第11話 不死人の真実と遼州の宿命
低い蛍光灯が照らす鉛張りの観察室。その空気は張り詰め、誠の頬には冷や汗が伝っていた。そんな中、かなめがラーナの襟元を掴み上げるように詰め寄り、声を荒げる。
「テメエなんで今まで黙ってた!知ってたんだろ?なあ!力を使えばいずれこいつも……」
怒鳴りつけてくるかなめにラーナは驚いたように瞬きをする。その様子を静かに茜は見つめている。 茜にもラーナにもこのかなめの反応は予想の範囲内だったようで特に驚くような様子も見せずにかなめのさせるがままにさせているように誠には見えた。二人の感情の薄さにもしかしたらかなめに責められるのは自分であるべきかもしれない。誠はそんなことを感じていた。
「それは心配する必要は無いですわ。誠君の検体の調査では細胞の劣化は見られていますし、あの忌まわしい黒い霧……『瘴気』を出すような能力は持ち合わせていないですもの。誠さんは不死人ではない。ひよこさんもその法術適性はまったく無いと断言していました。……うちではお父様とクバルカ中佐、それに……」
茜の冷たい声にかなめはラーナから手を振りほどいた。一瞬、空調から流れて来る冷たい空気が一同の頬を撫でた。
「これは、確かに他言無用だな。まあ誰も信じる話とは思えないが。不老不死の素養のある人間がそれを望むとこうなる可能性がある。地球人に教えてやりたいな、それが連中があこがれる力を持つ遼州人の宿命というものをな。地球人の権力者は昔から不老不死を求めてきた。その結果多くが毒薬を不老不死の妙薬として飲んで自殺に近い死を遂げた。要するに遼州人の多くの不死人になる可能性のある人物にとっても同じことが言えるんだ。不老不死になるにはその運命を受け入れる覚悟と運が必要だ……隊長とクバルカ中佐にはその運があった。それが本人の望んだものかどうかは別として……ただそれだけの話だ」
カウラはそう言うと複雑な表情の誠の肩に手を乗せた。誠の肩は震えていた。受け止めるには目の前の惨状は誠にとってはあまりに衝撃的すぎた。成り行きで使った『光の剣』。それが誠の意志とは無関係の所で無関係の命を奪い続けている。その現実から逃げ出したい。そう思いながら逃げてしまえば取り返しがつかなくなることくらいの事はこの半年で誠は理解できるようになっていた。
「でも、百歩譲ってそれが遼州人の法術の力だとして、なんで今までばれなかったの?まあこの部屋をのぞいて不死身っていえる存在があるのは分かったけど、こんな人間があっちこっち歩き回っているならいろいろと問題が出てくるはずでしょ?」
いつものふざけた調子を封印してアメリアは冷静にそう茜に切り出した。
「確かに人口の半分が二十代って言う異常な年齢統計は……あれは役所がいじってるのよね。この国の戸籍の年齢なんて滅茶苦茶だもの。私もこの国に来てから十七年になるけどずっと三十歳。それが普通に通用しちゃうのよね。ランちゃんだってどう見ても8歳児なのに、東和では34歳。そしてカウラちゃんもロールアウトして8年しかたってないのに戸籍上は25歳ということで平気で通用して免許まで持ってる。東和って変な国よね」
口調はいつものふざけた調子のアメリアの糸目にまるでいつもの明るさが見えないことが誠の不安をかきたてた。
「これがあの原理原則主義の国である私が生まれたゲルパルトだったら私は四十七歳よ。つまり隊長と同じ年。立派なおばさん……ああ、嫌だ嫌だ……でもそれは普通に不死人がいるという証拠なんでしょ?そのことを地球圏から追及されないためにそんないい加減な戸籍制度を敷いている。そんなこと少し頭の回る人間なら誰にでも分かることだわ」
落ち着いたアメリアの声に誠もかなめも、そしてカウラも気がついた。彼女が部長権限で多くの情報をすでに得ているのは知っているので、二人とも納得していた。
