第12話 作られた命が問うもの
「これ凄くひどいことだと思うんです。そんな言葉で表すことが出来ないかもしれませんけど……。私やアメリアやカウラちゃんは作られた……戦うために作られた存在ですけど、今はこうして平和に暮らしているんです。正人がいて、アメリアがいて、パーラがいて……そしてみんながいる。そんな当たり前の暮らし……作られた存在で、本来戦うことしか許されない私達にそんな楽しい生活が待っていた……それなのに……」
普段は能天気で何も考えていないように見えるサラも彼女が戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』であるという事実と常に向き合って生きてきたんだという事実を誠はここで改めて知った。
「そんな私達だって戦いとは無縁に生きることが出来る。楽しい事はいくらでも見つけることが出来る。だというのに元々遼州の先住民の『リャオ』の人達は戦いを終わらせるために文明を捨てた人たちの行き着く先がなんでこんなひどい事なんですか?おかしいじゃないんですか!でもこれじゃあ何のために文明を捨てて野に帰ったのか分からないじゃないですか!」
サラは自分の宿命と自分なりに向き合っている。それまで能天気で笑ってばかりいる彼女もその事実を忘れたことは無い。そんな言葉の意味に誠は心打たれた。
「これからは出てくるのさ、『法術』なんていう遼州人とは切っても切れない能力が公になっちまった以上そいつは避けられねえんだ。『法術』をただの便利な力としか考えない実験する地球人の連中から見れば俺達、遼州人なんて見ればまるでおもちゃだ。しかも出来が悪ければ捨てられる。おもちゃ以下というところか?」
隣でサラの肩に手を置いた島田がそう吐き捨てるように言った。この中では遺伝的には誠と島田がほぼ純血に近い遼州の先住民族『リャオ』と呼ばれる存在だった。
「そうですわね。でも地球圏だけというのは早計ですわよ……この遼州圏にも元地球人は多数暮らしている……遼州人の中にも力の無い人も多い。そんな彼等が力を欲する……地球人の足ることを知らない欲望に染め上げられてしまったこの宇宙では誰がその欲望を満たすために人をおもちゃにしても不思議ではないですわ。でも、一刻も早くこれらのきっかけを作った組織を炙り出さないといけません。そのために皆さんにご覧いただいたんですもの」
そう言ってみた茜だが、隣に明らかに冷めた顔をしているかなめとアメリアを見て静かに二人が何を話すのかを待った。
「だから、この人数で何をするんだ?確かに湾岸地区から租界で事件が起きているのは分かった。でもそこの治安は最低、警察も疎開の駐留軍もショバ争いでまじめに仕事をするつもりなんてねえ。こう言う怪しい研究をするのにはぴったりの場所だ。加えて元々ある土地は細かく張り巡らされた水路があって逃げるには好都合だ。最近の再開発では町工場は壊滅して地上げの対象でほとんどの建造物ががら空きで人の目も無い、さらに租界は自治警察の解体と同盟加盟国の駐留軍の直轄統治でなんとか治安は回復したがそれでもあそこ魔都であることに変わりはねえ。どう考えても人手が足りねえだろうが」
かなめはそう言って再び先ほどののぞき窓に向かう。
「今回は私もかなめちゃんと同意見ね。確かに逃げられる公算は高いけど東都警察の人的資源を生かしてのローラー作戦が一番効率的よ。相手が公的機関ならなおさら表ざたになるのは避けるでしょうからこの研究を少しでも遅らせることくらいは出来るでしょうし……いっそのこと『ビックブラザー』に『情報ちょうだい』って言ってみたら?きっと宇宙と交信して教えてくれるわよ」
アメリアがふざけて答える。その様を一人壁際で腕を組んで眺めていたランが眺めていた。
