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第39話 戦場に舞い降りる姫君

「茜、あんまり期待すんなよ」


 端末のキーを叩く嵯峨の指が止まり、煙草の灰がぽとりと床に落ちる。軍の施設としては静かすぎる沈黙が辺りを支配した。


「俺は神様じゃねえ。ただ長く生きすぎただけだ……ほら、出たぞ」


 その嵯峨の言葉に画面に何かが表示された瞬間、茜とランが同時に前のめりになった。


「ちょ、待っ……」

挿絵(By みてみん)

 嵯峨の制止も間に合わず、二人の額がごつん、と鈍い音を立ててぶつかる。


「いっっ……!」


 二人は同時にしゃがみ込み、頭を押さえながら涙目になった。


「あのなあ、端末は俺が持ってる。勝手に逃げたりしないから……ちゃんと見てろよ。資料は見方ってもんが大事なんだ。同じ資料でも俺と社会常識ゼロの神前じゃ見方が違うってのは分かるだろ?ほい、拡大」 


 そう言うと嵯峨は端末の画面を拡大してみせた。


「これは……この書体からしてゲルパルトの退役軍人支援団体か何かですか?」 


 島田が画面に映る凝ったフォントが踊るサイトの表紙を見つめている。嵯峨はそれに入力が出来ないはずのパスワードを打ち込んで次の画面へと進む。


「ネオ・オデッサ?聞いたことは有ります。しかし実際に存在するかどうかの確認はと言うと……まだできていない状況で……。ただ、この元となった『オデッサ機関』については知っています。第二次世界大戦の敗戦国、ナチス・ドイツが主にナチスの関係者をイスラエルの特務機関から保護するために作った互助会……そんなところでしょうか?」 


 茜がそう言いつつ頭をさすりながら画面を見つめる。『ネオ・オデッサ機関』。ゲルパルトの戦争犯罪人として追われている人物達の互助会と言うことで誠も名前を聞いたことがあった。


「ネオナチの互助会ねえ……相手としては面白れえんじゃねのかな?なあ神前」

 

 歴史に疎い島田でもナチス・ドイツくらいは知っているらしく、島田はそう言って誠の肩を叩いた。そんな島田の顔はそれまでの茫然とした表情から時に彼が見せる『戦うヤンキー』の顔に変わっているのを誠は見つけた。


「叔父貴、ずいぶんと大物が釣れたじゃないか。ここはあそこには第二次遼州大戦の戦争犯罪人の多くがメンバーとして在籍しているはずだぞ。しかし、逃げるための組織がなんだって法術師なんて集めてるんだ?」 


 目を見開くかなめだが、嵯峨はここで大きなため息をついた。


 嵯峨はかなめを見つけていかにも呆れ果てたというようにタバコの煙を吐き、そして皮肉めいた笑みを浮かべて戦闘モードの島田や誠に向けていつもの間抜けな顔でもう一度タバコをくわえ直した。


「ああ、こいつらは関係ないよ。裏は取ってある。こいつらは今の危ない活動をしているネオナチとは関係ない。ただ逃げるためだけの組織。その為の募金活動をしている人畜無害な連中だ。まあ、戦時中にやったことを考えれば人畜無害とはとても言えないがね。かなめ坊よ、こんだけ公然とネオナチが活動できるほどこの遼州は甘いところだと思ってこれまで戦ってたの?仮にも非正規部隊で何度かネオナチの連中とはやりあってたって聞いてるよ。その中にこの組織の名前は有った?名前がそれっぽいからってむやみに非合法な行動をとる連中とは限らないじゃないの。島田も、神前も名前で人を判断すると痛い目見るよ。そう言うことを俺は言いたかったの。ただそれだけ。これは俺なりの社会勉強講座。いい勉強に成ったろ?」 

挿絵(By みてみん)

 そう言うと嵯峨は一度、してやったりという顔をした後画面を検索モードに戻す。明らかに遊んでいる嵯峨の態度にかなめが拳を握り締める様を誠はひやひやしながら見つめていた。


「最近、(ちまた)で話題の地球人至上主義を唱える連中が動き出したにしては早すぎるし、地球の追跡を今まで潜り抜けてきたアイツ等にしてはこれまでの証拠を並べてみれば抜けてるところが多すぎる。今回の件に直接は顔をだすかどうか……やっぱり今回もどこかであの男……ルドルフ・カーンが一枚噛んでるだろうな。金が動くとなればあの男が噛んでいないわけがない。奴なら地球圏の追跡なんて間抜けの所業と嗤うだろうし……対抗できる『ビッグブラザー』も奴の持ってる金の力で黙らせることができる」 