「情報統制だけってわけでもねえよな。アタシも非正規部隊にいたころには噂はあったが実物がこういう風に囲われてるっていう話は聞いたことねえぞ。不老不死は便利だ。自分もなってみてえもんだ。それが甲武の特殊部隊の不死人に関する噂話のすべてだ。こんなバケモンになるくらいならよっぽど死んだ方がマシだ。コイツを作った人間は自分の未熟を恥じるべきだな。そして地球人の真似をして科学なんて言う物を信じた自分の運命を呪うと良い」
かなめの言葉に誠もうなずく。東和軍の士官候補生養成過程でも聞かなかった『不死人』の存在。その存在を明らかにしてしまった自分の責任をどうとれば良いのか。誠はその重すぎる責任に耐えて立ち続けている自分を褒めてやりたい気分になった。
「ああ、不死人がバレなかった理由か?確かに東和政府と役所の慣例……それとその覚醒確率が異様にすくねーんだ。確かにその因子を持ってる人間はざらにいるが他の法術の覚醒確率に比べてほとんど起きないと言っていい程度の覚醒確率なんだ。ほとんどいないと言っても過言ではねー割合だ……ただ、死なねえからな。毎年少しづつ溜まって増えていくわけだ」
そう言うランの苦笑いには自嘲の色が見て取れた。
「この遼州に遼州人が住み始めて1億年。年々数が増えていってアメリアの言うように役所の戸籍係が書類を偽造して二十代がやたら多い年齢構成の国にこの国がなっちまったのは事実だがな。それと『ビッグブラザー』の存在がある。情報をすべて管理し、その手段として地球人には考え付かない情報処理能力を発揮する『アナログ式量子コンピュータ』を開発しこの東和だけでその技術を独占しているアイツならそのくらいのことは簡単にできる」
ランはそう言って笑って見せるが、『ビッグブラザー』と言う言葉を聞いた途端、その場に緊張が走った。隊の誰もが知っていて、あえて触れないでいる存在。敵なのか味方なのかすらわからない東和共和国だけの平和を守るためならいかなる他国の犠牲もいとわないその存在。一同の脳裏にはその不可解な存在がまたもや自分達の運命を操っているという事実を突きつけられて言葉を失った。
「『ビッグブラザー』……東和を支配する謎の指導者……情報と『アナログ型量子コンピュータ』で世界を支配する存在」
誠はランの言葉で久しぶりにこの遼州の主の名を思い出した。
「そうだ。報道管制どころか完全に記録を捏造して隠し続けてきたわけだ……アタシ等が起こした『近藤事件』なんてものを許すような時点で、どうやらそれのボロも出始めたみたいだがな。アメリアの知ってるくらいの事は地球圏の連中ももうとうに知ってる。いつかはバレることだったんだ。そーとでも思わなきゃこんな仕事やってらんねーぞ」
ランはそう言ってどこか悲しげにほほ笑んだ。
「まあ『ビッグブラザー』はいいとしてだ。その滅多にない覚醒した……いや、無理やり覚醒させた不死人がごろごろ東和に転がっているわけか?しかも、どうせこの化け物も湾岸地区でみつかったって落ちだろ?明らかに誰かの作為がある、そう茜が思っていなきゃアタシ等はここには連れてこられなかったんだろ?」
そう言って皮肉めいた笑顔で茜を見つめるかなめがいた。
「正解。かなめお姉さまさすがですわね」
わざとらしく手を叩いて褒めてくる茜をかなめはうんざりしたような表情で見つめた。
「このかつて人間だった方は租界の元自治警察の警察官をされていた方ですの。その人が四ヶ月前に勤めていた自治警察の寮から消えて、先月大川掘の堤で発見されたときにはこうなっていた」
茜の言葉に再び誠は鉛の壁の中ののぞき穴に目をやった。周りの空気が凍り付くように感じられるのはこの部屋の設定温度が低い事だけが原因でないように誠には思えた。それはあまりに重い現実。それが周りの空気を誠に冷たいものに感じさせるようになっていた。
「これも僕のせいなんですか?」
足が震える、声も震えている。誠はそのまますがるような目つきで茜を見た。誰の目にも今にも泣きだしそうに見える誠に向けて茜は優しく笑いかけた。