「まー普通の意見だな。アタシもこれまで出た情報だけから判断すればクラウゼの論に賛成だ。それでもなー……」
ランはそう言うと誠を見つめた。
「僕が何か?」
見つめられた誠はただランの意図が読めずに立ち尽くすだけだった。
誠は何も言葉にできずに立ち尽くしていた。黙り込む誠達を見てランは難しそうな顔をして話を切り出した。
「これから話すことはアタシの憶測だ。かなり希望的要素があるからはじめに断っとく」
見た目はどう見ても小学校低学年の女の子のようなランが極めて慎重な物言いをするのに違和感を感じながら誠はランがラーナの端末に手を伸ばすのを見ていた。
「そもそもこの法術暴走を人為的に繰り返している組織が東和で行動を始める必要がどこにあったのか。アタシはまずそこを考えたわけだ」
そういうとランは再び言葉を選ぶように黙り込む。彼女は小さな腕を胸の前に組んで考え込んだ。
「どこの組織も管理していないと言うことならベルルカン大陸の失敗国家のレアメタルの廃鉱山や麻薬の精製基地なんかでやるのが一番だ。地球圏や遼州圏の各国の利権が複雑に絡み合ってる上にその地の所有権をめぐる国際法規だの、人体実験マニアをとっ捕まえるのに障害になることは山ほどある……何より『ビックブラザー』の監視から逃れることができる……こんな警察やアタシ等がすぐにでも駆け付けられる東都なんかでやるよりよっぽど手が届かない遠いところってことで研究を隠し通すには良いことずくめだ」
ラーナの手元のモニターにベルルカン大陸が映る。先日のバルキスタン事変でも同盟軍の治安維持行動をめぐり西モスレムと東和が同盟会議で非難の応酬を繰り広げるようになったことは、その同盟軍の切り札として動いた誠にもベルルカンに介入することがいかに難しいかを感じさせていた。
「それにもし遼州同盟の存在に不満があってそれに脅威を見せつけるためにこの東都を選んで手っ取り早くデモンストレーションをするならはじめから覚醒している人材を使えば良いだろうな。誠に突っかかったアロハの男。東和でアタシ等に挑戦するように法術のマルチタスクを見せ付けた奴、そしてバルキスタンでなぜか誠を助けた炎熱系法術に長けた術師。どれもその技量は完成の域に達していた。こんなただしなねーだけの不完全な化け物を同盟機構の会議場の前に引きずり出しても良い見世物で終わるのが関の山だ。こんな不完全な商品を市場に出して不良品の山を抱えて倒産する企業は山ほどあるんだぞ。政府機関やテロリスト集団にそんな未熟な起業家の真似をして喜ぶ馬鹿がいると思うか?そんなだったら組織になる前にとっくの昔にお縄になってる」
そこまで言うと再びランは深呼吸をした。緊張が誠を黙らせている。ランは言葉を続ける。
「そしてその目的がアタシ等に喧嘩を売るってことなら、それこそ例の連中みたいに完成された法術師をぶつけるのが一番手っ取りばえーよ。でもこの事件では法術を実用的に使えるような人物は表には出てきてねーわけだ。つまり、連中は法術の研究をしていることはバレても構わないと思っている。そしてそれをひと家の無いところに捨てて人目から隠したつもりになってる……つまりまだまだ人様にお見せできるような研究成果にはたどり着いてねーってことだ。そしてこの失敗作の数。こりゃーかなり研究の進展を急いでいると考えるべきだろーな……その研究がどの段階まで達してるかは分からねーが、使い物になる成果はほぼゼロなんだろーな」
そこまで言ってランは頭を掻きながら誠を見つめた。
