第3話 ヒーローの名を求めて
「まあ、ランちゃんのいつものお説教は別として。問題は茜ちゃんよね。確かに茜ちゃんが非番の日に御用ってことは、目的は誠ちゃんかしらね。奇麗好きな茜ちゃんが非番の日にこんな汚らしい寮にやってくるということは『法術特捜』の極秘任務としか考えられないもの。しかも厄介な表ざたには出来ないような法術がらみ。誠ちゃんは『近藤事件』では『光の剣』で一撃で巡洋艦を沈め、『バルキスタン三日戦争』では『05式広域制圧砲』で戦場のほとんどの戦力を無力化して政府軍と反政府軍を停戦のテーブルに無理やりつかせた英雄だもの。今注目の法術師としては必要とされて当然よね……」
アメリアは『05式乙型』の左肩に部隊章の『大一大万大吉』のデカールを張り終えると落ち着いた口調でそう言った。
「そしてその場所に隊に私達を呼び出すのではなくてここで話をすることを選んだ。そこから導き出される結論は、その情報はあまり表ざたにできる性質のものでは無いかなり深刻な事態。まあね、隊にはどうせ地球圏の主要国とか『ビッグブラザー』の盗聴器が仕掛けられている可能性が高いですもの。その点、島田君が徹底的にそう言う物を見つけては潰しているこの寮なら情報が外に漏れる心配は無い……私の推測、間違ってるかしら?」
素早く自分のかりんとうと湯飲みを確保すると、アメリアはそう言って静かに寮の備品の安物の椅子に腰掛けた和服の茜を見つめた。
「用が有るのは僕……僕ですか?僕なんかで良いんでしょうか?」
誠は工具を置き、顔を上げて茜を見た。寮の食堂には、湯気の立つ急須と湯呑み、かりんとうの皿が雑に並べられている。安っぽい蛍光灯の白い光が、どこか緊張感の漂う空気を照らしていた。
「法術特捜が動くってことはシュツルム・パンツァーの出番は無いんですよね?僕が出来たのは乙型の『法術増幅システム』のおかげであって僕自身の手柄じゃないと思うんですけど……海で襲われた時だってあの『革命家』の銃から身を守ろうと干渉空間を展開したら『法術増幅システム』の補助も無しに急な法術発動をしたからその反動で倒れましたし……確かにあれからクバルカ中佐や嵯峨警部の法術戦訓練でそんなことはなくなりましたけど……あんな強敵が相手だったら僕は負けますよ。それでも良いんですか?」
工具を片づけながら誠は自信なさげにそう返事をした。確かに、『近藤事件』では『光の剣』で巡洋艦一隻を沈めクーデターを鎮圧し、『バルキスタン三日戦争』と呼ばれた、紛争の絶えない大陸ベルルカンの独裁国家バルキスタンでは法術兵器『05式広域鎮圧砲』を用いて紛争自体を終結させた実績は十分英雄と呼ぶに値するものだった。
しかし、どちらも05式特戦の誠専用機である乙型に装着されている『法術増幅システム』により誠の力を増幅させて得られた戦果だった。素手での法術訓練ではいまだに生身で法術を次から次へと展開して来るランや茜の敵ではないことは誠自身が一番よく理解していた。自分が英雄と呼ばれるような存在では無い。誠はその後ろ向き思考からいつもそのように自分を見ていた。
「誠さん。それほど卑屈になることはなくってよ。貴方は十分立派な法術師です。日ごろの訓練では私もお付き合いさせていただいていますが、確実に誠さんは強くなっています。今の誠さんはあの頃の誠さんじゃないんですよ。そのくらいの自信は持っていただかなくては困ります。それに確かに誠さんが目当てなのは確かなんですけど、それだけではないですわね。法術特捜の外部協力員全員。つまり司法局実働部隊の方々にもご協力いただく必要のあることですの。ちょっと広域捜査になりそうなので、人手が必要になりますから」
