【94】三オパール家の確執Ⅳ
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「未遂……?」
犯罪を罰する際、実際に害されているのと未遂では、犯人に下される罰には天と血ほどの差がある。
それは、ルキウスも分かっている。
だが、ジゼルは頭を打っていたし、メルツェーデスも腕をつかまれていた。
それが未遂になるというのか。信じられず、言葉を繰り返してしまった。
「ああ。これはメルツェーデス様からの提案もあって、そういう事になったんだが……メルツェーデス様が腕をつかまれた事に関しては、無い事になった」
「……それでもジゼル様は……」
「そこ、なんだよな」
今回、明らかな被害を被っているのはジゼルだけだ。
なので今回の被害者として名前が出るのは、ジゼルだけになる。
被害者はジゼル。
加害者は実行犯であるバルナバスの家の分家筋の人間たちということになるのだが……ルキウスは知らなかったのだが、ジゼルは貴族ではないらしい。
この家の使用人たち(大半が分家出身者たち)からも一目置かれていたので貴族階級出身者だと思っていたのだが、ある種ルキウスと同じような経緯でブラックオパール伯爵家で働き始めた平民だったそうだ。もしかすればルキウスが比較的早く受け入れられたのは、彼女のような前例があったからなのかもしれなかった。
話は戻るが、そうなると被害者は平民。
加害者は貴族や貴族の子弟という扱いになる。
「それは……」
説明を聞いたルキウスは続きの言葉を失った。
勿論、平民だからと意味もなく害して良い訳ではないが、被害者が貴族なのか平民なのか、加害者が貴族なのか平民なのかで、相手に課せる罪は大きく変わるのだ。
被害者が平民で加害者が貴族というのは、最悪のパターンである。ジゼルの場合はブラックオパール伯爵家という後ろ盾があるからまだマシであるが……基本的には泣き寝入りするしかない状況だ。
「――それに加えて、バルナバス卿が実行犯らに出した指示が問題になった。その指示は、メルツェーデス様をバルナバスの元に連れていき、二人で会話をしたいというものでね。しかも指定された連れ出す場所は、あの会場の庭だった。あれでは、誘拐を計画したとは断定しきれなくてな」
曰く。
実行犯たちは、そろって、バルナバスからの指示は連れていくことだけだったと言ったとか。
そして連れていくために暴力的な行動をした事については、リーダー格だった男の真似をしただけだ、とも言ったらしい。
つまり、今回の騒動で一番の問題であるジゼルに暴力を振るった事やメルツェーデスらを怯えさせたのは、実行犯の勝手な判断で行われたとみる事が出来る。――というより、相手側からはそう主張が出てくる事だろう。
バルナバスに罰を与えようと動いた場合、そうした点を使って逃げようとされる事は分かりきっている。
これが完全に敵対している貴族家の者ならばその後の関係性が悪化する事も織り込んで戦い続けても構わないが、相手はより良い関係を維持し続けなくてはならない同族。
部下の監督不行届としてバルナバスに罰を与えるのはおかしくないが、重い罰を与えにくいらしい。
三オパールの一族の間にある恨みや過去のしがらみ。
それを再熱させないための立ち回り。
また実際に物理的被害を負っているのが平民であるジゼルだけという状況。
更に、本当の狙いであったメルツェーデスはこの一件が大きくなる事を望んでおらず、ジゼルもメルツェーデスの願いを叶えるために、全面的にメルツェーデスのしたいように処理をしてほしいと願い出ている。
複数の理由から、当主であるブラックオパール伯爵は、表向き罰するのは実行犯だけと決定した。
誘拐を理由では、どちらにせよバルナバスに言い逃れする隙を与えてしまう。なのでこちらとしては言葉では相手を責めつつ、一歩引いた態度をとってみせて、できる限り相手に長く謹慎させたり慰謝料を取る方向で話が進んだのだった。
その内訳は、以下の通りである。
まず慰謝料。
首謀者であるバルナバスのいるファイアオパール子爵家には、子爵家が連れてきた人間が伯爵家の人間に暴力をふるおうとした事から(実際あの実行犯たちはファイアオパール子爵家の使用人として連れ込まれていた)、監督不行き届きを理由として立てて、多額の慰謝料を払ってもらう事を決定した。家を傾けないギリギリのラインの額なのは、相手から恨みを買い過ぎないようにするためである。
次に謹慎。
バルナバスは連れてきた使用人の犯した失態の責任を取り、暫くの間社交界から身を引く――謹慎という形で罰を与える事になったのだ。
これは人によっては罰にならないのだが、バルナバスは以前から積極的に社交界を回っている人物。ならば謹慎は十分な罰になる。
全体としては、ブラックオパール伯爵家が、ファイアオパール伯爵家にかなり配慮した形になるので、あちらこちらを気にした、穏健らしい対処の仕方であると見る者もいるかもしれない。
ただこれが、伯爵家が取れる中で最善の手だった――と、いう事らしい。
「……」
どちらにせよ。
ルキウスはルイトポルトの一従僕でしかなく、そうした決定に異を唱えられる人間ではない。
だから内心思うところはあったものの、それ以上トビアスからの説明にそれ以上不服を申し立てるような事はなかった。
そんな様子を見て、ぽつりと、オットマーが追加で口を開いた。
「実際の所……もしバルナバス卿がホワイトオパールの人間であったら、もう少しハッキリと訴えていたと思う。今回は相手がよりにもよって、ファイアオパールの人間だったから、こんな曖昧な形しか取れなかったからな」
「……? 何か違いがあるのですか?」
ルキウスの言葉に、トビアスは声を潜めながら言った。
「ファイアオパールからブラックオパールへの心象は、よくないんだ。…………あまり語りたくはないが、今代三家の間で行われた政略結婚のうち、ファイアオパールとブラックオパールの間で行われた婚姻だけが、上手くいかず一度失敗しているからな」