「つまり今の段階ではこの組織……まあアタシはある程度のでかい組織が動いていると見ているんだがね。その組織の連中には正直そこまでの技術はねーだろうな。だからこんな失敗作が沢山出来てくる。確かに今目の前にあるのが記録として残すに値しない実験のラインには乗らなかった規格外品だとしても、司法執行機関も馬鹿じゃねーからな。こんなことを続けていればそう遠からず手は後ろに回るわけだ。だが、連中にはそんなことを構う必要はねーと考えているようにしか見えねー。バレた時……問題を握りつぶせるようなお偉いさんが後ろでつるんでいる……しかもこの東和にその偉いさんの影響力は有る。なんて状況を考えちまうんだよ。だから連中はその研究施設をこの東和に置いている。そー考えるのが自然だろーな」
そう言ってランは頭を掻いた。
「現在の彼等の技術ではこれまで私達を襲撃したような法術師は作り出せない……以前神前を襲った法術師のグループとは別の組織が動いていると?」
カウラはいつにない強い調子でランに迫る。
「でも、つながりがねえとは思えないな。どちらも活動開始時期が神前の法術の使用を全宇宙に中継したころから動き出したわけだ。しかもこの東和を中心に動いている。バルキスタンの件も司法局実働部隊の活動を監視していたって事は東和の地と無関係とは思えないしな」
かなめの指摘に誠も頷いた。
「となると、アメリア。さっきお前さんが言ったローラー作戦は逆に危険だぞ。研究の成果がバレてもいいとなれば自棄になった連中が虎の子のより完成度の高い人工的に作られた法術師が動くことになるだろーな。それにさっき言ったように問題を揉み消すことに長けた偉いさんが背後にいるとなったら東都警察の幹部連中は自分の身の安全を図ろうとしてその実行部隊の人選や装備に制限を付けるはずだ。偉いさんは反撃されたら全滅する程度の人員と装備で何の力も無い普通の所轄の捜査官にジュラルミンの盾でも持たせて形ばかりのローラー作戦を実施して東都警察の捜査官数千人がお亡くなりになる……そんな状況見たくねーだろ?それこそ連中の思うつぼだ」
そう言ってランはこの事件の捜査責任者である茜を見上げた。
「そうですわね。とりあえず捜査方針については同盟司法局で再考いたしますわ。では、誠さん、心の準備は?」
茜は真剣な視線を誠に投げた。そしてその意味が分かったと言うようにかなめとカウラ、そしてアメリアが沈痛な面持ちで誠を見つめる。誠はその目を見てそしてランが見つめている誠の剣を握りなおした。
「このかつて人だった人に休んでもらうって事ですか?僕の剣で……つまり、この人を斬れと……」
搾り出すように誠がそう言うと彼女達は一斉に頷いた。
「え!それって……どうして?この人だって……助かる見込みは無いんですか!」
驚いたようにサラが叫んだ。
「無理ですわ。この人の不死の能力は不完全です。一見再生しているようには見えますが、すでに身体の多くの組織はその不老不死を支えるアストラル波動の影響で壊死しかかっている。もうこの人の大脳は血流も無く腐りかけてますの。それがただたんぱく質の塊のような状態で不老不死の人間と形ばかりは同じ死滅と再生を繰り返しているだけ。見た目は不死でも実態を伴っていない。ただいまだに機能している小脳で痛みと苦しみを感じるだけの存在になってしまった。数週間後にはその再生能力すら失って全身が腐り始める。それがこの人をこんなにしてしまった組織の研究の限界……彼等にはまだ不死人を人工的に完全な状態で覚醒する能力はない」
その茜の言葉にサラは反論を止めて黙り込むしか無かった。
「僕に、人殺しをしろと?」
誠は覚悟はしていた。この剣を貰った時から人を斬る時が来るのは分かっていた。そしてそれが今なのだと言うことも分かっていた。
「馬鹿言うんじゃねー。こいつを休ませてやれってことだ。こいつを苦しみから、痛みから救ってやれるのは『法術師』だけだ。そしてそれがオメーの司法局実働部隊での役目なんだ。オメーは『法術』の存在を明らかにした人間だ。その落とし前……ちゃんとつけなくてどうするよ?」
