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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究  作者: 橋本 直
第五章 『特殊な部隊』と新たな同居人
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第13話 お約束の朝、そして監視の始まり

 翌朝、誠はいつものように定時に布団から起き上がった。そこはいつも通りの寮の自分の部屋だった。カーテン越しの日差しが一日の経過を表していた。そして昨日の化け物の断末魔の声を聞いたような感覚を思い出し首をすくめた。夢の中で聞こえた断末魔の叫びが耳にこびりついているようで、目を覚ましても胸の奥がざわつく。汗で濡れたパジャマの背中が冷たい。

挿絵(By みてみん)

「しばらく見るだろうな、こんな夢。僕もああなるかも……可能性は少ないってクバルカ中佐は言うけど、僕の力を考えればいつああなってもおかしくないよな。まあ、あれは不死人の法術適性を持つ人だけの現象だっていうけど、『干渉空間』や『光の(つるぎ)』を使える事には別の形で反動が起きるかもしれない。でも、すべてを始めたのは僕なんだ。僕が力を使ったからあの人達はあんな姿になった……僕が力を使わなければ……」 


 そう思った誠が布団から起き上がろうとして左手を動かした。


 何かやわらかいものに触れた。誠は恐る恐るそれを見つめた。目線を下げた瞬間、肌色が視界を埋めた。心臓が跳ねる。信じたくない光景をもう一度見て確認する……そこには、眠たげな目をこする全裸のかなめがいた。誠は文字通り目が点になった。


「おう、早いな。しかし、いくら悪夢を見たからって朝から独り言とは感心しねえな。いっそのこと病院でもいった方が良いんじゃねえのか?」

挿絵(By みてみん)

 心のスイッチが落ちている誠の目の前には何度見ても眠そうに目をこする全裸のかなめの姿があった。そして彼女の胸に誠の左手が乗っていた。


 誠は急激に早まる鼓動と先ほどまでの深刻な内省が雲散霧消していくのを同時に感じた。


「お約束!」 


 まるでアニメのような展開に脳内の回路をショートさせながら、誠は手を引き剥がすと跳ね上がってベッドから飛び出し、そのまま部屋の隅のプラモデルが並んでいる棚に這っていった。


「おい、お約束ってなんだよ。アタシがせっかく添い寝をしてあげてやったっつうのによ!なんだ?そんなに変態のかえでのことが気になるのか?いくら調教済みの『許婚』だからって、あれには手を出すな。変態になるぞ。アイツは自分のクローンじゃなくって自分の子宮を使ってちゃんとしたオメエの子供を産みたいとか抜かしてやがった。そうなったら狙われるのはテメエだ。気を付けろ」 


 かなめはそう言うと自分の部屋から持ってきた布団から這い出し、枕元に置いてあったタバコに火をつけた。そのまま手元に灰皿を持ってくるが、そこに数本の吸殻があることから、かなめが来てかなり時間が経っているのを感じた。誠は脳の機能が平常に戻っていくにしたがって自分がどういう状況に置かれているか理解できてきたが、それはただひたすら困惑の一言に尽きた。


「なんで西園寺さんがここに居るんですか!しかも全裸で!」


 誠の頭の中は混乱していた。昨晩の悪夢などすでに過去のものになっていた。


「そりゃあ、テメエの事だから自分が起こした『近藤事件』の事で責任を感じて悪夢でも見てるんじゃねえかと思ってさ。アタシなりに気を使ってやってるんだぜ。感謝して貰いてえな。それに、こんな美女の添い寝……初めてだろ?この童貞」


 かなめはそう言って高らかに笑った。確かに誠にはこんな経験はなかったがあまりの突然の出来事にただひたすら困惑と恥ずかしさしかわいてこなかった。


「こんなとこ他の誰かに見られたらどうするつもりですか?僕は変な誤解を受けるのは嫌ですよ!」


 誠は胸をあらわにしたままタバコをくゆらせているかなめに向けてそう言った。あまりにも落ち着いているかなめの態度に自分がかなめに弄ばれているように感じて、誠は真っ赤になってうつむいていた。