 嵯峨は相変わらず濁った眼で画面を見つめている。彼の足元に転がっている三上と言う名の遼帝国指揮官は目つきも定かでない顔で恐怖におびえながら嵯峨の表情を伺っていた。


「まああの男は金は持ってるからな。完成した法術師を売り渡す相手としては上客だな。でも地球人至上主義を売りにしてるからあの男の手元には独自の法術師育成に関する技術はあまり無い。だから金は出すが研究の容疑者からは外れるな。顔が効く範囲で当たってみたんだがやはり、同盟厚生局が一番の本星(ほんぼし)って所までは当たれるんだけどねえ。そこまでで糸がぷっつり切れるんだ。まるで計ったみたいに。かといって本国の指示で動いているなら大使館辺りと連絡を付けているところを見つかりそうなもんだが、それもまるで無いんだ。どこかの誰かが同盟厚生局の背後でその活動を支援している……あの男とは別の連中がな。でも逆にここまで本国との連絡をしないってことは本国の意図に反した行動を考えていると考えるのが常識なんだ。そうなると『法術の軍事利用』に否定的な遼北本国との連絡を同盟厚生局を断っている理由も分かる。連中は間違いなく黒だ。あそこまで情報を見事に遮断してるってことは知られたくない何かをしているってことだ。もし後ろ暗いところが無いのなら逆にどこかに情報のかけらぐらい普通は有るもんだな」 


 そう言うと嵯峨はサラと並んで立っている島田に目をやった。


「?……隊長?」  


 島田が見つめられて自分の鼻に指を当てる。それを見て嵯峨は満足げにうなずいた。そしてそのまま転がっている指揮官に目をやるランに声をかけた。


「俺が言わなくても同盟厚生局はマークしてるんだろ?茜も大人なんだから。ならそっちを調べな。同じ同盟機構の組織だとはいえ、ここまで馬鹿にされたらもう遠慮はいらないよ。それに大使館が動いてないってことは遼北と言う国の後ろ盾は連中は期待していないと言うことだ。国際問題にならないなら自由に調べられるだけ調べて良いし多少の無茶も許可してやる。徹底的に奴等の事を調べぬいてきな。ここにいても時間の無駄だぞ。それと俺は島田と二人っきりの話があるんだ……ちょっと島田には辛い話になるかも知れないがな……昔の辛かったことを思い出すだろうし」 

挿絵(By みてみん)

 刀を収めた嵯峨は島田の肩を叩くと廊下を進んだ。ランは何かを悟ったようにかなめの脇を小突いた。仕方なく不思議そうな顔の島田は嵯峨に続いて廊下に消えた。


「西園寺、司令官殿を連行しろ。サラ、手伝え」 


 ランは強い調子でかなめに向けてそう言った。そこには自分の判断ミスで肝心の得物を取り逃がした悔しさがにじみ出ていた。


「でも……」 


 島田が連れ出された出口を見つめるサラだが、鋭いランの視線に導かれるように口から泡を吐いている三上と言う司令官の肩を支えた。


「じゃあ、撤収だ。ここはもう終わった場所だ。ここに居るだけで時間の無駄だ」 


 ランはそれだけ言うと銃を背負って歩き出した。カウラもアメリアもそれに習うようにショルダーウェポンを背負う。階段の途中で外で爆音が響いているのに気づいた。


 上空からは大型ヘリコプターのプロペラの立てる爆音が響き、外部からは数多くの車両が基地を包囲しているかのようにエンジン音が響いていた。


「早速隊長の顔が効いた訳だ……いや、違うな。これは遼帝国軍……ここの基地の絡みで動いたって訳か……これはまた面倒なことになったもんだ」 


 ランは振り返ると部下達に乾いた笑みを投げかけた。そしてそのまま急ぎ足で階段を上りきり施設の出入り口を開けた。


 中庭には大型の輸送ヘリが強行着陸し、中からは中型の指揮車両と思われる装甲車が今まさに降りようとしているところだった。駐留軍の兵士達が次々と正面通路から現れた兵士達に武装解除される光景が目に入って来た。


「ラン!いいえ、『汗血馬の騎手(のりて)』と呼ぶべきよね!遼南内戦の時は世話になったわね!まあ、お互い敵同士としてだけど!」 

挿絵(By みてみん)

 指揮車両から次々と吐き出される兵士の中に、緑色の高級将校の軍服を着た女性がゆったりと立っていた。


 ヘリの脇に停車した指揮装甲車両の脇で突入部隊の指揮官と思われる将校から報告を受けていたこの部隊の全体を指揮していると思われる女性士官が、誠たちに気づくと、戦場には似つかわしくないほど軽やかに手を振った。その姿を見ると苦笑しながら歩いていくランを見て誠は二人が知り合いなのだと理解した。ランの知り合いらしい女性部隊指揮官は余裕のある表情で時折引きつった笑みを浮かべるランと話し始めた。