ランの言葉に誠は剣を眺めた。黒い漆で覆われた剣の鞘。誠はそれを見つめた後、視線を茜に向けた。
誠は逡巡した。まず、その視線はかなめに向いた。かなめは誠に見つめられると戸惑ったように視線を逸らした。次にカウラを見た。カウラは誠に決断を迫るように静かにうなずいた。アメリアを見ればいつものアルカイックスマイルですべてを誠にゆだねているように見えた。
彼女達の顔を見ているうちの誠の腹は決まった。
「やります!やらせてください!」
誠に迷いは無かった。覚悟も心もすでに決まっていた。
「いいのね」
確認するような茜の声に誠は頷いた。
「止めろとは言えないか」
カウラがつぶやく。アメリアは黙って誠の剣を見つめていた。
「俺は何も言える立場じゃないけどさ。やると決めたんだ、全力を尽くせよ」
島田に肩を叩かれて誠は我に返った。しかし、先ほどの決意は勢いに任せた強がりでないことは自分の手に力が入っていることから分かっていた。
静かに誠は手にした秘剣を抜いた、鞘から出た刃は銀色の光を放って静かに揺れていた。
「それじゃあ、ラーナさん。部屋を開放、神前曹長には中に入ってもらいます」
茜の言葉でラーナは端末のキーボードを叩き始めた。二つの部屋の中ほどに人が入れる通路が開いた。
「そこから入ってくれますか?指示はアタシが出しますんで」
ラーナの言葉を聞いて誠はその鉛の色が鈍く光る壁面の間に出来た通路に入っていった。
膨れ上がった眼球が誠の恐怖をさらに煽る。だがもはやそれは形が眼球の形をしているだけ、もうすでに見るということなどできる代物ではなく、ただ誠の恐怖をあおる程度の役にしか立たない代物だった。
『神前曹長!狙うのは延髄っす!そこに剣を突き立てて干渉空間を展開たのんます!神経中枢のアストラル係数を反転させれば再生は止まるっす!これは完成された不死人でも同じことが言えます!嵯峨隊長は前の戦争で何十人となく不死人を斬って来たそうですが、そこを狙えば一撃で不死人を殺せると言っていました!』
ラーナの言葉を聞いて誠は剣を正眼に構える。突きを繰り出せるように左足を下げてじりじりと間合いをつめた。
しばらくして飛び出した眼球が誠を捉えたように見えた。そのかつて普通の人間だった怪物は誠の気配を感じたのか、不気味なうなり声を上げる。次の瞬間、その生物からの強力な空間操作による衝撃波が誠を襲う。だが誠もそれは覚悟の上で、そのまま一気に剣を化け物の口に突きたてた。
「ウギェーヤー!」
喉元に突き立つ刀。化け物から血しぶきが上がった。誠の服を血が赤く染め上げていく。しばらく目の前の化け物はもだえ苦しんでいるように暴れた。突きたてた誠はそのまま刀を通して法術を展開させた。
『こ・レデ・・やす・める』
脳裏にそんな言葉が響いたように感じた。誠の体をすぐに黒い霧が化け物を包む。もがく化け物の四肢が次第に力を失って……。
化け物から噴き出る黒い霧が誠の視界を覆った。
『神前曹長!その煙は吸わないでください!それは猛毒っすよ!」
ラーナの忠告が耳に入ったので誠は煙から飛びのいてそのまま部屋を飛び出した。
「大丈夫か?よくやった……」
遠くの方でそうカウラが言う声が響いた。その声はまるで遠くで響く叫び声のように聞こえた。自分は檻から出て廊下にいるはずだというのに誠に見えるのは闇だけだった。
「神前の野郎、目にあの煙を浴びやがった。まあ、あの程度ならすぐになんとかなるし、どうせひよこもいる。大丈夫だろう」
ランの声だけが視界を失った誠の脳裏に響いていた。
『ああ、僕もこれで一仕事終えたんだな……『法術』を最初に使った人間としての……』
そんな事を考えながら誠も意識を失っていった。




