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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究  作者: 橋本 直
第十二章 『特殊な部隊』と立ちはだかる壁
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第31話 小銃とコーヒーの朝

 目覚まし時計が三度目の電子音を鳴らした。


 布団の中でうめき声を上げながら、誠は片腕を伸ばしてスイッチを押す。


 半分閉じた瞼の奥では、昨夜の訓練の疲労と遅くまで続いた仲間との雑談がまだ体を縛り付けていた。


「……あと五分……いや、十分……」


 呟いた声は枕に吸い込まれていく。


 頭の奥が少し重い。夢の残りかすを振り払おうとしても、布団の温もりがそれを許さない。


 再び寝返りを打ち、毛布を頭まで引き上げると、もう一度アラームが鳴った。


「……やば……」


 ようやく現実に戻った瞬間、時計の針が想定より二回り進んでいることに気づき、誠は飛び起きた。


 髪は寝癖であちこちに跳ね、シャツは片方だけ裾がズボンからはみ出ている。


 水道まで駆け込んで顔を洗いながら、鏡に映る自分の疲れ切った表情を見て苦笑いするしかなかった。 


 着替えを済ませた誠が食堂に行くとただ一人、工具を指先で器用に回しながら、ランが顔を上げてニヤリとした。

挿絵(By みてみん)

「おう、遅えーじゃねーか。朝は早く起きるもんだ。その方が健康に良い。アタシがお世話になってる組の若いのにもそう言ってるんだが……ま、あいつらは社会からドロップアウトした連中ばっかりで、誰も聞きゃしねー」


 朝と呼ぶには少しばかり遅い時間だった。食堂の窓から差し込む日差しはすでに高く、外の訓練場からは遠くエンジン音や掛け声が微かに聞こえてくる。


 すでに出勤した隊員たちの席は空っぽで、食堂には工具を広げラン愛用のサブマシンガンFN-P90を組み立てているランと、奥の席で湯気の立たないコーヒーを啜るかなめの二人だけがいた。空気はどこかゆるく、昨夜の酒の残り香が漂っている。 


「す、すいません……」


 まだ寝癖の残る髪を手で押さえながら、誠は気まずそうに席へ向かった。


「で、他の方は?僕、朝はちょっと弱くて……」


 誠の言葉に手にしていたサブマシンガンの組み立ての手を休めたランは上を指差した。そのあたりにはこの寮のエロが詰まっている『図書館』と呼ばれる部屋があった。ダウンロード販売のビデオやゲームを視聴するために、アメリアが持っていた最新の通信端末が装備されていることは使ったことのある誠は知っていた。


「昨日の茜さんが当たった中では同盟厚生局の調査ですか?あそこ……やっぱり黒ですか?」 


 誠は茜たちの捜査協力に明らかに拒絶の姿勢を鮮明にした同盟厚生局の事を思い出しそう言った。


「まーそう言うことだ。汚職役人は自分に後ろ暗いところが無ければ意外とこういう時は仲良くしてくれるもんだ。もしかしたらいい金づるになるかも知れねーからな。それに比べて一番清廉潔白な役所が一番何かを企んでいる可能性が高い。昔の言葉に『清官の害、濁官のそれに如かず』という言葉がある。賄賂を取らねー役人はその思い込みゆえに賄賂を捕る汚れた役人より国を亡ぼす原因になるってことだ」


 いかにも読書家らし口調でランは腕を旨の前に組みながらとてもその幼い見た目からは想像がつかないような迫力を孕んでそう言った。そしてその見た目には似合わない鋭い視線は誠に向いた。


「今回の一番の容疑者はあそこだ。それに今回は『不死の兵隊』を作る研究が目的だと考えるとどっかの軍、警察辺りが絡んでるとアタシはにらんでる。もしこれが遼北人民共和国の国ごとって話まで行くと……そこまで行くとアタシ等じゃ手に負えねー。政治家さんの出番だ。そーならねーことを祈るばかりだ」 


