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第1話 司法局最強部隊の休日(ただし模型まみれ)

「あの、皆さん……なんだか良く分かりませんけど、(わたくし)の知らない作業をされているようですわね。一体何をそんなに夢中になって……?まあ、いいですわ。それより少しお時間をいただけまして?お仕事の話ですの」

挿絵(By みてみん)

 食堂のドアを開いた途端に、この言葉を口にした金髪の和服の女性は室内に漂うシンナーのきつい匂いに顔をしかめた。


 豊川市南本宿1−3。ここは司法局実働部隊の『男子下士官寮』……そう書類上ではそうなっている。本来は男子下士官専用の建物だったが、女性士官の入居、そして雑多な住人の趣味の侵略により、今やその名はただの名札だけ。言葉の主の嵯峨茜(さがあかね)警部が指揮を取る、通称『法術特捜』が司法局実働部隊に捜査本部を間借りするようになったときには、すでに司法局実働部隊の人型機動兵器シュツルム・パンツァー部隊の女性隊員、カウラ・ベルガー大尉、西園寺かなめ大尉、そして運用艦『ふさ』艦長のアメリア・クラウゼ中佐はこの寮の住人となっていた。


 この時点で『男子』寮でも『下士官』寮でもなくなってしまった。このことは司法局本局も把握しているはずだが、本局からは何の音沙汰も無かった。本局からの名称変更の指示がない以上、名目上は今でもここは『司法局実働部隊男子下士官寮』であると言うことに変わりはなかった。


 だが、今の食堂を見れば誰もそんな看板を信じまい。テーブルの上にはランナーから切り離したパーツやカラースプレーが転がり、工具箱と接着剤の匂いが入り混じっている。壁には本来掲示されるべき掃除当番予定表の横に、なぜかプラモデルコンクールのポスターが堂々と貼られていた。


 茜は紫の上品な最高級の絹の反物から作った留袖の襟を整え、立ち込めるシンナーの匂いに眉をひそめながら、場違いな空気をひしひしと感じていた。

 

 司法局実働部隊隊長を務める茜の父、嵯峨惟基(さがこれもと)特務大佐に頼まれて茜自身も彼女達三人の引越しを手伝ったことがあった。特に荷物の無いカウラやかなめは別として、アニメや同人誌の収集の趣味のあるアメリアの引っ越しには大変な手間がかかった。


 結局、置ききれなかったそれらのグッズはアメリアのポケットマネーで借りたトランクルームに保存されていた。アメリアは時々そちらに出かけていっては、この寮の男子隊員達に彼等が欲しがる18禁の同人誌を貸し出して小銭を稼いでいた。


 さらに彼女達士官三人が暮らしている。そして技術部整備班班長でこの寮の寮長島田正人准尉他数名の男性士官も住んでいると言うことで『下士官』寮と言う表現も本来は正確性を欠くものだったと茜は思っていた。すべては書類上の話。要するに『特殊な部隊』においては何でもありなのだと茜はこの寮の有様を見てそう理解した。


 茜は紫の留袖の襟を整えながらそんな名称に疑問符がやたらと立ちそうな建物の食堂の入り口でただ中を眺めているだけだった。


 その目の前に広がるこの寮の住人達がしている作業が学生時代は勉強に明け暮れてきて、趣味の世界の事にはとんと疎い茜の理解を超えたものだったのでただ立ち尽くしてその作業が一段落するのを待つしかなかった。


 その光景は明らかに大の大人が非番の日にみんなで集まってやるようなものでは無い。大人である茜にはそう思えて、なぜこの司法局実働部隊が司法局本局から『特殊な部隊』と呼ばれ蔑まれているかをよく知るいい機会になったと前向きに理解することにした。そんな事を茜が考えている間も、塗装のスプレーをプラモデルに吹きかける音が絶え間なく続いている。


「なんだ?来てたのか。珍しいじゃねえか、茜がこんなところまで来るなんて。法術特捜ってそんなに暇なのか?オメエも作るか?プラモ」 


 そう言って目の前の城状の物から目を離して西園寺かなめは顔を上げた。非番の日に従姉に当たる彼女が何をしていても茜が口を出す必要はなかったかもしれない。茜は慣れない手つきで作業をしている従姉妹にあたるかなめに引きつった笑みを返した。

挿絵(By みてみん)

「ああ、いらっしゃい!茜ちゃん来てたの。作業に夢中で気付かなかったわ。サラ!お茶入れてあげなさいよ!そのくらい気が付かなきゃ島田君と上手くやっていけないわよ!もう一年も付き合ってるんだからそのくらいの気遣いぐらいできるようにならなきゃ駄目じゃないの♪」 


