【81】狩猟祭 終
狩猟祭は終わり、今後の事はブラックオパール伯爵とファイアオパール伯爵とが話し合う事だろう。
それ以降の事は、ルキウスが関わるような事は特にはない。勿論どういう対処をしたのか、という話が耳に入る事はあったものの、ルキウスは出来る限り聞かないようにする事にした。
「お前さえいなければ」
ルキウスは片耳をふさいだ。ゼラフィーネの絶叫が、耳の奥にこびりついて離れない。
ルキウスがもしあの巨大肉食ペリカンを仕留める事がなければ、恐らくバルナバスは堂々とメルツェーデスに求婚をしていて、正式な返答をメルツェーデスたちは返さねばならなかっただろう。その結果が何にせよ、ゼラフィーネが誘拐犯と化した者たちをメルツェーデスの元まで連れていく事はなかったはずだ。
肉食ペリカンを仕留めた事を後悔しているわけではない。ただ、間接的だとしても……自分のせいで、罪を犯した人間がいる。
その事実はルキウスには、重かった。
当然だが、伯爵家の人々の中にルキウスを責める者はいなかった。
使用人たちは皆、様々な理由があるにせよ、仕える人間を裏切る行為を重く見て、ゼラフィーネに厳しい意見を言っていた。
それらを聞くのも厭で、ルキウスは出来るだけ耳に蓋をするように意識をしながら仕事をこなした。といっても殆どの仕事は取り上げられてしまい、ちょっとした簡単な雑務ぐらいしかさせて貰えなかった。
狩猟祭で優勝した上に襲われたメルツェーデスをルイトポルトたちと共に助けに行ったなど、伯爵家内でルキウスの地位は更に向上していたのだ。
その向上を、自分の事などどうでもいいルキウスだけがいまいちよく分かっていなかった。
やっとのことで伯爵邸に帰ってきたルキウスを待っていたのは、イザークによる胴上げであった。
「よくやった! よくやった!! お前は本当に最高だ!!」
テンションが天に昇る勢いで上がったイザークのお祭り騒ぎは三日三晩続いた。
半分位は比喩だが、半分ぐらいは比喩ではない。ルキウスはイザークと顔を合わせる度に興奮したイザーク他第二弓兵隊に胴上げをされる羽目になった。
落とされるようなへまは無かったが仕事は中断されるし毎度鍛えている男たちが腕力に物言わせて胴上げするせいでやたら高く飛ばされ、何度か舌を噛んだ。
それらは医師からの雷が落ちて、やっと止まった。
最早主治医の如く治療をしてくれている医師は、用事があって王都にいっていたらしい。言われてみると狩猟祭の医療チームには確かにいなかった。
伯爵家に帰ってきた医師が最初に見たものは、怪我人という連絡を受けた当人が高く高く放り上げられている図である。
「怪我人に何をしているッ!」
という医師の雷は強力で、それきり宴は終わった。
医師はルキウスが再び怪我をした事を聞き、眉間に谷を作りながら言った。
「自分の身を削らなければ生きていけないのですか?」
削るというのがルキウスにはよく分からなかった。求められた事をできる限り成しただけだ。確かにあの巨大な肉食ペリカンに初めて会った時は死が脳裏をよぎったが、最終的には生きて帰った。
(ルイトポルト様の願いもメルツェーデス様の願いもトビアス様の願いもオットマー様の願いもジゼル様の願いもイザーク様の願いも叶えたはずだ)
声色から責められているのは分かったが、なぜ怒られているのかがルキウスには分からなかった。
本気で質問を分かっていない様子のルキウスに医師は呆れた顔をして、それから診察を始めた。
ルキウスの怪我自体は既に治療されていたが、その経過を見た医師の耳元で、部下が囁く。どうやらルキウスが帰ってきてしていた仕事の内容を話しているらしかった。それらを聞いた医師はニコリと笑った。
「分かりました。一週間、休んでいただきます」
「えっ」
何故そんな指示を受けたのかわからず、ルキウスは立ち上がって怪我をしたといわれていた部分を特に動かして見せた。
「な、なぜ。う、ごけ、ます!」
「ええ。無理をして、ですね。動かせない状態になったらもう後戻りできなくなりますよ」
結局ルキウスが何を言っても医師の判断は覆らず、ルイトポルトにまで説明がいった事で暫くルキウスは静養する事となった。
たった一週間だというのに魂が抜けたかのようになるルキウスを見たルイトポルト付きの従者仲間たちは「仕事人間過ぎる……」とやや畏怖の感情を抱いたのだった。