 そう言うと腕組みを辞めて目の前の銃を手に取って組み立てを完了したランはサブマシンガンのマガジンに装填用の専用器具で弾丸を装填していった。


「ああ、カウラは茜たちとは別にオメエに気を使ってシャワーでも浴びてるみたいだぞ。なんならのぞきに行くか?純情童貞君?」 


 ランの目の前で拳銃のスライドの調整をしていたかなめの言葉がいつもと同じ明るいものに変わっているのに気づいて誠はほっとするとそのまま厨房に向かった。味噌汁と鮭の切り身、そして春菊の胡麻和えが残っている。それに冷えかけた白米を茶碗に盛りトレーに乗せてかなめの前の席に陣取った。


「そう言えば今日からはお二人で動くんですよね。いきなり銃撃戦になるようなことは無いですよね」 


 すぐさまかなめの正面に腰掛け、一番に味噌汁を口に運びながら彼女を見上げた。かなめはコーヒーを飲みながら手に新聞を持って座っている。彼女はネットでリアルタイムの情報を得ることが出来るのだが、『多角的に物事は見ねえと駄目だろ』と誠に言っているように新聞の社説に目を通していた。


「まあな。銃撃戦の方は無いだろうな。駐留軍の連中も馬鹿じゃねえからな。そんなことしたら同盟機構全体を敵に回して母国からも見捨てられるという羽目に陥るくらいの頭はある。まあ、アタシも足が欲しかったからな。いい機会だ。だから今回はバイクじゃなくて車で動く」 


 かなめは何事もなかったように顔色も変えずにさも簡単に車を買ったというような話をした。


「は?買ったんですか?車。あのバイクだって相当値の張るものですよ。ああ、西園寺さんは甲武で一番の貴族でしたね。当然の話ですよね。失礼しました」 


 誠は突然のかなめの言葉の意味が分からなかったがかなめの金遣いの荒さと甲武一の貴族の血から考えてそのくらいのことはやっておかしく無いとすぐに理解した。こういう時はかなめに聞いても無駄なのでランに目を向ける。


「ああ、西園寺の奴、必要になったからと言って車買ったんだと。それもすげー高い『ゲルパルト』製の外車。あれは明らかにカウラの『スカイラインGTR』を意識したもんだな。あれも800馬力オーバーか?電気自動車でそんな馬力の車なんて相当高いぞ。アタシのだって同じ『ゲルパルト』製だけど200馬力なんだ。まあ、堅牢さと乗り心地から考えたら東和製の20世紀から何の進歩もしてねー東和車よりも『ゲルパルト』車を選ぶのは当然てところか。でも、あんな金……ポンと振り込んで即納入って……あれ結構人気車種だぞ。まあそれなりにサービス料とか払ったんだろーな。さすが甲武のお姫様にとってははした金か。失礼した」 


 あっさりとランは答えた。誠は荘園制国家である甲武国一の荘園領主であるかなめならどんな高級車でも選び放題なのは知っていたので、それほど驚かなかった。


「車買うって……車ってそんなに簡単に買えるもの……確かに西園寺さんなら簡単に買えますよね。西園寺さんの甲武貴族の所領の税収っていくらなんだろ?」 


 そこまで誠が言いかけたときに背中に気配を感じて振り返る。


「なんだ。まだ食事中か?」 


 そこにはすでに外出用の私服のつもりと言うような紺色のワンピース、そして色がどう見ても合わない茶色のダウンジャケットに着替え終わったカウラが立っていた。そのまま食事を口に運ぶ誠を見ながらカウラはその隣の席に座った。


「車を買っただと?相変わらず金使いが荒いな。その金は平民の血と涙の結晶だと言うことを忘れるんじゃないぞ。無駄遣いはその成果をすべて無にする愚かな行為だ」 


 その『パチンコ依存症』ゆえにいつも金に苦労しているカウラは心配そうにかなめにそう言った。


「余計なお世話だ。あれはアタシの金だ。アタシがどう使おうがアタシの勝手だ」 


 かなめの言葉を聞くと笑みを浮かべながらカウラは小型の携帯端末を取り出した。そしてカーディーラーのサイトにアクセスすると画面を誠に見せた。東和製ガソリンエンジン仕様の銀色の高級スポーツカーが写っていた。

挿絵(By みてみん)

「即金でこれを買った……ってうらやましい限りだな。こんな暮らし、貴様の父親の政権があと十年続いたらできなくなるぞ。まあその方があの国にとってはいいことなんだがな」 