「あの人……なんか見たことがあるような……」


 誠はそう言ってカウラとかなめを見た。


「写真の撮影が禁止されている遼帝家の中で唯一映像が表に出ている人物だから頭に残っているんだな。リョウ・ライラ中佐か。つまりこの部隊は……」 


 カウラは緊張の面持ちでランに気軽に声をかけて来る30代後半の女性士官に視線を向けた。


「遼南帝国近衛第一山岳レンジャー連隊ってことになるな。ちなみにライラは敵対する遼南共和国のエースであるうちの『偉大なる中佐殿』を倒すために叔父貴が編成した第二期『特殊な部隊』のメンバーだった女だ。アタシ達の先輩にあたるわけだ」 


 かなめの言葉に緊張が走る。弱兵で知られる遼帝国軍だが、一部の驚異的な強さを誇る部隊が存在することで知られていた。そして目の前で次々と降下し展開する近衛山岳レンジャー部隊もそんな遼帝国を代表する特別急襲部隊として恐れられる組織だった。


 ランから一通り説明を受けたようで自信に満ちた笑みを浮かべながらライラは誠達に向かって歩み寄ってきた。


「おう、紹介しとくぞ。コイツが遼南近衛山岳レンジャー連隊の連隊長のアルバナ……」 


 ランがそこまで言ったところできらびやかな金色の肩章の目立つ女性士官がランの頬をつねった。


「ラン?その苗字は去年の話でしょ?あの人と今の私は一切関係ありません!」 


 にこやかに笑いながらランの頬をつねるだけつねると安心したように敬礼をした。


「遼南第一山岳レンジャー連隊、連隊長のリョウ・ライラ中佐だ!」 


 その言葉に誠達は整列して敬礼した。


「苗字が『リョウ』と言うことは……」 


 誠はリョウを名乗る女性の顔に見覚えがあることだけが分かった。


「帝家の姫君だ。つまり遼帝家の帝室に(つら)なるお方ってことだ」 


 つぶやいた誠の耳元でカウラがささやいた。


「それでこの状況の説明は?ライラ姉さん、なんでアンタがここに来た。理由を言え。誰の差し金だ。知ってたな、ここに商品が保管されてたってことを。同盟軍事機構か?情報の出どころは。アタシ等じゃねえが今頃の到着とは時間切れだぜ。連中、アタシ等が同じ同盟機構には手を出せないことを知ってて嫌がらせをしやがる。不愉快だ」 


 そう言いながらタバコに火をつけようとしていたかなめに明らかに殺気を込めた視線を送るライラに、思わずかなめの手が止まった。


「それについては説明させてもらう。ここではなんだ、指揮車まで来てもらおう」 


 ライラはそのまま部隊展開の報告をしようとする部下を待たせて誠達を装甲車両の中へといざなった。


「あのー、警部……」 


 誠は遅れて歩き出した茜に声をかけた。そのいつも自信にあふれていた表情がそこには無かった。青ざめたような、弱弱しいような。そんな茜の姿に誠はその肩を叩いていた。


 そこには時折父の嵯峨を思わせる自信とも相手を当惑させるための欺瞞とも思えるようないつもの笑顔のかけらもなかった。


 父と自分とのあまりの格の違いを初めて知ったショックを受けた女性の姿はこう言う物なのだ。誠は感情が消えてしまったような表情で防弾チョッキの重みに耐えながら立ち尽くす茜を見つめることしかできなかった。声をかけるにはその表情はあまりに悲しげに見えた。


「私のせいで……私が作戦の確実性を取って迅速さを甘く見たばかりに……今回の捜査はこれで終わりですのね」 


 茜は後悔していた。遼帝国本国にまですでに情報が流れていたと言うことは、情報の鮮度は極めて低かったと言うことを意味していた。作戦の成功の確実性を優先するあまりそこに無駄な時間を使った。捜査責任者として茜は自信を失いかけていた。

挿絵(By みてみん)

「うじうじすんなよ!間違いなくここで研究が行われていたのは確かなんだ。少なくともここを引き払うのにかかった手間と時間の分だけ被害者を減らすことが出来たんだ!それだけは自信を持っていー!それに全責任は作戦の成功を優先するあまり開始時間を遅らせたアタシにある!茜、オメーのせいじゃねーんだ!」 


 ランが入り口で茜を一喝した。ようやく気づいた茜が指揮車の後部にある司令室に歩き出した。



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