「アタシはかまわねえよ。別に二人がどんな関係だろうが人様がとやかく言うのは野暮ってもんだろ?」


 反省と言う言葉はかなめの辞書には無かった。


「そう言う問題じゃ無いでしょ!若い男女が裸で一つの部屋にいる!そこが問題だって言ってるんです!」


 とりあえずかなめには何を言っても無駄だと悟って誠は激しくなる息を整えて立ち上がり、カーテンを開けさらに窓を開けた。


「別に……アタシは気にしねえけどな。それよりオメエ、寒くないのか?」 


 タバコをふかしながらかなめは誠を見上げた。そう言う全裸のかなめの方を振り向く勇気は誠には無かった。


「タバコの匂いがしたらばれるじゃないですか!」 


 かなめの身勝手ぶりに呆れながら誠はそう言った。


「誰にばれるんだ?そうすると誰が困るんだ?それとも何か期待してたんか?言ってみろよ。何なら叶えてやってもいいぞ」 


 かなめはニヤニヤと笑った。


「あのですねえ……うちには島田先輩と言う『純情硬派』を売りにしているヤンキーが居るんですよ!しかもあの人は寮長だ!この現場をあの人に見られたら僕はこの遼から追放ですよ!どこに住めばいいんですか!西園寺さんにその責任は取れますか?」


 気の弱い誠は全裸のかなめの姿を視界に入れる勇気もなく、窓の外に視線を向けたまま自分の立場をなんとか説明しようとするが、口下手な誠にそんなことをかなめに理解させることは不可能に近かった。


「だからなんだよ。アイツは准尉。アタシは大尉。軍隊じゃ階級がすべてだ。アイツが逆らってきたら射殺してやる。それにアイツがそれでも死ななくてごちゃごちゃ言ってきたらアタシが住んでたマンションに住めばいい。あそこは親父がアタシに買ってくれたもんだから今でも空いてるはずだ。あの建物全部アタシのものだからな。持主のアタシが許可してるんだ。住むところは有るんだからいいじゃねえか」


 あっさりとそう言って誠が頼りにしていた島田の射殺の予定が決まった。この人には何を言っても無駄なのだ。興奮は一瞬の事ですでにあきらめの境地に達した誠だった。あとは誰が誠を殺すかというだけの話だった。


「じゃあ、クバルカ中佐はどうするんですか!あの人僕には『一人前になるまで恋愛禁止』って言ってるんですよ!こんなことクバルカ中佐の耳に入ったら……」


 今度は誠は階級でかなめを上回るランの事を口にした。貴族で権威主義的傾向のあるかなめにはこれなら効果があると誠は踏んでいた。


「恋愛感情無しのセックスもアリなんじゃねえの?アタシは気にしない」


 この理屈もかなめには通用しなかった。誠がかなめの方に目を向けることもできずに外を見ながらグチャグチャと理屈をこねまわしている時に部屋のドアがいきなり開いた。


「自分の部屋にいないと思ったら……西園寺!」

 

 ドアが勢いよく開き、カウラが険しい顔で飛び込む。

挿絵(By みてみん)

 その後ろから寮長の島田がやる気のない表情で半ば怒り狂うカウラに引きずられるように入ってくる。


 さらに数秒遅れて、アメリアがこれも糸目を釣り上げた顔で飛び込んできた。

 

「おう!来たか純情隊長に純情ヤンキー。悪かったな。二人はこういう関係なんだ。どうせこいつは放寮だろ?アタシのマンションに移るから引っ越しの手伝いはよろしく」 


 かなめは満足げな笑みを浮かべた。誠はようやくここで室内に目を向けることが出来た。その姿を見るといつもどおり裸のかなめの姿と青筋を立てている勤務服姿のカウラを見比べた。