そう言って茜は上品に湯飲みを取り上げた。自分の作法にはこだわるが人のそれには頓着しないと言う彼女の思想を裏打ちするように、ばりばりとかりんとうを頬張ってぼろぼろかすをこぼす茜の部下のカルビナ・ラーナの姿に誠は苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ俺等は邪魔なんじゃないですか?法術特捜の外部協力員ってアメリアさんと西園寺さんとカウラさんと神前ですよね。それじゃあ、俺とサラは失礼しますんで」
そう言って島田が茶を啜りながらそう言って立ち上がろうとした。隣ではサラが大きくうなずいて同じようについていこうとした。
「島田、サラ。オメー等も聞いていけ。これも何かの縁だ。まあ、乗りかけた船だろ?それに良い経験にもなると思うぜ。うちの任務は何もシュツルム・パンツァーを用いての力技ばかりって訳じゃねーんだ。たまには足を使って手柄を立てるってのもいー経験になる。特に島田。今回は場合によってはオメーの腕っぷしが役に立つこともあるかも知れねー事件だ。『喧嘩最強』を自称しているテメーとしては黙っていられねーんじゃねえか?そんな事件とあったら」
ようやく手に入れたかりんとうをおいしそうに食べながらランがそう言った。
「クバルカ中佐!本当ですか!喧嘩ですか!どこの誰とやるんです!釘バットはアリですか?金属バットくらいなら持って行っても良いんですよね?」
島田の顔が一瞬輝く。『喧嘩最強』と言われたタフガイである島田にとって、整備班の任務は刺激に欠ける仕事だと思っていた。久しぶりに暴れられると言う喜びに島田は打ち震えていた。
「島田よ。何も相手が素手だとは限らねえぜ。例えばアタシみたいに常に銃を持ってる相手と喧嘩するか?やるか?今からやっても良いんだぞ?瞬時に射殺してやる。釘バットでも金属バットでも持ってこい」
死んだような目に変わった戦闘モードのかなめに呼び止められて島田の顔色が青ざめていった。
「そうですよね……敵さん銃とか武器とか持ってる可能性大ですよね……しかも、神前の野郎みたいに『光の剣』とか使う法術師かもしれないんでしたよね……失礼しました」
さすがの島田も相手が素手ならどうにかできるが、武装しているとなると話にならない。それどころか法術特捜が動くと言うことは誠を超えるクラスの法術師を相手にすることも考えられた。『バルキスタン三日戦争』では発火能力者であるパイロキネシストに誠は命を助けられたと言う事実もあった。島田もいきなりパイロキネシストの発火能力で火だるまにされては手も足も出ない。
「かなめお姉さま、そんなに島田さんを怯えさせること無いじゃないですの。今回はそんな物騒な事件になる前に私達の足でそれを阻止するお仕事です。その為には、島田さん、グリファンさんのお力が必要になりますの」
茜は微笑みながら中腰のまま怯えている島田たちに語り掛けた。その言葉に納得できないような表情を浮かべながら島田は座り直すとかりんとうを口に運んだ。
「でも、非番の日に来ると言うことは正規の任務とは別の微妙な問題なんですね。どういう任務なんですか?説明していただけますよね」
これまで周りの人々の話をじっと聞いているだけだったカウラが口を開いた。茜はカウラを見つめて静かに微笑んだ。
「そうだ!アタシ達は非番なんだ!仕事だって言うなら休日出勤手当を出せ……って将校には休日出勤手当は出ねえんだったな。なら、代休は保証しろよ!」
相変わらず自己中心的な思考の持主のかなめはそう言って茜に詰め寄った。
「代休の方は保証しますわ。下士官の神前曹長には休日出勤手当も支給します。それはお父様にも掛け合いますから。私が保証します」
茜はそう言ってかなめの要求をあっさり呑んで見せた。いつもはあれほどかなめの勝手な行動に口を酸っぱくして説教している茜のあっさりとした態度に、誠は少しばかり違和感を感じていた。