 カウラはため息をつきつつそう言った。その値段は誠の年収の8年分程の値段である。そのまま硬直した誠はかなめを見つめた。


「ああ、やっぱり馬力だけは譲れなかったからな。オメエの車なんかに負けてられるかよ。電気自動車で同じ馬力ならスタート時の速度はガソリンエンジンのオメエの車の上を行くんだぜ。そこを押さえて選んでったらその車になった。金を使うな、安くあげろってオメエ等は言うが、それなら今すぐに島田の馬鹿にその馬力の車をフルスクラッチしろって言っても無理だろ?それに800馬力のガソリン車に乗ってるテメエにそんなこと言う資格はねえ。あれだって20世紀の本物のパーツを組み上げた現物をオークションで買ったらこんな値段で済む代物じゃねえんだ」 


 平然とかなめはそう言い放ってコーヒーを啜る。カウラは呆れた表情を浮かべていた。助けを求めるように視線をランに走らせるが、ランは小型のバッグにサブマシンガンと予備マガジンをどうやって入れるかを考えていると言う格好で誠に言葉をかけるつもりは無いような顔をしていた。


「で、私達はどうすればいいんですか。租界の外周と言っても広いですよ。そこをたった二人で見て回るなんて無謀すぎます」 


 カウラの一声にサブマシンガンをポーチに入れる作業の手を休めてランが振り向いた。


「無謀も何もやるしかねーな。それがオメー等の仕事だ。所轄のお巡りさんが動いてくれないとなるとこれを使うしかねーな」 

挿絵(By みてみん)

 そう言ってランは自分の足を叩く。当然彼女の足は床に届いていない。それを見て噴出しそうになる誠だが、どうにかそれは我慢できた。


「しかし広大な湾岸地区を二人で調べるなんて無理があるんじゃないですか?いくら足で手柄を稼げと言っても限度がありますよ」 


 カウラの言葉にうなずきながら誠もランを見つめた。ただ室内にはランがサブマシンガンの弾丸を込める音だけが響く。


「研究組織の末端の壊滅を目指すならそれは当然のそうなるわけだが……アタシもまったくその通りだと思うよ。だがよー、とりあえず実験施設の機能停止を目指すんなら別に人数はいらねーな。これまでは誰も口を出さないから摘発のリスクが低い状態で研究を続けられたわけだが、今度はアタシ等がそれを邪魔しに入る。連中も恐らくは神前の事は調べがついてるはずだ。間違いなくこの寮にも監視を張り付けてるはずだ。それが今、このタイミングで動きだす。それが意味することを理解できねーほど馬鹿だったら等の昔に東都警察の御縄になってる。さらに場合によってはアタシ等だけでなく同盟司法局の直接介入すら考えられる状況で同じペースでの研究をする度胸がこの組織の上層部にあるかどうかはかなり疑問だろ?」 


 そうランに言われてみれば確かにその通りだった。人権意識の高い地球諸国の後押しで法術に関する調査には何重もの規制の法律が制定され、東和での技術開発の管理は厳重なものになっていた。今回の違法法術研究者がそれを知らない訳は無かった。


「でもずいぶんと消極的な話じゃねえか。研究をぶっぶすのが目的だってはっきり宣言してくれなきゃアタシが車を買った金が無駄になるじゃねえか。相手の顔色を見ながらの捜査って気に入らねえな。もっと積極的に相手の喉元に食らいつくような作戦がアタシの好みだ」 


 コーヒーを飲み終えたかなめがつぶやいた。

挿絵(By みてみん)

「別に西園寺の仕事の好みなんて聞いてねーよ。しかたねーだろ。もし……と言うかほぼ確定状況だが同盟や東和政府のどこかの機関の偉い人が一枚かんでるかもしれないんだ。特に同盟厚生局が怪しい。安城のところの公安機動隊を動かせば間違いなくそのお偉いさんの顔の効く実力行使部隊が対抗手段として動き出す。同盟厚生局には『同盟厚生局対薬物捜査機関』と言う実力部隊が存在するからな。連中にとっては自分の実力を司法局相手に示せる良い機会になるだろーな」


