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imitasion-flower  作者: かりんとう
世界の終わりと始まり
2/3


人生において、幸福と不幸の分量は決まっているのだと言う。

もしもそれが本当なら、私の人生、これからは幸福に満ちているはずだった。




18年。それが長いのか短いのか。



思い返せば、生まれたときからけちがついていたように思う。

出生3日にして捨てられ、孤児になった。

両親は駆け込み出産をしたあと、すぐに姿を消したのだと言う。

歳若い男女だったそうだ。

経済的に貧しかったのかもしれないし、できたはいいもののどうしていいか分からなかったのか、それともそもそも望んでできた子供ではなかったのかもしれない。

どれをとっても人生の始まりとして遠慮したいところであるが、私的には最初か二番目がいい。

自分が疎まれて生まれ来たとは思いたくない。


その後、近くの孤児院へ渡され12歳までを過ごした。

お世辞にも裕福とか、恵まれているとか言いがたい環境だったがご飯は三食食べられたし、使い古しだったが服もあった。6畳ほどの部屋に6人ですごすと言う狭小で、プライベートなど無きに等しい環境も、当たり前すぎて疑問も浮かばなかった。


しかし、いつからだろう、8歳か9歳ごろだったかな。普段みんなの面倒を良く見ていた男の子がいた。その子は中学にあがる直前に、両親が離婚し、そのどちらも彼を引き取ることを拒否したため孤児院へやってきた。

