【97】褒賞
ブラックオパール伯爵家には、本邸から少し離れた位置に、伯爵家で働く使用人たちの住居が、二つ、存在している。
一つは使用人棟。
分かりやすく言うと、貴族階級、或いは裕福な平民出身の使用人たちが暮らす建物だ。一部例外はあるが、殆どの場合はその中でも独身の者が暮らしている。
もう一つが下人棟。
平民出身の使用人が暮らしている建物だ。こちらも一部例外はあるが、殆どが独身だったり単身で働きに来ている者が暮らしている。
使用人も多種多様な職が存在し、専門職であったり屋敷の主人一家と接する者は、教養があり身分もしっかりとした者たちである。
一方、力仕事や汚れ仕事は平民の中でもあまり学のない使用人がする仕事であり、彼らは下男、下女、と呼ばれる事が一般的だ。
ルキウスはずっと、下人棟で暮らしていた。それは彼が最初やってきた時、身元不明の不審者であったからだ。そのあと功績をいくつか上げたりしてもなお下人棟で暮らしていたのは、ルキウス自身がその暮らしに不満を抱いていなかった、という理由もある。
ただこの度、狩猟祭の功績により、ルキウスは使用人棟に住まいを移る事となった。
トビアスやオットマーらと酒を呑んだ次の日、ルキウスは突如出来た休日に、荷物をまとめる事にしていた。
荷物の量は大してなく、あっという間に纏まった。後は使用人棟に引っ越すことになっている明日、荷物を持ってルキウスが移動すれば良い。部屋の掃除は、下人棟で暮らしている若い下女たちに金を渡してしてもらう事にしている。
別に自分で掃除も出来るのだが、稀に下人棟から使用人棟に引っ越すときは、掃除をしてもらうという形で隣人に小遣いをやるのが習慣だからと、教えてもらったのだ。
使用人棟に引っ越すという事は出世したという事なので、これからは受け取る給金も上がるのだから、その次いでに愛想を撒いておくのだという。
この引っ越しは狩猟祭の褒賞の一つだが、それ以外にも伯爵から与えられた物はいくつかある。結果的に、ルキウスがあの巨大な肉食ペリカンを狩りとって得る事になったのは、以下の通りである。
一つ、両親の墓。自分の望みである。
一つ、ルイトポルトから下賜された弓。直接の主人たるルイトポルトからの、最大級の祝いの品だ。
一つ、身分を従僕から侍従見習いにする。つまり、雑用メインの従僕の仕事から、主人の名代を務める事もある侍従に将来的にする、という事だ。出世だ。これにより、ルキウスはルイトポルトの社交界デビューに表に出れるよう学んでいたが……今回の結果は、既に語った通りである。
一つ、住居を下人棟から使用人棟へと移す。部屋も広くなり、個室には鍵もつけられる。今までより、貴重品の管理をする事が楽になる。
一つ、新しく働く際に使う制服一式の新調。金がなければ新しい服を用意するのも一苦労なので、制服であるがこれはとても助かる。
一つ、自分用の弓一式。ルイトポルトの弓とは違い、こちらは普段から練習などに使えるようにと贈られた物である。
一つ、金。分かりやすく、給金と別にお金も贈られている。正直に言って、一番扱いに困る。平民が軽く遊んで暮らせそうな大金であったからだ。今のルキウスには殆ど必要ない。
以上の六つが、ルキウスが物品などとして貰ったものだ。他にも名誉なども得ているが、これは貰ったというより結果的についてきた物である。
人によってはまだ貰えたという人物もいたが、褒賞に関してはルキウス本人の希望を反映してもらっている。
家だとか馬だとか、色々案はあったのだ。どれも管理出来る気がしなくてお断りしたが。
仕事しかする事がないのだから、自分の家など、必要もない。
馬も、屋敷の馬の世話を時折手伝わせてもらうぐらいで十分である。
そんな訳で、これで落ち着いた。
(もう一つも、あったが……)
それは、伯爵から、直接、打診された事であった。
あまりに恐れ多いと断ったのだが、いくらなんでも、伯爵が何故自分にあんな事を言ったのか……ルキウスにはさっぱり分からなかったのだ。




