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異世界恋愛【短編】

あなたの愛はわたしだけが知っている

作者: 藤谷とう



「ねえ」


 わたしがそう呼び止めると、彼は睨み返してきた。

 黒ずくめの格好に黒いフードに、鈍色の目。睨まれると怖いと評判だが、わたしは怖くはない。

 愛おしくてたまらない。

 

 たとえ彼が、死神だとしても。




        ◯




 わたしが死んだ詳細は思い出せなかったので割愛するけれど、まあとにかく死んだ。


 もしかしたら馬車が崖に落ちた不慮の事故かもしれないし、闘病の末力尽きたのかもしれないし。どちらにせよ、身体の軽くなった今のわたしには意味のないことだった。


 なぜ黒いドレスを着ているのかもわからないが、身体は信じられないほど軽い。おかげで夜空を飛ぶ彼にしぶとくついて行ける。


 彼はひらりと飛んで、家々の三角屋根を飛んだ。

 わたしもその後を追って、同じようにひらりと飛ぶ。

 何度も何度もそうやって夜を超えてきた。


 だから知っている。これに飽きてくると、彼は振り返ることを。



「いつまでついて来るつもりだ」

「え? ずっとですが」

「いい加減、天国へ行け」

「いやです」


 わたしがそう即答すると、決まって彼は不思議なものでも見るようにわたしを見た。

 わたしは彼に微笑む。

 


「あなたと初めて会ったときから、わたしはあなたに恋をしていますから」



 時間の感覚はもうないけれど、随分前──スッと身体が軽くなったあの時が、死んだ瞬間だったのかもしれない。


 わたしはそのまま浮上しそうになったが、そばに誰かが立っていることに気がついた。黒い姿の、深くフードを被った人。けれど、何かがキラリと光る。彼はわたしの死を、涙を流して見つめていたのだ。

 それを見た瞬間、彼のそばから離れられなくなっていた。

 心が締め付けられて、嬉しくて、切なくて、感じたことのない満たされた感覚がした。

 一生分の喜びを、わたしはその一瞬で受け取ったのだろう。


 いつもそう伝えているのだけど、彼はそれを聞きながらうんざりした顔を見せるだけだ。



「……いつまで寝ぼけているつもりだ」

「あらやだ。わたしはようやく目が覚めた心地なのに」

「邪魔だ」

「ふふ。ごめんなさい。でもあなたが大好きなんです」


 そう伝えると、彼は無言で顔を背ける。

 わたしはまた彼についていく。

 

「わたし、すごく好きな人がいたんです」


 無言の背中に話しかける。

 ぴくりと反応したのは、わたしが今までは何も語らずに彼を追いかけ回してきたからだ。彼が逃げない距離でずっとそばにいた。


 けれど今日──つい先ほど、思い出してしまったのだ。



 彼が、美しい令嬢の身体から魂を切り離してあげた光景を見下ろしていて、ふとその記憶が泡が弾けるようにパチンと蘇った。



「幼い頃から一緒にいた人なんですけどね。記憶が曖昧だから──正確ではないけれど、多分、許されないお相手だったんだと思います」



 死神の仕事は、停止した身体から魂を切り離し、天国へいけるようにしてやること。

 身体と繋がったままでは遺族の悲しみに引き寄せられ、いつまでもこの世を漂うことになるからだ。


 今日の令嬢も、周囲で泣く者たちにおろおろとしているところを、彼が静かに切り離した。その美しかったこと。丁寧で、優しく、そして敬意があった。彼女は目が覚めたようにわたしたちに気づくと、淑女らしい礼を見せてくれ、家族にもそうして別れを告げると、ふわりと穏やかに消えた。


 わたしもきっと、そうなるはずだったのだろう。

 


