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ハロー・リトル  作者: るえこ
9/12

3-2

 しかし彼女は首を横に振って、俺の顔を見て


「いえ、すみません。重かったですよね」


 と苦笑いを浮かべながら言ったのだった。お年頃だし、体重を気にしているのかもしれない。そう思うと恥じらいが伝わってきて、とても可愛く見えた。


「……いや、全然」


 この無垢な存在に俺なんかが触れてごめんなさいと思いながら否定した。


「さて、お腹空いただろう? 朝食にしよう。俺、普段から朝は食べない事が多いから、用意がないんだ」


「そうなんですか? じゃあ、朝ごはんは……?」


 きょとんとしたりゅーこちゃんは俺の顔をじっとみて、俺の言葉を待っているようだ。


「外食にしよう。朝ごはんはもう少し我慢して」


 りゅーこちゃんは、あまりピンとこない様子で頷いた。


 * * *


 俺はりゅーこちゃんを連れて、車で少し走ったところにある喫茶店へやってきた。存在は知っていたが利用したことはない。だが、ここなら間違いなく美味しいものを食べられるだろうと思った。少なくとも俺が作るよりは。りゅーこちゃんはこの喫茶店の存在を知っていたようだった。だが俺とおなじく来た事が無かったようで、すっかり目を覚ましたりゅーこちゃんはにこにこしながら「楽しみです!」と言ってくれた。


 喫茶店に入るなり席に通された。幸いなことに店内は空いているようで、店員は四人掛けのボックス席に案内してくれた。お冷とメニュー表を置いて店員は去っていった。


「お先にどうぞ」


 先に選んでもらうためりゅーこちゃんにメニュー表を渡すと、ありがとうございます。と受け取りメニュー表とにらめっこを始めた。


「あのー……」


 しばらくすると、上目遣いでこちらを伺うようにして声をかけてきた。メニュー表はパンケーキのページで開かれている。厚みがあってふわふわしていそうなパンケーキ。


「これでもいいですか……?」


 朝からパンケーキはどうだろうかとも思ったが、別におかしなことではない。それにりゅーこちゃんの俺に許しを請うような表情が可愛かったので、肯定してみせた。俺自身は無難なモーニングセットを頼むことにした。ベルを鳴らしやってきた店員に注文を伝えると、店員はそそくさと去って行った。


「甘いもの、すきなの?」


 俺がそう聞くと、彼女は恥ずかしげに話し始める。


「はい。甘いの、すきです。ここのパンケーキ、学校で同級生が話してるのを聞いたことがあるんです。ふわふわで美味しいって。食べてみたかったんですが一緒に行ってくれる友達も居ないので、一人で来るのもなぁって思って機会を逃してました」


 家族はというと、とにかく自分で作る家庭のようであまり外食をしたことがないそうだ。


「今日はサイトウさんが一緒なので、甘えちゃいました」


 といって笑って見せた。すっかりお友達の枠に入れて貰えたようで、なんだか俺が嬉しくなってしまった。想定外ではあったが、ちょっとした思い出をここでもひとつ作る事が出来たのではないだろうか。


 しばらくすると店員が注文の品を持ってきた。配膳されるパンケーキを見てりゅーこちゃんは目を輝かせているようだった。一通りの物が揃うと、テーブルの上が華やかになっていた。店員が一礼して去っていくと、りゅーこちゃんは俺の顔を見ながら


「いただきます」


 と両手を合わせて言った。りゅーこちゃんに倣い、俺も小声で「いただきます」と呟いた。俺の元に運ばれてきたモーニングセットの内容はシンプルなもので、こんがり焼けて香ばしいトーストとジャム、小さなサラダとスクランブルエッグといった感じだった。なんとなくサラダからに手をつけることにした。プチトマトにフォークを刺しながらりゅーこちゃんの方を見てみれば、パンケーキにメイプルシロップを垂らしているところだった。垂らされたメイプルシロップはたちまちパンケーキに吸い込まれていく。さながらスポンジのようだ。その様子をじっと見つめているりゅーこちゃん。やがて満足したのかメイプルシロップを傍らに置くと、フォークとナイフを器用に使ってパンケーキを一口大に切り出し、頬張った。顔が綻んでいく。幸せそうだ。


 俺はこの時間がずっと続けばいいのにと思ってしまう。同時に彼女の両親は死んでしまっているかもしれないというのに不謹慎だとも思った。だが、彼女を喜ばせることができたという充足感は、いままで味わったことのない甘美な味がした。メイプルシロップのように。もっと味わいたい。なんなら彼女をこのまま匿い続けてしまいたい。しかし社会的にも現実的にも、それが許されないことだというのは重々判っていた。りゅーこちゃんを脇目に黙々と食事を取りながらも、俺は自分の心の整理がつかず鬱々としていた。気が沈んでいく。


「サイトウさん、どうかしましたか?」


 りゅーこちゃんに声を掛けられたことで俺の意識は浮上した。


「え、どうかしたかって? どうもしてないよ」


 こんな暗い感情を彼女に知られるわけにはいかない。顔を上げて取り繕ってみせた。

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