「代休か……ちょうど休みがなくなりそうだったんだよな。嵯峨警部、ありがとさん!」
ヤンキーである島田は口の利き方を知らなかった。サラは島田の耳元に口を当てて小声でそれを注意したらしく、島田は頭を掻きながら顔の前で手を合わせた。
「嵯峨警部が西園寺や島田の要求をあっさり呑むとは、よほど重要かつ秘匿性の必要とされる任務なんですね。しかも神前の力が必要になる……嫌な予感がする」
仕事熱心なカウラにとって気になるのはその一点に尽きるように誠には見えた。
「やはりベルガーさん、察しが良いですね。まあ公的な拘束は受けたくない事件であることは確か間違いありませんわ。そして、できれば内密に処理したい。司法局本局はそう考えておりますわ。それにこの事件が放置されればベルガーさんの思っている嫌な予感程度では済まない事態が起きる……それだけは間違いありませんわ」
そう言うと茜は手にしていた巾着から時代遅れの紙の手帳を取り出した。そして付箋の貼ってあるところを開くと、挟んであった写真を取り出した。
「まずはこちらの写真はどうかしら?」
茜は一枚の写真を一同が目を向けた。そこには見たことも無いような光景が映し出されていた。それはただの死体写真ではなかった。焼け爛れた袖、骨ばった手、干からびた顔。こちらを見返してくるような、生々しい恐怖がそこにはあった。
「法術暴走した法術適正者の死体ですか。以前、整理を頼まれた資料のものですね。これは明らかに外的刺激を受けて自分の意志とは関係なしに法術を発動させられたような様子が見えました。これは明らかな他殺体です」
カウラのその言葉にかなめは思い出したように手を打ってそのまま茜を見つめた。
「ねえ、何のことよ。私の見ていない写真ね。カウラちゃんもあの仕事頼まれてたんだ……なんだか狡いような気がするけど、まあいいわ」
資料に目を通していないアメリアはかなめとカウラを見比べながらそう言った。サラや島田はただそのミイラ化した死体の写真から目が離せないでいた。
「この半年あまり……正確に言うと例の『近藤事件』で法術の存在を神前曹長が全宇宙に知らしめたころからですわ。すでにこのような死体が東都周辺で7体見つかってますの。共通点はまず全員が法術師であること。しかも未覚醒の法術師で、自分から法術を発動させたわけではないと言う点も共通していますわ」
茜はそう言うと全員の顔を見渡してもう一枚の写真を取り出した。
そちらの写真は誠も初めて見る写真だった。
「なんだこりゃ?」
かなめの言葉が全員の感想を代弁していた。そのミイラ。着ていたグレーのコートはどす黒い血にまみれている。右腕を肩の根元から切り落とされているように見えるのでそこから流れ出たのかもしれない。だがその肩からは中途半端な長さの子供の腕のようなものが生えていた。
「法術適正があると腕を切っても再生するんだ。便利ですねえ」
いつもと違う抑揚の無い調子で島田がつぶやいた。元気が取り柄の島田の抑揚のないつぶやきに一同は黙り込んだ。
「そんな、黙り込まないでくださいよ!それよりこの血はこのミイラさんのものだったんですか?」
サラに見上げられながら島田が写真を出してきた茜にそう言った。
「島田さん着眼点がよろしいですわね。肩の辺りの血は別として胸の辺りの血はまったく別人のものですわ。しかも発見されたときはこのコートについていた血以外は現場に同じ人物の血液は一滴も落ちていなかったそうですの。これも明らかに何者かによって外的刺激から不死の能力を発動したように見受けられますわね」
感情を押し殺したような茜の言葉にしばらく食堂は静まり返り、ただ誠が放置していた塗装用コンプレッサーの作動音が響くだけだった。そのあまりに不可解な遺体に一同はただ言葉もなく注目することしかできなかった。




