ってランはその小さな手には大きすぎる湯飲みを手にした。誠は不安になってアメリアを見つめたが、その目が完全にランの外見年齢不相応の話し方に萌えていることに気がついて、いつでも取り押さえられるように力を込めた。


「そう言うことですわ。ともかくこれが何を意味するのかもまるで分からない。ただこの死体が現れたのが神前曹長の存在が全宇宙に知らされた時と言うこと。それが重要な意味を持つのは間違いありませんから」 


 そう言うと茜はラーナに端末の終了を指示した。


「そしてもう一つの手がかりがあるのですけど……ご覧になります?」 


 一口茶を啜った後、茜はさっと立ち上がった。さすがにこうなってはプラモデルを作るよりも全員の興味は茜の手がかりと言う言葉に集まっていた。


「テメー等、私服に着替えろ。でかけんぞ」 

挿絵(By みてみん)

 命令口調のランの突然の言葉に誠達は困惑した。思わず誠とカウラは顔を見合わせた。島田はエプロンのポケットにまだニッパーを差したまま立ち上がり、サラは塗料の付いた手を慌てて拭った。誠も自分のシャツがまだリゾットのシミだらけだと気づき、顔を赤くした。


「その薄汚れた格好で東都警察に行くつもりか?恥ずかしい奴だな。司法局の面汚しだ」 


 そんないかにも人を見下すようなランの言葉で誠達は自分の格好に気がついた。エプロンやジャージ。袖に染み付いた塗料。どう見ても私服と呼べる状況ではなかった。だが一人ニヤニヤしている人物がいた。


「じゃあ、中佐殿はなぜ司法局の制服で行くのでありましょうか?東都警察の本部に司法局の制服を着て顔を出したら相当嫌な顔されますよ。同盟司法局と東都警察。所轄が同じだけに連中はアタシ達の事を良く思ってないですから。下手に連中を刺激することにはなりませんか?」 


 そんなかなめの一言にランが明らかに不機嫌になった。


「仕方ねーだろ!アタシはこれを着てねーと子供が紛れ込んだって追い返されるんだから!それにこれは仕事だ!あっちも好き嫌いでアタシの相手をするわけじゃねー!」 


 予想通りの回答に誠は苦笑したがその姿をランに見つかってにらみつけられた。


「それとちょっと……」 


 渋々外出の準備に取り掛かるかなめ達を見送った茜が誠の耳元に口を寄せてきた。


「神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね。少し必要になるかもしれませんの」


 そう言って茜は微笑んだ。突然の行動にかなめは殺気を帯びた視線を茜に投げた。


 遼州独立の英雄が振るっていたと言う伝説の剣『賊将の(つるぎ)』。その剣の一振りで、その英雄は建国を宣言した遼帝国の首都・央都への降下作戦に参加すべく大気圏外に待機していた地球艦隊を撃滅したとまで言われている。


 誠はそんな絵空事のような事は信じてはいなかったが、そんな英雄譚を彩った主役であるその剣は今は誠の手元にあった。


「部屋にありますから!取ってきます!」


 誠は逃げるように食堂を脱出した。誠は刀をわざわざ警察に持っていく理由を考えてみるが理由が一つも思い浮かばなかった。 



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