【95】神と精霊とご加護
説明多め回です。現代日本とは価値観が違う面があります。あと不妊に対して厭な言葉が若干出てきます(発言者が思って発言している台詞ではありませんが)。
それがメルツェーデスの婚姻の事であると、ルキウスは気が付いた。
トビアスは責める口調ではなかった。ただ、家と家との関係で考えたとき、やはり、メルツェーデスが子供を生むことが出来ずに出戻った事で、ファイアオパール一族内の反宥和派はこれ幸いとブラックオパール家、そして飛び火してホワイトオパール家への怒りをあらわにしていたらしい。
出戻ってくるまでの間、メルツェーデスは極めて苦しい立場に立っていたという話であった。
現在はメルツェーデスの代わりの女性がファイアオパール伯爵家に嫁いで跡継ぎを生み落としているため収まっているが、ファイアオパール内でのメルツェーデスの評判はよくないのだ。
恐らくどの国でも、貴族にしろ平民の家にしろ、何か引き継ぐ者がある家であれば跡継ぎは重要な事だ。
しかしこの国の、領地を抱える貴族にとって、跡継ぎというのは、最重要な存在であった。
「正当な跡継ぎの存在は、精霊からの加護と守護を得続けるために必須の存在だ。現ファイアオパール伯爵の数年を奪い、精霊からの加護と守護を阻害しようとした女、なんて言い方をしている者もいるそうだ。は~! 説明のために口にしているだけで怒りでどうにかなりそうだ」
「トビアス。お前の気持ちも分かるが、勝手に語って勝手にいらだつな。聞くルキウスが哀れだろう」
「分かっているよオットマー。すまない、ルキウス」
「いえ。お恥ずかしながら、ブラックオパール伯爵家で働くようになるまで、精霊様の加護や守護というのが、どのような形で伝わっているか、あまりよく知らなかったものなので……」
「ああ、そんな話もあったな。平民だと具体的な精霊の話などもあまりしないのだったか?」
しないというか、貴族の精霊の問題は、貴族の問題であって、平民が悩まなくてはならない事ではないから、あまり意識する人間がいないのである。
貴族は生活に根付く宗教として、また同時に学問の知識として精霊について学ぶ。
一方で平民の中でもあまり学がないような者は、ざっくりとしか神と精霊について知らない。
ルキウスは平民の中では学があるほうであったし、様々な土地を移動していた事から、旅を愛する精霊に加護を祈ったりしていたが、この国の貴族と精霊の関係についてはあまり意識した事がなかった。貴族は精霊の加護を直接受けているから偉い、という認識でいたぐらいだ。それは間違いではないが、ルキウスより酷い認識の者も、平民の中にはいるかもしれない。
精霊とはこの世界に存在する、人より高次な存在とされている。
神の吐息から生まれ、神に代わり小さい人間一人ひとりを見守っている。
そんな精霊と人間が契約を結んだ事で、ジュラエル王国は始まった。
初代国王。
そして国王に付き従う三人の騎士。
彼らはそれぞれ精霊と契約を結び、契約の象徴として精霊より宝石を賜った。
初代国王はダイヤモンド。三人の騎士はルビー、サファイア、エメラルド。
その宝石に由来し、国王と騎士たちは新たな家名を名乗るようになった。――これが現在の王家及び公爵家と、三大侯爵家の成り立ちである。
四つの契約が成って国が出来て以降、精霊と契約を結んだ勇敢なる者たちが多数集い、最も強い力を持つ精霊と契約を交わしたダイヤモンド家に忠誠を誓い、ジュラエル王国は現在の形へと発展していった。
このあたりは大半の平民や他国人でも知っている建国史であるが、この精霊との契約は御伽噺のようなものではなく現在でも生きている――を、もはや超えて、この契約のお陰でジュラエル王国は発展し続けている基礎である。
ただ、平民は当事者ではない事が多いので、あまり契約を意識しない者が多いのだ。そうした知識よりも、生きていくため、職に直結する技術の方が重要だ、と大声で言う者もいるぐらいに。
精霊との契約により、王国内の各領地が壊滅的な被害を負う事はほぼない。逆に契約が保たれているのに何かしら大きな被害が出るときは、精霊から見て何かしらの問題があるというサインでもある。
この精霊との契約には、人間側からすると一つの問題があった。それは血筋でしか、契約を引き継ぐ事が出来ないというものである。
(だから貴族は、血を分けた子を必要とする)
万が一血を引かぬ人間が後を継げば、精霊は契約が終わったとみなしてしまう……その土地や人は、精霊からの加護を失う。
領地を持たぬ家であれば被害は一つの家族が崩壊する程度ですむかもしれないが、領地を抱える貴族からすれば大問題。
ブラックオパール伯爵家も、広い領地を持ち、さらには分家を沢山抱えている家だ。同等であるファイアオパール伯爵家も同じだろう。根幹で最も責任の大きい家である以上、子を作れない嫁というのは、それだけで反感を買う。
平民だって、代々引き継ぐ者がある家は子が出来るか出来ないかで騒ぐのだから、貴族たちが躍起になるのは、致し方ない面があるのだと、ルキウスも理解はしている。納得したとは言い切れないが。




