春の手違い、君に恋をした
春の教室、となりの席に座った蒼真に、気づけば恋をしていた――。
けれど彼の視線は、いつだって明るく輝く結月に向いていて、私の存在はすり抜けていく。
「何かの手違いで、私のこと好きになってくれたりしないかな」
そんな淡い願いさえ、彼に届くことはなかった。
今日のために髪を切った。
気づいてほしかった。ただ、「似合ってる」って、ひとことが欲しかった。
でも彼は、私を見なかった。結月の隣で、笑っていた。
報われない想いを胸に、ひとり、静かに春を終える少女の物語。
――これは、誰にも気づかれなかった片想いの、確かにそこにあった青春の痛み。
第一章:願いは小さく、けれど強く
春の始まり。クラス替え。新しい席。
その隣に座っていたのは、蒼真だった。
隣になった瞬間、心臓がひとつ跳ねた。別に恋なんてするつもりじゃなかったのに。
彼の声は少しかすれていて、笑うときに眉尻が下がる癖があった。何もかもが、心に触れた。
「消しゴム、落ちたよ」
その一言だけで、息が詰まりそうになる。
さりげない優しさ。自然な距離感。なのに、それがどれほど私の世界を揺らしていたか、彼は知らない。
「何かの手違いで、私のこと好きになってくれたりしないかな」
そんな祈りにも似た願いを、心の中で何度唱えただろう。
奇跡なんて望んでない。ただ、少しだけ私を見てくれたら、それでよかった。
第二章:まっすぐな眼差しの先に
蒼真の視線は、よく結月を追っていた。
目立つ子だった。明るくて、声が通って、いつも笑ってる。
正反対だった。私とは、何もかも。
だけど蒼真の瞳が、彼女を見るときだけ、ほんの少し優しくなるのを私は見逃さなかった。
中庭でふたりが話しているのを、教室の窓から見た日。
他愛のない話だったのかもしれない。でも、蒼真の表情が、とても楽しそうで――
私はそのとき、はっきりと気づいてしまった。
この人は、もう誰かを見ているんだって。
「本当はもう、わかってたんだ。あなたが、どれだけその人のことを好きなのかも」
でも、わかりたくなかった。
気づいてしまったら、もうこの想いは戻れなくなる。
だから、気づかないふりをしていた。ずっとずっと、ひとりで。
第三章:気づかれない変化
結月に告白したらしい。うわさがあっという間に広まった。
誰が言ったのかもわからないけど、教室中にその話題が漂っていた。
みんな知っていて、私だけが置き去りになっていくような感覚だった。
蒼真は、告白のあとも変わらなかった。
むしろ、楽しそうだった。
昼休みにふたりで笑っている姿、肩が少しだけ触れている距離、自然な仕草。
どうしてそんなに楽しそうにできるの?
どうして私は、あなたの「好き」になれなかったの?
何か変われば、気づいてくれると思った。
自分を変えるしかないと思った。
美容院で、髪を切った。
「雰囲気変わった?」なんて、期待してしまう自分がいた。
だけど、蒼真は私の髪に気づきもしなかった。
「今日のために髪を切ったの。気づいてほしかった。似合ってるって言ってほしかった」
その言葉が、彼に届くことはなかった。
私が何をしても、彼の視線は、私を通り過ぎていく。
第四章:笑顔がまぶしくて、目をそらした
ある日、廊下で蒼真とすれ違った。
「お、髪切った? いいじゃん」
そう言ったのは、彼じゃなく、後ろにいたクラスメイトだった。
蒼真はただ笑って通りすぎていった。気づいてなんかいなかった。
それだけのことなのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろう。
帰り道、コンビニで買ったアイスを持て余した。
味がしなかった。
数日後、体育祭の練習が始まった。
蒼真と結月は、リレーの選手だった。
走っている蒼真の背中と、それを応援している結月の笑顔が、まるで絵のように似合っていた。
周りが「お似合いだよね」と口を揃えて言うたび、心が少しずつ削れていった。
私だけが、物語の外にいるみたいだった。
第五章:終わりにしたくない終わり
告白された結月がどう答えたのか、私は知らない。
でも、ふたりは並んで歩いていて、笑い合っていて、だからきっと……うまくいったんだと思う。
彼の嬉しそうな顔を見て、思った。
私は、いちばん叶ってほしくなかった願いを、誰より先に叶えてしまった。
「彼が幸せになりますように」なんて、嘘でも願うんじゃなかった。
その幸せの中に、自分がいないことが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。
夜、スマホのメッセージアプリを開いては、閉じた。
「好きだったよ」なんて、伝えてどうなる。
何も変わらない。それどころか、今の距離さえ壊れてしまうかもしれない。
だから、黙っていた。黙って、心のなかで何度も彼に別れを言った。
第六章:誰にも気づかれないまま
春が終わり、梅雨の気配が漂い始めたある日。
窓の外に雨が落ち始めて、私は教室の隅で静かに日記を閉じた。
これで終わりにしよう。
彼を好きだった日々に、ちゃんと区切りをつけよう。
スマホを手にとって、カメラを開いた。
自撮りなんてしないけど、今日はなんとなく撮ってみた。
雨ににじんだ窓越しの自分の顔は、少しだけ変わっていた。
「似合ってる、かもね」
ぽつりと呟いた声は、小さくて頼りなくて、それでも少しだけ優しかった。
この想いは報われなかった。
でも、私は誰かを本気で好きになった。
それは、ちゃんと私の人生の一部になった。
彼は今日も、笑っていた。
私じゃない誰かと、楽しそうに。
きっとこれからも、私のことなんて思い出すことはないんだろう。
それでも、私はちゃんと、好きだったよ。
あなたの幸せを願うなんてもうしないけど、あの春が消えてしまわないように、胸の奥にそっとしまっておく。
雨が止んだ放課後。
私は傘を閉じて、空を見上げた。
泣いてるのは、もう空だけでいい。
sakanaです。二回目の投稿です、少しでも面白いと思ってくれたら嬉しいです