 目の前のほぼ完成間近の人型機動兵器『05式特機乙型ダグフェロン』のリアルな汚しなどの仕上げに集中していた手元から目を離したアメリアが、塗料で汚れないように後ろに縛った紺色の長い髪を振って隣に座っているサラ・グリファン中尉に目をやってそう言った。


「えー!私が?それになんで正人の話がそこに出てくるのよ!二人で一緒に仲良くしているだけで私達は十分なの!だからこうして仲良くしてるってのにねえ……正人!」


 そう言ったのはピンクのロングヘアーが目立つ運用艦『ふさ』の管制オペレータでアメリアの部下に当たるサラ・グリファン中尉だった。彼女は付き合っている技術部部長代理にして整備班班長の島田正人准尉の目の前の物から目を離してアメリアに抗議した。二人の目の前にはいかにも旧車という雰囲気のバイクのプラモデルが完成間近の状態で置かれていた。 


「アメリアさん、サラをこき使うのもいい加減にしてくださいよ。こういう時はパーラさん……って今日は来てないか。あの人は気が付く人だからこういう時は率先してお茶を入れてくれるのになー。あの人が居ないとアメリアさんは面倒ごとを全部他人に押し付けるから。パーラさんが居ると本当に便利なのに」


 この場に居ないこの『特殊な部隊』唯一の常識人にしてほとんどの隊員から『使用人』として認識されている悲劇のヒロイン、パーラ・ラビロフ大尉は今日は出勤の日だった。そのことはまた面倒ごとを押し付けられそうなこの雰囲気の中で、今日が出勤日だったと言うことは彼女にとっては幸運なことなのかもしれなかった。

挿絵(By みてみん)

「じゃあ階級の低いの……ってことで、神前(しんぜん)!お前がやれ。オメエお茶入れるの得意じゃん。アタシはオメエの入れたお茶、好きだなー。そんなことアタシが言ってやったんだ。ちゃんとおいしく入れろよ!不味かったら射殺するからな!」 


 かなめはそう言っていつも脇にぶら下げているホルスターの中に入った銃を叩くと、彼女の横で防塵マスクをしてスプレーで撮美少女フィギュアの塗装の作業に集中している大柄な青年に目を向けた。


「……僕がですか?西園寺さんはいつだって僕に面倒ごとを押し付けるんだ。そして逆らうと『射殺する』って……言われてるこっちの身にもなってくださいよ。僕はいつでも西園寺さんの使用人扱いなんですから。いくら甲武国で一番偉い貴族だからってここは東和共和国です!貴族制なんかは有りません!」 


 青年は何かを諦めたように塗装用スプレーのコンプレッサーを止め、目の前の美少女フィギュアの塗装の作業を中断した。彼が遼州司法局の切り札とまで言われる『法術師』でありシュツルム・パンツァーパイロット、神前誠(しんぜんまこと)曹長だった。そして茜がここに来た目的も彼の存在無しにはありえない話だった。しかし、誠にはそんな事よりも目の前の美少女フィギュアの完成が遅れることの方が気になる話だった。

挿絵(By みてみん)

 食堂を一瞥すれば、一言で『混沌』としか言いようがない。


 サラと島田は肩を寄せ合って島田の趣味の20世紀末日本で人気だったバイクの模型を仲良く組み立てていた。カウラは模型にはあまり関心が無いので、誠や島田の助言により選んだ『タイガー1』戦車のキャタピラと格闘しながら額に汗を浮かべている。かなめの前には明らかに縮尺がおかしい姫路城の天守閣が鎮座し、庭園に一本一本松を植える作業に没頭中だった。アメリアは黙々と誠の愛機ダグフェロンの塗装を重ねていた。

挿絵(By みてみん)

 床にはランナーの残骸、カラースプレーの空缶、半分食べかけのスナック菓子が散乱し、机の上にはカップ麺の空きカップが並んでいる。茜は『これが司法局の精鋭部隊の休日の姿だなんて……』と内心で頭を抱えながら、足の踏み場を探すように立ち尽くした。


「皆さんもお茶は飲みますか?」 


 塗装用スプレーの電源を落として作業にひと段落付けた誠の声で食堂の住人全員が手を上げる。そしてその勢いに押されて茜と一緒に食堂に入って来た茜の直属の部下カルビナ・ラーナ巡査までも手を上げていた。


『ラーナちゃんまで?結局僕は『特殊な部隊』では生態系の最底辺のプランクトンのような存在なんだな』


 誠は口には出さないもののそんなことを考えながら食堂の脇の厨房に足を向け、先日島田に買いに行かされたお茶のセットを取りに向った。


 「まったく!テメー等この良い天気に部屋でプラモかよ!もっと生産的な趣味はねーのか?将棋とか、カラオケとか、ドライブとか!もっと生産的な趣味を選べ。そんなプラスチックの塊を組み合わせるだけの作業のどこが楽しいんだ!」 


