【92】三オパール家の確執Ⅱ
「他の二家に恨みを持つ分家の者たちは、宥和政策を取った先代様たちを激しく非難した。勿論、それまでの当主と真逆の方針に付いていけなかったという理由だけでなく、意見の相違のために重要なポストから外されたことを逆恨みした家もあっただろうが……かなり激しいものだった。これは私も覚えがあるよ」
とトビアスは続けて語った。
ルキウスには全く想像が出来なかった。
ブラックオパール伯爵家は皆優しい人ばかり。度々訪れる分家の人たちも皆似たような人ばかりだった。
怒らないという意味合いではないものの……ブラックオパール家の人間が恨みや自身の利権のために他者を激しく非難する、という姿がいまいち想像が付かないのだ。
「穏健などと言われる、温厚な者が多いはずのブラックオパール一族ですら、子供だった我々の記憶に残る争いをしていたんだ。中立派と言われるファイアオパールは勿論、過激派と言われたホワイトオパールがどうだったかは……想像が容易いと思う」
ごくりと唾をのみ見込む。
ルキウスはホワイトオパールやファイアオパールの人々について詳しくないが……ブラックオパールより争いが酷かったと思うと、それを抑え込まねばならなかった当時の当主たちの苦労はいかほどのものだっただろうか。
「先代への反抗は長く続いた。親がそうして恨んでいれば――当然、子にも恨みが伝わる。むしろ、同世代の当主たちがそろって宥和にかじを切った先代たちの伯爵家の人々が、稀有だったんだが」
確かに、三人もいるのだ。一人や二人が意見をそろえる事は有り得るだろうが、三人そろって意見が同じというのは難しい事だろう。
親同士のいがみ合い、それによって生まれた不利益や現状を冷静に観察し、未来の事を考えて手を取り合ったルイトポルトの祖父の代が、異常だったとも言える。
「当時熱心に伯爵家を支えて仕えていた家ほど、まるきり反対の意見を出す新当主について行けず……強く反発し、落ちぶれる事になった。そうはいっても、先代伯爵に加えて、当時の次期当主で現伯爵であるリュディガー様もまた優秀な方で、誰も文句が言えず……時間はかかったが、分家の大半はリュディガー様を跡取りとして認めて尊重した。だが一度は収まった声が、再び復活する事になった。何故だと思う?」
「え? えぇと、……問題が起きたから?」
「まあ、ざっくりいうとそう言っても構わないだろうな。――リュディガー様に嫁いでくる事になったのが、最も因縁根深いホワイトオパール伯爵家のご令嬢であった、ヴィクトーリア様に決まった事が、原因だ」
現伯爵夫人の事である。
「ブラックオパール伯爵家のご令嬢であったメルツェーデス様は、ファイアオパール伯爵令息の妻に。ファイアオパール伯爵家のご令嬢は、ホワイトオパール伯爵令息の妻に。そしてホワイトオパール伯爵令嬢であったヴィクトーリア様は、ブラックオパール伯爵令息リュディガー様の妻になる事が決まった。いやあ! あの時の分家の荒れっぷりは凄まじかったな! 特に令嬢を抱えた家は!」
「全くだ。どちらにせよ、どこかでブラックオパールとホワイトオパールが縁付く事は避けられなかったのは分かり切っていたんだが、改めて決まった時はブラックオパール内もとてつもない騒ぎだった」
過激のホワイトオパールと穏健のブラックオパールは、もっとも強く敵対していた家同士である。
仇敵の子供が手を取り合う事の象徴として政略結婚をする事は少なくないが……その大半が上手くいかない事が多いという。
ハッキリ言って、三オパール伯爵家の間で行われた政略結婚のうち、失敗に終わると見られていたのが、現伯爵リュディガーと伯爵夫人ヴィクトーリアの婚姻であった。
「とはいえヴィクトーリア様は過激のホワイトオパールで育ったお方。当時は嫁姑の関係は良好でも、使用人たちからの反発は大きかったろうに……問題なく手腕を発揮して、当伯爵家の中でも立場を確立された訳だ」
「凄いですね」
ルキウスの忖度ない感想に、トビアスは「そうさ。夫人は本当に凄いんだぞ」と嬉しそうに笑ってから、一転し、難しい顔になった。
「そうしてヴィクトーリア様は、現在の三オパール伯爵家の友好関係に反対する者たちが簡単に手を出せる存在ではなくなった。そうなった時、当初ヴィクトーリア様に向かっていた恨みの矛先は、どこに向けられる事になったか。分かるか、ルキウス」
トビアスの言葉を聞いていたルキウスは、意味を理解して、さっと顔色を悪くした。
「……御子息の、ルイトポルト、様?」
「そうだ」
否定して欲しかったのに、トビアスは肯定した。
「反対派が次に狙ったのは、ルイトポルト様だった」




