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「……ごめん、何本か抜けちゃったかも」
「え、あぁ、気にしないで下さい。多分、切れ毛です」
切れ毛。拔けたのではなく切れたのか。そんなに繊細なものを俺の手が扱っているのかと思うと、何故か胸の奥がきりきりした。
「あの、サイトウさん? 流石にもういいですよ」
どうやら彼女の体感では長いことタオルドライを続けていたらしい。
「あぁ、ごめん。……もういいか。そうか」
タオルを傍らに置いて、俺も風呂に入ることにした。りゅーこちゃんにはゲームをして待っていてもらう。初心者でも一人で遊べるようなアクションゲームの操作を一通り説明して、脱衣所へ向かう。
むわっとした空気。換気扇を回していないのだから当然、熱気が籠もったままだ。
洗濯カゴにりゅーこちゃんが使ったタオルと、着ていたワンピースが入っているのが見えた。丁寧に畳んであることから、几帳面な性格が伺えた。俺なんかいつも脱いでポイだ。洗面台の鏡に俺の顔が映っているのが目に入った。眼鏡をかけていて、切り損ねてぼさぼさの髪。りゅーこちゃんの綺麗なブロンドの髪を思い出す。とても似ても似つかない存在であることを実感させた。まるで黒と白のように正反対だと思った。
風呂から上がると、りゅーこちゃんはゲームのコントローラーを握ったまま船を漕いでいた。画面にはゲームオーバーの文字。日中の暑さで相当疲れていたのだろう。今日はもう寝かせたほうがいいと思った。
俺が近づくと、りゅーこちゃんは一瞬はっとしたがすぐに瞼が落ちてしまうようだった。俺の方を見ているんだか、既に意識が飛んでいるのか、どちらかわからない。
「すみませ……ちょっと、眠くて……」
「そうだよな、もう寝よう。布団まで連れて行くけど、立てる?」
「立ちます……」
俺はりゅーこちゃんに手を差し出してみる。りゅーこちゃんは俺の手を取るが、力が籠もっていない。そんなんじゃ立てないだろうに。
いっそベッドまで抱えて運ぼうかと思いついた。だが、ふにゃふにゃと無防備な状態を平気で晒すりゅーこちゃんを抱えてしまったら、取り返しがつかなくなるような気がした。だぼだぼなTシャツから覗く柔らかそうな首筋、細い手足、腰回り。一度触れれば、また触れたくなってしまいそうな魔性を秘めていた。……いや、彼女はまだ中学生だ。俺が考えすぎなだけで、彼女が魅力的に見えるのはきっと、吊り橋効果とかそういうものだ。一過性のものであって、また日常に戻ればきっと全て元通りになるだろう。
「りゅーこちゃん、ちょっとごめんね」
俺はりゅーこちゃんの腰に手を回す。膝の裏に手を入れそのまま抱える。お姫様抱っこの姿勢だ。りゅーこちゃんはというと、とろんと液状化してしまったかのように、俺に全体重を預けて寝息を立て始めた。
距離が、近い。
眠った顔が、全てを委ねるようにかかる身体の重さが、俺のことを信頼していると錯覚させてくる。
「……よいしょっと」
陶器の人形を扱うように丁寧に、寝室のベッドに運び寝かせてやった。彼女はなにか言いたげだったが、目蓋の重さに耐えきれずそのまま眠りについていった。何が言いたかったのか、俺には検討もつかない。