「わたしは身体が弱くて、生きられて十年と言われていたの。けれどお医者様の予想に反して図太く六十歳まで生きました」

「……」

「多くの家族に囲まれて過ごしましたし、兄や妹たちの子供の面倒も見たんですよ」


 煙突に着地した彼が、じっと前を向く。

 その肩は安堵しているようにも、寂しそうにも見えた。

 わたしは距離を保ったまま屋根に着地する。


「でも結婚はしなかった。わたしの身体は弱く、きっと子供も望めないからと、縁談はありませんでした。わたしも、誰にも嫁ぎたくなかった」


 ゆっくりと歩く。

 生きていた頃を思い出すと、そういうえば彼にこうして静かに忍び寄って──「気づいていますよ」と窘められることを楽しみにしていたような気がする。


「だってずっと好きな方がいましたから。その方は、わたしが十二になるころ、突然いなくなってしまったの。病で亡くなったんですって。ずっと身体が丈夫だったのに」

「……」

「わたし、悲しくて悲しくて。でも、そろそろお迎えがくるだろうから、そうしたら彼を探すんだってずっと思っていました。まさか長生きできるなんて知らなくて」


 くすくすと笑うと、彼は黙ったまま少し俯いた。


「しばらく経った頃、気づいたんです。これはわたしの命じゃない気がするって。子供の面倒なんて見られないはずのわたしが、甥や姪の支度を手伝って、庭弄りなんてしたことがなかったのに薔薇の剪定が趣味になって、紅茶を淹れるのがとても上手になったの。あの人と同じ味に淹れられるようになったんです」

「……」

「だからわかりました。彼がわたしに命をくれたのだと。どうすればそんなことができるのかわからなかったけれど」


 そう言いながら、彼の隣に並ぶ。

 覗き込むと、視線を落とした目が睨むようにではあったが、こちらを見てくれた。

 わたしが笑うと、目がきゅっと細くなる。


「会えて良かった」

「……何の話かわからないな」

「そうですか。優しい人だから、わたしのために死神に命を売って自分もそうなったなど……決して話してはくれないでしょうね。ええ、大丈夫です」

「なにがだ」


 ふいと顔を背ける彼の腕を、そっと取る。

 昔のように。

 無邪気に抱きついて、よく引っ張った。


 彼の腕がびくりと強張るので、それよりも、強い力でぐいっと引き寄せる。


「死んでから会えるなんて、とびきりの運命だと思いませんか?」

「……は?」

「だって」


 わたしはステップを踏むように空へ飛び、彼も無理やり連れて行く。抵抗しようとしない彼に、懐かしい気持ちが溢れてきた。


「だって、家も格差も、しがらみも何もないんですよ。ただ好きでいていいし、ただ一緒にいられる。それに、お互いを失うことに怯えなくて済むわ」

「……天国へ行け」

「そこにあなたがいるのなら」


 わたしの答えに、彼は大きなため息を吐く。

 私を許すときのため息を。


「……なんで今さら思い出すんだ」

「さあ。でも、思い出していなくたって、あなたの後ろをずっとついてきていたんだもの。わたしの思いが揺るがないことはわかっていただけるかしら」

「しつこいな」


 そう言うけれど、彼の顔は嬉しそうに見えて仕方ない。

 そっと顔に手を伸ばすと、途端に嫌そうに身を引いたが。


「触るんじゃない」

「……だって笑ってくれたから、嬉しくて」

「笑ってない」

「そうかしら。今も笑っているけれど」


 わたしが首を傾げると、彼は口元をばっと抑えた。

 少し睨まれるが、その目にはどう見ても照れが浮かんでいる。なんというか、わたしの知らない彼の表情だった。思わず気持ちが溢れる。


「大好きです」

「!」

「あなたがずっと、ずっと、昔から、今も。大好きです」


 ずいずいと近づいて言うと、彼が後ずさる。

 しかも、隠した顔がほんのりと赤くなっているような気もする。


「会えて嬉しいの。わたし、ずっとあなたのそばにいたい」

「……いい加減にしろ、ライラ」

「!」

「!」


 互いに驚きながら視線をあわせ──喜ぶわたしとは正反対の表情で、しまったと言わんばかりにくるりと背を向けて逃げ出した彼を追う。


「ねえ待って。もう一回。もう一回呼んでください」

「俺は何も言っていない」


 顔が真っ赤よ、と言いたいところを我慢して、わたしはいつものように彼の背中を見つめた。

 昨日よりも近くなっている背中を。



 ふと思う。

 思い出せた彼の名前を呼んだら、どんな顔をするのだろう。

 彼は驚いて空から落ちてしまうかもしれないし、顰めっ面で「そんな名前は知らない」ととぼけるかもしれない。


 どちらでもいい。

 でもきっと、彼は無視はしないだろう。

 彼の大きな愛を、わたしは知っているのだから。



















読んでくださり、ありがとうございます。


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