背景を思えば、彼は優等生過ぎるほどに『良い子』だった。

進んで下の子の面倒を見て、職員の仕事を手伝い、丁寧な挨拶をする子だった。

しかし、傷ついていないはずがない。

思春期の子供が親に要らないと存在価値を否定されることに、誰にも甘えることができず、すべてが今までとは違う環境に、何も感じないわけがないのだ。


それを彼は何も感じさせなかった。

周囲の評判はすこぶる良く、誰からも好かれる子だった。


始めは私もみんなに混じってその子に遊んでもらっていた様に思う。


何がきっかけだったのか、それとも私が悪かったのか。

その子が孤児院うちに来て半年ほど経ったころから彼は私に固執するするようになった。

みんなの前では気づかれない程度に少しずつ闇は濃くなっていき・・・。

誰かの目がなくなったとたん、彼は変わった。

やたらと身体を撫で回し、服を脱がせるといろんなところを舐めまわした。

嫌がったり、少しでも抵抗しようものなら、普段服を着ていれば分からないようなところをつねり、耳から毒のような言葉を流し込んだ。

『お前は誰からも愛されない疎まれた子供』

『みんなお前のことが嫌いなんだ』

『汚い、穢れた存在』

『存在自体が間違っている』

最初から愛を知らないのと、愛を突然取り上げられるのと、どちらがより不幸なのだろうか。

今考えれば、彼こそが一番それを考えていたのかも知れない。

自己の存在否定を。

孤独を根底に抱えている子供にとって、否定されることは何よりも辛い。


それを覆す言葉を持たないのだから。


繰り返される自己否定に、私は身を守る方法を持たなかった。

否定の言葉を聴きたくなくて、人と距離を置いた。

一度疑念を抱けば、笑顔や優しい言葉は全て偽りに見えた。


孤児院は忙しく、子供は私だけではない。

徐々に扱いにくい子供となる私に、初めは声をかけていた職員も近寄らなくなっていく。

寂しいのに、否定を思うと怖くて傍にいくことが出来ず・・・。



完全な一人になったとき、そのときを待っていた彼は近づいてきた。


かいがいしく少女の世話を焼き、根気良く話しかける。

その姿はさぞ美しいものだっただろう。

孤独な少女を気遣う心優しい少年。

その裏でどんなことをしていようとも・・・。


孤独に脅える心を洗脳していく。

『お前を触れるのは自分だけ』

『汚いお前を綺麗にしている』

『お前のためにこうしているんだから、拒んではいけない』

自分の存在価値が見出せず、孤独に脅えた私は・・・・

淫猥で、堕落した営みが再開しても、もう拒めなかった。



3年間、それは続いた。


行為は執拗になり、エスカレートしていく。

彼は15歳。私は12歳。

その日いつものように物置に連れ込まれ、身体を好きにされていた。

彼は巧妙で、誰が来てもすぐに偽装できるよう、必ず服は脱がなかったし、脱がさなかった。

古びた服の隙間から手を這いまわし、舌を入れる。

人形のような私は微動もせず、11歳の時に処女を失っていた。

何の知識もない、おかしいと思えるような感情もそのころには浮かばない、ただただされるがまま。


永遠に続くかと思われた悪夢はしかしあっけなく露見する。

お兄ちゃんに遊んでもらおうとした10歳の男の子によって。


孤児院は騒然とし、開設以来前代未聞の不祥事に慌てふためいた。

「この子から誘われた」

決まり文句のように彼は言った。

私は口も開けなかった。

事情聴取も、事実の解明さえなく、普段の信用がものをいうのか、それとも汚いことから眼を逸らしたかったのか、誰一人として彼の言葉を否定せず、私の心配さえせずに。

ただ汚いものを未知なる物を見るかのような目線で私を見て、私だけをそこから排除した。


一度付いた穢れはとれないとでもいうのか、次の場所でも同じようにことは起きた。

施設の子供だったり、職員の一人だったり。

抵抗?誰が信じてくれただろう?拒否すれば何もされずに済んだのだろうか・・・。

望まない行いの代償か、閉じた心への救いなのか・・・幸いなことに18になる今も本当の意味で女になってはいない。

同じ年頃の女の子が次々とそれを迎え、女性らしい身体へ成長していく中一人取り残されたかのように、私の身体は沈黙していた。




17になってすぐ、私を引き取りたいという奇特な夫婦が現れた。

高木智さとるさんと洋子ようこさんの43歳の夫婦は長年子供に恵まれず、養子を取ることを選んだのだそうだ。すでに私と同じような子供がひとり引き取られていた。

11歳のそのこは健斗くんといって、たいそう愛らしい男の子。健斗君がお姉ちゃんが欲しいといい、たまたま見に来た施設に私がいた。


「一目見てあなただと思った」といってくれたこの一家とすごした2年は、私にとって一番の幸せだった。

実の子供のように私を愛してくれ、時には姉妹のように寄り添って服を選んだ。不器用な私に、懇切丁寧に料理を教えてくれ、遠慮なく笑ってくれた。健太君は他人などと思うひまがないほど甘えてくれ、体育祭、文化祭だって当たり前のように一家そろって来てくれた。こっちが照れるほどの愛情表現は凍った感情を少しずつ溶かし、時折であったが笑えるようになった。

愛し合う夫婦に、仲の良い姉弟。

休みの日は家族で過ごし、あれやこれやと出かけもした。

『卒業式には着物で参加するわ!』と意気込んでいた洋子さん。

『ビデオまわすから、一番いい席を教えてくれ!』とわざわざ休みを取ってくれた智さん。

『お姉ちゃんが一番だよ!!!』と幼いながらお世辞で気分を盛り上げてくれた健斗くん。

初めて、学校行事が楽しみだと思えた。

明日が来ることが待ち遠しいとやっと思えるようになった。

行ってきますとお帰りなさいがこんなに幸せなものだとみにしみた。


大切な大切な私の『家族』。


「○○ちゃん車気をつけてね!あとからばっちりきめて智さんと、健斗くんと駆けつけるからね!!」

卒業式の日暖かい言葉を受け、『家』を出た。


「行ってきます。みんなの姿を待ってますね」


学校まで歩いて20分ほど。学校なんて愛着も何もないけど、今日は行くのが楽しみだった。

卒業式の終わった春には、家族旅行に行く計画で。


卒業式の紙花に縁取られたたて看板、中では嬉しそうに歩む学生が見える。

横断歩道を渡れば、私もあの中の一員で・・・




 キイイイイ───────────ッ、ドンッ




視界が回る。



「生徒が轢かれたぞ!!」

「キャアアアア」

「大丈夫か?!」

「おい!!誰か救急車を!!」



なぜだか卒業式の看板が赤く見え。


みんなが叫んでる。


聞こえない。


何を言ってるの?



「おい!大丈夫か!?すぐに救急車が来るからな!死ぬな!頑張れ!!」



死ぬ?

私は死ぬの?


嫌だ。

絶対嫌だ・・!

智さん、洋子さん、健斗くんみんなが待ってるのに。

今日を楽しみにしてきたのに。

明日が待ち遠しいのに。


まだ死にたくない・・!

家族と一緒にいたい!!

悲しませたくない!!


想いと裏腹に、身体の力はどんどん抜けていく。

体の下から広がる赤い血の海。

眼から光が遠のいて。



「救急車はまだか!!」



誰か・・・助けて・・



「おい!おい!?」


「心臓マッサージ!!誰か手伝え!!止まったぞ!!」



閉じることもできない眼から一筋の涙がこぼれ・・・。





不幸な少女の18年は2年の甘い生活を経て、最後に死にたくないと思わせたかっただけだと言うように、こうしてあっけなく幕を閉じた。


少女にとっての幸福の絶頂で。




そして物語はここから始まる。



互いに幸福の絶頂にいた少女たちの死によって・・・






人の幸せの定義ってなんだろうなと思います。些細なことでも、本人が幸せだと思えたら、きっとそれが一番ですよね。

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