【86】不合格
3章開始です。また3日ごと更新に出来るようがんばります。
今回は狩猟祭ほど長くなりません。
「不合格です」
ジョナタンの言葉に、ルキウスはがっくりと肩を落とした。
正直、そんな気はしていた。
何が不合格かと言えば、今度行われるルイトポルトの社交界デビューのパーティーで、お客様と接する仕事が出来るかの試験の結果が不合格だった、という話である。
基本的に使用人たちに関しては各々の上司が「人前に出せるか」などを考える事になるのだが、ルキウスの場合は出自も立場も特殊である事もあり、執事であるジョナタンによるチェックを受ける事になったのだ。
伯爵家の人々としか基本的に触れ合わない普段の生活だとか、狩猟祭のような無礼講もある程度までは許され階級より狩りの実力を重要視されるような祭りならば何も問題はなかった。だが今回はそうではないのだ。
「以前と比べれば格段に良くはなっている。……が、ルイトポルト様の社交界デビューという大事な日に一人で仕事をさせるには、足りん」
「はい……」
今回のパーティーにはブラックオパール一族がほぼ勢ぞろいする。それだけでなく、ホワイトオパール伯爵家、ファイアオパール伯爵家からも、分家の者だけでなく本家当主夫妻が参加する。
他にも近隣領地の領主たちは、こぞってやってくるだろう。
そんな対話の戦場に出せるほどは仕上がらなかったのだ。
自覚はあったし、自分のマナーが付け焼刃なのは分かり切っている。
それでも不合格と断じられるのは少しショックだった。
肩を落としたルキウスにジョナタンはまなじりを下げる。
「ルイトポルト様はこれからいくつものパーティーに参加される事になる。今回は出来ずとも、今後で付き従えるようにすれば良いだろう」
慰めに、ルキウスは頷いた。
不合格という結果をルイトポルトに伝えに行くと、主人は少しだけさみしそうな顔をしたが、すぐに切り替えたようだった。
「そうか……だが仕方ないな。それではルキウス、当日は裏方の仕事を頼むぞ。裏方もとてつもなく大事な仕事だからな。そちらが滞れば、表の仕事に影響が出るのだ」
「はい、ルイトポルト様」
そんな会話をした後、ルキウスはいつも通り騎士たちの訓練所へと向かった。今日はトビアスに相変わらず続いている剣の訓練を受ける日だった。
相変わらずルキウスの剣の腕は「まあ一度も振るってない人と比べればふるえているな」という程度のものだ。どうにも進歩しない。根本的に向いていないのかもしれない。
でも向上している部分もある。敵の攻撃を避ける事に関しては、以前より格段に出来るようになっていた。お陰で前と比べれば、トビアスにぼこぼこにされる事は減った。
今日の分の訓練を終えたところで、トビアスは水を被りながらルキウスに問いかけた。
「そういえば、ジョナタン殿からの試験の結果はどうだったんだ?」
「……」
「あー。だめだったか」
答えがなくとも、ルキウスのその様子を見れば何があったかは簡単に分かるので……トビアスはぽん、とルキウスの肩をたたいた。
「まあ落ち込むな。そのうちお前なら出来るようになるよ」
こくりとルキウスは頷いた。
「それに今回のような大きなパーティーは難しくとも、小規模のパーティーならば参加が許される事もあるだろうし……そもそもルイトポルト様はもうすぐ貴族学院に入学される事になるからな」
「貴族学院。王都の」
「ああ」
王都にある貴族学院は、名前の通り貴族のための勉学のための場として出来た学び舎だ。現在では貴族の後ろ盾があれば平民も通うことが出来る。
基本的に、各家の当主となるような者は、この学院を卒業しているべきだとされており、余程の事情がなければ皆そこに通う。それは有力貴族の子供だけでなく、王族ですら同じなのだ。
「学院で過ごす日々そのものが社交みたいなものだからな。学院在学中には小さな茶会などはしあうだろうが、大きなパーティーを開く事は滅多にないさ。その間に、慣れていけばよいだろうさ」
そんなトビアスの慰めに、ルキウスは自分のふがいなさを感じつつ頷いたのだった。
次は別の人の話を一、二話ほど挟みます。




