【93】三オパール家の確執Ⅲ
「ヴィクトーリア様が妊娠中から、生まれてくる御子様が狙われる可能性は考えられていた。……とはいえ、お生まれになったルイトポルト様は誰も文句が言えぬほど、間違いのないブラックオパールの子だったのだが……その身にホワイトオパールの血が流れている、その一点でルイトポルト様に反感を持つ分家の大人が存在して……その影響を真に受けた子供までもが、いたのさ。勿論その事自体はこちらでも多少は把握していたが、どの程度のレベルだったのかを完全には把握しきれなかったし、中には表向きは本家の指針に従っている者もいたから、判別が難しかった。……そんな中で、少し問題が起きた」
「問題……」
この流れで、どのような問題であったか、察せられないほどルキウスも馬鹿ではない。
「通常、ブラックオパール伯爵家のような多数の分家を抱える本家嫡男であれば、幼少期から将来的な側近候補として分家の子供を遊び相手として抱えるものだ。場合によっては、本家に寝泊りさせる事もある。リュディガー様方にもそのような存在は当然いたし、前例にのっとってルイトポルト様も五歳の頃に分家の子らと顔合わせをすることとなった。……その中に、強烈な反ホワイトオパールの思考に染まった家の子供がいたんだ。ルイトポルト様より少し年上で、しかも妙に口がうまい子供だったらしい。その子供は集まった、他の家の子供らにもじわじわと反ホワイトオパールの思想を植え付けていった。そしてその影響を受けた分家の子供らは、ハッキリとした形ではなかったがルイトポルト様に対して……柔らかい表現に抑えておくが、きわめて失礼な態度を取った。物理的ではなく、精神的な形でな」
ルキウスは両親の墓を作った後に、ルイトポルトが語った言葉を思い出した。
――……少し、不安なんだ。今まであまり、同年代とは過ごさなかったから……今更、年が近い者たちと親しく出来るかどうか。
あの少年は、確かそう語っていた。
その裏に、同年代の子供と上手く関係を築けなかった過去があったとは、ルキウスは思ってもみなかった。だってルイトポルトはいつだって周りに好かれている子供だったから。その好かれる理由も、納得ができる人の好さがあったから。
「勿論、問題はすぐに発覚した。何せ現場はこの伯爵邸だったからな。とはいえ相手はまだ幼い子供だ。誰一人、社交界デビューも果たしていない子供。あまり重い罪に問うこともできなかった。相手は分家だ。簡単に罰せば、他の分家から異なる形で反発が生まれる可能性もある。しかし、本家嫡男への侮蔑を罰しない訳にも行かない…………こうした難しい背景から、親に相応の罰を与えた上で、当事者の子供及び、その兄弟姉妹、関係が深ければ従兄弟などの親戚筋の子供も含めて、長期にわたる伯爵邸への出入りが禁止される事となった。……で、これによって新しく問題が浮上したんだ」
「お前も屋敷の中を見渡して感じているだろうが、伯爵邸で働いているのは殆どが分家筋の人間ばかりだ。ブラックオパール一族はあまり外に出ていかない一族でな、同族内での結婚移住その他が多い。つまり、親族同士の距離が近いんだが……ルイトポルト様の遊び相手として招かれたのは条件が良さそうであった年の近い分家筋だった訳で、それらがほぼ全滅、そこと親しい家の子供も伯爵家に出入りできないとなると……年齢がある程度近い子供は殆ど出入り出来なくなってしまったんだ」
あ、とルキウスは思った。
親族の距離の近さは、ルキウスも想像がつく。ルキウス自身にはそういう相手はいなかったが、従兄弟やはとこ、あるいはそれ以上遠い関係でありながら、職や住まいの都合から兄弟同然に育つケースはままある。
確かに連座のような形で出入りを禁止すれば、思わぬ範囲に広がってしまう事も有り得るだろう。
「勿論、探せば遊び相手はいくらでも用意できたんだが、ルイトポルト様は今でこそ問題ないが、この時のトラウマから暫くの間、年齢が近い子供が傍に来ると怯えてしまわれるようになった。そうした事情からルイトポルト様に新しい遊び相手は用意されず、今に至るという訳だ」
ルイトポルトの過去は理解できた。
ルキウスの気持ちは複雑だ。あの素直で優しい子供が、自分が生まれるずっと前のしがらみのせいで苦しんでいるというのは、飲み込みがたいものがあった。
そういえば、手紙の仕分けで一部の分家の子供は名前だけで別枠に集められていた事を思い出す。手紙の仕分けの仕事では危険物が仕込まれていないかなどが主な調査内容だったのに、中身に問題はない手紙が別枠に仕分けられていたのは……もしかすれば、あの手紙の送り主がかつてルイトポルトに無礼を働いた子供やその関係者だったのかもしれないとルキウスは思った。
「……その確執が理由で、ファイアオパール卿への罪が軽くなったのですか?」
過去の複雑な問題がある事は分かった。だが、明らかに他者を害そうとしていたバルナバスが実質罰がないというのは、納得がいかない話だった。
「そうだ。実行されていれば慰謝料だけではすまなかったが、未遂で済んでしまっているからな」
トビアスはそう言った。