 そう言うランの表情は複雑な現状を社会常識の少ない誠にかみ砕いて見せる教師のようにも見えた。

挿絵(By みてみん)

「同盟厚生局ご自慢のその組織は本来、麻薬取締を主任務とする特殊部隊だ。つまり、奴らは軍隊じゃねーからその隊員のほとんどは戦争法に縛られていねーからサイボーグで構成されている。数に劣るアタシ等がかち合うにはなかなか手ごわい相手だ。もし本当に同盟厚生局が主犯ならアタシ等への対抗手段として恐らくその連中が動くことになる。それに最悪の事態だが、これが同盟厚生局のスポンサーである遼北からの指示だったりすると遼北本国からの非正規部隊が……そこまで考えるのはやめよーや。アタシ等が出来ることを考えると虚しくなる」 


 そう言ってランは頭を掻いた。誠は呆然とランとかなめを見比べた。


「ああ、神前は知らないかも知れないが軍以外にも実力行使部隊はいるからな。同盟厚生局対薬物捜査機関、東和共和国関税検疫局実力部隊なんかが動き出したらかなりまずいことになるからな。どちらも軍事法に縛られていないからほとんどん隊員は戦闘用の軍用義体装備。その火力、練度、どちらもここ東和でも屈指のレベルだ。まあどちらも強引な作戦ばかり展開しているから評判はかなり悪いがな」 


 フォローのつもりのカウラの言葉に誠はさらに疑問を深める。誠は軍と警察以外にそのような武力組織が存在するという認識はこれまであまり無かった。


「神前の顔。軍と警察以外は銃なんて持って無いと考えてるものを知らねえ一般人の顔をしてるぜ。アタシ等は『武装警察』なんだ。場合によってはそんな連中と一戦交える可能性もある。特に同盟厚生局の薬物捜査機関ってのは薬物流通を手がけてるシンジケートに強制捜査を行うための部隊だ。全員が遼帝国レンジャーの資格持ちの猛者ばかりで構成されている部隊ということになってる。急襲作戦、要人略取、ストーキング技術。どれも東和軍のレンジャーや警察の機動部隊がうらやましがる装備と実績がある部隊だ。ほぼ全員が遼北人民解放軍の非正規部隊出身のエリートばかりで構成されている。敵対はしたくねえな。さすがのアタシでも連中との正面衝突は自殺行為だってことくらい分かるよ。アタシもそれほど自分を過信しちゃいねえ」 


 かなめの口からレンジャー資格持ちと言う言葉を聞いた時点で誠もようやく話が飲み込めた。薬物流通に関しては東都戦争の頃には甲武や地球諸国が関与していたと言う噂もある。その非正規部隊とやりあってきた猛者、そしてレンジャー経験者を揃える事で麻薬生産地への奇襲をこなしてきた部隊。それが動き出せば状況が複雑になるのは間違いないことは理解できた。


「じゃあ……」 


 誠はもしそんなかなめのようなサイボーグばかりで構成された部隊にカウラと二人で衝突する事態を想定して身の毛がよだつ思いがした。


「旗でも掲げて歩き回ればいいんじゃねえのか?『私達は法術の悪用に反対します!遼州人に対する人体実験などは絶対に認めません!』とでも書いた旗持って厚生局の前をデモ行進したら悔い改めてくれるかもしれねえしな」 


 かなめはいつものように冗談めかしてそう言ってのけた。そのふざけた調子にカウラは大きなため息をついた。


「その冗談はもう先人がいるんだ。一昨日の朝刊を見とくといーぞ。『近藤事件』で法術の存在が明らかになって、遼州同盟が法術の戦時利用の禁止を地球圏に提案して以降、同盟機構本部ビル前で『法術の戦時利用反対デモ』なんざ、月に一度は行われているんだ。まあとりあえずアタシ等は出るからな。今日行って貰う施設はオメー等の端末に送っといたから」


 そう言ってランは立ち上がる。かなめも新聞をたたんで部屋の隅の書棚に投げ込むと立ち上がった。


「神前。早く食べろ。あの非道な研究をしている連中は貴様の食事を待ってくれるほど甘い人間でないことは理解できるだろ?」 


 カウラにせかされながら味噌汁を啜る誠を眺めながらランとかなめは食堂を後にしていった。



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