「ああ、西園寺さん。一応……寮には寮の規律って奴がありまして……ってちょっとどいてくださいね」 


 そう言うと誠が予想したよりも冷静な島田はそのまま部屋に入り誠のプラモデルコレクションのメイドのフィギュアをどかして小さな四角い箱を取り出した。


「おい、隠しカメラって奴か?なんだ、何もしなかったのがばれてたわけか」


 かなめはタバコをくわえたまま残念そうな顔をしてそう言った。 


「かなめちゃん!」 


 カウラをからかう言葉を用意しようとしたかなめの頬にカウラ達をすり抜けて飛び込んできたアメリアのローキックが炸裂した。


 一見、グラマラスな美女に見えるかなめだが、100kgを超える軍用義体の持ち主である。そして骨格は新世代チタニュウム製と言う鋼鉄より硬い材質でできていた。そのままアメリアは蹴り上げた右手を中心に回転して誠の頭に全体重をかけての頭突きをかますことになった。


「痛いじゃないの!かなめちゃん!まったく手が早いったらありゃしないわね。しかもこの仕打ち。私に恨みでもあるの?」 


 糸目を釣り上げたアメリアが叫ぶがかなめは涼しい顔でタバコをくゆらせていた。


 暴れまわるかなめ達にお手上げ状態の誠が偶然目を向けた先の開いたままのドアの向こうに小さな人影を誠は見つけた。


「オメー等何やってんだ?朝から元気なのはいいが騒ぐのは感心しねーぞ」 


 入り口に現れたのは小さなランがトランクを抱えたと言うか大きなトランクに押しつぶされそうな状態で立っていた。そして隣には同じように大きな荷物を抱えた茜とラーナがいた。


 その明らかに異質な三人の闖入者に誠とかなめは思わず顔を見合わせた。


「あのう……皆さんお揃いで、僕に何の用です?」


 朝から千客万来の自分の部屋の中で誠に言えることはそれだけだった。


「なんだ?引越しか?面倒なこって」 


 かなめは他人事のように荷物を抱えたラン達に言った。


「仕方ねーだろ?昨日の件でオメー等の監視をしなきゃならねーんだから。一応、昨日のアレについちゃ口外無用でね。オメー等の事ははっきり言って信用してねー。それと、幼女の前で全裸でタバコとは、教育上良くねーことだと思わねーのか?どーいう教育受けてんだ?テメーは」 


 ランはかなめのタバコのにおいに嫌な顔をしながらそう言った。


「ごめんなさいね、皆さんを信用できないみたいな感じで。まあちょうど技術部の方が六人ほど本局に異動になって部屋が空いたと島田さんから連絡があってそれで……」 

挿絵(By みてみん)

 茜の言葉にかなめ、カウラ、アメリアの視線が島田に向いた。


「しょうがないでしょ!同盟司法局の指示書を出されたら文句なんて言えないじゃないですか!それに捜査が終わるまでの一時的なものですから!西園寺さん!そんな顔をしないでください!それと胸は隠して!俺は純情硬派で売ってるんですから!裸の女を集団で嘗め回すように見ていたなんて知られたら名が廃りますので!」 


 島田が叫ぶとそのすねをランが思い切り蹴飛ばした。痛みのあまりもんどりうって島田は倒れた。そんな有様をいかにも恨みがましい目でかなめが見つめていた。


「西園寺の馬鹿は良いとして……何か?アタシ等がいると都合が悪いことでもしてんのか?」 


 ランに弁慶の泣き所を蹴り上げられて島田はそのまま転がって痛がっていた。そして、島田は痛みに耐えながらもランに答えるように首を横に振った。


「そう言うわけだ。しばらく世話になるぜ。楽しいお仕事のはじまりだ。期待してな」 


 そう言ってランはいつの間にか同じようにトランクを持って待機していたサラの手引きで階段に向けて歩き出した。



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