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「わぁ、町が小さく見えますよ、サイトウさん!」
展望台から見下ろした町は確かに小さく見えた。快晴の天気も相まって見晴らしが良く、町の遠くまで見渡せそうだった。りゅーこちゃんは暑さにも負けることもなく、柵から身を乗り出して景色を楽しんでいるようだった。俺はその様子を少し後ろから見ていた。
「サイトウさん、こっちこっち!」
りゅーこちゃんは向日葵のような明るい笑顔を向けて俺を呼んだ。その笑顔がずっと見たかった。俺に向けられる、俺のための向日葵のような笑顔。俺はりゅーこちゃんの方へ歩み寄る。りゅーこちゃんは既に広がる景色の方へ向き直っていた。
「すごくいい天気ですよ。うちはどこだろう。あの辺が学校かなぁ?」
とても楽しそうだった。家族がどうなっているのかも知らず、何故ここに連れてこられたのかも知らず、無邪気に風景を楽しんでいる。周囲に人気はない。俺はりゅーこちゃんを後ろからそっと抱きしめた。
「サイトウさん?」
りゅーこちゃんが不思議そうに俺を見上げる。彼女はあまりに隙だらけだった。しかも、抵抗しなかった。
「これから話すことを、よく聞いてほしいんだ」
彼女の顔が見えないようにわざと風景を見ながら話を始めた。
「俺は、りゅーこちゃんのことが好きになっちゃったんだ。それを伝えるためにここに連れてきた」
彼女の様子はわからない。戸惑っているのか、俺の腕から逃れようともしない。
「りゅーこちゃんの笑顔が特に好きだ。向日葵みたいにパッと明るい笑顔が好きだ。その笑顔を失いたくなかった。だから俺は、りゅーこちゃんに隠し事をしていた。判ったのは昨日の夜だったよ。りゅーこちゃん。君の両親は、もう居ないんだ。隠していたことは本当にごめん。こんなの、許されることじゃない」
俺はりゅーこちゃんを抱く腕に力が入ってしまうほどに緊張していた。それでも彼女の顔を直接見ることはできなかった。悲しむ顔を見たくなかったからだ。
「君の両親は昨日、大通りで事故に巻き込まれて死んでしまった。きっと大人が君を保護しに来る。そうしたら、ただのお隣さん同士の俺たちは離ればなれになるだろう。それが俺は嫌だった。君の悲しむ顔も見たくなかったし、できるだけ一緒に居たいと思ってしまった。それで今朝は喫茶店に連れ出したし、こんなところで君に真実を話している。俺の事、嫌いになるよな。なって当然だ」
嫌い。そう口に出して初めて気が付いた。俺は取り返しの付かないことをしてしまっている。今頃、警察が家に来ているかもしれない。いるはずのりゅーこちゃんが居ないことに気が付き誘拐や拉致を疑われても仕方がない。その上、ひと回りも歳の離れた女の子に恋愛感情を抱き、こうして触れてしまっている。俺は自分が罰を受けるべきだと思った。今すぐに警察に突き出されるべきだと思った。頭の中が罪悪感でいっぱいになって、どうしたらいいかわからなくなった。もういっそのこと取り換えしの付かないところまでいってしまおうか。そう思ったときだった。
「……正直に話してくれて、ありがとうございます」
りゅーこちゃんが、俺の腕に手を添えながらそう言ったのだ。そしてこう続けた。
「やっぱり、サイトウさんは優しい人ですね」
彼女の顔は俯いていて伺うことができない。けれどもその声は震えていた。
「きっと、いっぱい悩みましたよね。いっぱい考えましたよね。でもお父さんとお母さんのことは、薄々気が付いてました」
りゅーこちゃんはそう言ってポケットからスマートフォンを取り出した。きっと自分で調べたことの示唆だろう。そして。
「サイトウさん、辛くなかったですか?」
震える声で俺に聞いてきた。知っていたのなら彼女の方が辛いはずだった。それなのに俺は今まで彼女が両親のことで悲しんでいる様子を見たことがなかった。俺は彼女に気を遣っていたつもりだったが、気を遣われていたのは俺の方だったと思い知った。
「正直、いろんなこともあって辛かった」
俺がそう答えると、りゅーこちゃんは俺の腕から手を放し、ぱっと振り返る。そして瞳に涙をいっぱい溜めたまま、笑って見せた。
「私なら、大丈夫ですよ。」
彼女は笑っていた。けれどもそれは向日葵のような明るいものではない。もっと儚くていまにも崩れそうな弱々しいものだった。それでも彼女は笑ってみせてくれた。俺はそれを見ていることしかできなかった。
「それにちょっとの間でしたけど、サイトウさんと一緒に過ごせて楽しかったです。ありがとうございました。私、サイトウさんに助けてもらえてなかったら、もっと悲しんでいたと思います。サイトウさんがたくさん気を遣ってくれたから、私もがんばれました」
りゅーこちゃんは天使のようだった。邪な気持ちを抱く俺に労いの言葉をかけ、拒絶の姿勢も見せずこうしてまっすぐに俺と対峙してくれた。笑顔を見せながら。それだけで俺には充分だった。何故かすべて許されたような気持ちになれた。
「帰りましょう、サイトウさん」
そう言って、彼女は俺の手を取り車の方へ歩き出した。少し先を行く彼女の瞳から涙がこぼれていたような気がした。
そして、俺たちはアパートへ戻った。