 あざ笑いながら茜を押しのけるようにして食堂にずかずか入ってきたのは東和警察と共通の司法局の勤務服に身を包んだ8歳くらいの少女だった。茜はそのあまりに堂々とした態度に脇に寄り、この寮の住人を威圧するようなその視線の持主がどのような態度を目の前の奇妙な行動をとる隊員達に取るのか観察することにした。


 その登場に、プラモ製作に集中していたこの寮の住人達はうんざりした表情を浮かべた。茜が来るのはいいとして、彼女がこの寮に現れるのは予想していなかった。そんな雰囲気がこの寮の食堂のシンナーと接着剤の匂いでよどんだ空気をさらに重いものへと変えた。


「将棋、カラオケ、ドライブってそれは全部ランの姐御の趣味じゃないですか?そうだよな、大人がプラモづくりなんて言う子供がやるようなことをやるから変に見えるんだな。中佐殿、お子様な中佐殿ならお似合いなのではないですか?お子様がプラモを作っていても誰も不審に思わねえや。いいねえ、永遠に8歳児なんて。うらやましい体質の持主って奴だ」 


 松を植えるのに飽きたかなめが茶々を入れる少女は誰が見てもどこか育ちが悪そうな風にしか見えない。


「西園寺、オメーも3歳の時からその身体じゃねーか。人の事どーこー言えんのかよ。そんなことオメーにだけは言われたくねーんだ!」


 呆れたようにかなめに向けて偉そうにそう言う彼女の正体は司法局実働部隊副部隊長であり機動部隊隊長を兼ねるかなめ達の上司に当たる人物である。そんなクバルカ・ラン中佐はすぐにでも怒鳴りつけそうな勢いでかなめに向かって迫った。その第一歩で床を汚さないために敷かれた新聞紙を踏む音がランの登場を必然的にコミカルなものに変える。


「あのなー、そう言うことを言ってるんじゃねーんだよ。なんで部隊の掲示板全部にプラモ屋のコンクールの応募要項がなんで貼ってあったんだ?うちはそんなに暇か?そんなことしてる暇が有ったら体力づくりの為にランニングでもしてろ!神前も昨日は20キロちゃんと走ってるんだぞ。アタシ達の仕事は一に体力二に体力。体力がすべてに優先する職場なんだ!その自覚を持て!休日も体を鍛えるために運動を積極的にするくらいの心構えが望ましい!」 


 ランは自分の見た目にコンプレックスを持っていて、子供扱いされることが嫌いだった。戸籍上の年齢は一応、34歳である。誰もがそうは見えないと言うが、彼女が10年前の遼南内戦のエースであったところからしてもその年齢は妥当と言えた。そして大の酒好き、趣味もどこか親父臭い。どうしても年齢より上の感覚で生きている永遠の8歳女児だった。


「あ、ランちゃん、プラモのコンテストのポスター貼ったのは私の仕業!なんだか、あそこのおもちゃ屋のおじさんと仲良くなったら、あっちこっちにポスター貼ってくれって頼まれちゃって。それでとりあえずうちに貼ってあるの。ランちゃんも作る?プラモ……ランちゃんの好きな映画に出て来るデコトラとかのもあそこのお店にあったわよ。何なら今から言って買ってきたらどうかしら?」 


 そう言ってアメリアが開き直ったように手を上げた。それを見るとランは新聞紙を踏みしめる足下のクシャクシャ音を無視して今度はアメリアに向かって鬼の形相で歩いていった。


「クバルカの姐御。どたばた動かないでくださいよ!今デカール貼ってるところなんですから!ここの仕上げが肝心なんです!なんと言ってもバイクは見た目がかっこよくないと」 


 バイク好きのヤンキーである島田がピンセットでバイクをつつきながらつぶやいた。それをサラは笑顔で隣から見つめていた。そのいつものふざけた調子の島田が真面目な顔でミリ単位の調整をしながらデカールを張る光景は誰から見ても滑稽に見えた。


「ああ、クバルカ中佐もいるんですね。確か茶菓子が……」 


 先ほど指名されて厨房に茶を入れに行った誠がカウンターから顔を出した。その緊張感をまるで感じさせない様子がさらにランをいらだたせることになった。


「まったく、テメー等には非番だからって緊張感がなさすぎだぞ!もっと常在戦場の心構えを持ってだな……」


 説教を始めようとしたランをアメリアが遮った。


「ランちゃん。いくら不死人だからといってそんなことを気にしてたら老けるわよって言われないからって非番の日まで説教をすることは無いでしょ?仕事は仕事。休みは休み。それで良いじゃないの」


 口から先に産まれてきた女の異名を持つアメリアの前ではランは見たまんまの八歳幼女の様に扱われるしかなかった。



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