「いつかは表に出る話だった、そう思いましょうよ、誠さん。力があってもそれを引き出す人がいなければ眠っていた。確かにそうですけど今となってはどこの政府、非政府の武力を持つ組織も十分に法術の運用を行うに足る情報を掴んでしまった。そうなることは誠さんの力が表に出たときからわかっていたことですわ。でももう隠し通すには遼州と地球の関係は深くなりすぎました……『ビッグブラザー』もその点は分かって今は我々の自由にさせている……悔しいけどそれが事実ですわね」
そう言って茜は一瞬だけまぶたを伏せ、決意を宿した目で誠の剣に指先を伸ばした。
「そして、やはりこの剣に神前さんの力が注がれた。多分この中の方のわずかな理性もその剣で終わりがほしいと願っているはずですわ。だからそれで『彼』を助けてあげてください……彼を『斬って』ください」
茜は厳しい口調で誠に向って指示を出した。
「力?確かに手が熱くなったのは事実ですけど……でも……斬る以外にこの人を救う道は無いんですよね」
誠はじっと手にしている剣を見る。地球からの独立戦争の最中に鍛えられた名刀『賊将の剣』。その名は渡されたときに司法局実働部隊隊長嵯峨惟基に知らされていた。
「法術は単に本人の能力だけで発動するものではありませんの。発動する場所、それを増幅するシステム、他にも触媒になるものがあればさらに効果的に発現しますわ」
そう言ってラーナの手にした端末のモニターを全員に見せる。
「たとえば叔父貴の腰の人斬り包丁か?確かに憲兵隊時代に斬ったゲリラの数は驚異的だからな……元々日本刀なんざ十人斬れば人の油で切れ味が落ちるもんだそれを……一晩で千人。いくら疲れを知らない不死人の叔父貴でも身体は良くても刀の方が駄目になるのが普通だ」
かなめの言うとおり相変わらず画面を広げているラーナの端末には刀の映像が映っていた。そこには嵯峨の帯剣『粟田口国綱』、そして茜が持ち歩くサーベルが映された。誠は手の中で温かいという温度を超えてもはや熱いと感じるほどに熱気を帯びている『賊将の剣』の柄を握りしめた。
「でもなんでだ?遼州人の力なんだろ?法術は。叔父貴のダンビラは日本製だぞ。なんで遼州人の力が地球の刀を触媒に……」
「かなめさん」
文句を言おうとしたかなめを茜が生暖かい視線で見つめていた。
「地球人がこの星に入植を開始したころには、遼州の文明は衰退して鉄すら作ることが出来ない文明に退化してましたのよ。今でも遼南の一部で信仰されている遼南精霊信仰では文明を悪と捉えていることはご存知ですわよね」
まるで歴史の教師のように茜は丁寧に言葉を選んで話す。自然とかなめはうなずいていた。
「当然、法術の力がいかに危険かと言うことも私達遼州人の祖先は知っていて、それを使わない生き方を選んだというのが地球圏にすべてを奪われる前の遼州文明に関する研究の成果として報告されていますわ。その結果、力の有無は忘れられていくことになった。これも当然ご存知でしょ?」
茜の皮肉にかなめはタレ目を引きつらせた。
「つまり誰かが神前の活躍を耳にしてそれまでの基礎研究段階だった法術の発現に関する人体実験でも行っている。そう言いたい訳か」
カウラの言葉に茜は大きく頷いた。かなめはそんな様子に少しばかり自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
「しかもこれだけ証拠が見つかっているわけだ。機密の管理については素人……いや、わざとばら撒いたのかもしれねえな。『俺達は法術の研究をしている。しかも大国がそれまでつぎ込んだ莫大な予算と時間が馬鹿馬鹿しくなるほどお手軽に。もし出来るなら見つけてみろ』って言いてえんだろうな。いや、もしかするとどこかの政府がお手軽な研究施設を作って面白がっているのかねえ」
かなめの言葉がさらに場を沈ませた。
「いいですか?」
張り詰めた空気を割るように、サラが小さく手を上げた。
皆が一斉に振り向く。普段は仕事の話などほとんどしない彼女の口から言葉が出ることに、茜は目を丸くした。




